第14話 不幸な神様のお導き
町の外へほとんど出たことが無いメアリスにとって、それは運命の導きだった。
見えるはずのない流れ星に魅了され、ひたすらに平原を駆け回った。
唯一使うことができる〈
しかし……
「はぁ……はぁ……だめ、見つからない……」
後ろを振り返れば生まれ育った都市の壁は既に遠く、米粒以下の大きさになっている。
前を見れば平原の行き止まり。木々の生い茂る森の始まり。
日は既に沈みかけ、夜がすぐそこまで迫っていた。
夕方には帰ると末弟に告げておきながらこの体たらくである。メアリスは浮かれすぎた己に釘を打つように、「帰らなきゃ」と小さくつぶやいた。
「帰らなきゃ。もう暗くなっちゃう………………でも」
帰らなければ。
弟たちが待っている。
そうは分かっていても、メアリスは諦めきれないのか、目の前の森へ視線を向ける。
夜の森は危険だ。
平原は町の冒険者や兵士が魔物の駆除を行っているため比較的安全だが、森は違う。
もちろん駆除は行っている。だが森の中は平原ほど見晴らしも良くなく、隠れている魔物までは中々手が行き届かない。
夜に活性化する魔物もいる。森の中や洞くつなんかでは特にその類が多い。
視界も不明瞭になり、一度迷えば出てこれる保証はない。
ダメだと、行ってはいけないと分かっている。
下手をしたら命を落としかねないことだって、メアリスは十分承知している。
「……ほんの、ちょっとだけ」
夕方までに帰るという約束はすでに違えてしまった。
ならいっそ行けるところまでと、メアリスは森の入口に立ってしまった。
同時に、腰に下げた革袋から一本の小ビンを取り出し、その栓を抜く。
町を出てくるときに、入口付近に立っていた女性から盗って来たポーションだ。
ポーションは体力や傷の回復作用のほかに、少量だが魔力を回復することもできる。
〈
「ふぅ……こんなんじゃあたし、もう神さまに見放されちゃってるかな……ははは」
彼女にとって、盗みを働いたのは今日が初めてじゃない。
特にここ二、三カ月は、町の景気が良さそうだからと欲張ってしまっていた。
文字通りあらゆる手を使って、彼女は弟たちの生活を守ってきたのだ。まだ汚れていない部分など、片手で数えるほどしか残っていないだろう。
だからこそ、メアリスにとって毎朝祈りをささげることは特別だった。
せめてもの贖罪になればと、彼女は本気で神に祈って来た。
自分勝手で自己満足なのも承知の上だ。
だが今回……たった今、その数少ない一つが失われてしまった。
家族との約束を違えたことのなかった彼女にとって、それは一番の誇りでもあったのだ。
それを自ら破ってしまったことで、半ば自暴自棄にすらなりつつあった。
森の中へ足を踏み入れたメアリスは、後ろを振り向くことなく、あるかどうかも怪しい星を探し、目を凝らす。
程なくして日は落ちきり、森の中はほとんど何も見えないほどに暗くなった。
それでも彼女は諦めきれない。
既にまともに理性など働いていない彼女にとって、夜の闇など頭の片隅にも置いていなかった。
何か、きっと何かがあるはずなのだと。
ただその感情だけを頼りに、ひたすら足を動かし続ける。
すると――
「あ……今、何か光った」
◇
同時刻・北門前。
「すみません! ちょっとお聞きしたいことがあるんですが!」
「ん? はいはい何か……ってあれ、嬢ちゃん昼間の」
サレスを連れ大急ぎで北門までやってくると、昼間の門兵さんがまだそこに立っていた。
「無事でよかった。この町は見かけによらず荒れてるからなぁ……でもなんでまた? 稼ぎ先には行けたのかい?」
「あっ! いやその、ちょっと急いでて」
「兵士さん、ここ一時間くらいの間に修道服のお姉ちゃん通らなかった!?」
「おわっ!?」
がっつき気味に問いかけるサレスに、門兵さんが少したじろいでしまった。
だがサレスの必死さを見て何かを察したのだろう。
門兵さんは直ぐに左手を顎に添え、通行人の中にあてはまる人物がいたかどうかを探り始める。
「何か知らんがまたワケありって感じだな……修道服ねぇ」
夕暮れ時ともなれば、町の外を出入りする人はほとんどいない時間だ。
修道服のような目立つ恰好をしていたのであれば、それなりに記憶に残っていてもおかしくない。
真剣に頭を悩ませてくれる門兵さんに、僕はただただ頭が上がらない思いで待ち続ける。
が……
「俺は見てないな……力になれなくてすまない」
「そうですか……いえ、ありがとうございます! 行きますよサレス君」
「うん!」
「お、おい待て! そっちは外だぞ!?」
「すぐ戻りますから!!!」
門兵さんには悪いが、今は本当に急いでいる。
サレスとともに夜の平原へと出た僕は、例の流れ星が落ちた方角を確認しようと口を開く。
「サレス君! 流れ星ってどこに見えました?」
「え? えっと……あの影の方!」
「やっぱり……い、いえ! ありがとうございます!」
サレスが指をさしたのは、ひたすらまっすぐ先に行った森の方だった。
夜になっても戻らないということは、もっと奥……それこそ森の中に入って行ってしまった可能性が大きい。
まずは速攻で森の入り口まで行ってしまおう。
「サレス君、ちょっと失礼します!」
「えっ? わあ!」
僕はサレス君をお姫様抱っこの要領で抱き上げる。無駄に大きい胸が邪魔でかなりやりづらいが、今はそんなところに文句を言っている暇はない。
少しばかり腰を落とし、左足をまっすぐ後ろに。
右足に重心を傾け、目的地である森を一点に見る。
「飛ばされないように、しっかり掴まっててくださいね――〈
「う、う――ん――んんん!?」
目視したただ一点のみに向かって超高速移動をする魔術だ。
本当にすさまじい速さになるため衝撃波すら生まれ、周囲に何かがいたりしたら否応なしに傷つけ吹っ飛ばすことになる。そしてそのまま使えば自分もズタボロになるため、同時に体全体に防御膜のように魔力を張り巡らせなければならない。実はかなりの高等テクが必要な術だったりもする。
時間にしておおよそ五秒。
無事に加速を終えた僕たちは、森の入り口にたどり着いた。
「あ……あわわわわ……」
「あれ、サレス君? もしかして驚かせちゃいましたかね……歩けますか?」
「おおおお姉ちゃん、いったい何者……」
「だめそうですね……」
かなり動揺している様子のサレス。
この分だと、降ろしたところで腰が抜けてしまっていて、立ち上がることすらままならなさそうである。
まあ、ある意味このままのほうが安全ではあるか。はぐれる心配はないわけだし。
……仕方がない、このまま進むとしよう。
「サレス君、人差し指を立てて、胸の前で構えてください」
「え……え……?」
今度は何が始まるのかとおろおろとしながらも、サレスは言ったとおりにしてくれた。
こういう時もしっかりと行動できる当たり、きっと普段からメアリスの言うことをちゃんと聞いているのだろうと思うとほっこりする。
僕は抱き上げている右手の人差し指を、サレスの人差し指に重ねる。
「揺蕩うの炎よ 恵の御身を以って 闇夜を照らせ」
「!」
僕が詠唱を終えると、人差し指の先に小さな火の玉が浮き上がった。
これは〈
火とは言っても触れても熱くはなく、また何かを燃やすこともない。
灯りとしての術。
「すごい……キレー……」
「それをサレス君に託します。片手になって危ないですから、さきほど以上にちゃんとつかまっててくださいね」
「っ! う、うん。わか……あれ?」
「? どうかしましたか?」
「今、何か光ったような……そこで」
灯りの準備も整い、いざ夜の森へと思った矢先。
サレスが何かを見つけたらしく、近くの草むらを指さした。
僕もよく目を凝らしてみると、そこには月明りを反射してちらりと光る、小さな空きビンが捨てられていた。
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