第13話 回り道

 日は既に沈み切り、夜の静けさによって、より一層貧民街の荒廃した雰囲気を強調させる。

 僕が一歩踏み出すとと、少年は何か隠すように自身の背中に手を持っていく。

 大方、服の中に冒険者証と依頼書を隠しているのだろう。


 歯を食いしばり、明らかに「マズイ」と言いたげな少年。

 傍らにいる二人の男の子は兄弟だろうか。

 なるほど、家族を養うための罪か……でもだからといって、許容していいものではない。生きるためといえど、罪は罪だ。


「盗んだもの、隠さずに返してください」

「……やだ」


 嫌だと言って後ずさる少年と、彼の態度を不思議な目で見る彼の弟たち。

 ここで否定しないのもまた純粋さ故か。

 だが……なんだか妙だ。

 近づけば近づくほどに、少年の目に違和感を覚えてしまう。

 先ほどまでは夜闇の効果もあり、少年の表情からはそこまで詳細な部分まで読み取れなかった。

 ただ、僕にバレて危機感を覚えているのだと、そう思っていた。

 でも今の少年の目は、それとは別に魂ここにあらずといった感じで、どうも僕の事一つに危険を感じているわけではないように見える。


 もちろん気のせいかもしれない。

 先に待ち受ける制裁を恐れているということも考えられる。

 でも、一応はちゃんと聞いておくべきだろう。もし僕の直感に間違いがないのだとしたら、事はかなり深刻な事態になっているかもしれない。

 依頼の進行に支障が出るが、人助けは僕の本分だ。

 それに、うまくいけば貧民街現地の人間から協力を得ることができる。


「ちょっと、あんた何するつもり?」


 僕が感じた違和感を察したのか、肩に飛び乗ってきたスフィが耳元でささやいてくる。

 彼女にとってみれば、これは完全な寄り道になるだろうし無理もない。

 だが大事なことだ。何と言われようがここは曲げられない。


 少年のすぐ目の前まで歩み寄ると。僕は彼に合わせてそっとしゃがみこんだ。

 そして恐怖心を煽らないように、できるだけ表情を柔らかく保ち、頭をなでるようにして手を添えてやる。


「っ……?」

「そんなに怯えなくても、暴力を振るったりはしません。もしかして、何か悩み事があるのではないですか」

「……え?」

「あんた! 何言って――」

「スフィは黙っててください」

「なっ!?」


 冷静に、且つ絶対譲らないという気概で言った。

 少し冷たくなりすぎたかもしれないが、僕の意思はくみ取ってくれたのか、スフィがそれ以上口をはさんでくることはなかった。


「お姉ちゃん……怒らないの?」

「……怒ってますよ。僕、こういう寄り道好きじゃないですから」

「じゃあ」

「でも、それとこれとは話が別です。何か困りごとがあるのなら、精一杯力をお貸ししますよ。まあ、冒険者証と依頼書は返してもらいますが」

「…………」


 最後の一言は余計だったろうか。

 少年は眉を顰め、かなり悩むようなそぶりを見せ始めた。

 やはり相当深刻な悩みがあるように見えるが……。


「おねーちゃんが帰ってこないの」

「え?」


 目の前の少年ではなく、すぐ脇にいた子の声だった。


「お、おい!」


 少年はかなり慌てた様子で弟に顔を向けるが、弟の方はもう止まらない。

 もう一人の弟も辛抱ならなかったのか、僕に縋りつくようにして、涙まで見せて声をあげた。


「おねえちゃんに会いたい!」

「おねえちゃんがね! 朝からずっとどこかにいったままなの!」

「……詳しく、聞かせてもらえますか」

「…………わかった」


 弟に背中を押され、少年も覚悟を決めたようだ。

 耳元から「やれやれ」というつぶやきが聞こえた気がするが、僕は気にせずに兄弟の話を聞くことにした。



 ◇



「……マジですか」


 少年。もといサレスの話を聞いて、僕は思っていたよりも事が深刻であることに気付かされる。


 なんでも彼らのお姉ちゃん……メアリスという名の少女は、あの手この手を尽くして兄弟の生活を守ってきたそうだ。

 朝は日が昇ると同時に起床し、神に祈りを捧げるなど聞いた時には、思わずそのけなげな姿を想像し、涙が出そうになってしまった。

 そんな来る日も来る日もギリギリの生活な中で、今日サレスは少しだけ早起きをしたらしい。

 そして裏に流れる川で顔を洗い、姉の元へ戻ろうとしたときに、不思議なものを見たと言っていた。


 なんでも、すでに夜が明けて星など見えなくなっているというのに、一つの流れ星が見えたのだという。北にある平原へ向かって、一直線に降ってきたのだと。メアリスも同じものを見ていたと、朝食の際に話をしていたそうだ。

 楽しそうに言っていたという。これは神様のお導きかもしれない。だからちょっとだけ見に行ってくると。


 要はこの話……その平原へ行ったまま、メアリスが帰って来ていないということだ。


 僕はそのことを聞いた瞬間に、胸がざわつくような感覚に襲われた。

 早朝、平原に向かって一直線に落ちていった流れ星。

 これに覚えがあるような気がしてならなかったのだ。

 気のせいかもしれない。その可能性のほうが圧倒的に高いと思う。だがこれは……もしかしたら、僕が下界に落ちてきた時の事なのではないかと。

 真っ逆さまに落ちて行った僕の魂が、もしかしたらそんな風に見えてしまっていたのかもしれないと。

 考えすぎかもしれないが、そう思うと妙な責任感すら覚えてしまっていた。


「あの平原。かなり開けてましたから、帰ってくるときに迷うということはまずありません。深入りしすぎて何かがあったのか、町に帰って来てから何かあったのか……いずれにせよ、一刻を争う事態になりそうですね」

「おねえちゃん、言ってた……夕方までには帰ってくるって。でも全然帰ってこなかったの」

「夕方……」


 となると、まだ今から急げば間に合うかもしれない。

 一度北門に向かって、メアリスが通ったかどうかだけでも確かめるべきか。

 あとは町に帰って来ていたにせよいなかったにせよ、彼女かどうかわかる人間が一人いたほうがいい。

 危険かもしれないが、ここは……。


「サレス君。一緒に来てくれますか」

「え……」

「僕はメアリスさんがどんな人なのか知りません。怖いかもしれませんが、お願いできますか」

「お姉ちゃんを、見つけてくれるの……?」

「はい。ひとまず盗んだものの事は置いておいてくださってもいいですから」


 また耳元で「おいておくなよ」と聞こえた気がする。

 確かに大事なことではあるが、人命には代えられない。僕にとっての優先順位は残念ながらこちらの方が上だ。

 少し戸惑いながらも頷いて見せる少年に、僕はまた彼の頭をなでて敬意を示す。

 そして同時に、やはり僕の目は間違っていなかったと安心する。


 サレスの目には、確かに姉を救うという意思と決意が感じられた。

 家族のために立ち上がれる子だ。

 いくら罪を犯そうが、根の部分というものはこういう時にこそ見えてくる物。

 これなら僕も、精一杯頑張ることができるだろう。

 あとは……


「スフィ、弟君たちのこと見ていてくれますか」

「……ハァ!? なんで私が」

「お願いします」

「っ……見てるだけよ。何があっても知らないから」

「はい。ありがとうございます」


 貧民街の子と触れ合えば、スフィも少しは慣れてくれるかもしれない。

 言動は上からな所が目立つスフィだが、なんだかんだ断りはしなかったりとか、実はチョロかったりとか、こういったところが垣間見えるのは、根っこの部分が善性である証拠だ。スフィだってちゃんと段階を踏んでいけば分かり合えると僕は思う。


「では、行ってきますね」

「さっさと済ませなさいよ。こんなところ、長居したくないし」

「わかってます」

「お姉ちゃん、頑張って……兄ちゃんも!」


 回り道に次ぐ回り道。

 だが、今回の回り道は嫌いじゃない。

 不思議としっくりくるっていうか、これが最短であるかのようにすら感じられる。


 僕はしっかりとサレスの手を握って、町の北門へ向けて走り出した。

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