第12話 走る、走る
「ほら! あそこ!」
しばらく移動し、既に日が傾き始めていた。
気が付けば、周囲の雰囲気もまた村から都市の一角へと戻ってきている。
商店街と呼べる場所まで出てくると、少年は一件の骨董品店を指してラストスパートを駆けた。
そこは一見、どこにでもある普通の小店のようだった。だが人通りがそれなりにある中で堂々と『怪しい品』を取引することは難しいだろうし、カモフラージュである可能性は十分にある。
実際、そういった店が以外と普通の店に紛れていることはよくあることだ。
ともあれ、まずは確かめてみないと。
「ありがとうございます、助かりました」
「うん! じゃあボクもう帰らないとだから!」
「門限というやつですか。それは付き合わせて悪かったですね……気を付けて帰ってくださいね」
「はーい」
「…………」
走り去る少年の姿を見送り、僕は店ののれんをくぐる。
店内は、目玉商品と思われるものが街道側のガラスケースの中に展示されているだけで、あとは狭い店内にカウンターが置かれているだけのシンプルな造りだ。
残りの在庫はカウンター裏の部屋にあると思われ、さすがに僕が探しているような、いわゆる『裏の商品』は見当たらない。
そうして店内を一通り確認してみたところで、奥の部屋から店主らしきガタイのいいおじさんが姿を現した。
「ラッシャイっと――おぉ!? こりゃまたドえれえ美人さんがおいでなすった!」
「は、はぁ……どうも」
一言目の誉め言葉に思わずして頬が引きつった。
美人と言われれば普通は嬉しいのだろうが、これでも僕は男である。
微妙な心境というか、なんだか騙しているようで心に刺さるものがあるのだ。
「ガッハッハッハッハ! 心配せんでも手ェなんぞ出さん。それで、お嬢ちゃんみてえなのが何の用だ。買取か? それとも『探し
「探し物っていうか、その……いえ、探し物なんですけど」
「なんじゃい。ハッキリせぇ」
「ぼ、冒険者証とか……
「あ?」
僕の言葉の真意をちゃんとくみ取ったらしく、店主の表情が変わった。
が、それも一瞬の事。
次の瞬間には、外にも聞こえるんじゃないかというほどに笑い声をあげ始めた。
「ガァッハハハハハハハ!! そんなナリして冒険者証ときたかぁコイツァ傑作だ!」
そんなナリって、
とかなんとか文句も言いたくなるところだが、腹を抱えて笑う店主を前にして、僕はそれ以上に自分の失敗を思い知らされた。
冒険者証を盗まれるなど、本来絶対あってはならないことだ。
偽造などの悪用に利用されるだけにとどまらず、盗まれたという事実が残るだけでも、ギルドや依頼人からの信頼はがた落ちすることは必至。
信頼を失うということはつまり、冒険者としての命を盗られたというにも等しいのだ。
だからこそ、一刻も早く取り返さなければならない。まだ記録として残ってしまう前に。
「アーッハッハッハッハッハァ……あースマネェ。ウチには来てねぇよ。でも急ぐんだな」
「…………」
「俺が思うには、犯人は直ぐ傍にいたんじゃねぇかな」
「え? それって」
「おおっとこれ以上のヒントは無しだ! そら、用がネェなら帰った帰った!」
優しいのか厳しいのか。
しっしと追い払うかのような態度をみせる店主だが、僕のことを邪険に扱うようには見えなかった。
まあ無いといわれては仕方がないので、おとなしく外に出ていくことにする。
するとずっと肩にのっていたスフィが急に地に降り立ち、先ほど少年が帰っていった方を睨みつけて言った。
「…………急ぐわよ」
「スフィ?」
彼女の表情は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいる。
確かに状況は芳しくないし、急がなければならない。でもなんだかそれだけじゃないような……。
「急げって言ってるの!」
「いやだから何を――」
「この鈍感!! さっきのガキンチョが犯人だって言ってんのよ!!」
「 」
「あああああああああああああああああああああ!?」
「うっさい!」
傍にいたってそういう!?
え!?
で、でもあの少年、そんな悪い子には見えなかったんですけど……。
驚き、戸惑い、そうは見えなかったと考える。
同時に、この過ちは今日二度目であることを思い出した。
フォルトの酒場の時もそうだった。
この人は大丈夫だと、そう思った矢先に裏切られ、大変なことになってしまった。
だがしかしだ、僕が間違っていたとも思えない。
僕はこれでも数多くの人を見てきた。
人の根っこ――善悪の区別ならだれにも負けないと自負している。
今回も、間違いなくあの少年の根は善であるように思えた。フォルトの時もだ。
そこを疑うつもりはない。間違っていないと確信している。
だからこそ、僕は今驚き戸惑い、嘆いている。
ここは善人が悪事を犯さなければならない場所なんだということに。
貧富の差だけではない、もっと大きな闇を抱えているのだということに。
でも今はそれどころじゃない。
都市を救うことも大事だが、僕はまず僕自身を救わなければならないのだ!
ちくしょう。
「でも急げって、どうやって!?」
「大丈夫。あいつの匂いは覚えてる。今ならまだ間に合うわ」
「っ……鼻が利くんですね」
もうすぐ日が落ちる。
夜になってしまえば探し出すことはさらに困難になるだろう。
その前に何としても冒険者証を取り戻し、本題である盗人探しに戻らなければ。
もしかしたら少年がその犯人であるかもしれないし、そうでなくても有益な情報を得られる可能性はある。
一刻を争う状況に陥ってしまった中、僕はスフィに先導されて再び走り出した。
◇
「やった……! やったよお姉ちゃん……!」
少年――サレスは満面の笑みを浮かべながら走っていた。
優しそうな女の人を騙し、まんまと盗み取ってやった物を手に。
冒険者証は滅多に手に入るものではない。仮の物でもかなりの値になる。
これを売れば大金が手に入ると、愉悦に浸り、歪み切った笑みを隠せずにいた。
彼には三つ上の姉と、下に二人の弟がいる。
これでみんなを、いつも苦労して自分たちの面倒を見てくれている姉を楽にしてあげられると、彼はそう思っているのだ。
「ま、まずは帰って隠さないと……売るのは明日だ」
できるだけ人気のない道を行き、今日のところはまっすぐ家に帰る。
もうほどなくして日が暮れる。
夜の行動は必ず危険が伴うことを、彼はしっかり理解しているのだ。それに彼には待っている人がいる。
家に帰って、今日も一日生き抜いたということを家族に知らせてあげなければならない。
サレスは走った。
一刻も早く帰るために。
姉や弟たちの笑顔を見るために。
その気持ちに押されてか、一歩踏み出すたびに彼は浮かれて行った。
道選びが雑になり、家がある貧民街までの最短コースを取るようになっていく。
もうここまでくればと、大丈夫だという慢心が生まれ、足音も大きくなっていく。
結果を言えば、彼は無事家まで帰ることができた。
貧民街の片隅にひっそりと佇む教会。それが彼の、彼ら姉弟の家だ。
屋根も壁もボロボロで、お世辞にも建物として機能しているとは言い難い残骸のようなものだが、雨風は辛うじて防げる場所。
唯一の安息の地。
「ただいまー!」
いつものように帰って来て、いつものように帰りの挨拶をした。
すると脇部屋の寝床から弟たちが迎えに出てきて、おかえりと返事を返して来る。
だがその日は何故か、いつもはいるはずの姉の姿が見当たらなかった。
「あれ? お姉ちゃんは?」
「まだかえってきてなーい」
「にーちゃん一緒じゃなかったの?」
サレスは背筋が凍る思いに襲われた。
いつもはいる時間に、いるべき人がいない。
それはこの貧民街において、最悪の宣告をされたも同然だからだ。特に女性となれば、最悪も最悪……死よりも恐ろしい目に遭っていることすらも考えられてしまう。
冷や汗が頬を伝い。サレスはほぼ反射的に外へ向けて振り返っていた。
そしてその瞬間に、彼はさらなる最悪の事態を招き入れたと自覚する。
「はぁ……あーもう……見つけましたよ」
「っ……!!」
教会の入り口に、その人は息を切らして佇んでいた。
サレスが騙し、冒険者証と依頼書を盗み取った……メイド姿の少女がいた。
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