第16話 祈り
メアリスとサレスを連れ、町までは徒歩で帰って行った。
門の前には、火事に対処するために動員されたであろう人たちが集まっていたのだが、これまた例の門兵さんが気を利かせてくれてすんなり中に入ることができた。
本当、あの人には頭が上がらない。
いつかちゃんとお礼をしなければと心に思いつつ、僕たちは貧民街への帰路を急ぐ。
正直また何かあるのではないかと身構えていたのだが、幸いこれ以上は何が起こる事も無く、無事に教会までたどり着くことができた。
で、たどり着いてみると……
「もふもふ~」
「ふかふかー」
「あぁっ……そこくすぐったい ひゃんっ! ちょっとどこ触ってるのよぉ!」
「ごめぇん」
「気を付けなさいよ……もう」
うむ。
藁のベッドの上でスフィが弟君たちの抱き枕にされておる。
それにあれだ、まんざらでもなさそうなのがまた見ててほっこりする。
眼福。
「ただいまスフィ。思っていたより楽しそうで何よりです」
「………………ッは!?!?」
頬を赤らめて飛び起きるスフィ。
そのあとに何かアクションを起こすでもなく、ただただ前足を上げて二足立ちで固まっているのがまたなんとも……可愛いな?
両脇の弟君たちもスフィにつられて起き上がると、無事に帰って来たメアリスに向かって二人一緒に飛び込んでいく。
「お帰りおねーちゃん!!」
「あいたかったあ」
「二人とも、心配かけてごめんね……あらためてありがとうございます。えっと……」
メアリスが末弟二人を両脇に抱えながら、僕の方を見て感謝を述べる。
でも何か困ったような顔で見れ続けているのだが……って、そうか。そういえば名乗ってなかったな。
「ルティアです」
「ルティアさん! 本当に、本当にありがとうございました……その、それで……」
「……はい」
「…………」
再度お礼の言葉を述べたメアリスだが、今度はその表情に影を落とし、少々目をヲらしながら俯かせる。
メアリスの様子を見たサレスもまた、同じように顔を俯かせていた。
「ごめんなさい!!」
「ルティアお姉ちゃん! ごめん!!」
「えっ?」
同じタイミングでごめんなさいを告げた二人。
だがメアリスはサレスが僕にしたことを知らないため、かなり驚いた様子で隣に立つ彼を見た。
「サレス……?」
「ごめんお姉ちゃん。僕、ルティアお姉ちゃんの冒険者証と依頼書、盗んじゃったんだ……だから」
「…………そう、だったんだ」
サレスの告白を聞いたメアリスは、それ以上サレスに何かを言うことは無かった。
言える立場ではないということもあるのだろうが、それとは別に、メアリスの表情がどこか柔らかく見えた。
生きるための罪が常習化すれば、罪の意識というモノは必ず薄れてくる。
僕が見た所感でしかないが、サレスに罪の意識があることを感じ取れることに安心したのかもしれない。
被害者の前でする顔じゃないとは思うが……まあ、それはそれ。
罪の告白をしたサレスが、ごそごそと服の中から二枚の紙を取り出して、僕に差し出した。
「お姉ちゃん、これ……」
「はい。確かに」
間違いなく盗まれた冒険者証(仮)と依頼書だ。
一体どういう仕組みでしまい込んでいたのかはわからないが、しわになっていたり、汗で濡れているといった様子もない。
突っ込んでいった場所が場所だったのから、汗でぐちょぐちょになっていたらどうしようかと思ったが、一安心である。
さて、サレスが白状したわけだし、次は……。
「……あたしは」
「メアリスちゃんは、僕と一緒にギルドに行ってもらいます」
「え?」
「なんで?」
末弟二人が少し険しい顔つきになる中、サレスが数秒ほど放心状態に陥った。
そして次の瞬間、僕の両腕を思いっきり掴みにかかり半ば涙目になりながら訴えかけてくる。
「なんでお姉ちゃんが!! 盗んだのは僕なのに!」
「サレス」
早々にサレスの肩に手を置き、割って入ったのはメアリスだった。
彼女は先ほどまでとは違い穏やかな笑みを浮かべており、サレスが眉をひそめながら振り向くと、メアリスはまた穏やかに首を横に振り、僕から手を離すようにと説得した。
「あらためてごめんなさい……もう気付いてると思いますけど、ルティアさんのポーションを盗んだのはあたしです。それとその依頼書、あたしを手配したものなのでしょう?」
「!?」
僕が小さく頷くと、サレスはかなりのショックを受けたようで、何歩か後ずさった後、藁に足を滑らせてしりもちをついてしまった。
メアリスはそんな彼と、何を言っているのか理解できていない弟たちに目配せをして、一歩僕に近づいてくる。
「最近はやりすぎてしまっていたので……そろそろだと思っていました。……いくら神様に祈っても、犯してしまった罪が消えるわけじゃありません。覚悟は、できています」
「お姉ちゃん……」
僕はこの時、メアリスの手を引くことを一瞬ためらった。
思ってしまったのだ。
果たしてこの子は……この子たちは、本当に罰せられるべき人間なのだろうかと。
もちろん、罪を犯したのならば相応の処罰が下されるべきだ。たとえそれが生きるための、仕方がない罪だったとしても。
僕が疑問を持ってしまった理由は、メアリスには罪悪感がハッキリとあるからだった。
別段それ自体におかしなことはない。罪を犯したら悪いと思う。これは当然のことだ。
しかし生きるために常習化した犯罪は、回数を重ねるうちに少なからず感覚がマヒしていき、それを悪いなどとは思わなくなってしまうものだ。
話を聞く限り、メアリスも今日まで数多くの罪を犯してきたことは間違いない。
だが彼女にははっきりと罪の意識があった。
悪いことだと理解し、それでも家族を守るために罪を犯し続けた。そしてせめてもの罪滅ぼしになればと、毎朝必ず神に祈りを捧げているのだ。
こんなにも家族思いで健気な少女が、果たして本当に悪人と呼べるのか。
罪を犯しているとはいえ、咎人と呼んでいいのか。
どうしても、それだけが胸の内に引っかかっていた。
「……僕は……」
このままメアリスを引き渡して終わりにはしたくない。
おそらくは家族も割り出され、サレスも処罰の対象になるだろう。
それではダメだ。
その選択の先は、一つの家族を崩壊させ、不幸にする。
この僕の名に懸けてそれだけはしてはいけない。
ならどうするか。
どうすれば可能な限り穏便に事を済ませ、彼女たち家族に幸福を届けられるか。
……今の僕にできることは、たった一つしかない。
僕は心のうちにこれからの方針を定めると、まだ固まったままのスフィを抱き上げ、定位置?の肩の上に乗せる。
「はっ!? 私は何を」
「行きますよ、ギルドです――メアリスちゃん。僕は絶対に、君たちを不幸にはさせません」
「え……?」
困惑の色を濃く示すメアリスの手を引き、僕は足早に冒険者ギルドへと足を運んで行った。
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