第8話 槍使いの少女
「悪いけど緊急事態だから、早急に片づけさせてもらうよ」
「――っ!」
そう少女が告げた刹那、彼女の槍は動きだした。いや、動き出したと思った時には、すでに動きを終えていた。
右手に持った槍の柄を、左手でもって押し出したのだろう。
その動きは文字通り目にもとまらぬほどの速さ。
僕の首を貫かんとした一突きは、幼い体から放たれたとは思えないほどに鋭く、速く、力強い。
半ば反射的に咄嗟に体を左へ捻ったが、少女の槍は僕の首を掠め、真っ赤な血が飛び散った。
ギリギリ頸動脈は避けられたようだが、生きた心地がしない。
背筋が凍る思いに見舞われるが、少女は待ったなしに槍を横に薙ぎ、逃がすまいと追撃を仕掛けてくる。
突いた勢いがまだ残っているというのに、その薙ぎ払いも凄まじいまでのスピードだった。
命を刈り取られなくても、喰らえば意識は確実に持っていかれる。そう嫌でも確信させられる。
これを伏せて避ければ、薙ぎったままに少女の体を一周し、戻って来た槍が足をすくう。
これを跳ねて避ければ、流れるままに振り上げられた槍が頭上から襲い来る。
これを仰け反り避ければ、縦振りに地面をえぐった槍がVの字を描くように僕の背中へ迫りくる。
間一髪、ギリギリの回避を何度続けても、怒涛の攻撃が僕を襲った。
慣れない体と服装でどうにか避けてはいるものの、やはり若干の違和感というか、ラグのようなものを感じてしまう。
何回かに一回は避け切ることができず、少しずつ小さな傷が増えていった。
「へぇ、すごいね君! この速さにここまでついてこれる人久々に見たよ!」
「それ、は! ど……うも!」
余裕の笑顔を見せる少女だが、その手が休まることは無い。
避け続けていれば……手を出さなければ気が変わるかもなどと淡い希望を抱いていたが、それも無駄な足掻きだったようだ。
僕の体力がいつまでもつかもわからない。覚悟を決めなければならない時が近づいていた。
……仕方ない。
「――〈
「おっ?」
小さく呟いた術式の後、僕の右手を中心として、青白い光が棒状となって現れる。
これは大気中の魔力を集め、自分専用の杖を形作るための
光の棒は、やがて先端部に装飾らしき形を形成し、定着するとともに杖としての姿を顕わにした。
僕の杖は上部――魔力を蓄積、コントロールするための宝石部分の周りに四つの水晶があしらわれており、各水晶が地水火風いずれかの属性を担うようにできている。
まあ、今は火属性――
他の魔術。特に強い物がどこまで扱えるかわからない以上、確実性の高いものだけで何とかするしかない。
「やっとやる気になってくれたのかな?」
「〈
答える間もなく、僕は防戦から一変、生き残るための一手へ踏み出した。
今度は爆発を起こさず、正常に発動した
「なんの!」
僕と少女の間は精々二メートル弱。杖を彼女へ構えていたわけだから、もっと本当に至近距離での魔術だったはずだ。
顔色一つ変えずにこれを避け、その動きを利用して僕の懐に入り込もうとしてくる。
僕は咄嗟にもう一発
だがしかし、これはこれでいい。
防がれた際の爆発。決して強いものではないが、爆発が起これば爆風がおこり、煙が上がる。煙が上がれば、距離を置く隙ができる。
僕は少女からバックステップを踏んで距離をおき、爆発した場所へ向けてまた、
だが残念ながら、これが当たることもかなわなかった。
少女は一発残らず、その身長程もある槍で上へと弾いて見せたのだ。
そのような芸当を、煙に巻かれた直後に何回も連続でだ。
それは目の前の少女が強者であることを、今まで以上に物語っていた。
――とはいえ、僕とて考えなしに何発も撃ったわけじゃない。
「何発撃ったって当たらないよ!」
「それはどうですかね――炎雷よ、廻りて堕ちろ。〈アストラル・ファイア〉!」
「!!」
弾かれた何発もの
少女がいる一点へ集中落下する
アストラル・ファイアは
だがそれも今は十分。
アストラル・ファイアのような応用魔術は、かなり熟練した達人のみが扱える物。
元大賢者的には容易いことではあるが、少女は僕のことをまだ推し測り切れていない。不意を突くだけなら十分だった。
問題はこの不意打ちをどう使うかだが――
「〈
「!!」
やはりというかなんというか、この程度なら問題ないとばかりに反撃をしてきた。
予想外だったのは、煙の中から槍が
反応が遅れた僕は、避けはしたものの右肩を一センチほど切り込まれてしまう。
そして……
「――
「なっ!?」
二度目の予想外。
一発目の勢いで煙が晴れるとほぼ同時に、二本目の槍が少女の手に握られていた。
少女は二本目の槍を構え、硬直している僕の喉へめがけて――――!
「――――っ?」
喉へめがけて突きにかかってきたが、いつまでも貫いてくることは無かった。
槍は皮膚へ届く寸前のところで静止している。
「いやー油断した! わたしに武技を使わせるとは、やるね君ぃ!」
「へ……え?」
満面の笑みを浮かべ槍を引く少女。
そのすぐ後。飛んで行ったはずの一本目の槍が、ブーメランのように弧を描きながら少女の手に戻ってくる。
二つの槍を地に突き立て、笑顔で僕の顔を見つめる小さなギルドマスターに、僕は動揺を隠しきれない。
「あ、あの……これはどういう」
「おっとその前に」
少女は僕の横を通り過ぎ、建物の陰へと歩いていく。先ほどスフィが逃げた場所だ。
「あ! スフィ!」
「大丈夫。何もしないからもう一度もふも――ぎゃふっ!」
僕の声に応じてなのか、はたまた少女につかまるのが嫌だったのか。
少女が語り掛けようとしてしゃがんだところに、スフィは彼女の頭を足蹴にして、僕のもとへと走ってきた。
そして当たり前のように肩に飛び移ると、サラサラふわふわな毛並みを逆立てながら少女をにらみつける。
「あったたた……さすがに嫌われちったかぁ。ゴメンねー試したりして。名乗り忘れてたけど、わたしはネリス・カーマリナン。ネリスでいいよ」
「ネリス……あっ、僕は……ルティア……です。えっと、試したって一体何を」
「いやぁちょっとね~。とりあえず中入ろ? 傷ついた女の子をいつまでも外に放ってはおけないし、君がわたしに聞きたいように、わたしも君に聞きたいことがある! さあレッツゴーだ!」
「わっ!? ひょ――」
いつの間にかネリスに腕を掴まれ、僕は抵抗する暇もなく酒場の中へと連れ込まれていった。剛速球の如き、ものすっごい速さで。
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