第7話 一閃★

「で、見つけた経緯まで話したのよね。次はなんだったかしら……ああそうそう、見えてなかったのよね。野次馬たちのことが」

「そうです! そうなんですよ」


 瓦礫となり果てたフォルトの酒場には、ちゃんと人だかりができあがっていた。スフィ曰く不可視化の魔術だそうだが、それなら僕から野次馬が見えないというのはおかしな話。

 場合によっては命取りになるものなので、これはちゃんと聞いておかねばならない。


「そうね、考えられるとしたら私の調整ミスか、あなたの体に何かしら原因があるか。私が得意なのはサポート系の魔術だから、まずこの類で失敗するなんてことはないし……というかこの辺りも、本来なら私よりあなたのほうが詳しいと思うんだけど」

「そうですかね?」

「当たり前でしょ! あなた自分のこと過小評価してない!? あなた、神になる以前は自分がなんて呼ばれてたか知ってるでしょう?」

「まあ、確かに」


 魔術の深淵に至る者、大賢者フォルト。

 そんな大それた称号が付いていた時代もあった。

 でもそれはもう何百年も昔の話だ。神になってからは魔術もあまり使わなくなったし、使われない知識というのは薄れゆくもの。

 それに僕がそんな扱いを受けていたのは、たまたま明るみに出ていたのが僕だっただけだ。

 まあ、それなりに知識があったことは確かだから、スフィが言っていることもあながち間違ってもいないのだろうが。


 体質……体質かぁ。

 そういえば、冒険者ギルドにはそういった技能を測る物があるとかなんとか――。


「あ、ここに呼び出したのってもしかして」

「……ようやく気が付いたのかしら」


 冒険者ギルドを併設した酒場。

 これは待ち合わせ場所としても適しているし、話も進めやすい。一言だけの指令書はさすがに説明不足だと言わざるを得ないが、理解はできる。

 僕に何か特殊な体質でもあるのだとしたら、それは一刻も早く把握しておきたいところだ。


「私が知っているのは、あなたがその体に転生したことと、幸運値が標準を大きく下回っているということだけ。正確な情報は一刻も早く得るべきよ」

「ちょっとまってください。幸運値が……なんですって?」


 どうか聞き間違いであってほしいと思いながら、僕は冷や汗とともにスフィに問う。

 だって、いやまさか……幸運と幸福の神の名において、それだけは聞き捨てならないぞ?


「最初にも言ったと思うのだけれど……神としての恩寵を失った今のあなた、幸薄なんてもんじゃないのよ? 標準的な人間の幸運値が50だとするなら、今のあなたはマイナス50くらいでもおかしくないわ。大方気が付いているでしょう? いくらなんでもおかしいって」

「そ、それは、まあ……でも……」


 スフィに出会うまでに遭遇した不運の連続。

 確かに幸運値――運勢を示すステータスが低ければ、そんな出来事にもよく出くわすだろう。

 辻褄は合う。合ってしまう。

 でも……でもそれだけは……幸運と幸福の神フォルトの名にかけて、認めるわけにはいかない。

 あれ、なんだか急にギルドに入るのが億劫になってきたぞ!


「はぁ。無駄に矜持は捨てられないのね。いいわ、だったら早いとこ現実を確かめに行こうじゃない?」

「ぇぇー……あ! でも今入ったらまた注目の的ですよ。中ではまだ取っ組み合いしてますし」

「もう一度不可視化すれば大丈夫よ。受付の前まで行って解けばなんとかなるんじゃないかしら」

「いやあの、僕からも中の人みえなくなっちゃうんですけど……」

「私がエスコートしてあげるから大丈夫だって言ってるの! ほらいくわよ。〈不可視化インヴィジビリティ〉!」

「あっ!? ちょ!」


 有無を言わさずに術を行使するスフィ。

 ああ、逃げるなという視線が痛い。

 「はやくしろ」と頬をげしげしもふもふと蹴りつけてくる。

 ああもう! 行けばいいんだろう!

 どうせ避けて通れない道だ! わかってますよ!


 ……で、そうと決まったのであれば、決まってしまったのであれば、面倒だがまずは『見えるかどうか』の確認が先だ。僕は数歩ほど歩き、一番近くの窓から酒場内を覗いてみる。

 結果としては案の定というかなんというか、酒場の中はもぬけの殻にしか見えなかった。

 さらに姿だけでなく音も聞こえず、周囲の状況を把握する術が全くない。

 まるで僕とスフィだけが無人の異世界にでも迷い込んでしまったかのような……少しばかりだが、不安な感情が湧いてきてしまった。


「どう? 見える?」

「いいえ。音も聞こえません。どうやら、僕自身とスフィ以外の外界の情報はほぼ完全に遮断されてしまうようです」

「面倒ね、それ……仕方ないわね。ちょっと怖いかもしれないけど頑張りなさい」

「べ、別に怖くは……」


 怖くはないと言いかけるが、すぐに「お願いします」と言い変えて足を動かした。

 ひとまずは出入口の扉まで普通に歩いていき、気持ちを引き締めようと息をのむ。


「じゃあ、ここからはスフィ頼みですので」

「わかってるわよ。さっさと行きなさい」


 返事を返してきたスフィの声色が、心なしか不機嫌のように感じた。

 何か悪い事でもしただろうかなどと頭の片隅で考えながらも、僕は酒場の扉を――開けようと触れた瞬間。


 バチィ!!! 


「ッ――!?」


 扉へ触れた右手に、何か電撃のような痛みが走った。

 僕の手はそのまま弾かれ、あまりに急な出来事に一瞬だが頭が真っ白になる。

 一体何が起こったのか。

 一瞬の空白を経て思考が戻り、巡らせようとするが、更にその直後。


「下がりなさい!!」


 今度は頬に衝撃が走った。おそらくはスフィが僕を押し倒そうとしたのだろう。僕の体は半ば仰け反り、崩れ、そのまましりもちをついた。

 すぐさま足元を見てみると、そこには石畳に十センチほど突き刺さった一本の槍。


 攻撃されたのだと即座に理解した。

 そして先ほど手を弾かれた電撃の正体も。

 これはそう、結界だ。フォルトの酒場でも一度経験しておきながら、またしても全く気付くことができなかった。

 今回は前回のとは違い、魔術に干渉して働き、拒絶するというもの。外敵から建物内を守るための防御装置に相当する。

 不可視化もその際に解けてしまっており、侵入者と勘違いされて襲われた……といったところか。


「おやぁ。避けた? 避けたね!?」

「誰ですか!」


 真上から女性の声がした。

 三階建ての屋根上にたたずむ一つの人影。身長は130センチそこそこくらいだろうか。意外とほっそりしていて、髪型は一部を長く伸ばした真っ赤なショートボブ。声からしてもあまり年を重ねているようにも思えない。

 だがしかし、確かな威圧感というものを、僕の肌はピリピリと感じ取っていた。


 人影はぴょんと屋根を蹴り、ひとっとびに僕の目の前に着地する。

 そして背丈に似合わない槍に手をかけ、ニコリと微笑みながら言った。


「やあ。キミたちのことはずっと見てたよ。わたしのギルドに何用かな?」

「……は?」

「わたしの」

「ギルド!?」


 僕とスフィの口から、そんなまさかと、驚愕と困惑の入り混じった声が上がった。

 とても信じがたい話だが、燃えるような紅目からは確かに凄まじい力を感じる。

 細く小さい体からは想像もできないほどの……上に立つものの威厳というものがそこにはあった。


 そして笑ってこそいるが、この少女。一歩間違えればまず間違いなく、その槍で僕の喉を貫いてくるだろう。

 スフィもそれを感じ取っているのか、僕の肩に置かれている足に力が入っていた。


「気を付けなさい。こいつ、なんだかヤバいわ」

「お? その魔獣、やっぱり喋るんだ! めっずらしぃ~。わたし初めて見たよ! もふもふしていい?」

「っ……」


 拍子抜けと言えるセリフ。

 だが相変わらず、少女の目は力強かった。

 笑顔でもふもふなどと言っているにも関わらず、そこには一瞬の隙を見せる気配もない。


 おとなしく従っておくのが吉だと、僕は肩に乗っているスフィを抱き上げ、少女の小さな手に渡そうとする。


「ど、どうぞ」

「おぉ~! これは……なかなかにお手入れが行き届いてますなぁ……この子名前あるのかなぁ」

「……スフィと言います」

「おぉ~スフィちゃ~ん! きもちいいしかわいいしぃ、少し羨ましいねえ。もふ……もふ……うーんずっと触っていたい心地よさ……でも我慢! はい、ありがと~」


 スフィがもふもふを堪能した少女の手から離れると、まるで逃げ出すかのように僕の肩へと飛び乗ってくる。


 するとどういうわけか、少女は残念そうな顔を見せた後、くるりと背後を見せた。

 不思議なのは、その姿に先ほどまでの威圧感がなかったことだ。スフィを渡したことで、僕が侵入者でも敵でもないと認めてもらえたのだろうか?


 いずれにせよ、肩の荷が下りた気分――


「それじゃ、はじめよっか」

「えっ」


 ほんの瞬きをするほどの一瞬。


 僕の首元には、紅に輝く槍先が添えられていた。


「ッッ!?」

「なぜ。どうして。って顔だね」


 威圧感はない。なくなった。

 今もない……なのに、僕の首は今、飛ぶ寸前のところに差し迫っている。

 わからない。

 敵意がないのに、なぜ少女は槍を向けている!?


「いいよ、特別に答えよう。スフィちゃん、首輪・・つけてないよね」

「!!!」


 警戒していたが故の失敗だった。

 少女の動向に気を向けすぎて、スフィが一見魔獣であることを忘れてしまっていた。

 魔獣には首輪をつける義務があると、出会った時に確認したばかりだというのに。

 少女はまだ、僕の首元から槍を動かす様子はない。


 だがまずい。

 これは非常にまずい。

 理由はわからないが、どう答えても槍を収めてもらえる気がしない。圧の無くなった彼女の目が、何故かそう告げている。


「スフィ、ちょっと離れててください」

「ちょっとってあなた!」

「早く」

「……わかったわよ」


 スフィが建物の陰まで逃げ込むが、少女がこれを追う気配はない。飼いならされた魔獣は基本飼い主に従順であることから、それ以上離れることは無いと判断したのだろう。


 らなきゃられる。

 でも先ほど失敗してしまったように、僕はまだこの体を思うように扱うことができない。

 不確定要素の多い魔術はできれば使いたくない。どうにか……避け続けているうちに、どうにか気が変わってくれないものか。


「……ゴクリ」

「見かけない顔に首輪のない魔獣。悪いけど緊急事態だから、早急に片づけさせてもらうよ」

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