第6話 出会いの酒場

「ここが……え? ここが?」

「ええそうよ。あなたが変なのにホイホイ騙されていかなければ、私はここであなたと合流するはずだった。おわかり?」

「いやでも」

「言い訳を聞いている暇はなくてよ。ちゃんと話してあげるから、中に入って適当に掛けなさいな」

「…………ぬぅ」


 スフィは、疲れたとばかりに僕の肩へ飛び乗りながらそう言った。

 酒場に行けとだけ残されて、案内してくれると言われたのだ。本当に悪人には見えなかったから仕方がなかったのだと物申したかったが、聞く耳は持ってもらえないらしい。

 まあ今はことを前に進めようか。


 三メートルはあろうかという大扉を抜け、酒場に足を踏み入れる。

 建物の中は上の階を見上げられる吹き抜けのような構造になっており、ただでさえ広い室内が更にだだっ広く感じられた。

 冒険者ギルドも併設しているのか、壁際にはテーブルとイス以外にもそれらしき依頼掲示板クエストボードが設置されており、カウンターにも役割分担のため四人の受付嬢さんがいる。

 数多くあるテーブルはほぼ満席で、真昼間だというのにまるで宴でも開かれているかのような騒ぎようだった。

 僕は一瞬目が合った(気がした)真ん中の受付嬢さんに会釈をした後、そそくさと近場のテーブルに腰かけた。

 その後すぐにスフィが肩から降りて、僕の前に座り込む。


「キョロキョロしすぎよ。子供でもあるまいし」

「あまりこういう場所は慣れないので……それにしてもこの酒場、昼間だっていうのににぎわいすぎてませんか?」

「それはまた後で話すわ。一から話したげるから、正座なさい」

「ア、ハイ」

「ホントにしなくていいわよ……まあいいわ。まずは……そうね、あなたのことを見つけられた経緯と、さっきの野次馬についてかしら」


 そうか、僕があそこで倒れていたのを見つけてくれたのだから、スフィは何かしらの手段で僕の居場所をつきとめたはず。

 そこまで長い時間気を失っていたわけではないだろうし、それは間違いない。

 集まっているハズの野次馬が見えなかったのも気にはなる。

 フム……これは長くなりそうな予感がするぞ?


「何ちょっと面倒臭そうな顔してるのよ。聞かなくていいワケ?」

「い、いやいや! ちょっと長くなりそうだなあと思っただけで。是非お願いします」

「本音駄々洩れじゃないの……と言っても、これは簡単なことよ。爆発音と同時にあなたの魔力を感じたから、そこにすっ飛んで行っただけ。で、案の定バラバラになった酒場に男ども諸共倒れてたから、あなたと私に不可視化の魔術をかけて、あなたの傷を癒したの」

「あ、スフィが治してくれたんですね。それはありがとうございます。ところで気になるんですが」

「何? 聞くなら今のうちよ」

「今のうちって、そんな今後は話してくれないみたいな言い方……えっと、爆発とは? あと不可視化も」


 スフィの言い分だと、フォルトの酒場で、僕の魔力に起因する爆発があったということになる。

 まあ十中八九、僕が発動しようとした魔術が暴走したってところなのだろうが……不可視化については本当にわからない。

 あれは他者から身を隠すための術。

 隠れる側の僕から他人が見えなくなってしまっては意味がない。


「ちゃんと話すからちょっとは落ち着きなさい。前者は想像がつくでしょうし、大方その通りよ。なんで爆発したのかも、ちょっと考えれば予想くらいつくはず」

「考えればですか。そういえば、この転生体で初めての魔術でした。でも炎雷ファイアボルトなんて難しい術ではないはずでしたし…………ん? あー……」

「何か、思い当たる節があったのかしら?」

「この何百年かで大分勘が鈍っていたようなので、力の方もかなと思い……全力でやりました」

「……………………!?」

「?」


 当時を振り返ってみた僕の言葉に、スフィが唖然としたような顔をした。

 一瞬理解が追いついていないとでも言いたそうな顔を見せた、その直後。



「ッはああぁぁぁ!?!?」



 呆れと驚愕の入り混じった鳴き声が、大盛況の酒場全体に響き渡った。

 それはもう、あちこちで騒いでいる客たちの声を全てかき消し、彼らの目を一身に集めてしまうほどに。

 そして僕たち二人に向けられた目線は、すぐ僕一点に集中する。

 男――いや、『オス』が『メス』に向ける目。

 受ける側になって初めて分かったが、これはかなりの鳥肌ものだ。

 フォルトの酒場の時といい今といい、この体に生まれ変わってまだ顔は確かめていないが、僕の容姿は顔を含めてかなりのものらしい。


 それでもって、酒場の片隅にぽつりと座っている美女を見つけた時……本能に素直な男がとる行動は決まっている。

 俗に言う、ナンパというやつのはじまりだ。

 案の定、僕たちが腰掛けるテーブルの周りは、あっという間に取り囲まれてしまった。


「なあなあお嬢ちゃん! なんだいこんなとこでしみったれて!」

「名前は? 俺たちと飲もうぜ!」

「いーや俺らとだ!」

「バカ言え! お前ら稼いだばっかだろ!? ここは俺らに譲れっての」

「それとこれとは話が別だ! それに稼いでんのはそっちも同じだろうが」

「やるのかゴラァ!」

「望むところだ! こんな美人さん、逃したら婚期を失っちまう!」


「いやー、あのー……」


 なんか勝手に景品にされてる。

 酒のノリも半分あるのだろう。取り囲んでいた男たちは、僕のナンパ権をかけて早速取っ組み合いを始めようとしていた。

 僕は基本的に物静かな方なので、こういった絡み合いはあまり得意ではない。

 というかナンパをされる気は毛頭ないし、ここは一旦逃げるのがいいか。


 スフィに目配せを送ると、彼女は少し申し訳なさそうに視線を外してから僕の肩に飛び乗る。

 思っていたよりも素直な反応に少々驚いたが、僕は客たちの気がそれているうちにと、足早に酒場を後にした……いところだったのだが。

 扉をくぐったすぐのところで、何故かスフィが引き留めてきた。


「待って」

「はい?」

「あっちにしましょ」

「え? ああ、いいですけど」


 スフィがあっちと言って指さしたのは、酒場の建物を曲がった場所。建物と塀との間にあるわずかな空間だ。

 一応物陰にはなるし、そうそう見つかることもないだろう。

 わざわざ酒場から離れずこの場所を指定したんだ。考えがあってのことなのだろうと解釈し、黙って足を運んだ。


「その、さっきは悪かったわね。大声出して……でもそれだけのことをしたのよ。そこはちゃんと自覚してよね」

「そこは、そうですね」


 要は、僕の力は思っていたより衰えてはおらず、練りすぎた魔力が暴走・暴発して、爆発を起こしたということだ。

 魔力とは生命力にも等しい力。想像以上に練りすぎてしまった魔力に体が参ってしまい、気絶したということだ。

 これでも神になる前はある程度名の知れた人間だった。そのままの力が、この華奢な少女の体で耐えられるとは思えない。

 いや、実際はもう少し耐えられたのかもしれないが、心と体の準備が足りなかった。


「うん。ちょっとやりすぎたようです」

「ちょっとって……でも、よく一軒だけで済んだとは思うわね。あなたが本気を出せば、こんな都市塵にすることも可能でしょうに」

「でも正真正銘、僕は全力でしたよ。もしかしたら、彼らが張っていた結界のおかげかもしれませんね……無事だと良いのですが」

「それはそれで怖いわよ。というか自分を襲ったやつらの心配とか、あなた相当お人よしね?」


 やれやれとしてみせるスフィに、僕はニコリと笑って返す。

 正直今の言葉には思うところが多少あるのだが、まだ黙っておくことにした。

 それよりも……


「スフィ、ちょっと気になったんですが……やたらと僕のこと詳しいですね?」


 具体的には前世の、神になる前の僕について。

 神であった僕のことに詳しいならわかるが、格下に興味が無さそうなスフィが、当時は人間であった僕のことに詳しいというのは気になるところだ。


「当然よ。これも本当に遺憾なことだけど、イアナ様はあなたの――――」


 そこまで口にしたところで、スフィはハッとしたように両手……いや、両前足で口をふさぐ。


「? 僕の、なんです?」

「なっ、なんでもない! イアナ様がたまたま知っていたのを引き継いでるだけよ! いーい!?」

「……そうですか」


 この時の彼女の表情はなんとも複雑なものだった。

 若干頬をあからめつつも、言ってはいけない禁忌に触れたかのごとく青ざめている。

 すぐにそっぽを向かれてしまったのでそれ以上はわからなかったが、どうやらイアナさん(スフィ)には、僕に対して何か隠し事があるらしい。

 まあこの辺はまた追々……時が来れば知ることもあるだろう。

 少なくとも今はその時じゃなかったということだ。


「また話を逸らしてすみませんでした。続きをお願いします」

「まったくよもう! 今後は気を付けて頂戴」


 

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