第5話 天の使い
「魔獣、ですか? でも……」
魔獣とは、突然変異などにより体内に魔力と少量の魔素を宿した動物のことを指す。
環境によってはそのまま
しかし僕の見る限り、その首輪をしている様子がない上、飼い主らしき人影も見当たらない。言葉を発するというのも……もしかしたらできるのかもしれないが、僕の知る上では聞いたことも見た事も無い。
それにこの子、まるで僕のことを知っているかのような口ぶりじゃなかったか?
「神の使いであるこの私を魔獣なんかと一緒にするとは、随分と失礼な物言いね。人間」
「……今、なんと?」
「失礼って言ったのよ。人間」
「いやいやその前……神の使いとか言ってませんでしたか?」
「聞き間違いじゃないわよ。やっぱり失礼ね」
プイっと、神の使いを名乗る獣はそっぽを向いて言った。
この態度はあれだ、格下を見下してるタイプ。
神の使いということは、魔獣ではなく『神獣』ということになるか。
神獣とはその名の通り、神が使役する使い魔のことを指す。
とはいえ、これも魔獣とさほど変わりはない。魔獣から魔素を取り除き、代わりに神の加護を与えられたものが神獣である。
一応見分ける手段のようなものは存在するのだが、見間違えても仕方ないだろう。
許して。
「というか僕、一応最高神様の次に偉いハズなんですけど……」
「
「やっぱりそのタイプですか」
「やっぱりって何――まあいいわ、話を戻しましょう。私の名はスフィ。イアナ様の命で、不本意ながら
「なるほどイアナさんの。それで聞き覚えがあったんですね……スフィの声はい穴さんにそっくりです。」
「当り前じゃない。私はイアナ様の――イアナ様をさん呼びとはまた不敬な人間ね!! しかも私のことは呼び捨て!? …………いえ、どうせこれから長い付き合いになりそうだし、私のことは非常に不本意だけどそれでいいわ。非常に非常にひっじょーーーーに不本意だけど」
「やたら不本意を強調しますね」
「事実だもの。いーい? いくら私の毛並みが良くても気安く触らないこと――ふにゃっ!?」
触るなと言われれば触りたくなるのが人情というもの。
こんなふわふわふかふかそうな毛並みならなおさら。
気安く触るなと言うスフィの首回りを、僕は何の躊躇もなく両手で優しく包み込んでやった。
きめ細やかな毛並みは見た目以上に僕の手を優しく撫で返し、今日の不運を全部洗い流してくれるかのように癒してくれた。
ずっともふもふしていたい。
「あなた! 私の言うこと聞いてっふにゅうぅぅ」
「お、今の声可愛いです」
顎下の辺りをなでてあげたら、スフィがすごく気持ちよさそうに鳴いた。
口調や性格は強気なお姉さんっぽいからちょっと苦手だけど、これは素直に可愛い。
最初は抵抗されるかと思い、ちょっと恐る恐るだったのだが、意外にそういった様子がないのでしばらくもふもふを堪能させてもら……おうとしたところで、ふと我に返った。
周りは瓦礫の山、そして生死不明の男たち。
そういえば野次馬の一人もいないのが気になるが、何にせよこんなところでいつまでも油を売っている暇はないのだ。おそらくこのスフィとの合流が僕の酒場に来た目的とみて、名残惜しくももふもふから手を引くことにした。
「? やめてしまうの――ハッ!?」
「あれ、続けてほしかったですか」
「ばばばばかを言わないで! わわわ私が気持ちよさそうにでも見えた!?」
「ええ、とても」
「演技よ演技! いーい!? 今後は気安く触らないでちょうだい!」
「わかりました。では今後は絶対にしません」
「えっ……い、いえ! 分かればいいのよ。わかれば……」
耳と尻尾をしょんぼりと垂れさせ、あからさまに残念そうな表情を見せるスフィ。
もしかしてこの神獣、意外とチョロいのでは?
フム。また今度奇襲をかけてみよう。
「わかったなら別に絶対ダメとは……じゃなくてぇ! まったく、あなたのせいでまた話が止まっちゃったじゃないの!」
「気持ちよさそうでしたけどね」
「黙らっしゃい! もう進めるわよ。私についてきなさい」
「あ、はい」
なんだろう。見た目が完全に愛玩動物なだからか、怒っていてもどこか愛らしさがある。何回か憎まれ口をたたかれたような気がしたが、不思議と悪い気はしない。
これも一種のギャップ萌えというやつ?
そんなことを頭の片隅に思いながら、僕はすたすたと小走り気味に歩き始めたスフィのあとを追おうとする。
だがその前にと、僕は自身の後ろに倒れている男に目を向けた。
「…………」
僕を騙し、ここまで連れてきた張本人。
僕と同じ名を名乗った大男。
正直言って、彼を心配する必要なんてかけらもない。
実際問題、神とて選り好みをする。
悪事に手を染める輩となれば、見捨てる神も多くいるだろう。
でも僕は、生死の心配以前に、どうにも彼を見捨てられない。
これが幸福の神として不幸な民を憐れんでいるのか、僕個人として思うところがあるのかはわからない。
今はどうしようもないのが本当のところだが、またいずれ、彼とはひと悶着あるような気がした。
「……今は、ご無事で」
その「いずれ」が来る時までは。
ただ一言短く残し、スフィのあとを追っていった。
◇
「うぉっ!?」
フォルトの酒場を後にしてから一分弱。
僕が思わず声をあげてしまったのは、いきなり周辺に人の姿が現れたからだ。
密集しているというほど集まっているわけではないが、三メートルそこそこの道には僕と逆方向に歩いていく人が数多くいた。
後ろを振り向いてみると、その人々は総じてフォルトの酒場跡に集まっているようで、ついさっきまで僕が見ていた光景とは完全に真逆のものだった。
「ちょっと! 急に変な声ださないでくれる?」
「いやだって、人が……」
「はぁ? 当り前じゃない。あんな爆発音があれば誰だって……ってあなたもしかして、今まで
「そうですけど……」
スフィさん? なんでそんなにあんぐりしてらっしゃる?
「もうあなたなんなのよ……こっちも訳分からなくなってくるわ」
「安心してください。僕もわかってません。えっへん」
「えっへんじゃないわよ! もう、今は急ぐ!」
「あっ、ちょっと待ってくださいよー」
いきなり全力疾走を始めるスフィを、僕も急ぎ走って追いかける。
一歩、また一歩と僕との差をつけ、スフィは街路を駆ける。僕は見失わないように必死に追いかける。
時たま立ち止まって僕が追い付くのを待っている様は、微妙に頭にくるドヤ顔をしていた。
そんなことを何度か繰り返していると、僕たちは目抜き通りに出てきていた。町の門がまだ見えるから、僕がフォルトとあった場所からそう遠くはないはずだ。
「ほら、着いたわよ」
「……え?」
着いたって、どこに?
そう思いながら視界をあげてみると、十メートルほど石畳のアプローチを挟んだ先……そこにはまるで城かと見紛うくらいの、巨大なレンガ造りの建物が待ち構えていた。
そして看板にはでかでかと『酒場』の文字が。
「あれ? ここは……」
「私があなたのことを待っていた酒場よ。順を追って話してあげるから、さっさと入るわよ」
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