第9話 ギルマスの提案
「そぉらどいたどいたあーっ!! ギルマスちゃんのお通りだよー!」
未だ取っ組み合いの最中にあった酒場の中を、僕の手を引くネリスは椅子もテーブルも関係なしに駆け抜けていく。
椅子を踏み、テーブルを(料理は避けて)踏み、どかなかった連中も足蹴にして、僕はもはや地に足をついていない。
ただ引っ張られるだけ引っ張られて、二階へ続く階段を駆け上り、そのまま最上階である三階へ。
そこにただ一つだけある、いかにも偉い人の部屋と言わんばかりの豪勢な扉の中へと入っていった。
その部屋――ネリスの執務室にたどり着いたところで、ようやく僕の腕も解放される。同時にスフィが僕の肩から治癒魔術を施し、先ほど槍でやられた傷を癒してくれた。
ネリスはスフィの思わぬ行動に「おっ」と声をあげ、興味深いという目でまじまじとスフィを見つめる――と。
「何見てんのよ。ていうかアンタ気を付けなさいよ!! 飛ばされるかと思ったじゃないの!!!」
番犬が侵入者に吠えるが如し怒りをあらわにするスフィ。
だがしかし、その愛玩動物フェイスは変わらないのであまり怖くはない。むしろ可愛ささえ感じてしまう。
うん。可愛い。でも耳元でうるさい。
「ごめんごめん。あーでもしないと、あの連中ルティアちゃんとっ捕まえてただろうからさ~」
「っ……それはそうかも――って、アンタそんなところから知ってんの!?」
「え? 最初に言ったよ~、ずっと見てたって。もちろんスフィちゃんが一匹だけでここに居た時からね。一回どっかいっちゃった時は目を離してたけど」
「!!」
ネリスの言葉を受けたスフィが、まるでネコのように全身の毛を逆立てて威嚇する。
僕もそこから見ていたとは驚きだったが、考えてみれば不思議なことでもないことはすぐ理解できた。
首輪をしていない魔獣が一匹で自分の居場所をうろうろしていたら、そりゃ怪しくも思うだろう。とはいえ、実際見られていたほうはいい気分じゃないとも思うが……。
あーでも、スフィの場合は人間に監視されていたって事の方が気になるのかな?
「ありゃりゃ。藪蛇だったかナ?」
「元々人嫌いなんですよ、この子。なので気にしなイダダダダダダダ」
理不尽な噛みつき攻撃が僕の頬を襲う!
余計なこと言うなってか!
いや、本当に痛い。これ歯形残ったりしないよね?
「ありゃりゃりゃ……今度から気を付けるよ~。――でさ、ずばり聞いちゃってもいいかな?」
「いったた……なんでしょう」
「ルティアちゃん。〝あの酒場〟を木端微塵にしたのは君かな?」
「!!!」
突然の爆弾発言に冷や汗がにじみ出る。
まず間違いなく、フォルトの酒場でのことを言っているのだろう。
だが話を聞いた限り、ネリスは当時のことを見ていないはずだ。
それにこんな質問をしてくるということは、僕とスフィの会話も聞かれてはいない。
仮にスフィがいなくなったタイミングから推測したとしても、それだけだ。いきなりこんな質問を投げつけるのには証拠不十分というヤツだ。
……どうする。
嘘を通せるとは思えないが、果たして素直に頷いても何があるか。
「ああ勘違いしないでね! もう何もしないよ。わたしは確認をとりたかっただけだから。でもその様子だと正解かな?」
「…………はい」
少し間が空いた。
これまでの僕なら素直に頷いていたかもしれないが、不運続きの今の僕は疑心暗鬼になりつつあった。
ネリスの言葉に嘘は無いように思うが、だからこそ少し怖かったのだ。
「そっかぁ。実はね、わたしの魔力感知スキルに引っかかったんだ~。あの爆発の時に感じた魔力と、ルティアちゃんの気配がなんか似てるなーって思ったの。で、悪いヤツならこらしめた後然るべき場所に連れてくつもりだった。こういう時って、話すより一戦交えた方が早いからさ!」
「それは……そうですか」
「って言っても、君が悪い子じゃないのはすぐにわかった。何か理由があったんじゃないかな? あそこは黒い噂も耳にするからね~。よければ詳しく聞かせてほしいんだ」
「…………」
ネリスの目から威圧感が抜けた理由が分かった気がした。
僕が悪人じゃないと分かったのは、きっとあのタイミングだ。それなら猶更戦う意味なんてなかったと思うのだが、念には念をというヤツだろうか。物騒な話だが。
ともあれ、話しておいても損はないか。
全部そのまま話すわけにはいかないが、少なくともネリス達冒険者ギルド、そしてこの町が敵に回るということは無いだろうし。
僕は小さなため息の後、町についてからのことを話し始めた。
◇
「なるほど~、それは大変だったね。襲って悪かったよ~」
僕の事情を理解したネリスが、ごめんごめんと笑顔&ジェスチャーでもって平謝りを見せつけてくる。
本当に悪いと思っているのか怪しいところだが、幼い少女の外見でやられるとどこか憎めない。許す。
「でもでも? そうなるとルティアちゃんは魔力カツカツ状態でわたしと戦ってたってことになるね? すごいね!? ちょっと掻っ捌いて中身見てもいい!?」
「いきなり何言い出すんですか!?」
「えへへ~。ジョーダンジョーダン」
そんなに目を輝かせて冗談とか言われてもまるで説得力がない。
このままだと本気で何かされそうな気がして、体が勝手に一歩後ずさる。
少女だから憎めない?
少女が掻っ捌いて中身見たいなんて言うもんか!
撤回だ撤回。
などと思った時、ネリスの表情から本当に幼さが消えた。
威圧感を感じるほどじゃないが、正真正銘、ギルドマスターのネリス・カーマリナンがそこにいた。
「事情はわかったよ。でもあれだけの爆発を起こしちゃったんだし、魔術が絡んでるとなれば、早いうちにギルドにも調査の手が回ってくると思う。正当防衛なのは明らかだし、そのことはわたしが何とかしておこう。でもその代わり~」
「代わり……?」
「うちのギルドに入りたまえ! ギルドのメンバーなら、わたしだって無下にはできないからね!」
「……なるほど」
悪い話じゃない――というか、むしろできすぎているまである。
冒険者ギルドに入るには試験というものが存在するが、冒険者の資格があればある程度の身分証になるし、魔獣を連れて歩くことも認可される。
僕の恩寵を取り戻すという目的を果たすためには、都市や国を渡り歩く必要も出てくるだろう。
そのためにも冒険者という資格は取っておいて得こそあれど、損になるということはほとんどない。
でもネリスからしてみればどうだ?
僕をギルドに迎え入れ、尻拭いをすることに得があるのか?
危険かもしれないが、聞いておいた方がいいか。
「一つ……聞いてもいいですか」
「お? なんだい?」
「その、どうしてそんな提案をするのかと思いまして……僕にとっては願っても無いことですが、ネリスにとって得があるとは思えなく――」
「よくぞ聞いてくれたね!!」
「わっ!?」
いきなり距離を詰め、前傾姿勢で顔を近づけてくるネリス。
しかしその勢いとは裏腹に、彼女の表情はどこか影がかかっているようにも見えた。
「さっきの話を聞いてね、是非ともルティアちゃんに引き受けてほしい仕事があるんだ~。あ、もちろん先に能力測定はするけどね!」
「僕に……ですか?」
「うん。いやぁまー、実のところ中々引き受けてくれる人が見つからなくて困ってた仕事なんだけどね。ルティアちゃんにも関係があることみたいだったから、どうかなって! 勿論報酬は出るし、試験代わりにもなって一石二鳥ってね!」
ネリスは口を動かしながら机を回り込み、引き出しの中をごそごそと漁りだす。
そうして一枚の依頼書らしきものを取り出すと、僕に見えるように突き出した。
「……! それは」
「そ! ルティアちゃん、ポーション盗まれたって言ってたよね。その犯人をとっ捕まえてきて!」
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