第2話 幸運とは一体★

いったいですねこのヤロウ!!」


 体を跳ね起こし、乱雑に下界へと落っことしてくれたイアナさんに文句を叫ぶ。

 納得したと言ったな。あれは嘘だ。

 まさか本当に激突寸前でマジの急ブレーキをかけてくるとは……普通に死にます、それ。

 今度会ったらこの気持ちを感想文にまとめて送りつけよう。


 とまあ、イアナさんへの苦言はここまでとして、現状を確認。

 どうやら僕が落ちてきたのは平原のようだった。

 近くに見える道の先には、人工物と思しき壁が見える。見た感じレンガの壁だろうか?

 雰囲気からして、おそらくは大きな町……都市といえる場所だろう。

 僕の恩寵を取り戻すためには、より多くの人を救う必要がある。最初の目的地として、人が密集している都市は最適だ。


「はぁ……まあいいです。早速あの町――って、ん? あれ、今僕がしゃべりました? しゃべりましたね」


 僕の喉から発せられた声は、どう考えても男性のそれではなかった。それはもう、凛と鳴り響く鈴の音のような、声だけでも美少女であると分かってしまう感じの女声だった。

 まさかと思いさっと目を下に向けてみると、胸部には足元が見えないほど大きな障害物。

 信じられないと右手で触れてみると、それが確かに存在するもので、自分自身の体なのだとイヤでも自覚させられる。


 ……平然と自己解決しているように見えるが、内心動揺しまくりである。


「何が起こってるんですか……なんで僕、女性になってるんですか……」


 無論のこと、何故かという疑問に対し答えが返ってくることはない。

 元からそこまでいい体躯ではなかったが、僕は間違いなく男神だったはず

 女顔だったというわけでもなかないし、どっちかっていうとナイスガイな類だったとも思う。

 それもふまえてみれば、間違えて女性に転生させてしまうなんてことはあり得ないはずなんだが……いや、まさか?


「まさかイアナさん……? イアナさん!?」


 わざとですか!?


 そう思うともうそうだとしか考えられない。

 何しろ彼女は生と死――輪廻転生を司る女神。

 転生時に性別をいじくることなど造作もないことだ。管轄外なので詳しく知っているわけではないが、たぶんそう。

 でもそれならそれで何故?


「この体に関してはてんで意味が分かりません……また感想文の文字数が増えました。いつになるかはわかりませんが、今はその時を楽しみにしておくとしましょう。それよりも――」


 体が変わってしまったとあれば、そちらの確認も必要だ。

 変化を自覚したことで、今までは無かった物理的な違和感を覚えてしまった。

 なんだか肩と頭が重い気がするし、下半身が色々な意味で心もとない。


 肩が重いのは豊満な胸、頭が重いのは髪が長いせいだろう。綺麗な銀髪だが、これはこれでまた面倒そう……。

 あとこの感じは服装も女性服に変わっている。

 裸で放り出されるよりはマシかもしれないが、このスースーする感じ……よりにもよってスカートにされてしまったらしい。

 胸元より下はよく見えないが、どうやら一般人が着用するような私服ではないように思う。

 白と黒の局所的にフリルが施されている物――あれ、これあれでは?

 貴族の使用人が身に着けているのを見たことがある。


「確かあれだ、メイド服ってやつ……おや?」


 スカートのポケットに手を入れてみると、何やら二つ折りにされた紙が入っていた。

 開いても手のひらに収まるほど小さなもので、そこにはたった一言、短くこう記されている。



 〝都市の酒場を訪れなさい〟



「随分おおざっぱな指令書ですね……」


 都市というのは、目の前に見えているアレでいいのだろう。

 文句ばかり言っていてもしょうがない。何処に行ったらいいのかを指定してくれるのは、あちこち駆けまわる面倒が省けていい。

 ここは素直に感謝しておこう。


「ひとまずは行きますか。面倒事はさっさと終わらせるに限ります」


 目的の都市までは目算でざっと三百メートルと言ったところ。

 僕は気を取り直し、初仕事への第一歩を踏み出――


「うぎゃっ!?」


 踏み出そうとして、盛大にずっこけた。



 ◇



 僕が都市を目指して歩き始めてから二十分。

 門前。


「ゼェ……ハァ……絶対おかしい。なんですかこれ……!」


 深い水堀を跨ぐ橋の上で、僕は今まで見たこともあった事も無いような事態に嘆く。


 目算三百メートル。

 これだけの距離を歩いてくるのに二十分もかかってしまったのだ。

 何度も何度も、何もないハズのところで躓き転んで、起き上がって歩いて。

 これを繰り返していたら二十分も経っていた。


 というか僕、産まれてこのかた転んだこと十回も無いと思うんですよ!

 なのに急に、このニ十分で軽く十回以上は転んでますよ!

 おかげで服もあっという間に汚れましたよ!


 絶対おかしい。

 僕に身に何が起こってるって言うんですか!?


「な、なあ嬢ちゃん大丈夫か?」

「!!!」


 憐みの目で歩み寄ってくる門兵に、僕は思わず目をそらしてしまった。

 だって恥ずかしすぎるもの!


 ここは平原。

 当然、道を歩いてくる人もある程度の距離からは一目でわかる。

 つまりはそういうことだ。


 この門兵はばっちりと見ていたわけですよ。何度も何度も転びながら、必死にここまで歩いてきた無様なの姿を!!


「嬢ちゃん……とりあえず、中で茶でも飲むか?」

「その優しさは心が痛いです……」


 涙が出そう。

 傷付いた膝の痛みと、門兵さんの表情と、僕のあまりの哀れさに。


「ん? そういえば嬢ちゃん見ない顔だな。どこから来たんだ?」

「え? えっと、それはその……」

「?」


 ま、まずい。

 どこからと言われれば天界からなのだが……ここで天界などと口を滑らせてしまえば、間違いなく面倒臭いことになるだろう。

 不審者扱い間違いなしだ。

 良くても冗談と捉えられるだけと言ったところ。

 でも僕はここがどこなのかもまだわからないし、下手に地名を言ったら余計に怪しまれるかもしれない。

 この場をやり切るには――――ええい!


「えーっと……う、上の方から?」

「上? 上ってーと北のことか。確か森を抜けたあたりに小さな村があったな……なるほど。その恰好からして、貴族の屋敷に出稼ぎにきたってとこか」

「え? あ、ああはい! そう、です」


 あからさまな嘘。

 窮地を切り抜けるためとはいえ、神様的にまた少し心が痛む。

 まあ神様といえど嘘をつくときはつくのだが。門兵の優しい表情がまた一層、僕の心をえぐってくる。


 なんだろう?

 まだ町の中にも入っていないのに、僕の心がどんどんすり減ってくのですが?


「よくいるからなぁ、田舎から夢見てやってくる子は。嬢ちゃんの場合、そそっかしくてちと――っと悪い悪い、話がそれたな。うん、ほかに怪しいところはなさそうだし、通っていいぞ」

「え……いいんですか?」

「お、何だァ? 何かやましい事でもあるのかァ?」

「なななないです!」


 門兵からしてみればどこの馬の骨とも知れないわけだし、もう少し怪しまれるものかと思っていただけあって、正直拍子抜けしてしまった。

 都合よく解釈してくれたのは、僕の恩寵のおかげということにしておこう。


 精神的ダメージを少しでも緩和しようと自分に言い聞かせていると、門兵は腰に下げたポーチへと手を伸ばし、薄水色の液体が入った小ビンを取り出した。

 おそらく液状回復薬……下界ではポーションと呼ばれているものだ。

 この色は応急用の比較的安価な物だが、かすり傷や小さな切り傷なんかは一瞬で塞いでくれる。


「これ持っていきな。そのくらいの傷なら塞がるはずだぜ」

「え?」


 なんですかこの人、親切を絵に描いたような人ですね!?

 僕よりよっぽど神様らしくないですか!

 ちょっと自信無くしてきますよ!


 ダメ。

 僕はこれ以上ここにいたら彼の神聖なオーラに負けてしまいそう。

 幸運と幸福の神としてこれ以上にないほど情けないが、お言葉に甘えてとんずらこいてしまおう。

 一応、最低限お礼は告げて。


「ありがとうございます、では行ってきます」

「おう! 嬢ちゃんかなり大変だろうけど……頑張れよ」


 憐みの目はやめてください!

 いつもはこんなじゃないんですよ!


 神々しい門兵……いや、門兵さんに心の中でツッコミながら、僕はようやく開かれた門をくぐる。

 なんだかここまでがものすごく長かったような気がして、何かを成したわけでもないのに達成感のようなものまが湧いてきた。

 先ほどまでネガティブな方に寄っていた心の方も、達成感ににせられてか明るさを取り戻していく。

 足取りも軽く、先ほどのように転ぶようなこともない。

 それだけで心が躍る。


「さて、確か酒場に行けでしたよね」


 門を抜け、今僕がいるのは馬車がすれ違っても余裕があるほどの大きな通り。目抜き通り、メインストリートというヤツだ。やはり都市なだけあってそれなりに人通りもあり、脇には屋台も散見される。

 適当に酒場の場所を聞いてみよう。

 ……と、その前に。


「傷、塞いでおかないとですね」


 汚れてしまった服の方はどうしようもないが、折角ポーションを貰ったことだし、治せる傷は治しておかねば。

 僕は一旦立ち止まって建物の壁に寄ると、右手に握りしめていたポーションの栓を抜きこうとした――その時。


 パシッ!


「え?」


 何かが目の前を通りすぎたと思った瞬間、僕の手からポーションが無くなっていた。

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