第1話 神様、喰い殺されたってよ。
真っ白な世界。
上も下もわからない……いや、影が落ちる分下はなんとなくわかる。
なるほど。ここが噂に聞く魂を循環させる空間か。
通称転生ルーム。
「な~~にやってんですか、あなた」
「いや~、何って言われましても……死んだとしか」
「それが何やってんですかって聞いてんですけど」
簡潔に説明しよう。
ついさっき、下界に降り立った一人の神様が死んだ。
まあ、言うまでもなくこの僕。
人の身でありながら、生前の頑張りで神にまで上り詰めた幸運と幸福の神、フォルトだ。
降り立った森の
まったく、幸運の神が聞いてあきれる最期である。
「……はあ、幸運の神が聞いてあきれますね」
「ははは。今全く同じことを思ったところです。転生の女神イアナさん」
「笑いごとじゃないのだけれど!?」
あー本当だ。
まったくもって笑い事じゃない。
何せ幸福を司るこの僕が死んだのだ。
それが意味することはただひとつ。
下界に僕の恩寵が無くなるという事!
本当になんてことか。
こんなにも大変な事になったというのに、何故こんなにも愉快なんだろう!
ああ、笑いが止まらない!
「あれかな、もう僕の心はヤケクソになっているらしいです」
「ならないでください! あなたが死んだら……て、もう死んでますけど。私の方にも負担が回ってくるんですよ!」
「そりゃそうですよね。僕の恩寵が無くなれば作物は育たなくなり大地も枯れ、人々は飢餓に苦しみ死に絶えて、転生ルームは大賑わい」
「分かってるならそのニヤケ面をただしなさい」
「何を言いますかイアナさん、僕の一瞬の不運が世界を滅ぼすんです! もう笑うしかないでしょう! あっははははは」
「ダメだコイツ……もう壊れてる……」
壊れてるとは失敬な。
これでも下界と天界の行く末を案じている。
案じたうえで、どうしたもんかと頭を抱え、頭を抱えた末に笑っているのだから。
……訂正しよう。やっぱり壊れてるかもしれない。
「神が死ぬなんてそうそうあることじゃありませんし、すぐに次を立てると事も難しいです。ましてや高神たる
「そして世界が滅びれば僕たち神々がいる。もしくはいたという認知も消え、神という概念そのものが消滅しかねない……つまり僕のせいで皆死ぬことになるわけですね」
「……分かってるじゃないですか。だからその吊り上がった頬を戻しなさい」
「この笑いは意思ではどうにもなりません。無理です」
「ああ、そうですか……」
おや、思っていたよりも諦めが早い。
ため息混じりに頭を抱えるイアナさんにそんなことを思っていると、彼女はちらりと一瞬だけ目をそらし、再び僕に目を向ける。
不思議なことに、その目には生気が満ち溢れていた。
これから世界ごと自分たちも消滅するというのに。絶望の色を感じさせない目……どうしようもないというのに、この絶望に立ち向かわんとばかりの生気を感じてしまった。
「うーん? なんだか嫌な予感がしてきました」
「嫌な予感ねえ……。フォルトさん、そろそろ気が付きませんか。なぜ死して神霊となったあなたが、下界の魂を循環させるこの空間にいるのか」
「訂正、嫌な予感ではなくものすごく面倒臭い予感」
「あなた本当に神ですか」
またまた失敬な。神でしたとも。
元をたどれば人の身ですが、頑張りに頑張って神にまでなったエリートですよ?
ただそれ以降は、人より運がいいから全部それに任せていて、ちょっと自堕落にしていただけです。
だからその分他の神々より面倒臭がりなんですよ。許して。
そこ、蔑むような目を向けない。
……とはいえ、看過できないことになってしまったのもまた事実。
僕が死んだあとにここに呼ばれたことに関しては大体予想が付く。
「はぁ。大方責任を取れって言うんでしょう? 再び人として下界に転生して、ひと仕事してこいと」
「そうです。わかってるじゃないですか。詳細の説明はいりますか」
「そっちも大体分かってますよ。
「ええ、その通り」
仕事内容とは、それすなわち『恩寵を取り戻す』こと。
神々の恩寵は、担当する神の体――器と魂がそろって初めて顕現するもの。
しかし僕の体は魔獣たちに美味しくいただかれ、当然僕に宿っていた恩寵は霧散してしまった。
でもこの恩寵、実はただ消えるわけじゃない。
霧散し世界中に散らばった幸運と幸福の恩寵は、消耗品として下界に一時の繁栄を招くことだろう。
つまり、一瞬これまでにないほどの繁栄を見せた後、徐々に徐々に下界は枯れていくということだ。
で……そこで僕の出番がやってきてしまう。
器と魂がそろえばいいと言ったが、たとえ転生したとしても神の恩寵はそう簡単に復活する物ではない。
特に僕の恩寵なんか、日ごろの行いの積み重ねがものを言う類。
つまるところ、下界が滅びる前に多くの善行――すなわち人々の幸福を満たすような行いを重ね、神としての力を取り戻すことが今回の仕事だろう。
まあ、僕の魂が下界にいるだけで辛うじて滅亡自体は防げると思うのだが……要はそういうこと。
「あーあ、面倒臭いなあ」
「文句言わない。下界に降りたら生身なんですから、危機管理を怠ったあなたが悪いでしょう」
「あーあ、ぐうの音もでないなあ」
「だらしのない声ださないでください! もういいですね、転生始めますから!」
面倒臭い……でもしょうがない。
やらなければ僕はもう消えるしかないですし、覚悟を決めてやるしかない。
「こんな重大任務、性に合わないんだけどなあ……」
その言葉を最後に、視界が足元の魔法陣から伸びる光柱にのまれていく。
こうして僕は、イアナさんの「この期に及んでまだほざくか」と言いたげな目に当てられながら、再び下界へと舞い降りることになった。
必ず来る衰退の時までに世界を救う……なんて言ったら、ちょっとは格好もつくだろうか?
まあ、それなりに頑張ろう。
きっと大丈夫。何せ僕は幸運と幸福の神。
死ぬほどの不運があったんだから、次はきっと大丈――。
「はいポチっと」
「え?――――!?」
ポチっとなどと言いながら、しかしボタンなどどこにもなく……イアナさんの指がパチンと鳴った。
するとなんということでしょう。瞬間、僕の体(魂)はまるで落とし穴にでも落ちたかのように真っ逆さま。
「まっさかさま……うっそだろ!?」
「ちょっとカチンと来たので」
「イアナさんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!」
穴の向こう側からイアナさんのにこやかな笑みが……見えないけど、見える。
流石に女性の前であの態度は不味かったのだろうか。
ってそれどころじゃない。
これは下界までの最短コース! むしろ一瞬で天界に逆戻りしそうな感じの!
ちょっと転生方法雑すぎませんか!
まあいいですけど! 流石にこのまま地面直撃とかはないでしょうし!
僕自身にも非はあるし……そう自分を納得させたところで、とてつもない衝撃と共に視界が暗転した。
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