第60話 異世界あっぱれ祭り

※本話はエリー視点です。今後は随時圭一以外の視点や三人称での語りが入ってきます。


「せっかくのデートなんだから、ちゃんと化粧しようか」


 圭一くんに誘われて『異世界天晴あっぱれ祭り』』に行く当日。しゃかしゃかと歯磨きをしていた弓槻にそう伝えると、鏡に映った顔がきょとんとする。

「今日は仕事の一環ですよ。エリー」

 ブクブクとうがいをしながら、弓槻の淡々とした声が伝わってくる。

 

「デートというのは付き合ってる男女が行くものなのです」

「相手と付き合いたいなって願う男の子と、まあまんざらでもないかなって女の子が一緒にいくのもデートだよ」

「エリーが勝手に決めたことですよ」

 圭一くんに誘われた時に一応声をかけたら、仮想魔術式の構築に夢中だったこの子は生返事でOKは出していたのだけど。


「そもそも土日はいつも私達と圭一さんは一緒に過ごしてますけど? その流れで案内を頼まれたのでしょう?」

 私達が異世界へ渡界するには圭一くんがいないと話にならないし、非番の日も魔法の練習でSPECを訪れることが多いから、結局週の内の殆どは一緒に過ごすことになっているのだ。


「それに私達は二心同体なのですから、デートをするなら共に好意を抱ける相手でないと。エリーはしっかりとした頼れるタイプが好みでしょう」


 そう言えば昔そんなことを言ったかな。でもああいう懸命な少年をからかって遊ぶのは前世から加算して年上な"妹"としては結構好きなのだけどね。やはり年上属性の早百合さんもあからさまに色仕掛けしては、その反応にニマニマしてて、あれはどうかと思うけど。


 と、それよりももう一方の「弓槻の気持ちはどうなの?」と尋ねると、「えっ?」と反応。こちらは実際に目と口をぽかっと開いた姿が鏡に映る。


「そんな難しいこと聞かれても……」

 そのまま首をかしげて、困った顔をする。何をどう考えればいいのか、その取っ掛かりすら分からない難問を突きつけれられたような表情。


 私は思わずついたため息を、その時の呆れた気持ちを、ぽんと送り出す。

「はいはい、こういう人間関係の機微はお姉ちゃんには難しかったね。いいから私が身支度するから、お姉ちゃんは仮想魔術式の続きでも作ってなさい」

「むう。エリーの言うお姉ちゃんはいつも母親が上の娘を呼ぶ時の"お姉ちゃん"っぽいのです」


 そのつもりで言ってるからね。かわいい子にしっかりしてね、という願いを込めてのお姉ちゃん呼び。

 私はすっと前にでる―――感覚的には。透明な暖簾のれんをかきわけるような感触の後に、手足に突然血が巡ったような、そうして初めて自分に四肢があることを気付かされたような、そんな何万何十万回繰り返した覚醒を経て。


 手にしたハサミで枝毛を処理して、薄めの口紅を引いて、まつげを整え、デートに相応しく仕上げていく。

 

     ◇◇◇◇◇


 待ち合わせは圭一くんのアパート。チャイムを鳴らすと慌てて圭一くんが出てくる。美容院か床屋に行ったのか、少しだけ髪が短く整えられて、服装はこざっぱりとしたもの。

 昨日ファム様から『素材が素材なんでこれ以上改善できんかった』というメッセージが、青い針刺しが破れて中身をこぼしてるイラスト付きで送られてきてたけど、なかなか立派なものだよ。


 挨拶した後、こちらに見惚れているだけで、何の褒め言葉もかけられなかったのは減点だけど。


 奥を見ると居間のソファからファム様の足がのぞいている。テーブルの上にはゲーム機が見える。多分圭一くんがデートを邪魔しない代わりにと買い与えた最新ゲームで徹夜して、そのまま眠ってしまっているのだろう。


 お昼ごはんの手配のメモを残してそっと出てきた圭一くんと共に、電車に乗って目的地へ。

 天晴あっぱれ祭りは私達が在籍してるSPECの本部ではなくて、転生局の主催で、会場となるのは郊外にある送り出し施設の敷地内だ。

 ちゃんと下調べしてあるのか、移動ルートや電車の乗り継ぎのタイミングはバッチリで、順調に会場までたどり着いたけど…………


 パンフレットを握り、青ざめた顔の圭一くんが自信なさげに言う。

「天晴祭りは10年の歴史のある、子供からお年寄りまで楽しめるお祭りで……」


 見回すと目に入るのは大勢の観客。だけど……うん、年配者ばかりだね。親子三代でお孫さん連れの家族もそれなりにいるけれど、私達のような十代の姿は殆ど見られない。

 それはこの祭りは転生事業の広報が目的だから、興味ある人はどうしても年配者に偏ってしまう。


「楽しいイベントがいっぱいあるんだ……」


――――正面広場で井戸掘り体験イベント始めます

――――30分後にAホールで紙漉き講習やりまーす


 メガホンを持った職員が告知に駆けずり回っている。

 転生事業はとかく富裕層を延命させる営利目的と批判されがち。だからイベントも楽しさより、途上世界の開発支援といった公共性を打ち出したものばかり。


「大迫力のワイバーンの剥製が展示されて……」

 こないだ生きて動いてるのを間近で見たよね。


「おいしい料理が味わえて……」


――――異世界御用達、じゃがいもの原種を蒸して塩ふりしましたー

――――Aクラス古代相当のご馳走。麦粥の試食会でーす

 

 渡界すればいつでも食べられるような料理、というか味よりも背景バックボーンに注目させようという趣旨の素朴な料理ばかり。


「で、でもアイドルのミニコンサートもやるとか……弓槻さん、このアイドル知ってる?」

 なぜかパンフレットにはのってなかったけど、会場にはアイドルのポスターがあちこちに貼られていた。圭一くんがその一枚を指差す。


 緊急開催という赤文字と共に一人の少女が白いドレス姿と黒いゴシック調のパンクファッションの2バージョンで、背中合わせにポーズを決めた構図。


「いえ、アイドルには興味ありませんので」

「だよね……」


 圭一くんの言葉がどんどん小声になっていく。


 うん、どう控えめにいっても女の子つれてくるようなイベントじゃあないね。

 もはや言い繕いようもなくなった圭一くんがうなだれてしまった。

 弓槻の方は仕事で来ているつもりでいるから、圭一くんがどこを案内してほしいのか、リクエストを出さないのを不思議がっているだけなんだけどね。


「あっ、そうだ。魔法のショーがあるんだ」

 圭一くんがパンフレットを裏返し、タイムテーブルの一箇所を指す。

「これ、マジカルショーって書いてあるから実際は手品ですよ」

「でも横に火球とか土壁出してるイラスト付いてるよ?」

 

「それっぽい演出するってだけです。特理法っていう、基底世界ここでの魔法の使用を制限する法律がありまして。一般の人に魔法を見せるってのは、もうそういう名目で集客するだけでアウトなのです。ほんとはこういうパンフレットみたいに、魔法を匂わせるだけでもマズイんですけど、慣例で"マジカルショー"はそういうものだってみんな分かってるから許されてる感じですね。どうしても一般公開したい時は――――」


 おっ、これはちょっと持ち直したかな。弓槻が饒舌に語りだした。やっぱりこの姉に関しては魔法の話題をだしておけば確実。圭一くんがうまいこと合いの手を入れることもあって、弓槻のご機嫌な講義が続いた。


 ひとしきり語り終えると、こほんと咳き込む。喉が乾いたという弓槻に、圭一くんがさっき紅茶の原種の試飲会を見たからもらってくるよ、と駆け出していった。


 私達は近くのベンチに座る。

「うーん、やはり気兼ねなく魔法や異世界の話ができるのはいいですね。それにエリーのことも隠す必要がありませんから」


 トラブルの元であるからと、弓槻が魔法が使えることを知っているのは親以外にはSPECで直接関係する職員だけなのだ。

 さらに言えば、その中で私という隠れた妹の存在を知る者はごく少ない。弓槻の両親にだって伝えていない。幼い頃の弓槻が口にしていたことはあったけど、イマジナリーフレンドとして受け止められているはずだ。


 学校の友達にも普段はしっかりした頼れるお姉さま系だけど、時折ポンコツ天然な面を見せるお嬢様キャラとして認識されている。


 日常的に私達二人を別人格として接してくるのは早百合さんとファム様。それに圭一くんだけだ。


「しかし、遅いですね」

 飲み物を取りに行った圭一くんがなかなか戻ってこない。行列でもできてたんだろうか。そう思っていると、スマホにメッセージも届いていないのを確認した弓槻がすくっと立ち上がった。

 そのまま圭一くんが向かった先へ歩く。

 

 少し意外に思いながらもそのまま任せていると、建屋の角を曲がった所で彼の姿が見つかった。


 ワイバーンの剥製の前で手を広げて困り顔をしている。その腕に抱えられるようにして、恐竜だ恐竜だと、子供たちが騒いでいる。


「よーし、皆! ワイバーンの炎が襲ってくるからあそこの壁まで逃げよう!」

 圭一くんの言葉に子供たちがわーっと指し示された場所まで走り出す。


「はい、今のうちに固定して下さい」

 ここの職員が走り寄ってきて、手にした工具で剥製の足元のボルトを締めだした。

 状況から察するに、設置時のミスで剥製の固定が甘かったらしい。そこへ別の職員が接触禁止と書かれた札と柵を持ってきた。本来は見物人が近寄れないようにすべき所を、手違いで触れる状態にしてしまっていたのだろうか。誰かがいじったのが固定が甘くなってた原因なのかもしれない。


 職員に礼を言われているから、通りかかった圭一くんが危険に気づいて慌てて対処したのだろう。職員二人はそのまま近くの別の剥製や展示品に向かっていった。


 そこへ入れ替わるように年配の職員が近づいてきて、圭一くんを「おい」と呼び止める。

「そのままお前は施設内の他の展示品もチェックしろ」

「なんで僕が……」

「かまわんだろう。日頃そちらの早百合様には迷惑をこうむってるんだ。愛人なら責任を取るべきだろう」


 その言葉で思い出す。その年配の職員には見覚えがある。転生局の一般職で課長職の人だ。

 この間の田中さんかもめ亭主人リュークさんのように、転生局で斡旋した顧客でも私達が絡むことは多い。その流れでこの課長は転移局を訪れているはずだ。

 圭一くんは雑務から逃げ出す早百合さんのせいで、日頃からあちこちの部署を駆けずり回っている。そこで知り合っていたのだろう。


 早百合さんをくさされた所か、愛人呼ばわりされた所か、圭一くんがむっとした顔を相手に向けるが、その身体に子供たちがまとわりついた。

「恐竜がオリに入っちゃったー!」

「おっと」


 ちびっ子たちをあやす圭一くんに、課長が吐き捨てながら去っていく。

「子供らが怪我しないように、ちゃんと確認に行けよ」


 強引に仕事を押し付けられた圭一くんが、それでも子供たちの安全を盾にされて、仕方ないという表情を見せる。

 そのタイミングでこちらに気づき、途端に顔がこわばって冷や汗をかきだした。そりゃデートの途中で女の子を放って仕事をしちゃってるわけだからね。


 仕方ないね、手伝うよ。

 私はそう言おうと表に出ようとして、柔らかな布団に包まれるような抵抗を受ける。そっと押し戻される感覚。


「仕方ないですね。手伝いますよ」

 弓槻が苦笑しながら前へ進む。

 あからさまにホッとした表情の圭一くんと共に、子供たちをやってきた親に引き渡し、展示品が納められているという建物に向かう。


 刃をつぶした農機具や機織り機や土器や。ちょっとした博物館めいた展示品を手分けして一つずつ確認。

 幸いにも触れて危険なものや、重量物で設置の甘いものは見当たらない。


 最後に鏡の歴史というコーナーへ。先に来ていた圭一くんが、古代の製法で作られたという銅鏡の台座をチェックしている。

「こっちは異常無しです」

「ここも問題無し。これで終わりだよ」


 一息ついた圭一くんが、銅鏡の説明書きに目を落とし、呪術にも使われていたというフレーズに、「そう言えばエリーって呪術も使えるんでしょ」と声をかけてくる。


「おや、鏡を使った魔法ということでしたら私も所有してますよ。あれは……」


 あら、私の出番かなと思ったら弓槻が自分の話に変更。無意識に表に出ようとしてて私はやはり柔らかな抵抗を受ける。そのまま流されてふわっと後退する感覚を感じながら、何となくそうなるだろうなと自分が予感していたことに気づく。


 銅鏡の隣に置かれた中世製法のガラス鏡に、感心の声を漏らす圭一くんと弓槻の和らいだ表情が反射される。


 ふうん。なんだ、圭一くん、結構脈はあるかもね。


 このポンコツの弓槻が。雑事や複雑な人間関係に触れるとすっと後ろに下がって、私に身体の主導権を押し付けてくるお姉ちゃんが。少しだけど自分から近づいていってるのだ。


 弓槻はそりゃあこの外見だから告白されたり距離を縮めようと目論む男の子は多かった。でもこの子は興味のないことは一切したくない性格だし、魔法習得優先の生活には、秘密をあかせない相手では支障がある。


 だから今まで親しい関係になる異性はいなかった。それがようやく変わり始めたのかもしれない。

 もちろん今はまだ、本人も意識していないような、ちょっと気になるかな程度なんだろう。それでもこの子にしては大きな一歩。


 姉の恋の芽生えを祝福する気持ちと、圭一くんにはこのポンコツな姉を受け止められる甲斐性を持てるように成長してね、という保護者心が刺激される。


 そこで、どういう流れなのか、聞き逃した会話で笑っている弓槻の顔を見て、脳裏に浮かんでくるものがあった。


『新しい世界であなたは自分の人生を歩みなさい。好きな仕事をして 恋をして 子供をもうけて そしてお婆ちゃんになるまで泣いたり笑ったして過ごすの。誰にも 何にも 縛られない 普通の女の子として生きるのよ』

 

 私の前世で一番好きだった優しい声。この世界へ送り出してくれた母さんの言葉。


 そうだね。と私はつぶやく。でもそれは私には許されない。だけど弓槻だけは…………


 私は今も笑い続ける弓槻を見ながら、ある決意を固めた。


 

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