第59話 魔王討伐
「思うんだけど、世界の本当の敵って悪魔とか魔王とかじゃなくって神なんじゃないかな」
SPECで事務仕事の最中。僕の呟きに皆が反応する。
「どうしたの圭一君、いきなり」
「早百合さん、ここは生暖かい目をしとくところですよ」
「おっ、その反応。妾が貸した
僕は壁にかけられたホワイトボードを指す。エリーが貼り出していた僕たちのスケジュールをまとめた表。
「これですよ、これ」
そこには早百合さんの週末の予定として『四級イ号魔王討伐』なる言葉が。
「魔王討伐がどうしたの? たしかに四級程度は世界の敵と呼ぶのはおこがましいけど」
「これ、早百合さんが討伐に行くのは分かるんですよ。勇者として力持ってるんだから、異世界から助けてくれって救援要請がくるんですよね? でも、そもそもファムみたいな異世界の管理者がそんな魔王とか悪魔なんて生み出さなきゃいいんじゃないのかって」
「えー、妾の方かや」
ファムが口をとがらせて不満顔。
「妾達の目的って宇宙終焉を回避できる文明を育てる事じゃぞ。魔王がおる世界ならそりゃ単純に魔王がいた方が効率よいからじゃからな」
「なにそれ」
「擬人観というやつじゃよ。象徴化っちゅうか。ほれ、河川の氾濫がヤマタノオロチっていう暴れ龍のイメージになったように、黒死病が悪魔として語られたように……な。人間にとって恐れである自然災害やらの目に見えぬ恐怖、これを具象化することで受け止めやすい形にしとるじゃろ。
妾達が魔王を用意するのも大元はその発想じゃよ。人の世に避けられぬ自然災害、病、天候不順による飢饉、そういった厄災を魔王や龍やらに受肉させるんじゃ。そうするとどんなメリットがあるかというと、人身御供や勇者っちゅう鉄砲玉の命でその手のダメージを回避なり軽減できるっちゅう寸法じゃ。
魔王がおる世界って悲惨なイメージじゃけど、実際に魔王のおらん基底世界と比べると通常の厄災が減る分、トータルの人的被害としてはちょい低めじゃぞ」
「ああ……」とそこで思い出す。
僕が放り込まれた最初の異世界で、体内に潜んだ病原菌やウィルスを悪霊という形で顕現させ、それを除霊することで治療に替えた手法。
本来高度な科学技術が発展しないと対処できない問題をファンタジー的に解決する、という意味ではあれと同じことだろう。
「まあいつ来るか分かんない大地震に怯えるよりも、地底ダンジョン最深部の巨大ナマズ型魔王を倒せば防げますって世界の方がスッキリはしてますよね」と弓槻さん。
「それは分かったけど、やっぱり最初から自然災害とか伝染病とか無い世界を作ればいいじゃん、って思うんだけど?」
「宇宙終焉っちゅう最大の厄災に対応する力を得たいんじゃから、何のトラブルも起こらん世界を作る意味はないんじゃ。というよりも作れん。妾達の業界では『楽園追放公理』と呼んどるが、どれだけ知性体を保護するようにデザインした所でなぜか必ず綻びが出て、予期せぬ厄災が発生する。
その場合はむしろ文明の寿命は短くなるでな。それならまだしも対処法が蓄積されとる既知の厄災が発生するようにデザインしといた方がいいんじゃ。
それが我がリッツの一族総出で無数の異世界を構築して得た経験則じゃよ」
「ふうん。ファム達管理者でもその辺よく分かってないんだ」
「妾って攻略本には頼らない派なんじゃ」
ファムが弱々し気に言い訳めいたセリフ。
「あと単純に敵対する種族を一方的に魔王と配下として扱ってるとか、悪い権力者を魔王って呼んでる場合は妾達にはどうしようもないわい。ほれ、この基底世界でもお隣の国の独裁者なんてきっと現地国民には魔王とか呼ばれてると思うんじゃよね」
「あー、あの国の配置って考えてみれば秀逸なデザインよね。
「えっ、何の話です?」
「魔王の話でしょ……あれ、あれって魔王じゃなかったっけ」
早百合さんが首をかしげて、ファムが竜王じゃろと反応する。何のことだ。
「私もそろそろ魔王討伐に参加してもいいと思うんですけどねえ」
弓槻さんが物騒なことを言いだした。
「四級程度なら経験積ませるためにちょうどいいんだけど、さすがにイ号は現地でのやり取りが精神的にメンドイことになるからね。ロ号の依頼も来てるからそん時に連れてってあげるわよ」
「そういや、その四級とかイ号ロ号って何ですか?」
「級はそのまんま魔王の活動時想定危険度。四級で『現地住人の1000人以上に居住や生活に著しい困難を生じさせる、若しくは身体の安全を害する』ってレベルね。イ号は『主体が知性を有し、その影響下にある構成員に社会性が認められる』って基準。要は会話できて彼らなりの社会を築いてるタイプよ。
この場合だと大抵はただ人間が敵対種族を魔王呼ばわりしてるパターンだから依頼されたから倒せばいいってわけにはいかないのよ」
異世界ものの実は魔王軍にも事情があったとか、本当は人間の方が先に攻めたとか、その手のタイプなんだろうな。
「ロ号は純粋に周囲の破壊だけを目的とした非コミュ型で、単純に潰して終わりの面倒のないタイプ。これが一番爽快感あって後腐れなく、現地住人にも大歓迎されて凱旋パレードやってお土産もらって帰ってくるっていう最高のパターンよね」
ロ号だけやってたいわあと言いながら、早百合さんがバンサイするように身体を伸ばした。
「ロ号っていつ行くんですかぁ? 楽しみですねえ」
ねだるような弓槻さんの言葉に、早百合さんが「それこそこないだ再訪したシャイリィ世界からの依頼よ。今は
異世界シャイリィ。SPECを通して転生した顧客が日本料理や中華料理の普及に頑張っていた世界。
「あの世界って魔王いたんですね。ってか劉さんもたいがい主人公オーラ出してましたけど、さすがに魔王討伐まではできないんですか?」
「四級程度ならもうイケるでしょ。ただ転生勇者と転移勇者には使い分けがあってね。今回は管理者から直々に転移タイプでって指定があるの。むしろ劉さんには間違って現地の人間が討伐しないように工作してもらってるわ」
そりゃまた何で使い分けてんだ? そう疑問に思った所で、
「魔王討伐に行くなら自分だけで行けよ」
外から冷ややかな声がかけられた。顔を向けると開いたドアのそばには紺色のスーツ姿の男性。
「えっと、福田さん?」
その人は以前僕のアパートに訪ねてきて、早百合さんに地竜をけしかけられた異郷省の役人。異境省-分枝保全局-調査課-史籍編纂室-室長なる長々とした肩書を持つエリート。
「何よ、あんた。もう地竜の毒は抜けたのかしら?」
腕を伸ばしたままの姿勢で早百合さんが挑発する。
「お陰様でな。もらったドラゴンの検体も有効に使わせてもらってるさ」
内心はともあれ、室長はメガネをおさえながら冷静に答えた。
「で、何しに来たのよ?」
「磯崎次長に会いにだ。そこでトラブルメーカーの愚痴で盛り上がってな。勢い、一言言いたくなって来ただけだ。すると子供らを魔王討伐に連れて行こうなどと物騒な会話が聞こえたのでな」
ああ、よかった。魔王討伐が物騒なんて反応、この人は常識人であったよ。
「たかが四級よ。いざとなれば私が瞬殺するわよ。そもそもゆづちゃんは魔法を使えるんだから並の軍人よりもはるかに対応力あるじゃない」
弓槻さんがむふっ、と笑顔で両手の拳を握る。
「彼はどうする」
指差すのは僕の顔。
「圭一君には周辺業務やってもらうから、直接魔王と対峙するわけじゃないもの」
「あっ、よかった。そこんとこはちゃんと考慮してくれてたんですね」
「そもそも魔王がいるような異世界へ連れて行くなと言っているんだ!
「だから
「貴様は……」
うそぶく早百合さんを睨む室長。
早百合さんが言ってるのって、実際はお茶汲みや雑用から事務作業の代行とかの意味なんだけど。
「はいはい。どの道ロ号の方はまだ確定じゃないし、週末のイ号魔王討伐は私だけで行くから、それで文句ないでしょ」
福田室長の方も不満げな表情であったが、ひとまずはという感じで会話を切り上げドアを開ける。その前に僕に声をかけて。
「君もだぞ。色香に騙されるのは分かるが、異世界には魔王じゃなくても危険が一杯なんだ。それはもう何度か渡界してるなら分かってるだろう。命を落とす前にこんな危険な環境からは離れなさい。異世界は何の力もない人間が行く所じゃないんだ」
「いや……その……」
本気で心配しての言葉と分かるだけに、僕は何も言い返せず福田さんがドアを閉めて出ていくのを見送った。
力のない人間。たしかにこれまでの異世界で、何度も危険な目には会ってきた。運良く逃れはしたけれど、基本的に自力で敵対者を倒したことは殆どない。
このSPECで将来もやっていくにはせめて身を守るくらいの力を身につけないと。
そこで弓槻さんの方に目をやると「もう、せっかく魔王討伐に入れるところだったのに、ですよ」と頬を膨らませている。
正直いつまでも護衛してもらうというのでは格好もつかないよな。
気分が沈み込むが、反対に早百合さんが気軽な調子で言う。
「まあケチついたから週末の魔王討伐は私だけでちゃっと片付けてくるから。皆はお休みにしていいわよ」
思いがけずに土曜日が休日となった。「やっほい!」ファムがガッツポーズで歓声を上げる。
「ふーん、その日は学校も休みですから一日空きますねえ。どうしましょう」
弓槻さんが手帳を開いて予定を考え中。
その横顔を見ていると、ふいにこちらに顔を向けてきて目が合う。
何ですか? と表情が問いかける。
「あっ、あのさ。ならこれ一緒に行かない?」
勢いまかせに差し出したのは一枚の紙。
『異世界
そんなタイトルの下には野菜を抱えた農家のおじさんや勇者やらが勢揃いしたイラストが並ぶ。
さっき庶務課に事務書類の提出の際に、周りに広めといてと渡されたチラシ。
何でもSPECの転生事業を管轄してる部門で、民間への理解を促すとかでイベントを開くのだという。
隣にあるビルにその部門が入っているが、実際の転生の処理は別の専門施設で行うそうで、そちらで開かれるイベント。
「僕、転生の方がどういう流れになるか知っときたいし、何かお祭りっぽいこともやってるみたいだからどうかなって」
「ファム様も?……」
「ファムはその日は新作ゲームやるんだって。だよな、ファム」
「ほーん。そうじゃよ。セカの誇る伝説的な名作RPGがオンラインRPGとして蘇った
「おっ、おう」
「初回限定の特装版な」
「そうね、いつも異世界への送迎や弓槻のトレーニングの手伝いしてもらってるもの。じゃあその日は私達が案内するね」
「ほんと!」
「DLC第一弾の衣装データも!」
「じゃあ、待ち合わせ場所だけど…………」
「うーん、妾、夢の錬金術を編み出してしまったかもしれんぞー」
それから予定のすり合わせとか事務仕事の続きを進めている内に藤沢姉妹の退勤時間に。
身支度を終えて立ち去りがてら、エリーが振り返って言った。
「ところで今弓槻は事務作業から逃げて、仮想魔術式の構築に夢中になっちゃってるから聞くんだけど、圭一君は私達姉妹のどっちを誘ってくれたのかな?」
すました顔で口の端だけどこかいたずらっぽさを含ませた表情。
「えっ、あっ、その……」
その顔にどきっとしてしどろもどろになる。
「じゃあ私達はこれで帰ります。それじゃあねえー」
こちらの答えを待つこともなく、手を振りつつエリーは小走りに去っていった。
「ないわー、今のはないわー」
早百合さんが僕の肩を抱き寄せつつ、ため息をついた。
「なっ、何がですか」
「ようやくデートに誘えたのはいいけど、まず場所がダメよね。業務に関係したイベントなんて完全なオフじゃないでしょ。断られても仕事絡みで一人でも行くつもりだったからー、同僚として誘っただけで下心ないですよー、っていう予防線バリバリ張ってるじゃない。
あれ、エリーだからそこ呑み込んでオーケーだしてくれたけど、ゆづちゃんだったら普通にもう知ってるイベントだからってあっさり断ってたわよ」
「ううっ……」
「さらにダメなのは女の子に私とあの娘とどっちを選ぶのって聞かれて、まごついてるのが最悪。嘘でもなんでもそこはズバッと即答しなきゃ」
「いや、この場合選ぶも何も……」
藤沢姉妹って二心同体なんですが?
どうすりゃいいの? 目で問いかけると、
「そんなの『両方』が正解に決まってるでしょ」
澄み切った曇りなき眼でそう言い切った。
「わお、さっすが異世界にTS転生してエルフや獣人やら全種族の女を孕ませた勇者は言うことが違うのう」
「さ、早百合さん……」早百合さんはマジモンの勇者だったのか。
「いや、あれそういう依頼だったから。旧人類が滅んだ後の世界で、南極に埋められてる新人類抹殺ウィルス無効化のために新人類たる亜人種に旧人類の遺伝子ばらまけっていう。そういう崇高な任務だから」
「最後に管理者たる妾の先輩まで孕ませて、あげく全員を認知せずに逃げ出すっていうマジ勇者じゃよ」
「うっさい! あんた休み取り消すわよ」
「卑怯じゃろそれー」
ちょっと、そこ詳しく!
※前半を改稿した所、新旧を両方読んだ方に(なろうの方で)レビューを頂きました。「2時間映画的に楽しめる」というそのコメントにストーリーの起承転結を意識した改善効果があったんだ! と舞い上がっている状態です。ありがとうございました。
正直失速気味で、当面はカクヨムコン向けの新作中編に注力して、こちらの作品では単発エピソードを不定期にあげてお茶をにごす予定でした。ですがやる気を取り戻しまして、やはりちゃんとしたストーリー仕立てにしようと、一からプロット組みました。
その分執筆に時間がかかるため、続きは間が空きますが、今のテンションなら書ききれるだろうと予感しています。改めてお礼申し上げます。
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