第四章 夏やすみの い世界ぼうけん記

第58話 鎮魂の舞

 ※前半部分を大幅に改稿しました。この世界の転生斡旋業がどういう仕組で流れているかの説明を入れたり、最初の異世界に圭一だけでなく全員が訪れてスタンピードに巻き込まれるという形に話を変えました。


 それに伴い話数が減っていますが、本エピソードが5ヶ月ぶりの最新話となります。合わせて章分けも行い、第四章は藤沢姉妹絡みの短めのエピソード集と位置づけています。改めてよろしくお願いします。

 

     ◇◇◇◇◇ 


 右手で転がしていたローラー距離計が五十メートルを示した所で僕は立ち止まる。

 左手に持った木の棒をその場の地面に突き刺す。少し揺らしても倒れる様子がないのを確認すると、数歩離れて手を振りながら声を上げた。


「準備オーケー!」

「行っきますよ~!」

 遠くで大きく手を振り返していた弓槻さんが魔法を展開。


氷槍チューピット用意セット

 突き出した右手の先に生み出されるは三十センチ程の長細い氷の槍。先端のつらら状の尖りが日光にきらめく。


照準モジュレート良しゴー―――発射ファイヤー!」


 距離があって声はよく聞こえないけれど、もう何度も繰り返しているからどんなタイミングでその呪文が唱えられているかは分かる。

 発射の宣告からほぼ間を置かずに目の前の木の棒、その先に取り付けた大きな葉っぱに氷槍が命中。そのまま十数メートル進んで地面に落下。


 お見事!―――そう称賛の意味を込めて手を真上に。

 今にも飛び上がりそうな笑顔で弓槻さんが両手を上げて応える。


 僕らがいるのは異世界『スマーク』。今回は任務ではなく、プライベートでの訪問。いや、目的は弓槻さんの魔法のトレーニングということであり、将来SPECでの正規採用が内定している彼女の訓練は業務の一つであるとも言えるのだけど。


 この世界はマナが大地から大気中まで充満し、かつそれを利用する知的種族が皆無ということでマナを使い放題、危険な魔法も展開し放題。

 それでいてファム曰く「システムが確定していない揺らいだ状態」ということで、本来特定の異世界のみで発動する魔法も、ある程度発動させることができるそうだ。


 つまり弓槻さんにとっては魔法の訓練にうってつけの異世界。


 今は以前に異世界パングルにてスキル屋挿し木屋で買った魔法の精度上げをしている所。

 再びローラー距離計を持って、そこから十メートル進む。木の棒と葉っぱをセットし合図。そしてまたも命中する氷槍。

 そんなサイクルを百メートルまで繰り返し、僅かに槍がそれて葉っぱが欠けただけで終わった所で一旦訓練は休止。


「お疲れ様」

「今日は調子が悪いのです」

 そう言ってふくれる彼女は、三角帽子とマントという魔女ファッションを脱いで、足元のキャリーバックから取り出した袴を身に着けている所であった。


「圭一くんもご苦労さま」

 口ぶりでエリーに切り替わったのが分かる。ここからは彼女のターン。

 これからエリーによる先祖の冥福を祈る舞いが執り行われる。


 日に二回行っているという儀式。本来は数時間かける作法を十数分に短縮した簡易版の舞い。その本質は体内にマナを巡らせ練成させる巫女としての修行の秘術。


 むろん形だけ真似ても地球人には意味がないのだけれど、弓槻さんの場合はその身に異世界出身のエリーの魂を宿している。彼女の魂に刻まれたマナを扱えるという前世の肉体の形質が、幼少期から繰り返していた儀式に反応し、今世の弓槻さんの肉体に作用した。

 その結果弓槻さんの身体はマナを処理する相応の器官が出来上がっているそうだ。


 とはいえあくまで結果論。エリーにとっては第一には神聖な儀式だ。


「あっちでお茶でも用意してるね」

 僕は邪魔をしないように少し離れた所で訓練の記録係を務めていたファムの所へ。


 手が空いたとたんにいそいそとゲーム機を取り出していた幼女に近づいて気づく。

「あれ、そう言えば早百合さんがいないな?」

「遠くにワイバーン飛んでるの見かけて狩りにいったぞ」

「こないだ世話になっといて容赦ないな。まあ早百合さんの異世界だからな。どうせならオカズになるもの狩ってきてくれるといいんだけど」


 この異世界スマークは早百合さんの個人所有の異世界だ。といってもこの世界の管理者から譲り受けたとかじゃない。むしろ管理者がいない世界で、その割に安定して存在していて、かつ知的種族がいない珍しい世界らしい。偶然早百合さんのみがその位置座標を知ったことで自分のもの扱いしているという。


 僕はファムのそばのスポーツバックから携帯コンロやらのお茶道具を取り出す。

「妾も緑茶を頼むぞ」

「了解」


 さくっと湯沸かしの用意をしてファムの隣に座り込む。

 顔を上げるとちょうどエリーの舞いが始まったところであった。

 

 その姿は小袖の白衣はくえに紅白の袴という神社の巫女さんっぽい組み合わせだが、全体的にはより華やかな印象。

 白衣の背には家紋みたいなデザインの赤い花柄。袴は縦に紅白のストライプになっている。頭部には古めかしい金のティアラ。耳と首には紐で括られた金属の飾り物。


 その舞いは静かな動きから始まった。しっとりしとやかな神楽舞や日本舞踊を思わせるような。折りたたみではない特製の扇子を手にするのもそのイメージを補強。


 だが次第にその動きは大きく全身を使った激しいものへと変わっていく。

 暦によって儀式の流れはいろいろ違ってくるそうだが、前に見た時はそれこそ空中に飛び上がり回転するアクロバティックさで圧倒されたもの。

 今も片脚を頭よりも高く蹴り上げた姿勢――のままの右巻きのその場旋回。体操競技のような身体操作。


「相変わらずすごいよな、エリーの運動神経って」

 それこそ先のパングル世界では複数の軍人を体術のみで圧倒したのだ。


 藤沢姉妹の身体はエリーが主体になると、きびきびとキレのある動きをみせる。いや、身体を揺らさずともただ立っているだけでも背筋を伸ばした凛とした姿勢となる。

 最近は喋らなくても佇まいだけで、わりとどっちがメインになっているかが判明できる。


 なんせ僕の特性上面倒な申請がなくても異世界へいけるからと、姉妹に誘われて彼女達の放課後の殆どを異世界で共に過ごしているのだ。

 それくらい見抜けるようになる。


「なんていうか、こう大分二人との仲が縮まったように思うんだよね」

「突然何を言うかと思ったら。まあ向こうはアッシー足代わりとしか思っとらんじゃろうがな」

 ファムが妙な言葉で僕の浮つく気持を否定してきた。


「何だよアッシーって。ご当地UMAとか?」

「何じゃよ、ご当地って」

「ほら、イギリスはネス湖の幻の首長竜『ネッシー』にちなんで北海道屈斜路湖の未確認生物UMA『クッシー』とか船橋区の『ふなっしー』みたいなローカルなUMAがいるじゃない」


「昭和から元号二回も変わってまだネッシーを信じとる子がおる方が驚きなんじゃが。というかふなっしーとやらは高位の妖精的なオーラを感じるんじゃけど?」

「そういやあの人、そんなこと言ってたな」

「人じゃと?」

「いや、なし、なし」

「無し?…………っちゅうか、あれ、お主アッシーを知らんとな?」

「知らないよ。どこの言葉?」

 そう問うとファムはどことな……と絶句した。


 しばし固まっていたファムだが、やがてふっと自嘲げな笑みを浮かべた。

「いや、そうじゃな。これはかつて栄華を誇るも、自らの奢りと高ぶりによって滅んだ文明の言葉じゃ。お主のような若者が知るはずのない…………いや、知る必要のない言葉よ。すまんかったの。忘れてくれい」


 そう呟いたファムはどこか遠くを見るような目をする。その横顔に浮かぶのは哀愁、寂寥、悔悟、様々な感情。


 そうだな……普段おちゃらけてるやつだけど、これで異世界の神様なのだ。きっと数多の種族の盛衰を、幾多の文明の勃興と瓦解を見てきたのだろう。彼らと交わした言葉もあるだろう。その胸に抱えた思いはどれほどであろうか。


 その重みにたかだか十数年しか生きていない僕がかけられる言葉は――――


 コポッとお湯が沸く音がした。携帯コンロにかけていた小鍋から湯が吹きこぼれる。僕は手早く小鍋を取り上げると、リクエストされていたお茶をたてる。粉末の煎茶にお湯をそそぐと新茶の香りが薄っすらと広がった。


 カップの一つをそっと差し出すと、ファムは小さく頷き受け取る。  


 そうだ、僕にできることなんて精々美味しいお茶を入れるくらいだ。

 ファムの隣に座り直し、自分の分のお茶をすする。


 この世界での季節は今は秋。澄んだ空に和らいだ陽の光がさす。ほのかに感じる肌寒さ。お茶の暖かさが全身に伝わるようで、残りのお茶をぐいと飲みほす。


 そのまま二人でエリーの鎮魂の舞を見つめる。ススキのような白い穂を実らせた草が彼女の背後で風になびく。

 白い波を走るイルカのように、エリーが舞い、飛び上がる。


 エリーが扇子をあおぐように動かすと、つられたようにひやりとした風が吹いた。


 その光景にファムがふっと笑みをこぼす。


 そっか……


 何かを懐かしんでいただろうその追想の中に、良い思い出もあったのだろう。僕はそのことに不思議と安堵する。


 それからエリーの舞いは再びしっとりと静かな所作へと戻っていく。その動きに込められた鎮魂の願い。どうか安らかなることを…………自然と浮かび上がってきた思いに従い、僕はそっと目を閉じ黙礼をした。

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