第57話 料理編エピローグ
早百合さんから紹介された、この店のシェフであり転生者であったという
「えっ、劉ってあの劉成龍! 中華料理の名店、龍苑の料理長だった!」
田中さんの驚愕ぶりからすると料理界では知られた存在のようだ。へえぇという僕の反応に田中さんが「知らないの!?」と責めるように。
「龍苑って国賓の接待にも使われるような超一流店だよ! その料理長と言ったらトロ火から強火まで縦横無尽に使いこなす上に、鍋から天井にまで届く程の火でアルコールを飛ばすアーティスティックな魅せる料理で炎の魔術師とも呼ばれた有名人じゃない! いや、たしかに俺が転生する直前に突然引退したとは聞いていたけど」
「おや、君も地球出身だったのか。ああ、加齢で調理中に塩と砂糖を間違えるようになってね。料理のできない自分に生きる価値はないからすぐに早百合さんを頼ったんだ。そして今はただの新米料理人にしてD級冒険者だ。まだ上級魔法に四苦八苦してるような有様では、炎の魔術師の名を取り戻すのは当分先になりそうだがね」
「いや、D級で上級魔法ってあり得ないっしょ。扱えるってだけでA級レベルっすよ。っていうか炎魔法は俺も点火くらいには使うけど、長時間の加熱調理に使うもんじゃないでしょ。そもそもオーク狩るのは料理人の仕事じゃないよね……」
田中さんが頭を抱える。
「そりゃ
そう言って田中さんが僕に押し付けてきた皿には、蟹が黒色のソースに浸かっていた。
「それだけじゃないし!」
田中さんは代わりに僕のスプーンを奪うとテーブルの料理に食いつく。
「やっぱりこの角煮、これたまり醤油だよね! ラーメンの生醤油だけでも驚きなのに……こっちは
その場に座り込んだ田中さんが嘆きの声を上げる。
「食材から調味料まで地球と同等品じゃん。こんなんうちじゃあ太刀打ち出来ないよ…………」
それを見下ろす早百合さんが呆れた顔。
「そりゃそうよ。そこが中国の人達の強みだもの。集団でまとまって事をなすから料理でも内政でも強いのよ。やっぱ数よね」
「はい、俺たちは五縁で結びついていますから」
「五縁?」
「俗に地縁、血縁、業縁。この三つを三縁と呼び、俺達中華の民は協力しあって外の世界に広がっていきました。同郷の生まれを助け合う地縁。縁戚関係を頼る血縁。同業者同士の連帯である業縁。異世界ではさらに同じヒト属への転生として属縁。同じ神からの恩寵を受ける神縁。これが加わり五縁と呼んでいます。
この五つの縁が繫る者同士は助けあっていかねばなりません。俺はここでは一介の冒険者にして料理人でしかありませんが、かつての遠縁が共和国でエルフの族長の家に生まれまして、そこから調味料や漢方薬を融通してくれています。兄弟子は王都で農家に転生しましたが、今は米や葉ニンニクのような東の国の野菜作りで名を成しています」
「そうなのよね。華僑の方向性で中国人は転生枠をまとめて求めたがるの。ここは管理者の意向でなるたけ多くの文化圏から転生させたがってたんだけど、結局枠の八割は中国のコーティネーターに抑えられてたみたい。まあ実際成果出せるのはそういう集団で来てる人たちなんだけどね」
早百合さんは僕と弓槻さんに顔を向ける。
「あなた達も覚えときなさい、この業界じゃ異世界でうまいもん食べたかったら紅白の雷文を探せってのが常識よ」
雷文――――中華料理屋で見かける渦巻きを
「これって、異世界でも同じなんですか」
「現地の文化なんて様々なんだけど、不思議とこのデザインは残してくれてるのよね。私達転移者向けの看板にしてくれてるのかしらね」
そこで早百合さんが含み笑い。
「異世界なんてね、ハズレると365日パンとオートミールの粥しか出てこないような食事状況だったりするからね。それでもこの雷文掲げる店はどこの世界でも一定以上のレベルを持ってるの。おまけに魔界とか天界とかおよそ人間が到達できないようなエリアにもどうやってか進出してたりするからね。ほんと、あの雷文見つけた時の安心感といったらないわよ」
「ええ、我々はどんな世界だろうと辺境の地であろうと、そこに食べれるモノさえあれば中華料理を作り上げてみせます」
劉さんはぐっと拳を握り、中華料理は世界の全てを内包するそれ自体が一つの宇宙ですから……と哲学めいた言葉。
「だからってこんな所でも展開しなくってもいいじゃない。俺みたいな個人店はどうすればいいんだよ……」
客が奪われたと言っていた田中さんの嘆き。
「いや、でもこの店がオンリーワンなだけでしょう。かもめ亭だって定番メニューだけにしても、あの美味しさなら十分人気店になれるのでは?」
「ううっ……実は時間が無いんだ。そりゃそこそこ客は来るけどシーナが身重で働けないからバイト雇わなきゃいけないし、借金の期限がもうすぐなんだ……」
「はあ?」
田中さんが不穏なことを口にする。それなりに小金を持っていて、ヤヨイ国料理という無理筋を諦めて堅実な地元志向でスタートしたはずだったのに。
「そんな、何がいけなかったんです?」
「だって、料理で特色出せないなら、俺の現代の美的センスで勝負しようと思ったんだ。内装にすごくこだわってさ。王都から職人物の調度品を取り寄せたりしてさ。コンセプトはずばり隠れ家風」
「えっ」っと皆で絶句。
「とってもオシャレだからぜひ写真撮ってってよね」そう言って涙まじりに笑顔を見せる田中さんに、
「ボケェ!」
ファムが皆を代表して田中さんを殴りつけた。
「痛……くないけど、何すんの!」
「何考えとんじゃお主は! 隠れ家風って、シックでレトロ感出した喫茶店やバーがやるやつじゃろ!? あんなん現代日本でやるから物珍しくて洒落てるんであって、んなもんこの世界ならありふれとろうが!」
「いや、現代日本から見てレトロ感はさ、ここの程よい時代先取り感あるじゃん」
「この世界で最新扱いされようが、そもそもがその手のは想定ターゲットが上位層じゃろうが! お主の店は大衆向けの食堂じゃろう! 内装なんぞシンプルに汚れてもいいやつ、後は安い美味い量多いの三点維持しときゃ繁盛するんじゃあ!」
「うう……だけど、どうしても普通の店なんてプライドが許さなかったんだ…………どうしよう、延滞金も膨らんで店を売っても足りないし、このままじゃあ俺は借金の方に何とかいう秘密結社に連れ去られちゃうんだ…………」
膝を付き現状を嘆く田中さん。予想外に事態は深刻らしい。そこへ劉さんが声を掛ける。
「ひょっとして君はかもめ亭の主人?」
「知ってんすか?」
「ああ、ここの開店前に近場の人気店は全て回ったからね。パエリアにセンスを感じたけど、同じ地球出身だったなら納得だ」
「なのに何でこんなに差がついちゃったんだろう……」
「その借金って幾らなんだい」
「これだけ……利子分だけでも来週に十万マトルもあるんだ……」
田中さんが指を数本立てる。
「ふうん。分かった。その借金、俺が用立てよう」
「えっ……ありがたいけど、何で」
「五縁だよ」劉さんは騒ぐようなことでもない、そう言わんばかりの平然とした表情。
「俺と君は属縁と、いわば広義の地縁で繋がっているんだ。だったら助けるさ。たとえ前世の出身国は違っていてもね。それに善意で助けたわけじゃあない。一口で調味料と隠し味を見抜いたその舌と、あのパエリアを作った君の腕が欲しいんだ。俺たちはちょっと前まで冒険者をやってたんだけど、今後もライセンスは維持するつもりでね。時折店を空けなきゃいけないから、留守を任せられる人を求めていたんだ」
「いいんですか!」
「ああ、だけどそちらの店は一旦休止してもらわないといけないよ。もちろん給料は腕相応のものを払うし、後任が育てばまた再開すればいい。その頃には食材も調味料も生産量も増えてるだろうから、もし要望するならある程度融通もしよう」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
そこへ劉さんの背後にコック服を着たエルフの少女が立つ。
「リューク様」名を呼びながら帽子を外すと、絹糸のような輝く長い金髪が広がる。
「アルギット、すまないがこの間のヘビーモスの討伐賞金、使わせてもらうよ」
「倒したのはリューク様なんですから、私達のことを気にする必要なんてありませんわ」
「いや、あれは俺だけじゃ倒せなかった。君たちが支えてくれたから俺は力を出せたんだ」
「リューク様……」
「んー、よくわかんないけどリュークがまた人助けしてるのかにゃー」
劉さんの言葉にはにかむエルフの少女。ネコ耳少女もそばに寄ってきて二人をにこやかに見つめる。
「えっ、何なのこの
「おいおい、見るんじゃよあの後宮メンバーのうっとりとした顔」
「ここまで成功してる転生者なんて珍しいわね」
「斡旋業者的にはその発言はどうかと思いますが。まあとにかく田中さんの問題はこれで一件落着なのかな」
「正直田中さんって夢見がちなプランで動くみたいですから誰かの下で働いてた方がいいでしょうね」
◇◇◇◇◇
さて、その後。
田中さんは劉さんの店で働いて資金をため、改めてかもめ亭をオープンさせた。
中華グループから食材の供給を受けることで、また二児の母となったシーナさんの徹底的な監視もあり、田中さんのこだわりは正しく料理の向上のみに向けられる。
結果できあがったのは大衆向けに安くて美味しくて量が多い、を徹底した店。
日式ラーメン、餃子、炒飯の三点に絞った店。すなわちこだわり店主のラーメン店である。
ラーメン、餃子、炒飯を一組にした『冒険者セット』はその高カロリーでこの地の冒険者達の過酷な任務の支えとなった。
また『カエダマ』、『トッピング』、『謎ポエム』。数々の文化がこの店から生まれ、広く外の世界へと伝わっていきかもめ亭の名も不動のものとなっていくが、それはまた別の話である。
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