第56話 ファンタジー料理

「うまうま」

「ふー、温まるわぁ」

 並べられた料理。最初に手を付けた前菜とスープからして素材の味を十分に引き出し、程よい酸味や塩気を効かせた作り。お腹が刺激され、どうしたって主菜への期待が上向いてしまう。

 今もまさに追加されていく料理に早速手をのばす。


「続けて『紅焼醤兽』をお持ちしたにゃ。東の国の料理が売りの『ドラゴンズガーデン当店』のメニュー中で一番の人気にゃ」

「うわあ、翻訳されてるはずなのに何言ってるか分かんないや」

 目の前に置かれたのは肉の角煮らしきもの。黒色のトロ味の付いたソースがかかり、チンゲンサイが周りを囲む。


「あっ、これ食べたら分かった。オーク肉じゃないですか」

「そうね、この世界だと豚よりもオークが一般的だから多分そっちよ。筋の固さが消されてるのは料理人の腕ね」

 以前訪問したパングル世界。そこで石川さんの奥さんミシェルさんの手料理でオーク肉の炒めものをごちそうになった。あれも美味しかったけど、こちらは醤油味ベースに複数の旨味が混在した料理屋の味。肉だけじゃない、添えられたチンゲンサイにも味が染み込み、程よい噛みごたえに調整されている隙きの無さが、さすがプロの手によるもの。


――――通天雞蛇炒飯

「これはチャーハンですね。ほふっ、米がすごいふっくらしてる。肉が二種類入ってるけど何でしょうね。鶏のササミみたいのと弾力あるホルモンっぽいのと」

「多分コカトリスね。食感に覚えがあるわ。とすると鶏の上半身と尻尾の蛇の部分と両方使ってるのね。米を炒めてる卵もそれかしらね」

「コカトリスって!? 毒持ちのモンスターですよね!」

 僕の記憶ではそいつはニワトリの身体と蛇の尻尾を持ち、石化や毒といった特殊能力を持つファンタジー世界のモンスター。

「フグも毒持ってても美味しいんだから大丈夫じゃないですか……もぐもぐ」


――――軟包凍四宝

 薄い茶色のゼリーにそぼろ肉や野菜が詰め込まれた一品。

「煮こごりってやつですかね」

 煮こごり……魚や肉なんかの煮汁が冷えるとゼラチン質が固まる性質を利用した料理。

「あれ、中身は温かいぞ」

 箸を挿すと見るからに味や風味が凝縮された汁が熱と共に垂れだす。

「いや、これスライムよ。えっ、どうなってんの? タレと食材は生きてる内に取り込ませた……? でも吸収はされてない……加熱もどうやって? 大体核が無いのにスライムの体組織維持させてるのかが謎ね」


――――干煸煞耳絲

 カリッカリになった細切り肉と野菜の炒めもの。肉のコリコリ感が癖になりそう。

「これ葉ニンニクかの。全体的にきんぴら盛り合わせっぽくて酒のつまみにしたいのう」

「ほんとですねえ。ちょっと塩気が効いてるのがまさに食べたら呑みたくなるんですよね」

「この子は飲めないくせに一端に語るのよねえ。今回ゆづちゃんには特別にエールじゃなくて果実水を用意してもらったんだからね。……それにしてもこの肉、何か引っかかるのよね。覚えがあるというか」


 そこで早百合さんが次の料理をもってきたネコ耳の店員――――常連客からイーシャと呼ばれていた――――に尋ねる。

「この肉って何の肉かしら?」

「これはゴブリンの耳にゃ」

「ぶっ!」

 思わず口にしていたエールにむせる。


「ああ、それで。討伐証明で何度か切ってたけどこんな使い道あったんだ。冒険者ギルドから引き取ってるのかしら」

 そこでネコ耳少女は胸をはる。

「これはにゃー達が皆で狩ってきたにゃ。うちの料理は旬と鮮度にこだわってるにゃ。この『一品燴煞脳花』もその成果にゃ」


 そして僕の前におかれたのは半円状の容器。上部がかち割られた感じで開いており、中からモツ料理らしきものが顔を見せている。

「シェフがお客様に最高の料理をご馳走するって張り切ってたから、にゃー達も頑張って調達してきた特上品にゃ」


 それで結局これは何の料理なんだろう。その疑問にイーシャさんは立ち去り際に答えていく。

「これはキングゴブリンの脳みそにゃ。キング特上の名に相応しい強さだったけど、にゃー達の敵ではないにゃ」


「……………………」

 どうしよう白子を盛ったようなのかと思ったら、予想外にきついのが来た。


 ゴブリン。僕が異世界で最初に出会ったモンスター。そいつ自体のせいではないけれど、その遭遇時に死にかけた恐怖を身体が思い出して、身震いする。

 表面が茶色でざらついた容器も壺焼き的なものかと思ってたが、下にひかれた葉物野菜をめくると、ゴブリンの眼球らしきものが見えた…………これはきつい。

 よし、ファムに押し付けよう。


「たしか中国で猿の脳みそ丸ごと出すやつあるよな、ああいうのかな? 貴人しか食べられなかったとかいうやつ。じゃあ神様どうぞ」

 テーブルが回転卓タイプなのを利用して、ゴブリンの脳みそをすっとファムの方へ。


「ちょ、お主ようやく神扱いしたと思ったら……こっちに向けるなや。ほれ、女子高生はこういうのキモカワ言うて喜ぶんじゃろ」

 ファムが回転卓を弓槻さんの方へスライド。

「早百合さん昔はこういうのとか魔蟲みたいなゲテモノ食べて異世界をサバイバルしてたんですよね」

 ゴブリンの頭部は留まること無くそのまま早百合さんの前へ。


「私軟弱な現代っ子なんで 好き嫌いしちゃいます。こういうのは何でも食べて異世界を乗り切ったっていう早百合さんにお任せしますね」

「おう、こやつよくそう言って弓槻に説教しとったからの。ほれ、がばっといくんじゃよ」

 二人が自分にほこが向かないようにと早百合さんを追い込んでいく。


 だが早百合さんは平然とした顔。

「えっ、食べないわよ。私もう二度とその手の食べずにすむようにストレージに食料溜め込んでるし、非常食置いとくためのプライベート異世界確保してるからね。たとえ世界が滅んでも私だけは日替わりメニューで食いつなぐわよ」


「ズルっ子ですよ!」

「こやつひもじい子供時代を過ごしたおばあちゃんみたいなメンタルじゃよな」


「とはいえまったく口をつけないわけにはいかないし……ということで圭一君ガンバ!」

 一周して戻ってきたゴブリンの脳みそ。

 自然とあのときの両断され、零れ落ちたゴブリンのハラワタが脳裏に浮かぶ。どころかあの場での臭気まで漂ってくるのを感じる。幻臭ってやつか? うん、これは無理。


「圭一君、あなた未だにゴブリンの一匹も倒してないし、ここらでがっといっときなさい」

「何の関係あるんですか」

「いい、生き物を食べるというのは相手の魂を喰らうということ。経験値制の世界で魔物を倒してレベルアップするのと同じことよ。ここでゴブリンを食すことであなたは一つ上の男になれるのよ」

「いや、それなら僕さっきからスライムやオークを退治してますけど……」


 だが気づくと、今や他のテーブル客からも注目を集めていた。このまま放置もできず、白色の代物を恐る恐る口に含む―――と、

「美味い!?」

 思わず感嘆の声が飛び出した。


 薄い甘さの中にほんのりとした辛味。最初は脳みそそのままかと思ってしまったが、実際は全体に薄っすらとあんがかかっており、その下部には細切りの人参なんかの野菜が埋まっていた。チャーハン辺りと合わせてあんかけによさそう。


 二杯目を掬い出した僕の様子を見て、女性陣も半信半疑な表情で手を伸ばす。

「んー、ほんとだ美味し」

「これもお酒のおつまみにいいですねぇ」

「あっ、ほんとじゃ。食感もウニっぽい感じじゃな。ウニ食ったこと無いんじゃけど」


 周囲のお客もそんな彼女たちの様子に食欲をそそられたのか店員に追加で注文をする者も。

「あいにくとあちらの料理は今回限りの特別メニューにゃ。キング特上品はさすがにそうそう出没しないにゃ」

 店員の言葉で周囲から恨めしげな視線を集めることに。

 その中に一際強い視線を感じて顔を向けるとそこには、見覚えのある男性が。


「何で皆さんこんな所で食事してるんですかあー!!」

 前回訪問で取材した田中智也さんが料理ののった皿を手に叫んでいた。

 

「あっ、田中さん。お久しぶりです。こんな所で奇遇ですね」

「奇遇ですじゃないよ、何で君達呑気に中華料理食べてるの!?」

「仕事の打ち上げなんですよ」

「だったら俺の店を使おうよ。っていうか流れ的にもこの地で華麗な復活を遂げたかもめ亭にきてくれたんじゃないの?」

「俺の店って事は、ああ、無事に復活したんですね。おめでとうございます」


 そういや最初はそんな雰囲気であったが、目の前の料理のおいしさにどうでもよくなってたわ。

「知らなかったのか……。まだ地元の定番料理がメインなんだけど。この辺じゃあちょっとは知られるようになってきたからぜひ取材してってよ。地球の皆にも伝えてほしいんだよね、俺のサクセス」


「あら、でも前回いい感じに終わりませんでしたっけ。オレの挑戦はこれからだみたいな筋で。契約通り社のサイトにもその線で乗せて400ナイスを獲得しましたわ」

 基準が分かんないけど、何か微妙な数字っぽいな。


「いやいや、そんな打ち切りエンドみたいなんじゃなくってさ」

 弓槻さんが「打ち切りエンド?」と首をかしげる。「ああ、あの田中さんの来生にご期待下さい! みたいなやつですね」


「ちょっと、俺の来生ここだからね!」

「まあまあ。で、田中さんは何でこの店に?」

 まだ昼時だけど今日はそのかもめ亭はお休みなんだろうか。


「ああー、その……うちの客入りが最近、ほんのすこしだけ落ちてきて……いや別に全然問題無いレベルなんだけどさ、ほんと…………でも常連がみなこっちに来てるっていうから敵情視察だよ。そしたらこれめっちゃ中華料理じゃん」


「そりゃそうでしょ、ここのシェフは……」

 そこへ白衣の料理服を来た青年が現れた。

 金髪碧眼の優男。だが涼しげな表情とは裏腹に、首周りや覗かせた二の腕の太さに芯の通った立ち姿。そこからは意外や鍛え抜かれた肉体が白衣の中に埋まっている事を予感させる。


 そんなハリウッドのアクションスターを思わせるイケメンがネコ耳店員に話しかける。

「イーシャ、ある程度落ち着いてきたから少し交代してくれるかな。厨房を手伝ってきて欲しいんだ」

「わかったにゃ。イーシャに任せるにゃ!」

 ネコミミ少女がそう言って厨房へと向かう。後ろ姿の揺れる尻尾から青年の信頼に応えたいという思いが伝わってくる


「お久しぶりです早百合さん」

 青年が白い歯が光る弾けるようなスマイルを見せる。


「お久しぶりね。料理、堪能させてもらったわ。相変わらず見事な腕ね」

「いえ、まだまだですよ。もっと炎魔法の制御力を上げなくては。火力のムラが消しきれていませんし、オークだって仕留めるに時間がかかりすぎて、余計な内出血でせっかくの旨味を損なってしまっています」

「ふふっ、転生してもそのストイックさ、かわらないわね」


 早百合さんはそう言うと僕らに向けてそのイケメンの紹介をする。

「皆、こちらは新進気鋭の料理人にして有望冒険者パーティーのリーダー、リュークさん。前世は横浜中華街にこの人ありと謳われた中華料理の鉄人、リュウ成龍セイロンさんよ」

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