第55話 噂の店

 見るからに浮足立った様子の田中さんが上階から降りてきた。

「へへ……俺も親父になるんだな……よーし、今から名前考えなきゃな。はっ、そうだ、いいこと思いついた! お子様ランチ用意しよう。エビフライもピラフもハンバーグもプリンももう出回ってるけど、ひとまとめにするなんて発想はないからな。こいつは絶対受けるぞ。それでそのメニュー名を俺の子供の名前にしちゃうってどう?」


 田中さんはハイテンションなまま僕に問いかけた形。だがこちらの応答など気にもかけずにしゃべくり続ける。

「そんで後世に伝わるわけよ。当時の料理人が愛する我が子のために開発したメニューでその名前も子供に由来するって。おいおい、俺の子は歴史に名を残しちゃうのかよ~。あー、プレートはどうしよっかな~。自動車や新幹線の形したのが好きだったけどこの世界にはそんなのないし……よし、ここは俺がデザインして…………」


 田中さんの妄想をダンッとカップの音が断ち切る。

「すいません、おかわりをお願いします!」

 弓槻さんが赤い頬をしながら言う。


「ああ、田中さんエールはもういいわ。それよりこっちに来て」

「何でですかぁ」

 酔っぱらいの抗議を無視して、早百合さんが田中さんを呼び寄せる。


「田中さん、あなたヤヨイ国のことは一旦忘れなさい」

「えっ、何で……」

「あなた子供生まれるんでしょ。だったら異国料理で一山当てたいなんて夢みたいなこと言ってないで、地道にこの土地の定番料理で基盤築いてきなさいな」


「子供ですかあ。圭一さん、私達姉妹は身体は一つですから両方が認めた相手でないと一緒になれないわけですよ」

 真面目な顔で諭す早百合さんの横で、弓槻さんが突然の突拍子もない発言。

「えっ、あのどういう意味……」

「酔っぱらいのたわごとに反応するでない」

 ファムが言う通り、弓槻さんはすでにあさっての方向を見て鼻歌を歌っている。


「いや、だって一応俺がここに来たのってこの辺りの発展のためでしょ。じゃあ俺なりに食文化を発展させたいじゃないですか」

「そんなのは徐々に変えてけばいいの。あのね、文化技術を一気にブーストかけたいんなら、専門家を転移させるって手もある。この世界がそれを選ばなかったのは段階的に発展させてく方針だからよ。それまでの蓄積無しに他所から導入した技術ってのは大抵どこかしらに歪みが生じるものだからね」


 早百合さんが言い聞かせるように続ける。

「正直違う文化の導入ってのはかなり軋轢があって、高確率で失敗するわよ。そりゃあそこを乗り越えたら儲けも栄誉も莫大で取り組む価値はあるわ。だから正直あなたが一人でヤヨイ国に関わろうってなら一か八かのリターンに期待して放っておいたけど、さすがに家庭を持とうって人はダメ。さっき交易商人に当たりをつけてるって言ったけど、継続的に入手する程の予算はないでしょ。話題作りに使うにも後が続かないなら意味がないわ。違約金取られても、手付けは返してもらって」


「いや、でもそれじゃあ俺がここに来た意味は無いし、そもそもそちらSPECがそうしろって焚き付けてたじゃないっすか」


「シーナさん」

 苛立ち混じりの抗議に、早百合さんがその名を呼ぶ。

「可愛い奥さんが子供まで生んでくれる。あなたの二度目の人生の意味ならそれで十分じゃない」

「ああ……うん」

 田中さんの声が勢いを失う。


「そりゃあ組織としては色々煽ったでしょうし、私もここの管理者との契約上はそれが望ましいけど、一人の人間として、転生の経験者としては反対するわ」


 早百合さんはそこで厨房の方を指差す。

「さっきのパエリア美味しかったわ。細かい工夫を入れてるんでしょ。将来の弟子や店員、あるいは研究して技法を真似たライバル店を通していずれその工夫が広まってくわよね。普通の人が世界に与える影響としてはそれで十分よ」

「うっ……」

 田中さんが肩を落とした。


「そうですよ。日本の料理は節操が無いのが売りじゃないですか。ナポリタンとかカレーとか惣菜パンとか、色々外国の料理を魔改造してますよね。日本の食材を入れるって目指すから難しいんであって、この国の料理とか近場の共和国の料理をより美味しく魔改造する。それこそ日本料理の真髄って感じじゃないですか」


 気落ちする田中さんを慰めようと、咄嗟にでっち上げ。それでも田中さんには何かしら受け入れるものがあったようだ。

「そう……だよな。日本の食材手に入れなきゃって考えに固執してたけど、今あるものの改良。それこそが俺が日本で学んできた料理だよな」


「そうじゃよ。シリアスな原作に美少女乗っけちゃう、海外作品の移植で絵柄をアニメチックな美少女に変更する。そんな魔改造全開な日本のエンタメ業界を妾は愛しく思ってるんじゃよ」

「何かいい感じにまとまりそうなんだから変な突っ込み入れるなよ、お前は」


「よし……俺やるよ。俺なりの日本料理、かもめ亭らしいメニューを作るからさ。またこの世界に来ることがあったら食べに来てくれよな」

「はい!」


 田中さんが決意を秘めたキリリとした表情を見せる。それはこの世界で家庭を持ち、現実に生きていこうという男の顔であった。


     ◇◇◇◇◇


 それから数週間して、僕達は再びシャイリィ世界を訪れた。案外早い再訪だったけど、やはり時間の流れが違っているため、現地では既に半年が経っていた。

 それなりに渡界回数を重ねて仕事に慣れた僕達は手分けして仕事を進める。

 そんな業務中、ある店の噂をあちこちで耳にすることになった。


「おや、あんたこの街は初めてかい? だったらあそこに行かなきゃ」

「はいまいどあり。ところでお客さんは食事はまだかい? だったらおすすめの店があるんだ……」

「何でもお貴族様もお忍びで訪れているらしいぞ……」

「見たことのないどこかの国の料理なんだってさ」


 そうして仕事を終えて集合した僕たちに早百合さんが言う。

「皆お疲れ様。昼食はここでとりましょう。実は予約をとってあるのよ」

 僕らは顔を見合わせる。

「それってもしかして……」


 やってきたのは繁華街から少しずれた、見覚えのある裏通り。心なしか以前訪れた時より人の往来が多いようだ。それも僕らと進行方向を同じにしている。

 やがて視界の先に長い行列が見えた。周囲で共に進んでいた人達がその行列に加わる。


 列に並ぶのは老若男女、見て取れる身分も様々。家族連れ、若い恋人達、水夫、冒険者等々。共通しているのはその誰もが顔に期待に満ちた表情、あるいは待ちきれずにそわそわとした表情を浮かべている事。


「父ちゃん、お腹すいたよ」

「もうちょっとの辛抱だぞ。これからすごい料理が食べられるんだからな」

「あなたそれってお祭りのオークの丸焼きよりも?」

「もっと凄いものさ」

 農夫の一家。父親が力強く断言する。


「ああ早くあなたにもこの感動を味わって欲しいわ……ただもうこの味を知ったらあなたがもう私の料理を食べてくれないんじゃないか、それだけが心配だわ」

「だったら二人でまたここに来ればいいじゃないか」

 若いカップルが惚気ける。


「御老公、やはり我々が持ち帰るまで邸宅でお待ち頂きたい」

「何を言うか。ここの料理は出来たての熱を味合うのが一番。それにお主に任せては毒味だというてまた半分以上平らげかねんだろうが!」

 そう叫ぶのは平民の服を来た老人。前後を屈強な男に挟まれてるのはお忍びの貴族か大商人ということであろうか。


「王都の名店を凌ぐという噂、確かめさせてもらうぞ」

 行商人らしき男が意気込む。


 そんな人々を素通りし、僕達は早百合さんに先導され直接入り口へと向かう。それに気づいた行列の面々から抗議の声が上がった。

「おい、お前ら横入りするなよ!」

「そうよ、私の分がなくなったらどうしてくれるんだ!」

「俺は月に一度しかこれないんだぞ!」


 怒声の数々に思わず怯んでしまう。

 そこへタイミングよく入り口ドアが開かれ、中から赤毛の猫耳をぴょこぴょこと動かしながら獣人の少女が現れた。

「お待ちしてましたにゃ。あなたがサユリ様? お席の用意はできてるにゃ。さあ入るにゃ」


「予約? わ、わしでさえ断られたというのに何もんだあの女達は……」


 遠慮がちに入った店内は喧騒にまみれていた。がちゃがちゃと食器がなる音。店員が料理運びに注文伺いと慌ただしく走り回る。客たちがかきこむ料理への感嘆の声。膨れた腹をさすりながら広げられる歓談。その間を通って奥まった席に案内される。


 立派な木製の丸テーブル。

 程なくして持ち運ばれる料理の数々。

 テーブルに所狭しと並べられた皿の数々。優雅に盛り付けられた料理はそのどれもが鮮やかな色彩に彩られ、熱いほくほくの香りを辺りへと広げる。


 その匂いだけで唾が止まらず、僕達は思わず声を上げる。

「うわあ、すごい美味しそう! こんな所で本格中華が食べられるなんて!」


…………あれ?

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