第54話 パエリア
「はい、皆さんお待たせ!」
目の前に置かれたのは大きな平鍋。湯気とともに美味しそうな匂いをテーブルに広げるのはエビ、貝、白身魚がふんだんに使われた炊き込み料理。エビの赤色、貝殻の白と黒のコントラストと、散りばめられた豆の緑色。色合いも鮮やかに映える。
「うわぁ」
「どうだい。名付けて『潮風が運ぶ海の幸豊潤のパエリア 旬の野菜添え』さ」
鍋つかみを持ったまま、誇らしげな顔の田中さん。
「ねえ、智也。何で毎回変な名前つけんの?」
「えっ、オシャレだろ」
厨房からのシーナさんのダメ出しに、田中さんが「豊潤より結晶って表現の方がよかったかな」と首をひねる。
そのセンスはともかくとして、
「やっぱりこれパエリアなんですね」
色とりどりの魚介類の土台となるのは茶色味がついた米。日本料理には欠かせない基本中の基本の食材。
ヤヨイ国の食材を探すって言ってたけど、何だちゃんと手に入ってるじゃない。
「さあさ、熱い内に食べてみてよ」
渡された小皿に、早速全員分を取り分ける。
「いただきます」
木のスプーンを使ってまずはエビから。
「あっ……おいしい……」
エビはぷりっとした歯ごたえから飛び出る甘さ。
貝は噛みしめる度に汁気から独特なコクが口の中に広がる。
そして気になる米。口にした瞬間は味が薄くてあれっと思ったが、舌で転がしてるとそこから多様な旨味が滲み出てくるのが分かる。エビや貝から濃縮されたスープ、それを米が纏っていたのだ。
出汁の効いた旨さって言えばいいんだろうか。米自体が主張するのではなく、同居する他の食材の旨味をギュッと捕らえてまとめて口へと飛び込んでくる。
「ほんと美味しいですよ、これ!」
料理マンガじゃないんだから、それ以上の表現が出来ず、ひたすらに目の前の料理にかぶりつく。
「ふまふま」
「あら、ほんと美味しいわね」
「もぐもぐ」
皆も同じく言葉少なにスプーンを動かす。
最後の方には鍋底におコゲが出来ているのが見つかって絶対美味しいに違いなくって、ファムと取り合うように鍋底をこそぎ、大きな平鍋が完全に空になった。
「はー、美味しかったあ」
「こぷっ」
田中さんが持ってきてくれたおかわりのエールを飲みながら、美味しさの余韻に浸る。
「それだけ喜んでくれて俺も嬉しいよ」
「いや、ほんとですよ。ピザっぽいのとかホットドッグとか数時間前に食べたばかりですけど、あれもそれなりに美味しかったけど、こっちは日本のレストランで食べてるみたいですよ」
「そこはまあ俺なりの転生特典ってやつだね。エビの切り口とか、あえて鍋蓋をせずに加熱するとか、ほんとちょっとしたテクを入れてるだけなんだけどな」
田中さんが皿洗いをしてるシーナさんを横目に声を潜めながら言う。
「前世じゃそこまで重視してなかったし、こき使われたから恨みばっかあったけど、何だかんだ日本で料理人やってりゃかなりレベル高いテクニックが学べてたんだよな。本とか資料もいっぱいあったし。こっちだとちょっとした包丁の使い方だけでも料理人は一子相伝とかいって秘密にするんだぜ。それに元祖かもめ亭にしても結局世界中の料理を取り入れてたわけでさ。節操なく他所の国の料理が入ってきてたから、こうして俺もここで対応できてるわけだから、ほんと日本で人生やってて良かったわ」
「そうだ、日本と言えばお米。パエリアにお米入ってるじゃないですか。それは見つかってたんですね」
「あれだけは俺が子供の頃に出回りだしたんだよ」
「ただこれは長粒米っていう、日本の米とはちょっと種類違うけどね」と早百合さん。
「そう言われればちょっと細長い感じですね」
「日本ではインディカ米とかタイ米って名前で知られてたやつよ。日本の短粒米みたいな粘りがあって甘みが付いてるのとは違うけど、こういう汁料理と合わせたり炊き込みに向いた種類ね」
「多少違ってもこんだけ美味しいなら、十分日本料理に使えるんじゃないですか? まずはオーク肉でカツ丼とかやりましょうよ」
「もうあるんだよ、それ。そのものじゃないけど、こういうパエリアのメインの具材としてオーク肉にパン粉を付けて油で炒め焼きしたのを乗っけてるのが。トンカツほど衣が厚くなんないけどさ。二番煎じだからやりたくないな。揚げ物やる程の油も確保できないし」
「じゃあやっぱりカレーライスですね」
「いや、あれは何の香辛料使えばいいか分かんないんだ」
そう言われればターメリックだクミンだとか、薄っすら配合される香辛料が浮かぶけど、実際にはもっとたくさんの種類の香辛料が必要なのだろうし、ここでの名前も分からない以上探しようもないのか。
「海鮮丼はどうです」
今のパエリアに入ってた新鮮な魚介類。これを活かすべき。
「それはもう完全にダメ。ここの人達、生の魚は受け付けないし、この米はそういう素のままで提供するのには向いてないもの。炒めものとかリゾット系のスープに入れるみたいなサブの食材として使わないと」
田中さんはそこでため息混じりに言う。
「何より醤油が無いんだよな。やっぱヤヨイ国の料理を出すには醤油、それと味噌がないと」
「ヤヨイ国ってあの妙な形の剣を持った人の国でしょ。まだ探してんの?」
田中さんの背後からシーナさんが声をかける。エールのおかわりを弓槻さんに持ってきてくれたらしい。弓槻さんが「ありがとうございます!」と妙にハイテンションでエールをあおる。
「いや、確実にあることは分かってるんだけどさ。あそこと直接貿易してる所が見つからなくてね。だからもう考え方変えて、隣の共和国を経由して探すことにしたよ。共和国からなら直接大洋に出れるから交易ルートが出来ててもおかしくないんだ」
「何で智也が共和国の海を知ってんのよ」
多分パンフレットなりで事前に持っていた知識を披露する田中さんに、シーナさんが疑問顔。
「実はもう共和国に行く交易商人にも依頼はかけてあるんだ」
「はあ!? そんなどこにあるかも分かんない国の食材探しに!? そんなのタダじゃないでしょ、手付金だってあるでしょ! 幾ら商人に払ったのよ?」
「えっと、これくらい」
田中さんの示した指の数。それを見たシーナさんが立ちくらみのように、壁にもたれかかり震えだす。
「どうすんのよ……そんなの開店資金に手を出しちゃってんじゃない……」
「お、おい大丈夫だって。ほ、ほら、実はこの人達もヤヨイ国から来たんだ。だからヤヨイ国はちゃんとあるし、そこの料理が最高だってことは証言してくれるよ」
何か雰囲気がおかしくなる中、田中さんが突然キラーパスを送ってきた。
えっと……どう反応すべきか。困っているとシーナさんが突然「うっ」と口を抑え裏口へ向けて走り去っていった。
「おいシーナ、どうしたんだよ!」
「あー、私達が見てくるわ」
追いかけようとした田中さんを留め、早百合さんとファムが裏口へと向かう。
顔を見合わせた僕と田中さんも後を追う。
厨房の裏手。土間みたいなエリアで膝を付いたシーナさんとそっと背中をさする早百合さん。
駆け寄ろうとした田中さんにファムが落ち着けと手を振る。
「心配はいらんぞい。おめでたじゃよ」
「へっ」
田中さんが大口を開けて固まる。そして響き渡る叫び「ええええええっっっっ!」
「智也うるさい」
「いやいやいや、おめでただよ! 赤ちゃんだよ! ど、どうすれば……」
「まだ妊娠初期でしょ。普段どおりにしてれば大丈夫だけど、今日の所は奥さんをもう休ませて」
「は、はい」
田中さんはシーナさんに寄り添い二階にあるという居住部に向かう。
僕らはそれを見送ると客席に戻る。
「あれえ、みんなどこ行ってたんですかあ~」
そこでは一人残っていた弓槻さんが……
頬が赤らみ、締りない笑顔。その前には空のコップが4つ。どうやら僕らのおかわり分も飲み干してしまったらしい。
「おい、ファムどういうことだよ。弓槻さん明らかに酔っ払ってるんだけど。アルコール耐性のスキルはどうなってんだよ」
「いや、そこは個人の感想であって、効能には個人差があるんじゃよ……つうかこんなん『スタッフがおいしく頂きました』いう建前じゃろうが。シャンパンレベルで酔ってるコヤツがオカシイんじゃ!」
やっぱりアルコール耐性のスキルは嘘だったようだ。
「エリー、戻ってきなさい」
早百合さんが呼びかけるが、「エリーはお休みですよお」と、にへえと笑顔が返ってくるのみ。
「やっぱこの状態だとエリーは動けないか……。こりゃ冗談抜きでアルコール耐性のスキル考えなきゃね」
「めんどいのう」
一人ニコニコとしている弓槻さんを置いて僕らが話すのはシーナさんの事。
「まあ店の開店に続いてめでたいことですよね」
最後、ちょっと話の雲行きが怪しくなってたけど。
「ちょい浮つき気味の男のようじゃからの。それで人生引き締められればいいのじゃがのう」
「そういやあ、さっきおめでただって断言してたけど、ファムってそういうの分かるの?」
「まあ直接触れればの」
「そっか、ファムなら赤ちゃんの魂が感知できるんだ」
「じゃよ」
「ああ、圭一君。それガチのトップシークレットだから絶対に基底世界で口外しないようにね」
「えっ? ファムが妊娠判定できるってことがですか?」
「というより赤ちゃんの魂ってとこ」
はて、どうしてだ?
「それ昔さんざん論議が巻き起こって、あげくテロまであったから」
「テロ?」
「ほら、カトリックとか中絶禁止してるでしょ。そっちの絡み。魂が胎児のどの段階で定着するかってのは曖昧にしとくことになってるの」
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