第53話 世界の管理者=神様とキリスト教とかの神様とは違うのか問題について

 何で転生者はヨーロッパ的エリアにばかり転生するのか、その身も蓋もない理由にがっかりしている内に、田中さんの自宅(兼食堂予定)にたどり着いた。これから僕たちに料理の腕前を披露してくれるのだという。


 家は木造の二階建てで壁が色あせはしているが、使われる木材は太く立派で堅牢そうな造り。

 位置するのも街の裏通りだが人の往来はそれなりにあって、飲食店の立地条件としては結構良さげ。

 これが買えたのならゴールデンスライムっての、かなり高値で売れたんだろうな。そんなことを考えながら玄関を開ける田中さんに続く。


「シーナ、ただいま。お客さん連れてきたよ」

「あら智也、お帰り」

 室内奥から振り返ったのは茶色の髪を短く括った女性。袖を捲りあげて健康そうな日に焼けた腕を覗かせている。

 壁を掃除している最中であったその女性は、早百合さん達を見て戸惑う。


「どうしたのこんな美人さん達連れて」

「昔世話になった人だよ」

「昔って、あんたと私は同じご町内だったじゃない。いつ会ってたってのよ…………まあどちらにせよこんな美人じゃ、あんたとそういう仲ってことはないだろうからいいけどさ」

「当たり前だろ。それよりこの人達に食事をご馳走したいんだ。手伝ってくれ」

 

「はいはい」夫の言葉を軽く流したシーナさんは、笑顔を見せながら僕らに近づく。

「どうも初めましてお客さん。智也の嫁のシーナと言います。ゴメンなさいね。こんな改装中のごちゃついた所で」

 そう言って手早くテーブルを一つ整え、僕らを座らせる。


「あの人、冒険者時代は剣も魔法もさっぱりだったけど、包丁と薪加減に関しちゃ結構やるからさ。少しばかしお腹へこませて待ってて下さいね」

 飲み物の入った木のカップを人数分揃えると、シーナさんは慌ただしく厨房に向かっていく。


 ちょっとしたオープンキッチンみたいな造りの厨房。首を伸ばすと二人が野菜を切ったりと仕込み作業を進めるのが見える。合間合間に田中さんの作業指示と、それに溌剌と応じ、時には軽い調子でからかうシーナさんの声。


「何かいい感じですね」


 伝わってくる厨房の雰囲気。店主の顔が見える地元のラーメン屋とか食堂を連想させる。

 

 壁を見ると刃引きがされた両手剣と弓矢が壁にインテリア的に留められている。

 田中さんと、子供の頃からの付き合いでそのまま弓士をやっていたというシーナさんの冒険者時代の武器なのかもしれない。


 まだテーブルや椅子が半分くらい乱雑に積まれた状態だけど、いつかこの店が正式にオープンした時の姿を想像する。荒くれ者揃いの冒険者が集う人気の食事処。剣士が今日の成果を大げさに吹聴し、ドワーフが大酒をくらい、それに眉をしかめたエルフが名物料理に舌鼓をうって機嫌を直す。そんなファンタジー定番のシーン。


 自分もその一員になった気分で目の前のカップを持ち上げる。中身は薄っすら黒色の液体で小さな泡がいくつか。

「ひょっとしてこれって……」

「エールってやつね」

「おお、当たり前のようにアルコールがきましたね」

「まあここじゃあ子供も飲むようの度数が低いやつだけどね」

 明らかな幼女であるファムの前にもためらいなく置かれたのだから、まあ問題はないのだろう。


「じゃあものは試しで……」

 僕がドワーフ気分であおろうとした所で待ったが入る。

「あっ、ちょっとタンマ、圭一君」

 早百合さんが僕を制して、横のファムに顔を向ける。


「おお、そうじゃったな。ほれっ」

 ファムがほいっと僕らに何か放る仕草。何だ?

「今二人にアルコール耐性のスキルを授けたんじゃよ。未成年に酒を飲ませると警察に怒られてしまうからの」

「ほら、ウチってコンプライアンスとか守る所だから」

 そう言ってけらけら笑ってカップを合わせ乾杯する二人。


「こんな所で警察に捕まるはずないでしょうに。まあもらえるものは嬉しいですけど」

 前に僕の渡界時の防護膜を通過できるという体質を維持するため、余計なスキルは取り除くと説明されていた。今回のスキルはそれに抵触しないのだろうか。


「あっ、それはまったくもって引っかかりにはならんで心配無用じゃよ。まるでスキルなど注入されておらんかのような軽快さじゃよ。ちなみに注意点としては基底世界ではまったく機能しないんで注意するんじゃよ。さらにはスキルが馴染むまで時間がかかるんで、いきなり度数の高いアルコールを摂取すると無効化されるからの」


 いや、おい、そのスキルって実質…………えっと……まあいいか。

「じゃあ乾杯!」

 僕もカップを合わせてカチンと音を立てると、エールを喉に流し込む。

 ぬるくて薄っすらととした甘さと苦さが混ざった味。まあ飲めなくもないかな。


「うん、スキル効かせるまでもなく、シャンパンくらいのアルコール度数ですかね。普通に飲めますよ」

「こぷ」

 弓槻さんが妙な調子で喉を鳴らす。


「ところでさっきの話で気になってたことがあるんですが……」

 先程のファムの話。

 メシヤ教というキリスト教みたいな宗教の影響でこの辺の科学文明が停滞してたってなら、ここの神様管理者は何でそんな宗教を設定したのだろう?


「別に設定しとらんぞ」

「でもファム達は異世界の神様なわけでしょ」

「前にも言ったでしょ。別にファム達は世界を創造するからってそんな偉いわけでもないって」

 早百合さんの言葉にファムが口をとがらせる。


「キリスト教や仏教なんかで観念されてる人の上位的存在、超越的存在としての神様はまた別よ」

 そういえばこっちに来た初日にも同じことを言われたな。ファム達と宗教上の神とは別だって。


「でも、異世界によってはファムみたいな世界の管理者が現地で信仰されてたり、直接顕現したり、奇跡を施したりしてませんか?」

 僕が読んだ異世界物だとそういう設定になってたんだよな。


 他にも魔法を使うにもその地の神様に呪文とか祝詞とかで請願して、それに応えてもらうという形で魔法が発動するとかいう設定、よくある。そういうその世界固有のルールはファム達が設定しているのだから、神様もファム達にってると言えるのでは?


「そうしてる所もあるがの。妾はそういうのメンドイからアバターに任せてたが」

「じゃあやっぱりファムが宗教上の神様ってことなのでは? それとも地球は違うって話?」


「ぶっちゃけ異世界においてもキリスト教や仏教って、こちらが具体的に神というシステムをたてとかんと勝手に発生するんじゃ。名前は違うがな」


「ええ!?…………ああ、あれか。あの日本みたいな自然に恵まれた土地だと多神教が発達しやすくて、砂漠みたいな過酷な環境だとストイックさから一神教が生まれやすいみたいなやつ?」

 だったら異世界とはいえ気候風土が地球と似たエリアなら同等の宗教が発展するってことかな。


「うーん、妾の経験から言うとあまり関係ないぞい。発生自体はそういう理由でも、周囲に広まってメジャーになるかどうかはまた別の話じゃからの。割合からすると一神教の方が発生率は低いんじゃが、この世界みたいに不思議と一大勢力になりやすいんじゃよなあ。うん、不思議とな」


「不思議ってどういうこと?」

「いや幾つも異世界運用してるとな、ヤハウェ唯一神とか阿弥陀如来ってマジでおるんじゃね? ってシーンに何度かお目にかかるんじゃよ。特にキリスト教がヤバイ。だって、あいつらすぐに湧いてくるんじゃもの」


 ファムはそこで「これは学園時代に先輩から聞いた話なんじゃけど……」と声を潜める。

「先輩の先輩でスライム好きがおって、一度スライムだけの異世界を造ったんじゃと。それもひたすら複製増殖して、個体が劣化しても他に吸収されることで事実上死ぬことのない生命体として設定してな。ひたすら地に増えていくスライムを見て癒やされてったそうじゃ。


 ところが、ある時いつものようにスライムを突いて愛でていたら、突然そやつらがボディーランゲージでコンタクトをとってきたんじゃ。捕食活動とかではなく、明らかにその先輩を他者として認識しての行動じゃった。そう、スライムがいつの間にか知能を得ていたんじゃ。


 その先輩はまったくそんなサポートなんぞしていないのにじゃ。そこから独自の言語や文化を発展させていっての。人とは違う形態だがPクラスに相当する文明とよべるものも出来上がっていったんじゃ。


 ところが知能と引き換えにするように、自意識を確立して一匹一匹が個体として成立した彼ら。そのせいで今までみたいに分裂後に合体再吸収が出来ぬようになった。つまり個としての死が発生するようになったんじゃ。


 スライム好きの先輩はぽろぽろと死んでいくスライムを見て泣いておったが、その時一匹のスライムが死後に復活を遂げたのを目撃したんじゃ。

 そこで先輩は恐怖した。あれ、この世界って魂は即回収されるシステムに組んであるのにと。この個体の魂はどっから戻ってきたの……と。

 先輩はそこで気づいたんじゃ。これキリスト教じゃね?


 神の庇護下にて永遠の命を持っていたアダムとイブ。蛇にそそのかされ禁断の知恵の実を食べたことで、知恵と引き換えに定命の身へと堕ちた人類。

 そして神の子イエス・キリストが迫害の末に命を落とし、やがて復活を遂げる。


 そう、そのスライムもまた旧約聖書から新約聖書までのその一連の過程を再現していたんじゃよ。


 そこで先輩はそのスライムを鑑定してみた所、なんとそれは『メシアスライム』という表示がされたのじゃ。その世界のシステム上、先輩が設定せぬ称号は表示されるはずはない。だが確かにその名前はスライムの頭上に輝いていたという。

 先輩が動揺している内に、そのメシアスライムはいつの間にか消えておったそうな…………」


「はあ。じゃあ何、地球の宗教上の神様って、ファム達にも感知できなくて、それでいて異世界にも干渉できる力があるってこと?」


「そうとしか思えぬのじゃよ。その先輩だけではない。同じような話は他の者からも耳にしておる。メシアスライムだけでなく、メシアピクシー、メシアドラゴンなどな。噂ではそうやって各地の異世界で生み出したメシアは一箇所に集い、やがて来る終末に備えているとかいないとか」


「どちらかというと神の実在よりも、幽霊ってほんとにいるよねってオカルト話されたノリなんだが」

 まあこの幼女が世界中から崇められる存在というより、他に適する上位者がいるというのなら、それはそれで納得がいくけれど。


 ファムがそこで頭を抱えだす。

「これ絶対ヤハウェとか実在しとるって。どうすんじゃよ、妾もう何度も倒しちゃったのに」

「倒す?」


「昔『メガミ☆テンショウ pure!』という世界中の神や悪魔が実名で登場する人気RPGがあって、OCDオメガCDでその移植版が出たんじゃ……」

 ファムがどこかで聞いたようなゲーム名を口にする。何かギャルゲーっぽく言ってるけど、多分パクリっぽい。


「妾ももちろん飛びついての。そんで中道ルートを選んで『神も悪魔も全員ぶっ殺す!』ってプレイスタイルでラスボスの唯一神もサクッと倒しての『はっはー! これで真の神は妾のみじゃよ!』って満喫してたんじゃよ。これほんとに実在してたら怒られるんじゃなかろうか。どうすんじゃよ。もう怖くて最新作ではロウルートしか選べんのじゃよ」

 それ、僕が知ってるゲームと同じとしたら、どれを選んだ所で天使を合成素材に扱ってるようなゲーム性なんだから怒られると思うぞ。


「そんなわけで天罰とかくらうとかなわんので、管理者の中でもキリスト教や仏教に帰依してるのが結構おるぞい」

「そういやファムも普段からそっちの神に呼びかけてたりしてるな。昨日もFPSゲームやりながら『oh my God!』『Jesus fucking christ! 』とか叫んでたもんな」


「ファム様、その手のゲーム遊ぶ時に『Fuck!』を連呼するのはよろしくないですよ」

「FPS業界じゃあその辺全部ナイス!くらいのニュアンスなんじゃけどなあ」

 ファムがエリーにプレイスタイルを窘められる。


「あっ、ちなみに唯一神ヤハウェの名前ってある意味仮の名で、その真名、正しき発音は決して口にしてはならぬ、というルールは知っておるかの? これ翻訳スキルで聖書的なものを朗読してるだけでうっかり真名を呼んでしまう可能性があるので、そういった真名を伏せるべき存在に対しては、一律で『鈴木さん』という名前に切り替わるようにしてあるんで安心して欲しいんじゃ」

「それ、かえって危なくなってるじゃないか」


「まあともあれ。そんなわけで異世界においては案外ナチュラルにキリスト教文化が表出したりするもんじゃが、そういうもんだと思っておくんじゃよ。じゃから今後圭一が異世界において剣を十字に振りながら


『なんたらクロス!』とか

『我が聖剣テスタメントシュヴェルトの前にひれ伏すがよい』

『ううっ呪われし聖痕スティグマが疼く』


などキリスト教由来の技やネーミングを繰り出していても、これは何らおかしなことではないんじゃ。いや、かなりおかしいけど これは思春期男子のかかるハシカみたいなものなんで生暖かい目で見守ってやってほしいんじゃ」


 ファムが切実な顔で皆に懇願してくる。

 僕は「だからお前はなんで僕を痛い子扱いしようとするんだよ!」

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