第52話 何でヨーローッパ的エリアにしか転生しないのか問題について

 昨日弓槻さんに言われたのは、出回ってる転生枠は中世以前の文明の異世界が多いのだと――――原始時代相当がPクラスで、古代相当がAクラスと呼ばれているそうだ。 

 だがここは建物からも食事からも見て取れるように中世相当Mクラス


「じゃあここって結構値がするんですね」

「まあね。それでも転生先のエリアや境遇を一切選べないって条件だからそれなりにお手頃だけどね」

 とはいえ昨日の話しぶりではPクラス原始時代相当なんかは、農耕文化への移行=Aクラス古代相当化を目的として、エリアや境遇を考慮されずに数撃ちゃ当たる方式で送り込まれているらしい。

 どうせ選べないなら元々の生活水準が上のMクラスの方が、そりゃあ嬉しいよな。


「でもMクラスみたいな高額帯ともなるとこうして近況報告を基底世界に送ってもらえるんですよね。やっぱ渡界先で勇者として世界を救ったり、領主になってNAISEIしたりとビックになったら残した家族や友人に自慢したいですもんね」


「そういう名を馳せてる人ばかりならいいんだけどね。それなら探しやすいから」

「ああ、そりゃスマホどころか駅前の掲示板すらない時代ですもんね」

 無名の人なんてたしかにどうやって探せばいいのか。大変な労力が予想される。


「そうよ。まあこの時代だと最初の村や街から一生移動しないことが多いからまだいいけど。あと問題なのはぶっちゃけMクラスでも、若年層での死亡率ってPクラスやAクラスと比べてもそう劇的には改善されてないから、1/3くらい亡くなってる……か、消息不明なの」

「あっ……」


「そこで私の出番ってわけ。ワイバーンなんかを仕留めてきて、こうちょいと剣の一本二本でも刺しといて激戦を演出するの。それでお客様は皆を守るために英雄的な死を遂げましたってことにしとけば遺族も溜飲さがるじゃない」

 私も異世界にきて狩りやってるのは遊びじゃないのよ、と嘯く早百合さんをエリーが半目で見つめる。


「何よ……これくらいやっとかないと遺族が難癖付けてくるの知ってるでしょ」


 たしかにこれって大金払って高確率で死にに行くようなギャンブルだ。承知してた本人はともかくとして、残された遺族にしてみれば、その金をもっと有意義に使ってくれとは思うよな。


「やらないわけにはいかないんですね」

「昔……っていうか今もだけど詐欺が多発してたからね。ちゃんと送り込んでますよって証明でもあるから」


 その時前方から大きなどら声が響いてきた。


「だから無えもんは無えっつってんだろうが! あんまりしつこいと海に放り込んでカモメの餌にしちまうぞ!」


 目を向けると、ガタイの良い船員が若い男性を怒鳴りつけている。

「頼みますよ。ならせめて隣国で聞いてくれるだけでも……」

「ヤヨイ国だあ? 東の果てなんざ、この船じゃあ行けねえってんだよ!」

 めげずに船員に縋り付いていた男性が乱暴に振り払われ、こちらへと倒れ込んできた。


「っと、大丈夫ですか」

 慌てて抱き支えると、男性は「ああ、ありがと……」と言ったまま僕の頭髪を見て「えっ」と大口を開ける。

 

「あら、あなた田中さんね」

 メガネをおさえながら、明らかな日本人名を投げかけた早百合さんと僕。男性は交互に視線を巡らせて口を開く。

「へっ……もしかしてSPECの?」


     ◇◇◇◇◇


 前髪の赤毛が少し縮れ気味なのが特徴の若い青年。ここまでの間によく見かけた一般的な街の住人らしい服装。見るからにこの世界に溶け込んだごく普通の外見。


 この人が今回の渡界の目的である顧客=前世名:田中智也さんであった。


「いやあ、ちゃんと来てくれるんだ。パンフレットなんかにあった事後報告って、てっきりでっち上げてると思ってたよ」

「あら、失礼ですね。ウチは誠実誠意がモットーですよ」と早百合さんがしれっとすまし顔。


 僕らは自宅に案内してくれるという田中さんに連れられ歩く。道すがら聞くのは田中さんの半生。


「実言うとちょっと前まで冒険者やってたんですよ。俺、庶民の三男坊だったから簡単になれて金が稼げる可能性があるとなると、それしかなくって。それに運良く低レベルだけど魔法も使えたからいけるかなって思って」


「冒険者! 魔法!……いいですね、そういう話を聞きたくてきたんですよ」

 僕の食いつきに智也さんは頬をゆるめる。


「そう言われると照れるな。まあ簡単な火魔法だけで、火付けに使えるかって程度だけどさ。それでも冒険者って言ったら野営がつきものだから、結構重宝はしたな。モンスターの襲撃受けた時にすぐに松明たいまつ振り回せるだけでも大分有利だしな」


「おおっ」

「まあDランク止まりだったけど、五体満足で小金稼いで早期引退できたからこの世界じゃあ勝ち組なんだよな」

 あー、この口ぶりからするとこの世界の冒険者は死亡率高い感じか。


「最後に受けた討伐任務がゴブリン退治だったんだけどさ。それ自体は無事に終わらせた後、個人的にゴブリンを何とかして食べられないかって探ってたんだ」

「ゴブリンを?」


「ああ、ゴブリンって匂いもキツイし悪食で毒性のモンスターでも平気で捕食するやつだから、下手に食べると腹壊すんだ。だから普通は討伐証明になる耳だけ切り落とすだけなんだけど、こいつが食材に使えれば野営するにも余分な荷物がいらなくなるからって前から地味に研究してたの。


 その時も討伐してすぐに血抜きして、さらに野草組み合わせて煮込んだらどうかなって試してたんだ。結局それでも食えたもんじゃなかったけど、代わりにそいつがゴールドスライムっていうレアモンスターを捕食してたみたいでさ。消化しきれてないのが胃の中から見つかったんだ。それが高く売れたから引退して食堂でも営もうってことで一緒にパーティー組んでた幼馴染と結婚したんだよね」


「おお、おお! いいじゃないですか」

 宿屋や食事処ってギルド職員と並んで中堅冒険者のゴールっぽいところある。


「まあたしかにこの世界じゃあ勝ち組の部類じゃろ」

 遠慮のない物言いのファムに対し田中さんが、「おお、そりゃどうも」と。

 何で子供が一緒にいるの? という疑問顔に苦笑いで誤魔化す。


「そういえばさっきは船員と何を揉めてたんです?」

「ああ、実はヤヨイ国と取引のある船がないか聞いてたんだ。ヤヨイ国ってのは……って、そういうのはそっちの方が知ってるでしょ」

「ああっと……」


 早百合さんに視線を投げてバトンタッチ。

「ここからだとまさに東の果てにある島国ね。まあそのまんま和の国=日本だと思えばいいわ」

「あるんですねえ、やっぱり」


「俺も転生前にちらっとそういう国があるらしい、って資料を見た覚えはあるんだけどね。転生してからはそんなのすっかり忘れてたけど、冒険者時代の最後の方で流しのAランク冒険者に出会ってさ。何でも武者修行の旅だっていうんだけど、袴姿に日本刀っていうもうまんまサムライって感じの男。

 俺、もう感激しちゃってここにいる間は何かれと世話してたんだよ。で、そのサムライがまた新たな地に旅立とうって時に秘蔵の品だって言って、梅干しをくれたんだ」


 田中さんがその味を思い出したのか、口をすぼめる。

「うまかったなあ、あの酸っぱさ。で、前世の味を思い出しちゃったらもう我慢できなくて」

「それでヤヨイ国と取引のある船を探してたんですか」


「正確には自分が食べたいってだけじゃなくて、今開店準備中の『かもめ亭』の目玉にしようと思ってるんだ」

「かもめ亭?」

 ちょうど頭上でその名の由来であろう海鳥がみゃーと鳴き声を上げる。


「ああ、元々前世の親父が開いてた小さな食堂の名前なんだ。俺高校卒業したら漠然と店の手伝いやってたんだけど、その頃に親父が病気で急死してさ。そのまま引き継ぐって選択肢もあったけど、当時の俺は内心では田舎でご近所しか客がいない店で満足してる親父のことバカにしててさ。自分ならもっとビックな料理人になれるって思い込んでたから店閉めて都会に出たんだ。

 それで有名所の料理店を回ったんだけど、結局半端もんだからどこでも都合のいい下働きにしか使ってもらえなくて、さんざ搾取されて何も身につかないまま身体壊して故郷に戻ってきたんだよ。


 ボロボロになって帰ってきて、ちっちゃな厨房に立ってる時に思ったんだ。俺が好きな食べ物、作りたい料理ってホントはそんな有名店の高級料理なんかじゃなかったなって。オムライスとかカツ丼とかカレーうどんとか、田舎の何でも屋の食堂にある、何の変哲もない料理。近所のおっさんやガキ相手に家庭料理の延長品を出す店。そういうので十分だったんだよなって。


 心身共に崩してたから、そう気づいても何も出来なかったけど、幸いそのタイミングで食堂の土地に国道通すことになったって言って、大金が手に入ったんだ。もういっそ次の人生で食堂をやろう、そう決意してこの世界に来たんだ。

 それで大分寄り道はしたけど、何とか店開けそうになったから、勝手ながら親父の店継がせてもらおうって決意でかもめ亭って屋号にしたんだ」


 エリーがうんうんと頷く。

「そうですね、前世の想いを今世で結ぶ。こういうのこそアフターレポートに相応しい、広告向きのエピソードですよ」

「えー、どうせなら俺はドラゴンを料理してやるぜ、っていう前のめりエンドの方が受けると思うんだけどな」

 早百合さんが物騒なことを言いだした。

「ちょとエンドとか言わないで下さいよ」


「いやあ、俺もちょっと気取りすぎかなって思ったりもするけど、ぜひその線で昔のダチ達に広報しといてよね。『新天地で蘇るかもめ亭の定番メニューがこの地に衝撃をもたらした』とか『二つの世界を知り、伝統を革新へと結びつける料理人』みたいなキャッチコピーでさ」

「何ですか、そのコピー? 革新って?」


「今は居抜きで店舗を買ったばかりなんだけど、開店の際には皆の度肝を抜いてやりたいんだ。そのためにヤヨイ国の食材を探してるわけで。元祖かもめ亭ではありふれた料理だったメニューの数々も、ここではすごいカルチャーショックを与えるはずだからね」


「えっ、なんかこやつ苦労した末に地元が大事だって気づいたみたいなこと言うて、速攻で調子ここうとしとるぞい」

「いや、でも日本の定番料理でSUGEEEさせるのも転生の定番じゃないの?」


 そこで根本的な疑問が浮かぶ。

「というか、そもそも何で日本人をこんなヨーロッパ的な所へ転生させるの? 文化の発展っていうんだったら似通った文化とか技術を知ってるヤヨイ国に転生させればいいじゃない」

「ここの管理者が今はこの近辺でしか募集しとらんかったからの」

「なぜに?」


「そりゃもう、この辺りが後進国じゃからじゃよ。ここの管理者は転生者を文明、技術の底上げに使うつもりなんじゃから遅れとるところに送り込むのが筋じゃろ。」

「えっ!? ここパングル世界より発展してるんじゃない?」


「科学技術に関しては半歩程さきんじとるじゃろうが、魔法がパングルよりも属人性の高い、生まれ持っての才能のみが使えるってタイプじゃからの。魔法によるフォローが効いていない分。トータルでは向こうの方が住みやすいじゃろ。まあ魔道具が開発済みじゃし、見た所文明は今まさにガンガン上向いてる所みたいじゃが」


 ファムはそう言って辺りを見回す。

「それに比較すべきは別の異世界ではなくよその国、他の大陸とじゃよ。それこそ海越えた大陸の方ではもう科学技術、思想、衛生レベル諸々が近世相当Fクラスの萌芽に至っとるぞ」

「何か意外な感じだな」


「まあこういう地球の近似世界型じゃとよくあるがの。

 もちろんこの国より貧しい文明の国などいくらもあるが、そういう所は現在の技術では利用できる資源がないとか、どうしようもない状況なんじゃよ。

 でもこの辺りって地下資源も豊富で気候や植物の植生も人の頒布に適しているくせに、何かコケとったんじゃよ。

 というのもメシヤ教いうのがこの辺のメジャーな宗教なんじゃけど、そこが紆余曲折経て科学文明の発展を滞らせての。いわゆる暗黒時代ってのを引き起こしておったんじゃ。メシヤ教の類ってどういう異世界作っても大抵発生するからの。宗教って文明発展にブーストかけてくれるんじゃが、時折こういう逆効果発生させるのが厄介なんじゃ」


「えー」

 暗黒時代とかは社会の授業で聞いた話ではあるけれど、そんな夢のない理由でヨーロッパ的エリアに転生させられてのかよ。

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