第51話 なろうBOOKS「異世界で勇者になろう」

 お腹も膨れた所で、ようやく僕らは本来の目的を果たすべく動き出す。

 今回の渡界の目的はこの世界――シャイリィ世界という――この地にて転生の斡旋をした顧客の状況確認をすること。アフターインタビューとしてここ来世での活躍ぶりを公報という形で基底世界前世の遺族や友人達、それに将来の顧客に伝えるのだという。


 建売住宅やリフォームみたいな、取引額が高額な商品を扱う業界で見られるやつだ。住人としては大きな買い物をしたからには、いかに生活が豊かになったかを誇りたいし、自分の買い物が間違っていなかったと自他ともに認めたいと。

 周囲の人にしてみても、自分もいつか――という具体的な目標がイメージできるし、その業者が欠陥品を売りつけたりしないちゃんとした所だと保証にもなる。


「昨日言ったみたいに、中世相当Mクラス異世界だと値段が高いんですがその分、こういうサービスが付いてきちゃうんですよね」

 弓槻さんの言葉に、僕は昨日の会社での事を思い出す――――


     ◇◇◇◇◇


 …………僕が会社で引越しに関わる事務手続きを庶務課で進めていた時の事だ。

 ちょうど早百合さんが通り掛かる。軽く立ち話をして、引っ越しだから蕎麦がどうのという流れで、では新居でお祝いをしようとなった。さらにそこへ学校帰りに出社した藤沢姉妹が顔を出して、二人も一緒にという嬉しい流れに。


 話が纏まると、早百合さんはパングル世界での後始末が終わっていないと、同行していた職員達に促されて慌ただしく離れていく。

 残った姉妹が事務員に大きな茶封筒を手渡す。何かと思ったら「私の魔法の実測データです」という。


「今度魔法使いの指南書の改訂版が出るんですが、ちょっとそこでデータ取りの手伝いをしていたものですから」

「魔法使いの……指南書って……なれるの!?」

 テンションの上がる僕に、ファムが落ち着けと言いながら服の裾を引っ張る。

「ああ、ほれ、ちゃんと説明してやらんと圭一が無駄に期待してしまうぞい」


 苦笑いする弓槻さんに連れられ、僕は資料室へ連れて行かれる。

 そこには壁を埋める大きな本棚。


 その一つに並べられているのがB6版の数百冊のソフトカバー。背表紙は何の基準か色分けされているが、デザインは統一されて一つのレーベルだと分かる。タイトルの下には共通してレーベル名らしきものが小さく記されていた。


「えっと……なろうBOOKS……?」


 なろうBOOKSと銘打たれた数百冊のソフトカバーの本。

 よく見ると棚の右上にある十冊だけ白背のハードカバーになっている。


『異世界で勇者になろう』

『異世界で調理師になろう』

『異世界でペットトレーナーになろう』

『異世界でペット(フェンリル)になろう』

『異世界で聖女になろう』

『異世界でカフェ・オーナーになろう』

『異世界で経営コンサルタントになろう』

『異世界で領主になろう』

『異世界でスライムになろう』

『異世界で魔王になろう』


 どれも異世界で〇〇になろうという共通したタイトル。それ以外の本も、背表紙の色は数種類に別れているが、同じスタイルだ。


「ハウツー本ってやつです。異世界でタイトルにある職業につくにはどうすべきかってのをガイドしてます。どういう異世界が適してるか、身につけておくべきスキルは何かってのを解説してるんですよ」

 そう説明を聞いて思う…………


「これ、そのまんま、なるにはBOOKSだよ!?」

「なんですか、それ」

「僕の世界にある就職指南書のレーベルだよ。ぺりかん社って所が出してるんだったかな。現代日本の様々な職業を網羅してて、その実際の仕事内容が具体的に説明されて、進路はどこを選べばいいかとか必要な知識や資格の取得方法まで細かに教えてくれるハウツー本なんだ。名前の通りにその職になるには――――を導いてくれる、就活生のバイブルって呼ばれてるシリーズ」


「ふうん、じゃあうちと同じですね」

「えっ?」こっちでも学生が読んでるの?


 そういえばなりたい職業ランキングで勇者が上位に来てるって言ってたな。そりゃあ僕も異世界もののラノベは好んでたし主人公には憧れたけど、リアルになりたいと思ってたかというとちょっと違うぞ。

 たしかにこの世界なら不可能ではないにしても、まず資金をためなきゃいけない訳だろ。一回目の人生を二回目の為に犠牲にするってのか?


「これのメイン読者は五十代六十代の中年から熟年層なんでが、その年頃ってそろそろ引退を意識するようになって、そうなるとそれまで培った技能や経験を無駄にしたくないって気持ちが生まれてくるそうで。子供も巣立ったし、頭がハッキリしている内に今の人生をスッキリ終わらせて第二の人生に挑戦してみようって考え出すって流れです」


「それ終活生!」

「ですよ?」

 と弓槻さんがきょとんとした顔。


「……って、まあいいか。それよりも……」

 それよりも気になるのは中身の方。

 001とナンバリングされた「勇者になろう」を手にとって見る。

 勇者としての心構えだとか、修行方法なんかが記されているかと思って目次を開いてみると…………


 ○市民に生まれよう ○十歳まで生き延びよう ○権力者の庇護下に入ろう…………


「うんっ!?」何だこれ?

「あの、弓槻さん。なんか夢のない項目が並んでるんでるんだけど……とても勇者を目指そうとは思えないような後ろ向きというか保身精神みたいな」

 目次の最初の方を指差し尋ねると、弓槻さんが当然とばかりに言う。


「ああ、そこはですね。シリーズのどれを選んでも最初の辺りは同じ記述なんですよ。異世界じゃあ成人まで生き延びるのが難しいですから。おまけにそもそも職業選択の自由がなかったりしますから、なりたい職業があるならまず生まれ先を選ばないと」

「そんなんでいいのか……」

 まあ元々転生の斡旋に応募できる人ってのはその時点で富裕層なわけだからな。


「それにこのシリーズはそんな本気で読まれてはいませんよ。転生の斡旋って料金はピンキリですけど最低でも家を建てるくらいの資金がかかりますから、実際に契約にまで至る人はごく僅かです。このシリーズはどれもベストセラーになってますが大抵の人は来世を夢想して終わるだけですね。

 観光ガイドで旅行気分味わったり、モデルハウス見学で持ち家暮らしを夢見るのと同じ。本気で転生しようなんて人は結局SPECここまで出向いてコーディネーターつけますよ」

 だから構わないのだとばかりにすました顔を見せる。


「それでも、少なくとも私が関わった本に関しては結構真剣に作ってまして。例えば重版する度に、具体例に上げた術式をより効率的なものに入れ替えてるんですよ」


 そうして掲げられたのは『異世界で魔道士になろう』

「おお、すごい!」

「とはいえ私はただデータ採取に協力しただけの、名前も出ていない扱いですけどね」

 藤沢さんはそういうけれど正確には名前を伏せた、のだろう。


 と、ファムがぼそっと呟く。

「これ本人にしか分からん違いを、重版の度に逐一更新させて版元に嫌がられとるパターンじゃないかや?」


「失敬な。ちゃんとマナの火力への変換効率が1%向上してるんですよ」

「ほい、どうでもいい数字が出たんじゃよ」

「なっ、そりゃあ私もこんな数字で満足してるわけじゃないですけど! 私が関わった本に非効率な術式を載せとけないっていうプライドの問題なんですよ!――――」

「ええい、落ち着け言うに……」


 弓槻さんに絡まれるファムをおいて、改めて並んだ本を一瞥いちべつ。ソフトカバーだが表面加工されて光沢もあり、表紙のデザインもシンプルながら高級感あって全体的に上質なイメージだ。


「将来的には圭一さんもこういう本の制作に関わったりすると思いますよ。結局これ書いてるのはこっちのライターさんですけど、実情は圭一さんみたいに現地にいけないと分からないですからね」

 ふーむ。僕もこういう本を作る仕事に携わったりするのか。これは結構オシャレでいいかもしれないな。


 それにしても…………。

 棚をざっと見ていくと十冊につき一冊程、変なのが混ざってるな。

 『特殊人材派遣業者になろう』って……これ多分奴隷商人の事だよな。さすがに奴隷になろうなんてのはなさそうだけど…………他には……『コンビニオーナーになろう』、『SEシステムエンジニアになろう』。へええ、異世界でもこういう職業あるんだあ。おどろきだなあ。


 それ以外にも『無職』とか『スローライファー』なんてのも。うん、目指さんとしている所は何となく分かるけどさ。『成り上がり者になろう』……はもうちょい言い方があるでしょう。

 『全裸になろう』は……どこの世界でも出来るのでは? 『第一種船舶になろう』……は何だこれ、無機物転生も扱ってるの?


 ざっと見ていくとほんとに様々な職業がラインナップされている。色物も含めてこの業界って一体どういう価格設定なんだろうか。

 藤沢さんがあまりないとは言っていたけど、チートを付けて高スペックにしてもらえば相当高額なんだろう。領主になろう、なんてそれなりの名家に生まれる前提なんだろうが、これもピンキリのピンの方だろう。

 逆にキリの方はどんなだろう。尋ねると弓槻さんが解説してくれる。


「そこの本で紹介してるのってMクラスばかりですけど…………ああ、Mクラスってのは中世相当の文明度って意味ですね。でも実際には出回ってる転生枠の多くはもっとずっと前の文明度の世界ばかりですよ。


 その分、個人住宅買うくらいの値段で手に入りますけどね。

 例えばPクラスのタイプ1……旧石器時代相当の文明度って意味で、そこに送り込まれるのが一般に斡旋される中では最低料金です。大抵の異世界の管理者は農耕や牧畜文化の定着を希望されていますので、その補助としての斡旋という形になります。


 千人の内で十歳まで生き延びるのが半数以下で、そこから野生の麦や豆を見つけてまかりなりにも栽培にたどり着くのが一人と言われてます。これを何回か繰り返して、運が良ければそれが次代に継承されて農耕文化の萌芽になるって感じです」


「そんな低確率でいいの?」

「管理者の方も数千、数万年が数百年でも短縮できればいいという考えですから」

「っていうか、それなら専門家を転移させて農業指導すれば早いのでは?」


 ファムにそう問いかけると「まあこっちにもいろいろ事情があって、その路線は使ってないんじゃ」と返ってくる。

「妾達がこの世界の人間を転生させるのも転移させるのも、それぞれに違う目的があるし、それぞれに制限があるでな。まあその内お主にも知れるじゃろうて」


 そこで弓槻さんが突然嬉しそうな声を上げる。

「あっ、さっきの圭一さんの冗談が分かりました! 終活生と就活生をかけてたんですね! さすがですね!」

「いや、僕がかけてたわけじゃなくて……何でこっちが恥ずかしい気になるの!?」

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