第50話 通貨単位――あらゆる異世界にて普遍にして至上なるもの

 ファムが異世界共通の通貨単位『マトル』の名前が自分に由来するとか言い出した。


「でもそれって、ちょっと自己顕示欲強すぎないか。あれだろ、権力者が自分の国が発行する紙幣に自身の肖像画のせるみたいなノリだろ。日本のお札みたいに過去の偉人とかならいいけどさ。北朝鮮の金日成将軍の折り曲げたら粛清されるって噂のあった百ウォン紙幣とか、外国人との取引にドル札と思わせて自撮り紙幣で支払ったバイソン将軍を思い出してイメージ悪いぞ」


「誰じゃよバイソン将軍。つうか国王の肖像画の紙幣を国民が喜んで使う例もいくらでもあるじゃろ。それにこの場合は紙幣じゃのうて、あくまで通貨単位『マトル』の名前。それも妾の個人名を採用しとるわけじゃないわい」


 憤慨したファムが親指で自分を指す。

「こう、あるじゃろ、妾を見て滲み出る何かっちゅうものが。それが全ての異世界においての真価、真理として通じるから共通の通貨単位の名前に採用されたんじゃぞ」


 誇らしげなファムの顔。いったい何だっていうんだ。

 弓槻さんも初耳らしく隣で首をかしげていたが、ぽんと手を叩く。

「あらゆる異世界で普遍的な価値があるものっていいましたよね。すると神様ってことですね」


 なるほど。神様ならどこの異世界にもいるだろうからな。通貨の名前に採用されるというのも納得がいく。だが、ファムは首を振る。


「ふむ。良い読みではあるが、ちと違うの」

「えー」

「実のところ異世界が成り立つのに神は必須というわけではないからの。むしろ神殺しとかいうて、神を否定してくる世界や転生者など珍しくもないぞ」


 神様っていう属性以外に、このほれほれと手を振るファムに何があるというのか。一番に思い浮かぶのはセカの伝道師という立場だけど、分枝世界ならともかくパングル世界みたいな異世界にセカがあるはずはないからな。


 僕と弓槻さんが答えが浮かばずにいるとファムが言う。

「この『マトル』とはなあ、前に早百合が異世界ごとに通貨が違っててショートスパンで渡り歩くとこんがらがってめんどい、統一しろ言い出したのが始まりでの。乱暴じゃな思うたが、まあ一理あるということで一度各地の異世界転生者にアンケートとってみたんじゃ。

 『お主の世界で価値のあるものを教えい』とな。どうせならできるだけ多くの異世界で優良なイメージのあるものを由来にしようと思ったんじゃがの。


 とはいえ異世界は千差万別じゃから7~8割で共有できればいい、と思っとったら意外や、ただ一点、アンケートとった異世界の全てで唯一高ポイントを叩き出した存在が見つかったんじゃ。

 むろん個々の異世界を見ればそれより価値あるとされるものが存在することもあるがの、重要なのはあらゆる異世界で通用するという点じゃな」


 ファムは「ほれ、まだ分からぬか」と僕らに首をかしげつつ近づく。

「…………まあたしかに妾を見ていては、溢れる高貴さが邪魔をして却って正解に至れぬかもしれんのう。ふむ、ではいったん妾から離れて、異世界に共通する価値のあるものを思い浮かべてみい」


「通貨に採用されてるってことは金?」

 地球では金ならどこの地域、いつの時代でも価値があるもの。ドラクエの通貨だってゴールドだったしな。


 ファムがすごく微妙な顔をする。

「金はなあ……たしかにたいていの異世界で価値はあるんじゃが、過去に多くの転生者がやらかしとるんじゃ。なんであいつら錬金術スキルや物質創造スキル手に入れるとすぐ金を作るんじゃよ。金本位制スタートしたばかりのMクラスなのに、なんですぐその信用ぶち壊そうとするん。おかげで逆に金に低評価入れるはめになった異世界が結構発生しとるんじゃよね。これが黄金装甲を纏たいゆうんなら気持ちも分かるし、それなら見て見ぬふりもしようが……」


「じゃあ銀ですか? 魔術的には金より使い勝手がいいですけど」

 弓槻さんの回答。時代によっては金より銀が価値あることもあったんだっけ。


「そういう金属系は異世界ごとにばらつき多すぎるからの。そもそも金属が枯渇してたり、利用できんよう細工してある異世界も幾らでもあるぞ」

 

「ではジャガイモとか小麦ってことですか、ファム様」とエリー。

「おっ、いい線じゃよ。そういう路線じゃな。とはいえやはりジャガイモも小麦もない異世界も何割もあるぞ」


「そうねえ、思い出すわね。小麦どころか大麦なんかの穀物が一切ない世界もあったわ。あの頃は蟲を食べて生きながらえたものよ。あの過酷な世界での日々を思えば、好き嫌いとか無くなるわね」

 早百合さんが昔を思い出す。するとファムがビクッと反応。多分自分が昔に早百合さんを放り込んだ、食べるもののない荒野での生活に言及されるのを恐れたのだろう。僕らに向かい「ほれ、次、次の回答は?」と促してくる。


「エルフですか? 早百合さんが前にどこの世界でも至上の種族だって言ってましたよね」と弓槻さんが言うと早百合さんが「いい線ね」と受ける。

「えー、言うても妾なんかはエルフって結構性悪なイメージがあるけどなあ。そもそもエルフおらん異世界も山のようにあるしの。全てで価値があるってのは言い過ぎじゃよ」


「じゃあネコ耳獣人かな?」

「今の流れでそれはないじゃろ」

「うん、それは分かってたけど流れ的に価値あるものとして上げとかなきゃいけないかなって」

「何の義務をおっとるんじゃ」


「愛とか勇気とかこれまで共に過ごしてきた仲間との絆とかそういう嘘っぽいのですか」

「ゆづ、それ自分がまず否定しとるじゃろが」


 仕方ないのう、ファムは首をふると再び自分に親指を突きつけてドヤ顔。

「ふふっ、ではそろそろ答えを披露しようかの――――そう答えは幼女!」


 はあ?


「いや、そりゃファムの外見は幼女だけどさ」

 なんでそれが異世界普遍になるんだよ。


「幼女――――幼女こそがあらゆる異世界において至高にして最上の存在なんじゃ。幼女……それは一切の穢れを知らぬ純粋無垢にしてかわいいの極地。古来日本においても七歳に満たぬ幼女は神の子とされておったが、異世界でもさように別格の存在である。

 例えばじゃ、とある異世界においては魔導の極みへと至った賢者が、その晩年に叡智の全てを注いで完成させたのが幼女への転生術であったという。

 とある異世界のドラゴン。強靭なる肉体、内包する太陽にも比される膨大な魔力量。生命体として高次の完成体。もはや神格さえ帯びたその存在が人界に降り立った際には幼女の姿を纏っていたという。

 聖地にて星に満つる自然の全てを司っていた精霊王が、勇者の誠意と懇請に応えその姿を現したとき(以下略)

 フェンリルが(ry

 奴隷オークションで(ry

 おっさんが(ry

…………というようにな、異世界では数多あまたの実力者が幼女となり、あるいはそうあろうと研鑽を重ねているんじゃ」


「それ普通に女性でいいんじゃないの? 芸術作品とか縄文土器の時代から女性の美をうたったやつばかりだろ。異世界だって女の人の美しさを否定する所なんてどこにもないんじゃない。そっちの方が納得はいくぞ」


「いや、それがアンケートに答えた転生者の結構な数が『女』にマイナス評価入れてたんじゃよね。ところがそんなん輩も不思議と、いや逆にそういう者こそ幼女には高評価をいれておったんじゃ」


「何があったんだよ、転生者」

「ちなみにそやつら『同じ村の幼馴染』には最低評価入れとった」

「あっ……」

 それ勇者に……


「つうことでじゃな。全ての異世界において通じる価値を持つものとして幼女が認定されたんじゃよ。そこで古代神聖言語において幼女を意味するマテウル、その言葉を語源としてマトルという通貨単位が出来上がったんじゃ」


「長々何を言い出すかと思ったら……というか今更だけど、それって意味あるの? いや、概算金額を知りたいってのは分かるけど、僕らの場合は実際にこの世界で買い物するわけだろ。だったら現地ではこの通貨ならいくら、あの通貨ならいくらって区別しとかなきゃダメだろ」


「まあの。だがはっきり言って実態はもっと複雑じゃからな。流通する複数の通貨毎にレートが違うだけではなく、その通貨にしても発行年度によって金属の含有比率が違ってたりするからの。良銭悪銭ってやつじゃな。

 支払いに使うコイン次第でさらに店頭で値段を変えられるわけじゃ。それにぶっちゃけ圭一が買うのと妾達が買うのとでは値付けもまた変わるんじゃ。


 圭一ならしょぼいから吹っかけても大人しく払うじゃろ思われて高値になったり、逆に妾達もお貴族様と思われて十倍くらいにされたりの。廉価品買う場合は金なさそうな圭一には案外適価を提示するかもしれんの。

 そういうもろもろ含めてマトルという概算金額を出しておるんじゃよ」


「まあ、あれよ、実際は雑多に取引してても、後で警察にレポート出すときにはマトルで統一しといてってことよ」

 と早百合さん。傍若無人っぽいこの人であるが、結構警察に対しては及び腰である。


「それとこれは翻訳スキルの追加コンテンツじゃからな。細かい内訳を知りたければ呼び出しコマンド教えとくんで、それ使えば視界に通貨ごとの価格を表示させられるぞ。さらにはそれぞれの交換レートといった情報も浮かぶようになっとるでな」


「おお、地味に使えそうだなそれ。ちゃんとした追加コンテンツもあるんだな」

 であろ、とファムが胸をはる。


「さらに言えばざっと市場を見て歩けば、そのエリアでのその商品の適価というか平均価格が表示される機能もあるぞ。そこいらはインターネットの大手検索サービスのglegleグルグルのクロール技術を参考にして、特に意識せんとも勝手に見聞きした情報から割り出してくれるからの。

 ちゅうかお主がこないだパングル世界で警吏隊の隊長に、市場調査というスパイの技能があると難癖付けられて捕まっとたじゃろ。あれ多分この機能のことじゃぞ」


「そうか、glegle? の高機能ならスパイ扱いされるのも分かるな。で、どうやってその機能使うの? あっ、まさか前みたいにシステム画面から呼びだすんじゃないよな! 弓槻さんに何させる気だよ!」

 こないだのパングル世界でシステム画面を確認するために快楽落ちした屈辱を思い出す。

 あのポーズを知らないのか弓槻さんが不思議そうな顔をしている。

「私が何をするんです?」


 そうだな……知らないのならそのままでいくべきだ。

「いや、いんんだ……ファム、僕がやるよ。教えてくれ」

「何を意気込んどるん? 今回は普段使いする機能じゃからの。簡単なジェスチャーで済むぞ」

 ファムはそう言って実演してみせる。


「こう、腹の前にフリップボード説明用の大型カードがある感じで、それをひっくり返す動きで呼び出せるんじゃよ。その時には『さあておいくらハウマッチ』って言うのを忘れずにの」


「だから何でそんな高機能なのに呼び出し方に変なアクション要求するんだよ」

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