第49話 ホットドッグ

 アンカーが設置された拠点となる小屋から出ると、前回と同じく青空が広がっている。見上げた視界に黄色いクチバシに毛色が白と灰の配色の鳥がよぎる。「ミャーオ」という鳴き声を追うと、大通りの先、建物の間に海面のきらめきが確認できた。


 それと気づくと春風がうっすら潮の匂いを運んでいるのがわかる。周囲の街並みや家の造りもどこか地中海とかあの辺りの観光地を思わせる佇まい。


「どう、圭一君。二度目の異世界の感想は」

「すごいです、まるでボルトヨーロッパみたいです!」

「はい?」

「あれ、基底世界にはないのかな。僕の世界の和歌山にあったイタリアやスペインの街並みが本格的に再現された、周囲を海に囲まれたロマンチックで刺激的なアトラクションや連日開催される楽しいイベントが盛りだくさんのテーマパークですよ」

「「…………」」


「なんじゃろ、この本場の料理を馳走してやったら、冷凍食品や無果汁ジュースみたいな美味しさとか言われたようながっかり感は……」

「あー、お前ボルトヨーロッパを甘くみるなよ。前に親族旅行の子供達のお守りで行ったんだけど、あそこ併設された屋内の戦隊ヒーローやプリキュア戦隊ヒロインのアクションショーがすごいんだからな。歌舞伎や演劇の舞台演出を取り入れて、ワイヤーアクションの空中戦やプロジェクション映像が攻撃モーションに重ねられたりとかさ」


「もうヨーロッパですらないじゃろ」

 半目でこちらを見つめるファムに反論しようとしたところで僕はすれ違った通行人に目を奪われた。

「うわ、エルフですよエルフ!」


 そこにいたのはロングストレートの金髪から長い耳を覗かせた、魔法使い用といわんばかりの宝石の付いた杖を持ったエルフ。並んで歩くのは人間の剣士とネコ型獣人。

 冒険者パーティーなのか、剣と魔法とエルフと獣人。これぞファンタジーという一団。


 僕がその後姿を見送って一人興奮していると、

「圭一君はエルフ好きなの?」

「嫌いな日本人なんていませんよね」

「まあね」

 早百合さんがそう言うとふぁさっと髪をかき分ける。


 なぜかファムがうへえという顔。

「エルフなんぞどこにでもおるじゃろ。早う行こうぞ」


 そうして今回の目的地だという二等区の住宅地へ向けて歩き出す。道すがら聞くのはパングル世界の顛末。


「……じゃあ結局ローザさん達は完全撤退したって事なんですね」

「ええ、まんまと逃げられたわね。現地時間で二週間後の時点に殴り込んだんだけど、基地はもちろん帝国の首都方面でのアイツらの拠点も空だったわ。商会でも魔法スキルと魔石を買い漁るばかりで、その資金は質の良い調味料の提供って感じで動かしてたみたい。商会もあっさりたたまれてて、取引先が途方にくれてたわ」


 基地には現地の人間が何人も働いていたけど、その人達に対しても別の大陸から来たという大雑把な説明で通していたという。色々不審に思われてたはずだが、そこは利益供与で黙らせてたみたい。


「多分元々撤退予定だったのよ。帝国の駐在員をシメても大したことは知らなかっけど、アイツらの中に一人、魔法適合者が生まれてたらしいのは分かったわ。でも管理者とコンタクトしてないアイツらじゃあ、その適合要因は掴めないだろうし。魔法スキルを数百種類揃えてようやく一人だけ。その程度じゃあさすがにコスパ合わないでしょ。駐在員からももっと利用価値のある世界が他にある、って聞かされれば他の異世界探そうって流れになるんじゃない」


「じゃあそれこそ、この世界に来てたりしませんか?」

「それはないわね。細かくは言えないけど、アイツらが移動できるのは別の宇宙であって、ここみたいな異世界とはまた違う次元にあるからね」


 どういうことかと疑問に思った所でファムに服を引っ張られる。

「そんな話よりおやつタイムにしようぞ」


 ファムが指差す前方には屋台がいくつも並んでいる。パングル世界の大通りでも見かけた光景だが、あの時より屋台の数が多く、漂う匂いも様々で腹が刺激される。昼のソバは早百合さんの持ってくると言っていた主食を当て込んでいたので、少し量が物足りなかったのだ。


「たしかにここは食事に関しては技術も大分進んだアタリの異世界よ。特にこの街は海でも陸でも交通の要所に位置してるから色んな食材が手に入るからね。ちょっと摘んできましょ」


 そうして僕らは思い思いに屋台を見て回る。


「おう、兄ちゃん。見かけねえ顔つきだが船できたのかい。ここの名物を食ってみねえ」

 店主が差し出してきた、食欲をそそる焼けた肉の匂いを漂わせるのは……


「ホットドッグだよ、これ」

 目の前にはフランクフルトソーセージと何かの緑の野菜をパンで包み、赤いソースがかけられた、まさに屋台で売るにふさわしい軽食の代表格。

 パンはドッグロールと呼ばれる細長くキツネ色に焼けたのとは違い、もっと平べったくて茶色みが多い。フランクフルトももっと小さいサイズでウインナーという感じ。だが組み合わせとしては間違いなく馴染みのホットドッグ。


「早百合さん! 僕はこれでお願いします!」

「へい、毎度。ひとつ六百マトルになりやす。さあ兄ちゃん、その格好からすると冒険者見習いってところか。こいつを食べてサユリ様にあやかりな」

「へっ?」

「おっ、いらっしゃいませー」

 店主は僕にホットドッグを手渡すと次の客の注文へと対応に動く。


「……今サユリ様って言ってましたよね。知り合いですか?」

 その割に早百合さん本人には反応していないのだが。

 早百合さんに目を向けると苦虫をかみつぶしたような表情。


「サユリ様いうんはこやつのことじゃが、正確には歴史上の人物である勇者サユリのことじゃよ」


「ずいぶん昔に、この世界に召喚されたことがあったのよ。その縁でウチの組織と契約してるわけなんだけどね。それで当時この街にも来たことがあって、ちょうどモンスターの集団を率いて襲ってきた将軍格オークオークジェネラルを撃退したの。で、その戦果を記念したのがそれよ」

 と僕の持つホットドッグを指差す。


「そのフランクフルトはオーク肉が使われてるの。それでここのオークって隊長格オークオークキャプテンから上は金属鎧を纏うようになるから、パンをその鎧に見立てて、炎魔法で炎上させて街を救った私の功績を讃えて作られたって触れ込みよ」


 この赤いソースが炎魔法の見立てってことなのか。

「ここでは『オークジェネラルの焼き包み』って名前じゃって。勇者サユリがもたらした料理ゆうことになっとってな。サユリにあやかって一口で肉の部分を齧り尽くすのが流儀なんじゃ」

 ファムがぷくぷく笑いをこらえながら。

 それは……誇らしいことかと思うけれど、早百合さんの様子からするとある種の恥ずかしさがあるみたい。


「実際に誰が考案したのか知らないけど失礼しちゃうわよね。血の一滴どころか鎧ごと、モンスターの集団ごと完全焼却させたってのに」


 変なところでいきどおる早百合さんに、弓槻さんが「私はこちらをお願いします」と声をかける。


「こっちはピザっぽいですよ」

 弓槻さんが注文したのは―――厚みはあるが平たいパンの上に大ぶりのエビが刻まれ、赤と緑の刻まれた野菜が散らされる。チーズの量は少なく、ソースのように一筋垂らされただけだが、材料構成はたしかにシーフードピザ。


 弓槻さんが興味深げにジロジロ見て店主に不審がられていたが、屋台に据えられた金属の箱の中で加熱がされて、ピザは温かい状態で提供された。

 僕のホットドッグもフランクフルトが加熱されていたが、どうもこれは加熱用の魔道具ということらしい。


 まだ料理に触れただけだが、この世界は前のパングル世界よりも発展しているようだ。


「早百合ー! 妾はこのロックバードの串焼きを二本ずつじゃよ」

「おっ、お嬢ちゃんいいチョイスだよ。塩ダレ効かせて一本二百マトル、ニンニクソースの方が二百二十マトルだ」


 結局僕らは互いの選んだ料理を複数個買ってもらう。近くに積まれた木箱を借りてベンチ代わりに。それぞれの料理を交換しあい堪能する。


「ほれ、圭一。ここでがぶっといけばサユリ様のように強くなれるぞい」

「結構噛みごたえあるから一口はきついぞ。いや、でも塩味きいてて美味しいな」

「ほほう。チーズが少ないからピザと思うと物足りないですけど、エビにかかった辛味ソースがいい感じで、チーズの甘みが隠し味になったエビ料理と思うと結構いけますね」

「ほい、じゃあ妾もそのピザを試すかの。代わりに弓槻もオークジェネラルでサユリ様に挑戦するんじゃよ」

「フン」


 ファムがここぞとばかりに弄りだすのを、早百合さんが鼻を鳴らして一蹴。そんな早百合さんは一人アルコールを片手に、焼きたてのホタテ貝に舌鼓をうっている。


 そうして皆で一通りの料理を楽しんで、そのままゆったりムードになる。そこで何気に先程気になっていた点を早百合さんに問いかける。


「ところで、ここでも通貨単位ってマトルなんですね。こないだのフェザフィール王国だけの通貨だけだと思ってましたよ」

 特に尋ねもしなかったが、パングル世界のフェザフィール王国で使われていた通貨単位らしき『マトル』。あの世界、あの国だけでなく、ここでもホットドッグ一つに六百マトルという値付けがされていたのだ。


ふぁにふぉひまひゃら何をいまさら

 ファムが最後の串焼き肉を頬張りながら。


「マトルって便宜上の通貨単位だからね」

「便宜上?」

「んぐっ、そうじゃよ。妾が開発した翻訳スキルの機能でな。実際は……ここに限ったことではないが中世相当Mクラス異世界なんぞ極狭いエリアで流通する通貨が複数あるからの。

 ホットドッグ一個が円なら六百円、ドルなら六ドル、六ユーロ、三十六元いうふうにな。

 その地にて長期間過ごすなら別個に把握しとかねばならんが、お主らのように短期間で数多の異世界を巡るのなら、その辺りはざっくりでよかろう。っちゅうことで、妾の翻訳スキルを通すことで概算の金額を自動で算出しとるんじゃよ。さっきの屋台の店主も実際には『円なら幾ら、ドルなら幾ら』と説明をしとったはずじゃが、さくっと六百マトルで済ませとるんじゃ」


「じゃあ全部、円に換算しちゃえばいいんじゃない?」

「それはそれでイメージが基底世界の物価に引きづられるからの。頭切り換える意味でも分かりやすく異国の通貨、としといた方がよいぞよ。

 それにこのマトルにはちゃんと由来があっての。あらゆる異世界において唯一普遍に価値あるとされた、とあるもの。古代神聖言語においてその存在を意味する言葉が語源になっておるんじゃよ」


 そしてファムが握った拳を高らかに掲げて宣言。

「そう、すなわち妾!」


 そして満面のドヤ顔。 


 はあ?

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