第48話 ドラゴンの尻尾ステーキ

「お前は! 異世界のみならず、ここでも好き勝手やってるのか!」

「うるさいわあ」

 青筋を立てて怒声をあげる室長に対し、早百合さんがあからさまなため息。

 具体的な罪状は分からないが、間違いなく目の前で諸々の法律違反をしていたであろう早百合さんを庇えるはずもなく、僕は間に挟まれてオロオロするばかり。


「それにその肉はなんだ! ドラゴンと言ってたよな! それを……食べる!? 何を考えてるんだ!」


「はいはい、そんな心配しなくてもちゃんとあんた達にも分けたげるわよ」

「そんな要求などしていな……おわあ!」

 早百合さんが抱えていた刀を肉が刺さったまま横斬りに一閃。勢い良く刀から抜けた輪切り肉が放り出される。

 職員四人が輪切り肉が床に落ちる前に掴み取った。おお、ナイスキャッチ。


 早百合さんは日本刀を一度勢い良く下方に向けて振り抜いた後、腰の鞘に収める動作――――実際には鞘に当たるのは広げた左の手のひら。何かのマジックの様に何の痕跡もなく目立つ長柄を消してのけた後、異境省の面々に指を突きつけながら言った。


「それさっさと加熱しときなさいよ」

「誰が食べるかー!」

「いや寄生虫いるから」


 その言葉に応じるように肉の中から突然拳大の盛り上がりが発生する。輪切り肉の表面を割って出てきた土気色の塊。

「えっ」と皆が絶句する中、隆起したそれは前後に震えた。かと思うと、すぅっと浮かび上がる。いや、その下からは僕の手首程の太さの管が続いている。

 湾曲しながら身を立たせたその動きでこれが生物であると、早百合さんが口にしたばかりの寄生虫であると分かった。


 見知った生物の中で近いのはミミズ……巨大なミミズ。あるいは蛇。ぬめった体表と頭部に当たる塊に目立った器官が見えない処はミミズのような。土気色の表皮に濃淡の柄が付いて鎌首をもたげたような姿勢は蛇のような。


 僕を含め皆が引きつった顔で凝視する中、その寄生虫の先端がゆっくりと開き口の存在が明らかになる。すぼまった巾着袋を開くような動き。でも開かれた穴にあるのはギザついた多数の歯。それが口中のあちこちに不規則に並び、頭部が微かに蠕動ぜんどうする事でギザ歯も不気味にすり動く。


 トンネル採掘用のボーリングマシーンを連想する。いや、構造はあれとは違うけれど、あの中に指を差し入れでもしたらたちまち粉砕されるであろうのは間違いないだろう。

「ひっ」と悲鳴を上げて黒服の三人が肉から手を離し後ずさる。一人で肉を支える形になった室長は慌てて肉を掴み直す。寄生虫がゆらっと仰け反り――――次の瞬間液体を室長の顔に吐き付けた。


「うわあ!!」

 室長が悲鳴を上げて背後に倒れ込んだ。


 放り出される肉がテーブルの上に落ち、衝撃で表面の寄生虫――――いや、人を襲った以上そんな生易しい物じゃない、モンスター扱いのワームと呼ぶべき――――は輪切り肉からはじき飛ばされる。露わになったワームの全身は僕の指先から肘までの長さ。持ち上げた上半身をゆらゆらと周囲を警戒するように動かしている。


 倒れ込んだ室長に部下達が駆け寄る。

「室長! これで拭いて下さい!」

 部下が乱暴にそばにあったタオルを上司の顔に押し付ける。少し黄色がかった液体が白い布に拭い取られていく。


「待て、不用意に押し付けるな! 毒物が広がる!」

「申し訳ありません、ああっ、痛みは無いですか!?」

「痛くは無い。だが何だ……何も感じないぞ。痛覚が無い……」

 室長が自身の顔を小ギザミに叩きながらそう漏らす。

 

「あら大変。早く保全局に帰って横になってないと」

 早百合さんがあっけらかんとした調子で。

 部下達も呆然としながらも頷くと室長の両肩を支え立ち上がらせる。


 一方、毒素を吹きかけたワーム。威嚇なのか警戒なのか、いまだもたげた首を周囲に回している。と――――弓槻さんの宣告。


氷結フロート用意セット良しゴー――発射ファイヤ!」

 直後、ワームの身体が光ったと思ったその次の瞬間、テーブルの上に氷像が現れた。上半身をしならせたような姿勢のまま、ワームが氷漬けに。その端からぱらぱらと氷の破砕が落ちていく。

「わあ」

 弓槻さんは害虫殺せる系女子か。

「お部屋汚すとまずいですからね」と少し得意げに。


「はい、これ標本にあげるわ」

 そのワームの氷像を受け取った黒服が、治療のサンプルに頂きたいとドラゴンの肉の方も拾い上げる。


 そのまま、まさに退散という感じで部屋を出ていく四人に早百合さんが「それ、塩振るだけでイケるわよー」と声をかける。


「ごめんねー圭一君。せっかくドラゴンステーキご馳走するつもりだったのにね。まあまたその内に狩りに行ってくるから」

「いや、それはいいですけど、あの室長さん大丈夫なんですか?」


「問題ないでしょ。あの虫は別に毒なんて持ってないもの」

 何言ってるのとでもいう表情。


「えっ、でもあの人痛覚がなくなったとか言ってましたよ? 早百合さんも横になってろって?」

「あれただの麻酔薬だもの。ワームの実物だってあるんだから落ち着いてみればあいつらも気づくでしょ。あの虫、専門家の間ではそこそこ知られてるやつだから」


「えっ、あの……」

 …………良かった、毒に侵された人なんて居なかったんだ……。そんないい話で自分を納得させた。


「はあ。それにしても、あんないかにもなグロテスクな外見なのに毒じゃないんですね」

「ふうん、名前はなんて言ったかしら」

「現地で地竜ジリュウって呼ばれてますね」と弓槻さん。


 地竜って…………僕の知ってる地竜と違うな。僕の知識だと地竜は竜種の中ではトカゲに近い種類で、討伐難度はそこまで高くないからDランクくらいの初心者を抜け出した冒険者パーティーでも討伐依頼を受けられるけど、いざ行ってみると実はつがいだったり、上位種に進化してたりでBランク相当の力量が要請される生態のモンスターだ。


「小型の魔獣ですが身体構造は竜とはまったく違いますね。生態は寄生虫と同じで、宿主がドラゴンに限定されてるそうですので、そちらと絡んでの命名かもです。ミミズみたいな外見の通り、口部からドラゴン体内の組織を咀嚼して排泄。その間に竜種の濃縮されたマナを取り込んで生きている生物です」


 と言うか、今思い出したけどそれはっきりミミズを翻訳してるだけだよ。漢方薬でミミズのことを地竜って表記してたもの。祖父ちゃんの薬箱で見たことあるや。


「あんなのがドラゴンの体内でうごめいてるんだ」

 我が身に置き換えて想像し、おぞましさに身震いする。

「あれが生息している世界のドラゴンは少々の傷は勝手に治りますから大丈夫ですよ」

「治るからって痛いし不愉快じゃないのかな」

「あれが口部から排出する唾液に麻酔的な効果があるからそう痛くはないらしいですよ。不快感は高いみたいですけど」

「ああ、それで早百合さんが麻酔薬っていったのか」

 なら室長にはそんな影響ないのかな。


「それにしてもドラゴンって最強の生物ってイメージだけど、寄生虫には勝てないんだね」

「どうでしょう。長期的には宿主にも利益をもたらす共生関係だって説がありますよ」

「寄生虫が?」


「ええ、ぱっと見は一方的にマナを消費して体組織をかき回して被害だけ与えてるみたいですけど。でもその世界のドラゴンって、ほっとくと洞窟の奥で代謝抑えて冬眠状態に入っちゃうんですよ。下手すると数百年間……もう仮死状態ですよね。ドラゴンって生態系の頂点ですから外敵はいませんし、生まれ持った莫大なマナでエネルギー補充は必要ありませんから通常はそれでいいんですけど……」


 その世界のドラゴンってある種ナマケモノみたいな生態らしい。


 そこで弓槻さんが早百合さんの方を向く。「……不定期に勇者が現れるんですよね。イレギュラーにドラゴンと同等の力を持った個体が」

 腕を組んでいた早百合さんが誇らしげに胸をはる。


「で、数百年間仮死状態にあったドラゴンが強襲されてあえなく命を落とすと。この世界でも熊を狩るのは冬眠明けの本調子でない初春に狙うのがセオリーですし、はっきり冬眠中に仕留める地域もあるそうですからね。そういう知恵と力を兼ね備えた勇者には敵わないわけです。でも地竜に寄生されてたドラゴンって不快感から深い冬眠状態にはなりませんし、寄生虫の繁殖具合によっては消費されたマナの補充に外で捕食活動しますから、常時臨戦態勢でいられるって訳です」


 だから地竜に寄生されるデメリットで寿命は多少短くなっても、数百年に一度のリスクを避けられるメリットがあるんだと言う。


「うーん」

 洞窟の深部にて勇者を迎え撃つモンスターの王者ドラゴン。絵になるシーンだが、それが寄生虫が原因の浅眠に支えられてるって、なんかなあ…………。

 というか……


「早百合さんが狩ってきたのはその寄生虫付きだったんですよね」

「餌探してたのか、外うろついてたからね」

 こういう通り魔的な人に会う危険もあるんだから洞窟で眠ってる方がいいんじゃないかな。


「それにしてもあいつら、私がパングル世界にかかずらってる間に圭一君を狙ってくるとか、こすい真似するわね」

「早百合さんが自分から部下を雇用するのは珍しいですからね。それも分枝世界出身で特殊能力無しノーマルの未成年となると、何かあるって勘付いてるのでは」

「若いツバメ愛人だって言っといたのにね」


「…………なんだかあの人達、早百合さんや圭一くんのあら捜しとかじゃなくて、魔女から憐れな生贄を救いにきたつもりだったような気がしてきました」

 エリーがははっ、と頬をひくつかせながら言った。


「まあどちらにせよ圭一君は渡さないわよ。そのためにもSPECで実績積んでかないとね。私、今日は一旦通常業務の方に戻るから。あなた達も一緒に異世界へついてきなさい」


 そして僕らはまずは腹ごしらえとばかりに、改めて引っ越し蕎麦を用意。皆で食卓を囲む。

「あれ、圭一くん。これ普通の市販のソバなのに腰があって粉っぽさがない、お店の味だね。何か秘訣とかあるの?」

「うん、せっかくなんで大型の圧力鍋を買っといたんだ。ソバはとにかく茹でる湯量を多めにしとくのがいいんだよね。もったいないけど、水が濁ったらすぐに取り替えってのがコツ。父さんに教わったんだよ」


「そう、コスモも回す時はケチらんのがコツなんじゃ! いざ回すぞ二十連コスモ!――――――――ええっ、全部……全部ダブリのカスキャラがああああああ!」


 デザートにはファムの買ってきたわらび餅と白玉ぜんざいのとろり黒糖蜜がけを堪能。コンビニスイーツも今は専門店並みの美味しさである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る