第三章 食堂『かもめ亭』異世界進出へ! ~はい、ご注文の品は今出たとこです(食材討伐に)~
第47話 蕎麦
―――ピンポーン
チャイムの音がした。僕は水切りをしていた茹で上がったばかりのソバを皿に流し込む。フキンで手を拭きながら慌てて玄関に向かう。
扉を開くと、そこに立つのは眼鏡をかけた少女。
「こんにちは。引越しのお祝いに来ましたよ」
笑顔とともに朗らかな挨拶をくれるのは藤沢姉妹だ。お気に入りのコーディネートなのか、初めて会った時の制服姿と同じ、シャツとブラウスで白黒のコントラストが映える。
「ありがとう。入ってよ、昨日越してきてまだ全然片付けてないけど」
配送されて積まれたままになってる玄関口のダンボールを無理やり隅に押し込み、通路を広くして姉妹を中に招き入れる。
「結構オシャレな所なんですね」
弓槻さんが見渡す室内。2LDKのフローリング床の洋装。
ここは僕が暮らすことになったアパートの一室。一人
ちょうど改装したばかりとかで若者向けの内装。会社の近くにあって繁華街から少し離れるが、却って静寂性と買い物や交通には程よい利便性がバランスされたなかなかの立地条件。すぐ近くにコンビニや書店があるのも嬉しい。
更にいえば藤沢さん達の通勤ルートの途上にあるというのもポイント高い。だからこうして気軽に顔を見せてくれるのだ。
「そうだ、これ引っ越し祝いのプレゼントです」
そんな弓槻さんが差し出してきたのは、電動のケトル。
「私の家でも使ってるんですけど、自動で適温を保ってくれるので、ちょっとお茶のみたくなった時なんかにすぐ対応できて便利ですよ。ついでに贈答品のおすそ分けですけど、家にあったお茶やコーヒーのインスタントのセットです」
「ありがとう、早速使わせてもらうよ」
ケトルとインスタントパックの詰め合わせを受け取って、テーブルに置く。説明書を開いてみると、エリーが「簡単だから使ってみせるね」と言ってシンクに向かう。
ケトルを軽く洗って、中に水を満たしている後ろ姿を見て思う。
何というかいいなあ。
一人暮らしの部屋で女の子が自分のためにお茶を入れてくれようとしている姿。
漠然と将来的には大学に進学して一人暮らしする、なんて想像をした事はあったけど、それがこんなにも早く実現するとは。ほんの一週間前―――体感時間で十日間程前まで家族と暮らしていただけに、状況の変化にいまだ気持ちは浮ついたまま。
「おっ、ほうじ茶があるの。ピリッとワサビを効かせたソバにちょうど合うのう」
「エリー、カップはそこに並んだの好きなの使って」
「了解」
当面の費用として渡された資金。家具家電を揃えたらあっという間に減っていったけど、こうしてお客様用の食器類も用意しておいて本当によかったな。
「そう言えばワサビって昨日買っといたじゃろうか」
何というか、こう、同棲っぽさが漂っているというか……
「おら」
突然膝裏に何かが当たる感触。顔を向けると横合いから小さな蹴り足が入っていた。
「何だよ、ワサビなら冷蔵庫に入れといたぞ……って、あれ、ファム? えっ、何でここに、あっ……」
幼女女神であるファムがジト目で僕を見上げていた。
「お主、ナチュラルに妾の存在を消去しておったな」
「いや、ごめん、何か部屋で女の子が自分のために台所に立っているという夢のようなシチュエーションを汚したくなかったばかりに」
そうだった。早百合さんの宣言通りにファムは今僕と同居しているのだ。昨日から家具の設置や家事を僕に押し付けて、自分はどこから持ってきたのか不明なセカハードコレクションの設置や、ベストな音響環境を追求するのだと言って、一人ドタバタしていた。
早々にこいつは生活面では頼りにならないだろうなというのが伺えて、今後に不安を抱かせるが、ともかくこのファムと僕は共同生活を始めている。
未だ半目のファムが、ふいに何かに気づいた顔。
「おお、そうじゃ。今日の昼は圭一がソバを茹でて、早百合がおかずを用意してくるわけじゃろう」
「うん」
昨日会社で会った時に何気なく明日はソバにでもしようと思うと口にしたら、早百合さんがメインでガッツリしたものを持ってくから、引っ越し祝いにでもしようという話になったのだ。
ちょうど弓槻さん達も土曜日でバイトに来る日ということで、その途上にある僕のアパートで食事をしてから仕事に向かおうということに。
「で、エリーが茶を入れてとなると妾はデザートを用意すべきでないかの」
ファムがそう言って手を差し出してくる。
「何?」
「隣のコンビニにスイーツを買いに行ってくるんで、軍資金をヨロじゃよ」
「それなら二千円出せば十分だろ。お釣りはちゃんと返せよ」
財布を開いていると、
「ちなみに料金システムを説明しますと、通常料金ですと十分で帰宅の所を五百円毎に十分延長されるんじゃよ。現役JK二名と個室でのトークタイム。そんな至福の一時を独占したいと思いませんかや」
ファムが何か小銭稼ぎに走り出した。
「……いや、どうせそうこうしてる内に早百合さんも来るだろ……まあ、じゃあ……」
「三千円札入りました~。三十分コースご案内じゃよ。んではアパートにおなごが来るという最初で最後の機会じゃ。存分に堪能するがよいぞ」
「最寄り駅と会社の中間っていうベストポジションにあるんだから、まだチャンスはあると思うんだよね」
「まあ妾もそう願っておるぞ。弓槻が来る度に10連コスモ回せるんならの。じゃ行ってくるわい」
どうやらネット課金用のプリペイドカードを買うつもりなのか、ファムがコンビニに向かうべく駆け出す。
―――ピンポーン
その手がドアノブにかけられた所で再びチャイムの音。
「早百合さんかな」
「あやつなら傍若無人にドア開けてくるじゃろ」
そう言いながらファムがドアを開くと、そこには四人の男達。
正面に明らかにブランド物の仕立ての良い紺のスーツに身を包む、丸メガネの男。背後に三人並んで直立しているのは黒スーツにサングラスの、個性を消さんと主張するような"黒い男"達。
紺スーツの人が首をかしげているファムから僕の方に目を移す。
「君が真上圭一君だね」
誰だこの人?
表札も出していないし、電気ガス水道の契約は会社で代理の人を立ててくれているから外部の人が僕の名前を知るはずもないのだが。
丸メガネから覗く眼光鋭い細目からは、問いかけながらそれが正解であると確信を抱いているのが分かる。
着込んだスーツは皺どころかホコリ一つも付いていない。きっちりとセットされた短髪。些細な校則違反を見逃さなかった中学の学年主任を思い出させる装い。
「そうですけど……」
何だか不安なものを感じて、ためらいながらそう答える。
「私は異境省-分枝保全局-調査課-史籍編纂室-室長の福田という者だ。漂着者――――分枝世界から事故で転移してきた君に話を聞きたくてね」
◇◇◇◇◇
異境省――――それは分枝世界、異世界を総括する日本の行政機関。
僕が最初の異世界でスタンピードに巻き込まれた件。早百合さんが中々来てくれなかったのは僕の保護に訪れた人達を追い返していたからだと言っていた。それがこの異境省のスタッフだったそうだ。
異世界につながる”穴”の調査や漂着者の保護等がその使命だと言う。するとSPECと行動範囲が重なってるのでは? と思ったら転生の斡旋業務以外は丸かぶりしてるそうで、その辺りで権限争いやトラブルが耐えないのだと。
「何でそんなややこしいことになってるんです?」
「そりゃ異世界や分枝世界の情報は莫大な利益をもたらすもの。どっか一国が独占しないようにってSPECが組織されたわけだけど、本音はどの国も自分とこで独占したいって思うじゃない。なんのかんの理由つけて権限奪おうとするのよね。邦人保護を盾にされたら文句も言えないし」
「言ってますし思いっきり対立してますけどね、早百合さんは」
「知らなーい」
…………というのが僕の知る異境省という組織について。そのまま次の異世界へと移動し大騒動に巻き込まれたから詳しいことは何も知らないと言っていい。
怪訝に思いながらも結局この異境省の四人は室内に招き入れることとなった。
お茶を用意すると言って離れたエリーが「すっごいエリートさんだよ」と言い残す。
えっと、史籍……編纂、室? 何か社史編纂室みたいで左遷のイメージがあるんですが?
だけどたしかにローテーブルを挟み正面に位置する紺スーツの男性と無表情の三人の黒服達の圧迫感にはキツイものがある。
「それで話って何ですか」
警戒する僕の横にエリーが並び、手早く用意されたお茶が皆に振る舞われる。
「どうぞ」
「すまない……君は……藤沢君だったね。
室長と名乗ったこの人は弓槻さんと面識があるらしい。
「お久しぶりです。福田室長。圭一さんの防疫の件でしたら処置も済んでいますし、文化歴史の差異も収斂境界内。守秘義務契約書も提出ずみのはずですが?」
エリーの補足説明にわけも分からずに頷いておく。多分戻ってからエリーに何枚も書かされた書類に関してなんだろう。
「あの真上君の世界のゲーム機のラインナップがやたらと連なってた報告書のことかね?」
そういやファムに互いの世界の未発売ソフトを補い合いしたいと、知る限りのセガのゲームタイトルを挙げさせられたんだった。こいつ、そんなものを公式文書にしてたのか…………
そのファムは「んじゃ妾はスイーツ見繕ってくるでな」と面倒事はごめんだとばかりに離脱。
室長の訝しげな顔からすると、さすがにファムの正体は知らないようである。
「まあその件は今はいいとしよう。今回訪ねたのは真上君、キミがアレの部下に採用されたと聞いてね。また厄介事の予感がして詳しい事情を聞かせてもらいたかったんだ」
「アレって早百合さんのことですか?」
早百合さんの口ぶりでは大分あちらには悪印象を抱いていたようであったが、向こうからも同じ印象を持たれているみたい。
「そうだ。あのトラブルメーカーだ」
室長が吐き捨てるように言う。
「いや、そんな乱暴な言い方しなくても……」
そう抗議して、ねえ、と横のエリーに同意を求めると「ああ、うん……そうね」と弱い反応。あれ?
「君も先日巻き込まれたばかりだろう。保護すべき漂着者に対して何をした。無許可のゲート開通、強引なる連行、Mクラス異世界に放置。あげくコンタクトした
室長が顔を覆い、嘆くように首を振った。
まあちょっと覚えはあるが、部下としてはフォローを入れねばならないだろう。
「いや、でも早百合さんだから対抗できたって面があるのでは」
「たしかに超常の力を持つ者は貴重だ。渡界ルートの開拓から何まで、あれら無しでは進まないからな。だが国が、国連が組織として動いている以上、好き勝手に動かれては困る。ルール無しに自由にやりたいのなら、異世界に行って戻ってこなければいいんだ」
「そんな。早百合さんだって、事態収めようとこうしてる今もパングル世界に出向いて頑張ってる所ですよ」
「どうだかな。今頃サボって申請無しに勝手に異世界とび回って暴れてるんじゃないか」
室長がそう決めつけたところで「うん?」 皆の視線が玄関に集まる。
一瞬扉板の枠が光ったのだ。続けざま扉部分が下の方から光に覆われていく。
やがて――――
「みんなお待たせー! ちょっとドラゴン狩ってきたわよー! ガッツリ、尻尾ステーキといきましょう!」
光一面となったドアから満面の笑顔で飛び出てきた早百合さん。肩に担いだ日本刀には輪切りにされた青い表皮のドラゴンの肉が刺さる。
「ああっ……」
エリーが顔を覆い、嘆くように首を振った。
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