第45話 神託
「神……様だと?」
突然自身を神だと告げた幼女。
普通ならば子供のごっこ遊びで捨ててよい言葉。
だがファムの語る竜の血の正体。それを否定しきれなかった周囲の面々にとってはこの名乗りも切り捨てられない重みを与えたらしい。
「子供が何を言い出すかと思えば。……誤魔化しにも程があるぞ!」
司令官の叫びにも、僅かにためらいが感じられるようだった。
「まったく、上辺しか見れんで人の上に立とうなぞおこがましいぞよ」
ファムがため息混じりにそう吐き捨てた時だった。
「うっ、うわああ!」
ファムを抑え込んでいた巨漢が突然悲鳴を上げて後ずさった。
「谷、どうしたんや!」
「いや、なに。ちょいとな――――」
ファムはのそのそと立ち上がり、服についた土汚れをはたき落とす。
「――――こやつの前世の記憶を呼び起こしてやったんじゃよ」
その背後にいた隊員が「おい、大丈夫か!」と肩に触れたその時、谷さんが弾かれたように身を地面に投げ出し、悲鳴めいた叫びを上げた。
「食べられると困りまーす!」
そうして身を守るかのように膝を抱え込んでがたがたと震える。
「ふむ。どうやらこやつの前世は人ではなかったかの。じゃが、記憶もはっきり再現できる辺り、高等生物の、群れを率いる族長クラスの個体であったのではないかと思うのう」
誰もがあっけにとられている。
直前の神を名乗る非現実的な宣言に続く、荒唐無稽な語り。だが誰もその言葉を否定できずに固まっていた。
不敵に語る幼女と、その足元で体を丸めて震えている大男との対比的な姿に。
周囲のそんな雰囲気など気にもとめない風に、ファムが「さて」と言ってそばの山崎さんに顔を向ける。
「そこの婚期を逃しつつあり焦ってるお主。かといって仕事に生きようと思うも、肝心の仕事が似合わぬコスプレの強要。『こんな事してていいんだろうか、私はなんで幸せを掴めないんだろう』そんな風にお悩みのお主。ひょっとしたらそれは前世の因果が関係しているかもしれませんぞよ。そこで今日は特別に妾がお主の前世を覗き、そこから取るべき標を導きましょうぞ」
何か変な営業を始めたファムが山崎さんに手を伸ばす。
「ひっ」と両手でガードされるが、ファムは小さな腕をその隙間にねじ込み、強引に額に触れる。
「お主の前世は…………ずばり女学校の教師じゃね。学生時代に幼馴染であった婚約者を結核で無くし、卒業と同時に母校の教師となり良妻賢母の育成に務めた。教え子こそが我が子であると、寄せられた縁談には見向きもせず、
「はっ、ああ当たってる!?」
「なんでや!?」
「でも私大学の時教員免許とってました。それまで全然興味無かったのに、ある日突然そうしなきゃって」
「いやいや、学生の頃は進路ぶれてたゆうとったやろ」
「そしてさらにその前」ファムが二人のやりとりを断ち切って告げる。
「軽甲冑を身にまとい剣を振るう姿が見えるのう…………どうやらお主の前前生は女騎士のようじゃな…………ヨーロッパの小国、国王が急死し権力闘争の末にどこの陣営にも属さぬ無いという理由で玉座に据えられた幼き王女。私欲まみれの親族に囲まれながら、必死に民の為に心砕くその姿にうたれ、その遠縁であったお主が筆頭騎士に名乗りを上げた。そうして権謀術数渦巻く宮廷で、親族が内応した外敵との会戦で、お主は無二の守護騎士として主君に仕え、その治世を支えて生涯を終えたようじゃな」
「はっ、たしかに私は高校の頃、剣道やってた……」
「ちょい待てや! 女騎士のおったヨーロッパの小国ってどこや!? 具体的に言うてみい! 山崎ー! 剣道は武士のアニメにハマったから言うてたやろ!」
「いや、あれは……やめてください。私にそんな過去はないです」
「そんなわけでお主が世のため人のために奉仕して独身貫いちゃうのはそういう因業なんじゃろねえ」
「そ、そんな……前世の業が私を縛っていたなんて」
「いや、山崎は下手にキャリアあるせいでノンキャリの男ははなから眼中にないし、かといってキャリア組には競争相手として厳し目に接しとるし。割と自業自得やで」
「なっ、酷い!」
「そんな人生 、変えたくない?」
「変えたい!」
「ほっほっ、ならばこのファム様についてくるんじゃよ」
「ああ……任務か自分の幸せか……」
「あほー、騙されんなー!」
「して次の迷える子羊は……」
ファムは苦悩する山崎さんを置いて僕を抑え込んでいるイケメンにてくてくと近づいてくる。
「では、お主には妾が手づからシックスパック前世占いを施してしんぜよう」
拘束するものされる者、思わず顔を見合わせた。
「「シックスパック前世占い?」」
「うむ。これは古代中国殷の時代、吉祥の象徴たる亀の甲羅を焼き、そのひび割れ具合で国の
拘束するものされる者、思わず顔を見合わせた。
「前世も占いも関係ないであります!」
「お前それ手相見てあげるってキャバ嬢に迫るおやじじゃないか!」
「はあ? うるせえ! いいから上官が脱げ言うたら大人しく脱ぎゃあいいんじゃよ! ごちゃごちゃ抜かしてっど、そっちの行き遅れと来世でオシドリにすっぞ、おら!」
「ファム様!? ……いや、そういうのもありかなあ」
「えっ、主任何を言ってるんですか! あっ、ちょ、やめて」
ファムに強引に迫られた川口さんが小さな手から逃れようと必死に身を捩り、躱す。
そして僕は――――
抑え込んでいた圧力から解放された肩を上げる。身を起こす動作に乗せて右足で、全力で、地面を蹴る。
前傾姿勢のまま駆け出す。真っ直ぐ早百合さんの元へ向かって。
背後でローザさんが叫ぶのが聞こえる。続いて銃声―――遠い。威嚇なのか、次は撃たれるかも―――恐怖で心臓が縮み上がる。
足がもつれかかって、倒れそうに――――いや、倒れる事を自分に許してしまおうとした時、早百合さんの表情が目に入った。
全身が気化しているかのように光の粒子が顔から足元まで立ち昇っている。その顔に苦悶の色を浮かべ、ぐらつく腕で必死に半身を這いずらせる。転移から逃れようと。
――――助けなきゃ。その表情に感情を燃やす。
「うわあああああ!」
恐怖から逃れようとしてか、怒りからか、自分でもよく分からないまま声を上げる。
もう細かいことは考えない。身を低く、出来るだけ低く
最後には半ば倒れ込むように、いっそスライディングのように、早百合さんに肩からぶつかる。相手のダメージを考えずただおもいっきり。
だが僕より身長のある大人。仰向けの体勢に転がしただけで終わる。
「早百合さんすみません!」
膝足で前進。早百合さんの身体を地面に擦ったまま押し出す。
教室の掃除で、横着して机を押して移動させるように。
息もつかずに押し続け、一メートル程も移動したが、光の粒子は消えてくれない。
「圭一君……」
いや、違う!
早百合さんの視線で気づく。粒子を発しているのは僕だ…………。
既に早百合さんの身体に纏わりついていた光は消えた。代わりに僕の手から、足から光の粒子が立ち上がる。今度は僕が転移の対象になっているのか!?
僕ももっとここから離れないと…………そう思ったが、
「なっ!?」
力を込めたはずの足が動かなかった。
撃たれた!?
慌てて確認するが足は無事。だが動かせない。行動の意志が伝わらない。麻酔でもかかっているかのように。
膝立ちのまま、頭がパニックに。
「何をしとる! 転移中止せい!」
ローザさんが技官に命じるのが聞こえる。
「転移先は0.1気圧環境や。常人は死んでまうぞ!」
「それが……既に中止コマンドは送ってます。ですが、止まりません! 勝手にプロセス進行して行きます!」
なんだって!?
僕の下半身で粒の輝きが増していく。
「圭一君!」
早百合さんが僕に手を伸ばす。
その手を掴もうとして
「ちぃ!」
ローザさんが舌打ちし、こちらに駆け出す。が、そばの軍人に止められる。
「巻き込まれる危険があります、おやめ下さい!」
敵対した相手が助けに入ろうという事態。状況のまずさをとことん理解した所で突然視界を埋める何か――――が顔面を強打。
「あがぁ」
飛んできた大きな質量に突き飛ばされて地面に転がる。口に入り込む土の味。
…………最近こればかり味わってるぞ。何なんだよ…………
無意識に手で口を拭って、自分の腕が動いている事に気づく。「ああっ」、倒れ込んだ足に触る。痛覚がある。膝が曲がる。「動く!」、身体の粒子化が止まっている。
助かった!
そこで自分を突き飛ばした物体に目をやる――――それはさっきまで僕を捕らえていた軍人、川口さん。白目をむいて気絶している。
この人が飛んできた方向に目を向ける――――その光景に仰天。
「藤沢さん!?」
彼女が屈強な軍人達を相手に立ち回りを繰り広げていた。
五人の男達が藤沢さんを囲み襲いかかる。
掴みかかろうとした男――――男の伸ばした腕を上半身を反らし躱す。顎を掌底で打つ。大してダメージは無し。一瞬動きを止めた男がすぐさま再稼働した所に右のハイキックを顎に叩き込む。一人撃沈。
蹴り上げた瞬間に背後から襲いかかった男――――右脚を降ろす動きでそのまま後方への攻撃に繋げる。男が踏み込もうとした右脚を払い、体勢を崩し晒した後頭部を踵落としで沈める。二人目。
両側から二人の男が同時に攻め込む。右側からはストレート、左側からはミドルキック――――迫る太い脚を足掛かりにして軽やかに頭上に飛び上がる。拳が空振りした男の背後へと。落下の途上、男の首に両膝を挟み込んで身を捩りながら着地。男が背中から地面に叩きつけられる。呻き声を上げて三人目が気絶。
――――立ち上がると同時、蹴り足でもう片方の意識を刈り取る。四人目。
残る一名。背後に位置取るも完全に彼女の勢いに飲まれ構えを取ったまま動けず――――振り返りもせず相手の襟首を掴み引っ張る。彼女の後頭部に男の鼻面が強引にぶつけられ、仰け反った所へ回し蹴り。脇を押さえてしゃがみ込み五人目が戦線離脱。
「えっ、えっ?」
藤沢さんの圧倒的な戦闘の支配力に呆然。
「何でや! この動きで何の武術系スキルも発生しとらんはずはないやろ!」
ローザさんが困惑の声を上げる。
藤沢さんはそのまま間髪入れず走り去る。向かうは恐らく粒子散布機の設置箇所。
「圭一君、今の内にこれを」
早百合さんが震えた手で鍵を差し出してくる。
このマジックアイテムはこの状況下で使えるのだろうか。
だが悩む必要は無かった。背後で爆音がした。振り返ると対早百合さん用の魔力波妨害アンテナが、それが収められたコンテナごと爆煙にまみれていた。特徴的な骨組構造がひしげて、光る金属板の殆どが落下している。
もちろん藤沢さんの仕業だろう。今も建物の影から見覚えのある電撃が走っていくのが見える。
鍵を受け取る。早百合さんが指す近くのコンテナの入り口ドアにそれを挿し込む。
コンテナの輪郭が一瞬光り、ゲートが繋がったのが感じられた。
大きなドアを開こうとして、ドア板に溶接された金属棒が南京錠でロックされているのに気づく。
と、早百合さんが拾い上げた日本刀を振り上げ一閃。
南京錠は音もなく二つに分かれて地面に落下。
早百合さんは何とか自力で身を起こせるまでには回復していたのだ。それでも刀を振った勢いに引かれ、よろめくのに慌てて駆け寄る。肩を貸しながらコンテナに近づく。
「おおーい、待つんじゃあー」
ファムがてとてと慌てて走り寄ってくる。
その後ろには藤沢さんの姿。監禁されていた際に奪われていた杖と帽子を取り戻して可愛い魔法使いファッションへと戻っている。だけどその動きはやはり武闘家のそれ。
藤沢さんとファムの進路に立ちはだかる男達。中にはナイフや拳銃を持ち出してきた者も。それを杖を巧みに使い瞬時に排除。足を止めることなく僕らの元へ。
「開けます」
片手で何とか重いドアを開ける。その向こうは光の世界。先行する形で半身を押し込む。
最後に振り返るとローザさんと目が合った。ニヤリと八重歯を覗かせて笑っていたような気がするが、飛び込んできたファムと藤沢さんの姿で見えなくなる。
「帰ろう」
二人を受け止めながら、後ろ向きに倒れ込むようにドアの先へ。
視界が一面の光で覆われた。
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