第44話 絶対防壁魔法展開

 タタッと意外と小さな連続音だった。

 間近で引かれた銃の引き金。十数名が一斉に放った銃弾。だがそれは一発たりとも早百合さんに届く事は無かった。

 早百合さんの前方に展開された光の壁。薄い擦りガラスにも見えるそれは、全ての弾をその途上で受け止めた。

 パラパラっと一斉に銃弾が落下する。

 

 実の所、壁への命中箇所を見るとそれが無くても早百合さんに直撃するような弾は無かった。キレイに早百合さんを避けていた

 最初は威嚇射撃ということか。


「次!」

 ローザさんの指令に数名の隊員が後方から駆け寄る。

 内の二名が運んできたのはあのだめマナ散布機の小型版らしき装置。

 多分、馬車や移動中のトラックに積まれていたものだろう。


 そして装置の置かれた周囲の射手の数名が駆け寄った後続と交代する。彼らがその手に持つのは小銃ではない。

 ライフル銃らしきものが二丁。さらに飲料缶サイズの砲身が付いた銃、肩に担いだ大筒。グレネードランチャーとか、対戦車ロケット砲とか呼ばれる代物。ライフルはともかく、人に使うような武器じゃあない。


「ローザさん! 本気ですか!」

 思わず詰め寄ろうとするが横に位置する川口さんに阻まれ動けない。


「大丈夫ですよ~。せめて戦闘機のミサイルくらい持ってこないと」

「むしろムカついた早百合が大技仕掛けてきそうで怖いんじゃ。ほれ、ゴリマッチョも妾を捕らえるならもっとこう盾になる位置に移動するんじゃよ」


 相変わらず余裕ムードの二人。

 その様子を見ると、こんなモンスターを倒すのに使いそうな武器でも問題は無いらしい。

 たしかにロケット砲なんてアニメではそれこそドラゴン相手に使われる武器だ。なら先日土龍の攻撃を防いだ防壁魔法に通じなくてもおかしくはない。


 だけど…………


――――違和感。何かがチリチリと胸の中でざわめく。


――――胸騒ぎ。言葉にならない何かに焦燥感がかきたてられる。


 そして稼働し始めた小型の散布機。薄い円盤のスリットから排気が行われているのが確認できる。

 藤沢さんがボソッと距離や濃度の問題じゃないですのに、と呟く――――増す違和感。


 ローザさん達は本当にこれで早百合さんに勝てると思っているのか…………

 状況を報告されていると知りながらも、対決姿勢を崩さないという無理やりさがしっくりしない。


 その時、ふと浮かんだ疑問。

「藤沢さん……スキル屋挿し木屋に行った時にこの世界に電撃魔法は無いって言ってたけど、それはまだ発見されてないって意味なの? それとも原理的にこの世界の人は使えないって意味なの?」


 藤沢さんが質問の意味が分からないのかキョトンとした顔。

 いや、そうだ……どちらの意味でも結果は同じだ――――この軍人たちは少なくとも現在この世界で流通していない電撃魔法に何で対応できた?


 続けて浮かぶ今までのあの人達とのやり取り。


――――ローザさん達は藤沢さんの魔法陣を見ている。この世界にはまだない技術を


――――ローザさんのセリフ「空飛ぶ魔法でもあれば」……この世界にない魔法を想定


――――藤沢さんのネックレスの魔石を確認して、すぐに違う世界の魔石を混ぜたと正解に至る……



 そうだ……ローザさんは普通に他の異世界の存在を前提に発想している。

 そりゃあ帝国の駐在員に聞いてはいるだろう。異世界はここ以外に無数にあると。


 だけど、もしこの人達が実際に他の異世界にも渡っていたとしたら?


「ここが初めての異世界」――――あちらがそう証言しているだけ――――


 もし他の異世界で――――違う系統の魔法が使われてる異世界でもその魔法への対処法を編み出していたら……


 想定以上に魔法への理解度が高ければ――――条件次第でこの世界でも他所の世界の魔法が使えると知っているのではないか……


 だったら……それが強気の理由だというのなら……

「動くなって」

 身を乗り出した所を背後から押さえつけられ地面に倒れ込む。構わず顔だけ上げ――――早百合さんと目が合う。


 叫ぶ。

「早百合さん、避けて! 罠です!」


「撃て!」

 ローザさんの宣告が重なる。一斉に銃弾が放たれる音。僅かに遅れてグレネードランチャーの発射音、そして爆音。弾着に反応し防壁の光が増し、爆煙で早百合さんの姿がかき消える。

「続けて撃て!」

 白煙に向けてさらに撃ち込まれる銃弾。


「早百合……さん」


 銃声がやみ、息を呑みこんで煙が消えるのを待つ。数秒、数十秒か、やがて煙が風で流され薄くなり、ようやく早百合さんの姿が見えた。

 立ち位置は変わらず。手に刀を持っているのが見える。先端の反りが光を反射している日本刀。振り下ろし何かを切った直後、そんな姿勢。

 

 刀なんていつの間にどこから取り出したんだろう。予想外の姿だけど、とにかく良かった。無事だった。僕の考え過ぎだった。

 そう思ったその時…………音がした。


 パキンと何かが割れるような音。次いで目の前の空間にひび割れが発生した。そこを起点にパリン、パリンとガラスのごとく割れていく。早百合さんを守っていた薄っすらと光っていた防護壁が。


 そして気づいた。早百合さんの白いブラウス、その脇に筒状の何かが刺さり赤い色が広がっていくのを。


 早百合さんが刀を地面に落とし、脇を手で抑える。そこから淡い光が放たれすぐに消える。

 その下半身がぐらつき、両手が震え、…………そして早百合さんが地に膝をついた。

「早百合さん!?」

 藤沢さんの慌てた声。


 ワイバーンがいななく。

 発射されていなかった大筒がワイバーンに照準される。だがワイバーンは大きく翼を広げると、直上に浮上、そのまま空高く飛び去っていった。


「ははっ、助かったで」

 ローザさん達が安堵の息を吐く。


「ほれ見い! 早百合ー! ワイバーンめ、何の躊躇もなく逃げ出したろうが! 日頃なあ、人を道具扱いしてこき扱っとるからこういう時に見捨てられるんじゃあ! 分かったらこれからはボーナス払えやオラー!」

 ファムが谷さんに抱え込まれたまま叫びだす。


「ファム、そんな事言ってる場合か! 早百合さんが!」

「はっ、早百合がこの程度でやられる玉なら苦労はせぬわ。意識はあるんじゃからその内どうにでもするじゃろ。しかしあの反応は毒物かの? あやつには半可なモノは効かぬはずなんじゃがのう」


 ファムの疑問に答えたのは隊員に支えられ立ち上がった司令官。

「ふははっ、貴様らが装置にしでかした事と同じよ。ああ聞いているぞ、あの女に毒が通じんと。そういうスキルがあるとな。だからあれは毒では無い。竜の血よ。古来竜の血は人を英雄へと至らすもの。奴が勇者だというのなら自然、取り込むだろうよ。だがここで使ったのはグリュンゼクトドラゴンの血液。人間がいないとデザインされた世界のドラゴンだ。人が取り込めるものでは無いのだよ!」


 その言葉で分かる。やっぱりこの人達は他の異世界にも行っていたんだ。なぜ早百合さんが使う別の魔法を特定していたのかは分からないが。帝国の駐在員がそこまで知ってた? いや、今気にすべきは――――


「そんな!?」

 早百合さんが突然むせるようにして口を押さえる。その指から漏れ出て地面に垂れ落ちる赤色。大量の吐血。


「えっ、何を……?」

 早百合さんが吐いた血液を腕へ、膝へと、身体中に塗りつけていた。

 それだけじゃない。拾い上げた日本刀で左腕を斬りつける。そのまま掲げられた腕からの流血は首筋へと滴り流れ、ブラウス越しに腹部まで真っ赤になったのが見える。


 突然。文字通り赤く血塗られた早百合さんの全身に変化が。その血が蠢くようにして模様へと成り変わる。つる草のような曲線、のたうつ蛇のような斑の線、多角形の組み重なり。早百合さんの白い肌に朱い入れ墨が広がった。


 いったい何の意味があるのか。僕には伺いしれないが、続けての早百合さんの両手で結ばれる印。きっと事態を打開する鍵となると信じられる。ぎこちなく震えながらも複雑に形作る指を固唾を呑んで見つめる。


「ちぃっ! まだ何か抵抗するか! ローザ!」

「OCアンテナ第二射続けい! 出力不足はカバー外して補え!」

 

 命じられた技官が手を上げて合図すると、僕らの背後に置かれていたコンテナが動き出す。跳ね上がる形で屋根と前面の壁が取り払われ、中から出てきたのは金属で出来た凧の骨組みみたいな構造体。

 三重の正方形の組み合わせに七枚の金属板が外周部に配置され、それ自体が薄っすらと光を帯びている。


 ガガッと音を立てアンテナの角度がやや下方へ向く。


「これで早百合さんの魔術波形に干渉したんですか……」

 そう言った藤沢さんは、助けに入るべく動こうとしたのだろう。山崎さんに地面に押さえつけられている。


「そない高性能やないよ。せいぜいさざなみ立てる程度やもん。そやから物理攻撃組み合わせなあかんかったし。それも早百合はんのバリアみたい来る分かっとるもんしか対応できんよ」


 そこまで言われてようやく確信する。

「やっぱり最初から……だったんですね。僕らにアンチマジック粒子の機能を確認させといて、それ頼みだって早百合さんに伝えて油断させようと」

 早百合さんの得意な魔法を知っていて、その対処法も持っていたってことか。


「いやあ、結構行き当たりばったりだったで。方針はそうやったけど、まさか中で暴れ回られて、あげくあっさり連絡も付けられて、なんて完全に後手後手やよ。それに肝心な所でお兄ちゃんに感づかれたからなあ。一発は躱されたみたいやわ」

 まあ結果オーライやけど、ローザさんが胸を撫でおろしながらそう呟く。


「おい、何の効果も無いぞ!」

 印の結びの切り替わりに合わせ、早百合さんの全身の入れ墨模様が次々と変化していく。


「ええい、次へ行け! トランスゲート展開だ! 本国へ送り込むぞ!」

 司令官の言葉に技官がタブレット端末らしきものを操作する。途端に周囲のコンテナのいくつかから大きな機械の稼働音が聞こえてくる。


 程なく早百合さんの周囲の空気が変わったのが分かる。

 見た目には変化は無い。だが肌が感じるひりつきが、そこに何かがあると訴えている。


 いや、早百合さんの表情がこわばった。膝をついていた姿勢のまま、腕から、足から、頭髪から。全身から薄っすらと光の粒子が立ち上る。


 …………これがこの人達の転移技術なのか。

「ローザさん! やめて下さい!」


 だがローザさんには僕の叫びに答えず、早百合さんの方へ向き直り口を開く。

「早百合はん、この子らは二等区の倉庫、そこに送ればいいんやな!」


「ローザ、何を考えている。なぜわざわざ証人を解く。それに貴重な魔法使いは逃せんぞ!」

「手負いの獣は刺激しない。そう決まっとったでしょう。解放の保証無きゃ人質は機能せんでしょうが」


「既に捕らえた相手に何を言っている!」

「いや、あの顔はまだ切り札隠してますわ。…………早百合はん! この子らはウチが責任持って返すんでどうか大人しゅうしとってや!」


 その言葉に早百合さんはローザさんを睨みつけるが、儀式を中断。一度目を伏せると震える手で胸元から鍵を取り出し、地面に放る。

 そして僕に送られた目線。


 そんな……僕らに、これで帰還しろっていうのか?

「早百合さん! 一緒に帰らないっていうんですか!」


「早百合ならほっといてもその内に戻ってくるんで心配するでないぞ。それよりこやつらの気が変わらん内にはよ帰ろうぞ」

「何言ってんだよファム! こんな人達の本拠地に送られたらどんな罠が仕掛けてあるか分かんないだろ! 何されるかも分かんないだろ!」


「いや、むしろこの世界の事を思えば危険なグリュンゼクトドラゴンごと引き取ってもらった方がいいと思うんじゃが?」

 ファムから意外な言葉が飛び出た。早百合さんに撃ち込まれた竜の血。その名前。


「知ってるの? 一体早百合さんはどうなっちゃてるんだよ!」

「おう、妾の業界じゃあ知らん奴はモグリじゃよ」

 ファムはそこでローザさん達に顔を向ける。


「お主らは知らんかったんじゃろ? 知っておればこんな世界に持ち込むはずが無いものなあ。誰に渡された? 何を吹き込まれたんじゃ?」

 ローザさん達の顔が揃ってこわばる。


「あれが竜の血じゃと?

 人のおらん世界のドラゴンじゃから例え勇者であろうと拒否反応が起こる?

 ははっ、お主らの母世界ではろくに分析もできなかったのではないかの?  

 ようも素直に信じたのう…………言うとくがグリュンゼクトは細菌の名前じゃぞ。幾つもの世界を滅ぼした細菌の最強種。それにドラゴン最強種という階級小名を冠したのじゃよ。

 あれそのものはその辺のトカゲの最強種ドラゴン級の血ではあろうが、かなめはその細菌じゃ。お主らが気づいとらんのなら含まれてたのは数個程度かの」


「その細菌、どう世界を滅ぼす言うんや」

「ひたすらにマナを餌に増殖するんじゃよ。おまけに細胞内に抱えたマナは誰にも取り出せなくなる。おかげで魔法を使えなくなるくらいならまだマシでな。この世界なら大気中にマナが広がって、人は体内にマナの代謝器官があって魔物も魔石を持っとる。その影響で高等生物全滅してもおかしくないのう。わお、条約結んどいて早速ぶち壊しじゃね」


「ああ!? 子供の与太話だろうが! それに本当だとしてもどの道、魔素の無い本国へ戻れば成長しないのであろうが!」


「いやあ、言うても早百合の体内のマナだけでもかなり増えてるからの。あれが一定数増えると、もうどこにもマナがないと判断するや強引に穴……そちらはトランスゲート言ったか? それの小さいのを無数に開けまくるんじゃ。細菌一個通ればいいと1μmマイクロメートルサイズが広範囲に展開されるぞい。

 グリュンゼクトが当たりを引いてマナのある世界に飛んでくれるの先か、早百合のマナが尽きるのが先か…………お主らの世界がそれまで保てばよいがの」

 ファムがニマニマとした表情で皆の顔を伺う。


「まあ有名な分、対処法もそれなりにあるからの。現に早百合が何かやっとるじゃろ。任せとけばよろしくやってくれるぞい。余計な邪魔さえしなければの…………」

 肩をくい、と上げてるファム。その向こうでは早百合さんが必死に転移から逃れようと震える膝で立ち上がろうとして失敗。地に倒れ伏せる。


 その姿を目に、ローザさんが力弱気に応じる。

「トランスゲート、中止せい……」


 だが司令官が詰め寄った。

「ローザ! 勝手に決めるな! 司令官は私だ!」


 そこへファムの呆れ果てたような声。


「ほーん、お主が司令なら妾は神じゃよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る