第43話 ワイバーン襲撃
「急げ!」
「街からなら直線でも四十kmありますが」
「馬を潰せば三時間もかからん。空飛ぶ魔法でもあったらもっと早いかもしれんで。――――ローザ、入ります」
僕らは再び司令官の部屋へ連行される。
室内では司令官が苛立ちの様子。
「やられました。先程の騒動で装置に仕込まれましたわ。既に無線機魔法で連絡済み。対象はこちらへ向かってますわ」
「バカ共が! なぜ気づかんかった!」
「はよう謝っといた方がいいんじゃないかや? ガセ社のゲーム機を手配するなら口添えしてやるがの、どうじゃ?」
ファムが気さくに司令官へと呼びかける。その笑顔はからかうというより期待を含ませたもの。案外本気だ。
「ふざけるな! もはや猶予はない。洗いざらい吐いてもらうぞ!」
司令官が側に立つ小銃を持った軍人に指示をしかけて、ローザさんに止められる。
「時間がもうないですわ。ここで吐かれた情報なんぞ裏が取れません。現況で決めて下さい」
「…………むろん続行だ」
ローザさんが僕らへ振り返る。
「すまんね、僕らには人質になってもらうで」
◇◇◇◇◇
人質……とはいえ再度拘束される事もなく、先程とは別のトラックに押し込められているだけ。ただし今回は例の三人組が僕ら一人ずつに監視につく。
「えー、またこのゴリマッチョかや。圭一、そっちのイケメン細マッチョとチェンジじゃよチェンジ」
巨漢に背後にデンと居座られたファムが不服そうにこぼす。
「お前、敵対してるとは言えその人はさっきお前のことかばってくれてたじゃないか。我慢しろよ」
「いいんだよ、少年。娘もお父さんとはお風呂に一緒に入らないって言い出してるからな。女の子ってのはそういうもんさ」
「えっ、谷さんの娘さんって小学校に入ったばかりですよね。その反応早すぎっすよ」
「うちの子はおませさんなんだよ!」
お父さんは涙目でそう叫んだ。
「何であんた達はそう余裕なの?」
「そりゃあ後は早百合さんが来て皆さんをボコるのを待つだけですからねえ」
山崎さんの呆れ顔に藤沢さんがそう返す。
「その早百合さんって、そんなに強いのかい」
「そりゃもう。ここのだめマナ発生機の効果範囲は知らないですけど、まさか数十キロってことはないですよね。早百合さんならその距離からでも攻撃できます」
川口さんの質問に藤沢さんが淡々と答える。
「つまりお主らの命は妾達次第ゆうことじゃぞ。妾達がおらねば速攻マップ兵器使ってくると覚悟せい。あっ、かというて銃を突きつけて人質にするとかは愚策じゃからな。アヤツその瞬間に諸共氷漬けにするタイプじゃからな」
ファムの言葉に皆が知ってると言いたげな視線を藤沢さんに向ける。
「えっ? 何です一体」
そうして焦り気味な三人組と、対称的に余裕ムードでくつろぎだす藤沢さんとファム。僕もそんな対比を見てゆとりの気分。
やがて周囲が騒がしくなったのに気づく。
「嘘だろ……」
扉を開けてトラックの外側を伺っていた川口さんが空を見上げて絶句する。
来たか!
「ちょっと、戻りなさいよ!」
制止されながらも、僕らは強引にトラックの荷台から身を乗り出す。
「キュオオオォオオ――――!」
頭上から耳をつんざく咆哮。見上げると青空に丸く陽光を放射する太陽、その光が黒い影を浮き上がらせている。戦闘機を思わせるシルエット。全長と同じくらいに広がる両翼、細い機首。
それがゆっくりと上空を旋回している。
「ああ……神様」「なぜこんな所に……」「馬を隠せ!」
現地住人のものであろう悲鳴が上がる。軍人達が揃って上空に目を奪われる。
僕らの眼前で連絡を受けたローザさんと司令官が慌てて小屋から走り出てきた。
その間にも黒の影は居留基地を周回し、その度に高度を下げ、次第にその禍々しい姿をあらわにしていく。
紫混じりの赤銅色の肌。翼は鳥のそれと違いアンバランスに長い腕に付随する始祖鳥のような構造。叩きつけるような羽ばたきで浮力を生み出す―――物理法則をあざ笑うように。
後ろ脚には三つに別れた
長い首の先には爬虫類を何倍も兇悪にした面体。それが地上の僕等を
それは創作物だけで目にした生物。モンスター。
ワイバーン―――竜の亜種/下位種。
異世界物の主人公の噛ませ要員。序盤にチート転生者にて瞬殺、よくて中ボスとして勇者が編み出した必殺技でまあまあの奮戦の後にて撃破されるそれ。
――――「ははっ……嘘だよ」
あんなのに勝てるはずがない。
一目で自分が被食者、虫のように啄まれるだけの餌、そう理解する。サイズだけで言えばこの間の土龍よりも二周りも小さいが、それだけにリアルに自分がその顎に挟まれる姿を連想してしまい身が竦む。
「祝! パンツァー初代・二作目リメイク決定じゃよー!」
ファムがバンザイしながら謎の祝報。藤沢さんも手を振ってワイバーンの到来を迎える
その姿を見てようやくあれは味方、恐れる必要はないのだと思い出すが、手の強張りを解くこともできない。
「あれ、周回してる間にお主らをターゲットロックしててな、全員射程に収めたら一気にレーザーをズドンしてくるぞ」
ファムが背後の三人組に妙な脅しをかけるが、皆言葉を返せずただ棒立ちに息をのむ。
そしてついに。
ずさっと、その巨体とスピードにしては大した音もなく、ついにワイバーンが地上へと降り立った。基地の中央付近、周囲の軍人たちが扇状に展開し取り囲んだコンテナの上へ。
ガギィと音をたて、ワイバーンの後ろ脚にがっしりと掴まれたコンテナの天井部分が軋み、爪が食い込む。
ワイバーンが一度両翼を羽ばたかせ姿勢を安定させると、その背中から人が降り立つ。
「早百合さん!」
その姿は三日前に別れた時と同じ皺一つない白いブラウスとタイトスカートの教師スタイル。
真横に禍々しい牙を覗かせるモンスターが並ぶが、不思議と位負けしていない。
周囲の軍人達は小銃を構えたまま身じろぎひとつしない。
早百合さんは僕らの姿を眼にするとひょいと手を上げる。
「お待たせ。この辺、似たような景色ばっかで迷っちゃったわ」
駅前で待ち合わせたくらいの、まったく軽い調子。自身を囲む銃口など気付いてないように。
「何をしている! 早く攻撃を!」
司令官が周囲の部下に指示をとばす。かぶせるようにローザさんが声を張り上げる。
「やめい! 待機!」
その声にワイバーンがギョロリと眼を動かす。丸い眼球の形が浮き出た爬虫類の眼。色はダークグリーンに縦長の黒い瞳孔。
感情の読み取れないその眼が正面の僕らを捉え、長い首をのけぞらせる。そして翼を一度持ち上げ、降ろす。同時に首を叩きつけるように正面に伸ばす。尖る牙が雑然と並ぶ口を大きく開き――――咆哮。
「キィオオオオオオオオ―――!」
物語やゲームみたいに特殊攻撃の付いた竜の
ただの大音量―――だが純粋な獣の威嚇の為の雄叫び―――が周囲の空気を引き裂き轟く。心臓が縮み上がり、背筋が凍りつき、次には手から顔から全身の汗腺が開く。
僕の側にいた司令官が風圧でも受けたかのように数歩後退し腰を抜かす。
「ひぃ」と怯えた声を漏らすがその姿を笑う事は出来ない。
僕だって腰を抜かすどころか、気絶したっておかしくなかった。なんとか立ってられるのは、視界に入る早百合さんが送る微笑と、横に居る藤沢さんが触れる手から伝わる熱を受けていただけだ。
「
「聞いた声ね。あんたが指揮官でいいわけ?」
ローザさんが顔を下へ、司令官へ目を向ける。早百合さんも同じく冷たい目を横にずらす。ワイバーンが開いたままの口からちろりと長い舌を伸ばす。
腰を抜かしたままの司令官が「ひっ」と後ずさりしようとして、支える腕が震えて失敗。
ローザさんが顔を上げて答える。「そうや」
「そう、じゃあうちの子達を攫ってった落とし前はどうつけるつもりなのか、聞かせてもらえる。一体何を狙ってたわけ? それとも話によると私と一戦交えるつもりだったようだから、その後の方がいいかしら」
早百合さんがワイバーンの首元を撫でながら言った。
「ウチらはただ異世界渡航の先輩にいろいろ話聞きとうて、お茶にご招待しよ思っただけやで。どうかな、正式にウチらの世界へ来てもらえんかな。もちろんこの子らはちゃんとお返しするで」
「勉強したいならそちらが付いてきなさい。いくらでも異世界を紹介してあげるわよ。大気中に魔素が濃縮しすぎて常に魔法を使い続けなければ呼吸もできない世界。水以外を口にすればその身が強制的に進化と退化に振れる世界。星の全てがスライムに覆われて取り込まれた全生物が緩やかに歴史を繰り返す世界。…………なんてどう? ここの人間全員を案内してあげるわよ」
「個人的には若返り薬のある異世界なんかを斡旋して欲しいんやけどな」
早百合さんはふんと吐き捨て、コンテナからタンと華麗に降り立つ。まっすぐこちらへ歩を進めながら告げる。
「一度だけチャンスをあげる。見逃してあげるから、今すぐこの子達を放してこの世界から撤退しなさい」
「それが出来たらいいんやけどな。宮仕えの辛い所やで」
駆けつけた隊員が何かを耳打ちする。
ローザさんがうなずき周囲へ宣言。
「構え!」
周囲の隊員に加え、後方に位置していた者達含め三十人以上が一斉に動作。建物の影から半身を出し、車体のボンネットに銃を乗せ、全員の照準が近づく早百合さん一人へ修正される。
「申し訳ないんやけど、力づくででも同伴してもらいますで」
もはや言い繕いもしない蛮行に、早百合さんはどうということもなく「はあ」とひどくつまらなそうなため息。
「まあ、無駄に人質に銃口向けない所だけは褒めてやるわよ」
そして紡がれるは光の防壁を生み出す呪文。
「霊峰の裾 天つ
其を守るは
――――悪鬼悪獣 一片たり通さず!」
「撃て!」――――銃声が響いた。
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