第42話 報告

 このトラックに勾留されてすぐのこと――――


「やられましたよ。後から応援に来た人達、明らかに対魔法装備でした。盾もそうですけど、あの黒い服には電撃が効きませんでしたし。顔をガスマスク付きのフルフェイスで覆ってる人もいましたが、多分あれ対火魔法装備なんでしょうね。そのうえ霧にまみれようとしてもあっさり見つかりますし」


 藤沢さんが壁にもたれ掛かって、縛られた腕と足をもぞもぞと動かしながらそう口にする。どこか扇情的なポーズでもあって、つい目が向いてしまう。

「……っと、サーモグラフィーの類を持っていたってことなんだろうね」


「この世界でも霧を作り出す魔法は可能ですから用意してあったんでしょうね。きっとそれだけじゃなくて、四大魔法みたいにこの世界で見つかってる魔法に関しては対抗策取られてますよ」 


 向こうももう油断はしないだろう。魔法で力押しに逃げ切る作戦は使えそうにない。

 藤沢さんの方は自身の魔法が通用しなかった事に落胆する様子はなく、むしろその対抗策に興味津々な模様。


「それで、圭一の方はどうだったんじゃ」

「装置は見つけたけど 、ごめん壊せなかった。だから後はプランBに掛ける」

「プランBってなんですか?」

 藤沢さんが小首を傾げる。


「ああっと……あれ、だめマナ散布機を内部から壊す作戦」

 ファムに「ちょいとカッコつけて言うただけじゃろう、察してやらんか」と注意された藤沢さんが素直に「すいません」とするのがキツイ。


 …………ええっと、アンチマジック粒子散布機破壊作戦のプランB。

 元々鑑定を受けたタイミングで強行突破なんて作戦は確実では無いことは分かっていた。だから予備の手を用意した。

 

 それがこの基地に連れてこられるまでのトラックでの会話。



 ――――「それと藤沢さんに聞きたい事があるんだ」――――


 そのために確認したのは馬車での移動の際、藤沢さんが僕が贈った魔石に対して言った「ただの魔石じゃない」というあの発言の真意。


 僕は誰からのプレゼントかを重視してくれていたと解釈して浮かれていたけれど、何のことは無い、実際はあの魔石が文字通りただじゃない上等な一品だったというだけ。


「ええ、この魔石って土属性であるゴブリンの魔力が込められていて、あの世界での初歩の土魔法の『砂嵐すなあらし』が一回使えちゃうという素敵な一品です。


 モンスターの中にはある確率で魔石に属性に応じた魔法を熟成させてることがあるんです。そういう魔石はマナを取り出す代わりに魔法の発動を選ぶことができて、その場合は本来あの世界では土魔法との縁を持たない私でも問題なく使えちゃうラッキーアイテムです」


 僕が最初に放り込まれた異世界。あそこではモンスターは四大元素に絡む属性を持っているってのは聞いていたが、魔石を魔法の発動体にできるなんて。

 かなりゲームっぽい異世界だったんだな。ステータスオープンしてみればよかったな。


「真上さんが狼っぽいモンスターに捕まった時、魔石だけは放り投げてくれたじゃないですか。あの時の魔石も偶然にも同じ魔法が込められてたので慌てて発動させたんですよ」


 狼に組み伏せられてた時、藤沢さんは高火力の火球では僕ごと燃やしてしまうと攻撃できずにいたが、目潰し目的の砂嵐ならば安心して巻き込めると判断したのだという。

 動転してて深く考えずにいたが、あれは魔法だったんだな。

 せめて魔石を渡そうと動いていなければ、魔石が魔法が入っていない普通のものだったら…………僕の命がギリギリの所で繋がれたことに改めて胃の辺りがキュッと萎む思い。


「レアものなのですよ」

 藤沢さんは首にかけたネックレスチェーンを引き出し、括られた魔石を目を輝かせて大事そうに撫でている。


 あんなネックレスとして飾り付けてくれたから、すっかり勘違いしてしまったのが恥ずかしい。

 でも、まあいいか……。喜んでくれてるのに間違いはない。それに魔法系のアイテムなら心を掴むことが出来るってのは分かったんだ。


「で、それがどうしたんじゃ?」

「その魔石をだめマナ発生機に使うとどうなるかと思ってさ」

 藤沢さんとファム、二人が考えこむ。


「ふむう。なにぶんにもあちらの機構が分からんからのう。確かな事は言えぬが、機械に何らかの影響を与える可能性はあるのう。…………たしかに」


「あの人達のセリフからすると使っても魔石の形状は維持されるんですよね。すると触媒当てて中のマナを引き出してるのは間違いないでしょうから…………内部で砂が発現されれば最高ですけど、さすがにそれは難しいでしょうか。でも変換効率が落ちるなり、ショートするなり、もしくは土魔法の属性が微かについただめマナとして散布されれば、他の属性の魔法には結びつかなくなりますから、実質私への影響は防げますね」


「どの程度のダメージになるか分かんないけど、ダメ元でさ、使うように仕向けたい」


「どうやって使わせます? これを渡すからご飯を下さい…………なんて取引の形をとりましょうか」

 藤沢さんは「そういえばご飯は軍用レーションって奴になるんでしょうかねえ」と明後日の心配事を呟く。


「いや、いきなり取引だと怪しまれると思う。出来れば装置のそばにしれっと置いときたいな」


「たしかに向こうは違いには気づいておらんかったの。機会があればやってみる価値はあろうな」


     ◇◇◇◇◇


 ………………そうして僕は散布機の破壊には失敗したが、地面に押さえつけられている際にゴブリンの魔石を機械の真下に転がす事は出来た。


 藤沢さんがあれだけ暴れたんだ。現在もだめマナはフル稼働で散布されていることだろう。余分のストックはないであろう魔石。機械のそばに落ちていたらそのまま使われる可能性は期待できる。


「分かりました。ただ、だめマナがほんとに止まるかどうか、それがいつになるか分からないのがネックですね。ですからまずは通信魔法用の魔法陣を構築しときます。そうすればファムちゃんでも魔力を流すだけで使えますから、五分毎に起動に挑戦し続けましょう」


 そこで藤沢さんが僕に縛られた両手を突き出す。

「魔法陣を描くのに必要ですので、ちょっと私の指を噛んで下さい」

「血で描くの!? いや、それは分かるけど…………」

「時間が勿体無いですよ」と言って両手を振って催促される、藤沢さんの両手を後ろでに縛られているので必然的にお尻を突き出して要求されているみたいで…………


「いやいや、ダメだって! 僕の、僕の血でもいいでしょ」

 魔力がこもった血液じゃないとダメという事もないそうで、僕も背中に縛られた両手を差し出そうとして…………なんか恥ずかしいな。それにさっきのドタバタで大分汚れてるからな。


「ファム、噛み切ってくれ」

 そう頼むとファムが半目で僕を冷ややかに見つめ、「手っ取り早くこれでいいじゃろ」そう言って首を反らし―――「ダイナマイトぉ!」僕の顔面に頭突きをかました。

「おま、何を……」鼻から溢れた血が床に落ちる。


「ほれ、ゆづ。存分に使うが良いぞ」

「じゃあファムちゃん、私が言うように描いて下さい」

「えっ、妾?」

 藤沢さんは私こんなんですからと後ろに回した両手を示す。


 ファムはただの子供と判断された上、捕らえていた大男――谷さんが娘と同じ年頃の子を縛るのは……とローザさんに訴えてくれた。

 幼女の力では僕らの拘束をどうこうできるはずもなく、結果ファムだけは拘束されていない。


 そうして僕がその後も二回頭突きをくらいながら魔法陣は構築された。

 ファムが死んだ目をしながら魔力を流し始め…………数回目で魔法陣が光りだす。

 ジジッとホワイトノイズのような微かな雑音が部屋に響く。


――――ゆづちゃん? どう、無事に圭一君のスキルに対処できた?


 どこが発生源なのか、距離感の掴めない声が部屋を流れる。その声は、頼もしげなその声の主は間違いなく、


「早百合さん!」


 そして僕らは急ぎ状況を説明した。監獄に探していた日本人集団の一員が現れた事、既に帝国で商家を構え辺境伯領地にも影響力を持っている事、僕らが拉致されて反撃の末に監禁されている事…………



――――結局分枝世界の人間だったってわけね。でもわざわざ敵対姿勢を出してるってのが解せないわね。帝国の駐在員を抱きこんだなら、少なくともこっちも渡界手段を持ってることは知ってるんでしょうに


「ピンポイントに早百合を狙ってきとったから、どうせ早百合が何かやらかしたんじゃろ」



――――知らないわよ


「ほんとですか? 前回訪問した時に知らずに何かやって恨みかってませんか?」

 藤沢さんがそんな説を唱えながら、土魔法で尖らせた岩を駆使して器用に自分の拘束を外す。

「そっか、ひょっとしたら四年以上前からこの世界で活動してた可能性もあるのか」



――――前回は報告書だけ受けとってすぐ帰ったもの。無関係よ。それにそんな以前からなら日本語スキルがもっと早くに発生してるはず


「そういえば藤沢さんが言ってたね。あの人達最初は早百合さんが帰るまで隠れてるつもりが、最近になって日本語スキルが発生したがために慌てて出てきたって」


「存在がバレそうになったから口封じしようとしたってことなんでしょうかね」

 藤沢さんが首をかしげる。


「そもそもバレるとマズイんですか? ローザさん達は縄張りがどうのとか言ってましたけど、別に早百合さん達はこの世界で監視してるだけですよね。最初言ってたように話合えば敵対する必要もないでしょうに。それとも実はローザさん達はこの世界を植民地化しようとしてるとか?」

 あの人達はたとえ魔法が使えなくても、地下資源なんかは利用できるだろうし。


「それはないぞ。妾達自身は分枝世界の人間にそうされた所で防ぐすべは無いんじゃけど、渡界手段を持つ分枝世界はその手の異世界からの搾取をせぬよう条約を結んでおるからの」


「何だ、ローザさんは管理者の存在をここに来るまで知らなかった感じだけど、実際はコンタクトとってたんだ。ファムの同僚とか?」

「妾達というわけでは…………いや、まあ条約自体はこの世界に来た際に結んでおろうから、ここに来て初めて知ったのは間違ってなかろうが」


「それにしても何か、向こうの対応が中途半端なんですよね。早百合さんには敵対するにしても、私達をどうしたかったのかが分かりません」

 藤沢さんが真面目な顔でそう呟く。



――――どうせ本国のお偉いさんが無茶振りして、現場がそれに振り回されてるんでしょ。よくある話よ


 分かるわあ、とこぼす早百合さんに「現場の暴走に頭を悩ませる管理側のパターンもありますよ」と返す藤沢さん。



――――まあ向こうが何を狙ってたにせよ、私一人対処すれば基底世界にバレることもないと思ってたら圭一君達が同行してたんだもの。完全に誤算でしょ、そりゃ対応もちぐはぐになるでしょ


「まあ早百合だけならどこそこに日本人集団がいる、みたいな情報を流せばおびき寄せられもしようが、妾達がいてはのう。分散して基底世界に報告に戻られる可能性もあるから、あまり派手なアクションとれんかったんじゃろうな。おまけに圭一が意味不明に監獄にぶちこまれてるとかのう。向こうも混乱したじゃろ。貴重な人的リソース費やさせて、これは圭一のお手柄かもの」

 ファムがけらけら笑いながら僕をぺしぺしと叩く。



――――まあいいわ。こうして連絡がとれた以上やることは一つ。これから私がその基地に直行し、正面から叩き潰す。余計な小細工ごと粉砕して誰に喧嘩売ったのか思い知らせてあげるわ


 早百合さんが頼もしい宣言。


「ほい、いつもの早百合大暴れルート確定じゃよ。どうせ後の外交問題はSPECに丸投げじゃろ。交渉の余地残すように程々にしとくんじゃよ」

「ほら、この後報告書が山と必要になりますよ。私達連れてきて正解でしたね、早百合さん」



――――う、うっさいわ! とにかくそういう方針でいくから。あなた達もそのつもりでもうひと頑張り頼むわよ!


 まあとにかく方針は決まった。

 そのためにも僕はまずは身動きとれるようにと、拘束を外すべく奮戦。藤沢さんが差し出してきた岩の刃、何とか両手のバンドに切り込みを入れる隙間を作ろうと格闘していた所で、ローザさん達が乱入してきたわけだ…………



     ◇◇◇◇◇



―――あんたがそちらの指揮官かしら


「なっ!」


―――自己紹介はいらないわよね。そちらは私の事を色々ご存知のようだから


「待ちいや」


―――うちの子達がお世話になったそうね。今からお礼に行くから顔洗って待ってなさい


 早百合さんがそう言い終わるかどうかで、魔法陣の輝きが失われ、赤黒い幾何学模様へ。これまで部屋にこもっていたホワイトノイズのような雑音も消え失せる。


「あら、もう直ったんですか? それとも予備機でも働かせちゃったんですかねえ」

 ローザさん達の青ざめた顔とは対照的な藤沢さんの笑顔。

 ローザさんが踏み込み、藤沢さんの胸元からネックレスを引き出す。

「いやらしいですねえ」

 その先に結ばれていたはずの魔石が無いことを確認される。


「迂闊やったわ。他所の世界の魔石いうことやったんやな。……早百合はん、今どこにいるんや?」

「辺境伯領に戻ってきていると」

「それが本当だとしたら数十キロの距離いうわけやな」

「ほんとですよ」

 ぎりぎり拘束から逃れるのが間に合った僕は、痛む両手を揉みほぐしながらそう答える。 


 そうだ。僕は早百合さんの位置に関して嘘は言っていない。ただあの人がワイバーンに騎乗している事を伝えていないだけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る