第41話 無双タイム
藤沢さんの両の手のひらから放たれた青い稲妻が、威嚇的な音を発して部屋を走った。
机の上の書類が乱れ飛び、幾つもの悲鳴が重なる。
短く呻き声を吐き出して倒れ込む壁際の軍人たち。だが藤沢さんは止まらない。
「このぉー!」
叫びと共に一回転。腕の動きに追随して稲光が部屋を横断する。鞭をふるうがごとく、運良く初撃を逸れていた数人がたちまち鎮圧される。
タン、と両足を開き姿勢を整えて回転はフィニッシュ。
その背後、膝を地面に付きながらも小銃を構えようともがく男が一人。
警告しようと口を開こうとした時、藤沢さんがパンと手を叩く。
「
途端に男が彼女に照準を合わせた銃に魔法陣が咲く。青い魔法陣は一瞬の淡い燐光を発すると銃をその形のままに氷の
「あ……えっ……」
頼みの武器が突然使用不能になったことに動転する男をよそに、藤沢さんがすぐさま次弾を用意。
「
振り向きざまに「
藤沢さんの手から発射された光の球。形だけなら前に見たファイヤボールと同じ。だけどその威力は桁違い。
入口へ向けてまっすぐ飛び、ちょうど走り込んできた二人の男に近づくや否や、光球が弾けて矢じりへと分かれて二人を貫く。たちまち痙攣して倒れ込む男達。
氷漬けの小銃を構えたまま、自身をかすめた光球が同僚を瞬時に倒したのを目撃した男。背後に首を回してポカンと口を開けていた彼の前に藤沢さんが立つ。
男が顔をぎこちなく正面に戻す。事態を把握しきれない引きつった笑顔。藤沢さんがにこっと自然な笑顔を向けた。
「どうぞ」
藤沢さんが小さな光球を手渡す。「ど、どうも……うがっがっ!」
男の手の中で光球が弾けて自身も同僚に倣い床に倒れ込む。
藤沢さんはさらなる魔法を展開していく。
「
「
「
掛け声と共に球体のあちこちに亀裂が生じ、勢いよく水蒸気が吹き出た。
蒸気は霧となって周囲を覆っていく。「行ってきます」その霧に向かって藤沢さんが外へと躍り出る。
「ガスか!」「逃げろ!」
室内にも流れ込む霧に、地に倒れながらも意識を失っていなかった数人が悲痛な声を上げた。
「仲間が一緒や、無害!」
内の一人のローザさんが、司令官の机に這い寄り、落ちていた無線機らしき物を掴む。
「C装備にて制圧!」「再稼働! 最大濃度や急げ!」
ローザさんが一際大声で叫ぶ。一瞬ちらっと視線を送ったのは――――
―――そっちか!
僕は霧の中心へと飛び込む。視界は効かないが温度や肌触りで外部に出たことが分かる。手を伸ばして触れた小屋の壁をつたいながら走る。幾度かつっかえながら出来る限りの早さで。
藤沢さんは基地の中心か両端にアンチマジック粒子散布機が置かれるだろう、と予測していてそちらに向かったはずだが、ローザさんの視線が投げかけられたのは小屋の裏側。なら僕がこっちを確認すべきだ。
やがて突然目の前がクリアになる。広がった視界に入ったのは―――外見は業務用の床置型エアコン。自宅の冷蔵庫サイズの筐体の上部にはスリットの入った円盤が付く。あれがアンチマジック粒子の噴出口か。
装置の前面には操作パネルを必死の形相で弄る、整備員と思わしき小柄な隊員。
「うわあぁぁあ!」
思い切り飛びつく。勢いのまま押し倒すつもりが、相手がこらえて揉み合う形に。必死にその両腕に手を伸ばす。手首を掴んで動きを抑えようとしたが、
―――衝撃。
そのまま数歩よろけ、結果距離をとる。
片足を上げた隊員の体勢から膝蹴りを喰らったと判る。
遅れて横腹に感じる熱さ。だけど不思議と痛みは無い。
相手は即座に拳を握り腕を構える。怒気にまみれた視線に射抜かれたように身体が強張り、反射的に重心が下がる。僅かな動き。だがそれに気づいた相手の口元が
気負けした事、それが見抜かれた事に羞恥で頭が一杯になったところで――――これでいい――――相手の背後に濃霧が迫っているのに気づいてそう思えた。
霧は藤沢さんが戦っている証。自分の役目を思い出す。装置の稼働を遅らせられればそれでいい。この人が装置の稼働よりも怯えた小物の始末を優先してくれるならそれでいい。
今度は意識的に一歩後退。相手が釣られて攻撃に移ろうとする。
このまま逃げるフリで追いかけさせて…………
「何だテメエは!」
だが背後から
「だったら!」
前方へと走り出す。踏み込んだ一歩で今になって横腹に痛みが響く。だけど止まるわけにはいかない。痛みを誤魔化し、叫ぶ。「おおおおおっ!」
腰を落とし迎撃体勢に入る隊員に向かい―――その前で方向転換。斜め先の装置に向かう。
肩から筐体前面の操作パネルにぶつかる。スイッチの一つが肩に食い込み激痛が走る。だけどこの痛みこそがそのまま装置へのダメージになると信じられる。もう一度――――
ぶち当たろうとした所を今度は横合いから衝撃。
「何がしてえ!」
顔を力任せに殴られた。地面に倒れ込んだ所で応援組に肩を抑え込まれる。
「バカが! ガキに壊せる造りかよ!」
見上げると装置にはヘコミすら見当たらない。駆けつけた後続が慌てて操作パネルに飛びつく。ダイヤルが最大限に回され、意味があるのか、スイッチが連打される。十秒程で稼働音が発生し、装置が微かに振動を始めた。上部の円盤のスリットから砂埃が飛んでいく。
程なく装置に迫っていた濃霧が嘘みたいに消えていく。
逆回転の映像を再生したような、そんな冗談のような光景。
視界の先の霧が晴れ、並んだ小屋の一つ、そのドア部分が氷漬けになっているのが見えた。だがそれもやがて消え去っていく。氷の固まりなのに砂が吹き飛ばされるように散っていく。
その周りに集まっていたゴテゴテとしたプロテクターを装着した隊員達。手にした透明な盾を振り上げ、僅かに残っていたドアノブ付近の氷をかき崩し、小屋の中に突入する。
程なく彼らに連行されて藤沢さんが出てきた。
「藤沢さん!」
声を上げると「黙ってろ!」と頭を地面に押し付けられる。
「離せよ!」必死に抵抗し、顔をずり動かして藤沢さんの様子を伺う。
ローザさん達が元の小屋から出てきて、藤沢さんはその前に引き出される。
山崎さんが拘束用のバンドで彼女を縛り上げる。
何かやり取りしているようだが、少なくとも目立った怪我はないようで、そこだけは安心する。
「おら、立て」僕も周りを囲んだ隊員達に力づくで連行される。
藤沢さんは恐らくアンチマジック粒子散布機が見つからず、小屋に籠城して早百合さんへの連絡を優先した形。期待を込めてその顔を伺うが、僕に気づいた藤沢さんが小さく首を振る。……駄目だったか。
両肩を隊員達に担がれて司令官が出てきた。
「貴様ら! 明白な敵対行為を取った以上タダで済むと思うなよ!」
「だから鑑定なんて後にしましょ言うたでっしゃろ」
ローザさんが呆れたように言う。
「まあウチもあんな短時間でここまでしてやられるなんて思わんかったけどなあ。レベル6でももっと溜めの時間や予備動作があるはずやったのになあ。どうなっとるん? ほんま、人質も通じんし、大したお嬢ちゃんやで」
司令官の激怒ぶりとは反対にどこか楽しそうに語る。
「まったくじゃよ。妾が盾にされとるのに躊躇なくぶっ放すとはどういうことじゃよ。圭一も妾を置いて逃げ出すしのう」
そう口を尖らせたファムは三人組の一人、谷さんという大男に首根っこを捕まれている。
「ほーい、この扱い。妾どうやら真のパーティーメンバーじゃなかったらしいんで、亡命を申請するんじゃよ」
「亡命ねえ 魔法使いなら大歓迎やで。 そういやこの娘達の鑑定はどうやったんや」
壁際で縮こまっていた帝国人の二人が近づき、その耳元へ報告する
「はあ、そないな魔法スキルがあるんか。へえ、案外レベルは大して高うないんやな。やっぱ独自のコツがあるんやろね。で、ちんまいお嬢ちゃんの方は…………へっ、玉転がしスキル? えっ、そんなん遊びのスキルばっか? えっ、魔法スキル無いんか。……なんや、ほんまの子供やないの」
拍子抜けした顔を向けられてファムが頬を膨らませた。
◇◇◇◇◇
それから僕たちは側にあった小型トラックの荷台に放り込まれた。今度は両手両足をバンドによる拘束をされて禄に身動きも取れない。特に藤沢さんはわざわざ一度バンドを解かれ、両腕を後ろ手に回した形での改めての念入りな拘束具合。
そうして一時間程。僕が必死にバンドに隙間が作れないか格闘していた頃、車外から慌ただしい靴音が聞こえてきた。それがドアの向こう側で止まると警告が発せられた。これから扉を開く、ドアから離れろ、 奥側に移動していろ、従わぬ場合は実力を持って制圧すると。
だが実際にはこちらが対応する間もなくドアが開かれ、一番に顔を出したローザさんが叫ぶ。
「自分ら、何したんや…………何や、それは!」
突きつけた指の先には赤く輝く魔法陣。
僕らはその問いには答えない。代わりに車内に冷然とした声が響く。
―――あんたがそちらの指揮官かしら
「なっ!」
ローザさんと、続けて入ってきた例の三人組が揃って絶句する。
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