第40話 尋問

「おのれー! よくも妾達を騙しおったな!」

 自身を囲む屈強な軍人達。小銃さえ構える彼らに向けてファムが怒りをあらわに叫んだ。 


 トラックで移動すること一時間程。

 降ろされたのは周囲を完全に山に囲まれた荒野。車を乗り換えた辺りはまだ草やら低木の姿があったが、ここには微かにも色味がない殺風景な景色。

 それでもゴツゴツした岩山は濃淡の層が複雑に折れ曲がり、遠景には背後の青空との対比で雄大さが感じられなくもない。


 その視界の中でひときわ目立つのは十数メートルの高さの鉄塔。

 視線を下ろすとその周りには緑色の巨大なテントや、簡易な建材で構成された仮設住宅めいた小屋が並ぶ。外周部にはシルバーの大小のコンテナトラックが数台。


 ニュース映像で見た砂漠に展開した軍の居留基地を思わせる。

 その中を多くの人が行き交う。トラックのボンネットを開け中を覗き込む整備員。その荷台から木箱を降ろし 、満載になったカートを押すのは猫耳の付いた明らかにこの世界の人間。獣人でなくとも、顔付きや服装からすると他にも現地の人間は大勢混ざる。


 僕らは周囲を軍人達に囲まれたまま小屋の一つに連行された。剥き出しの蛍光ランプに照らされた室内。壁際には軍人や獣人らが並んで立っている。

 奥側には木製のテーブルを挟んで一人の中年男性。軍人にしてはだらしないと言っていいかも知れない恰幅のいいその男は、部屋で唯一の椅子に座ってイライラとした態度を隠そうともせずに口を開く。


「遅いぞ、ローザ副司令」

「えろうスイマセン、司令官」

 大して謝意のこもっていない風のローザさん――ここのNO.2だったのか――を、司令官と呼ばれた男性が忌々しげに睨む。


 ローザさんはその視線をどこ吹く風で流すと、入り口側の隊員に声を掛ける。

「ああ、この子らに紅茶とクッキーを頼むで」

「これの充電も忘れずにの」

 ファムがゲーム機を差し出す。「それとガセ社とやらの名機もな」


 訝しげにゲーム機を受け取った隊員にファムが充電コードの接続場所を伝えたが、

「USBコードはあるけど、こんな形の端子は使っておりません」

 と返される。

 さらに川口さんから「ライバル社のゲーム機は持ち込まれてるけど、ガセ社の同期VR型は誰も持っていないはず」と今更ながらに告げられる。

 考えてみればオンラインゲームなんだから、そりゃこんな所では使えないよな。


「はあああああ! ガセ社のハードが無いじゃと! 充電も出来んじゃと!」

 ファムが一人全身で怒りを表明する。


「何が『技術力にはちょい自信あるんや』じゃああ! 奮戦果たし横たわる戦士を助けられんで何が科学かあ!」

 その後も騙されただ何のと騒ぐファムに司令官が叫ぶ。


「おい、何で子供がいるんだ! ローザ! 黙らせろ」

「ほら、おじさん達も困ってるだろ。ちょっと我慢しような」

「真上さんって、ほんとに子供あやす姿が似合いますねえ」


 藤沢さんにそんなことを言われたが、いや、周りの軍人たちの威圧感がハンパないのだ。藤沢さんは異世界でモンスター狩りしてたくらいだからか、まったくひるむ様子もないが正直僕は怖い。


 話がどういう流れになるかわからないが、ファムがただの子供と思われるならそう思わせといたほうが良さそうだ。現代日本人の感性ならさすがに子供に危害は加えないだろう。

 ファムを何とか宥めすかすと、司令官が僕らを睨みつける。


「さて、状況を説明しておこうか。お前達は今、無許可の世界転移を行った容疑がかかっている」

「はい?」

 無許可? 容疑? 意外な言いがかりに呆けてしまう。


「待って下さい、無許可って、僕らは国の許可は受けてますし、何ならこの世界の管理者の許可だってありますよ」

 …………って、よく考えたら早百合さん以外の三人はどっちの許可もとってないよな。

 それでもファムという管理者の一人が付いてるんだからこちらに分があるはずだ。


「知らんな。こちらはそんな連絡は受けていない」

「そりゃ違う平行世界から来てるんだから連絡なんてするわけないじゃないですか」

「それをどう証明する。我々からすれば密出国者、よくて事故による遭難者だな」


「ローザさんがずっと平行世界からって前提で話してたじゃないですか!?」

 ローザさんに顔を向けると、

「保護された少年は転生の斡旋などと供述しており、事故の影響により錯乱の様子が伺える―――ちゅう扱いやね」

 そう言って肩をすくめた。


「よって我々にはお前達を捕獲する義務がある。保護と言い換えてもいいがな…………というのは建前の話だ。お前達が素直に協力するのなら釈放してやってもいい」

「協力って何ですか?」

「聞かせてもらおう。お前たちのトップである岡島早百合について、知っている事の全てをだ」


「出身は日本のはずですね。好みの飲み物はビール。好きなタイプはからかいがいのある若い子とかじゃないかと思いますよ」

 藤沢さんが真面目な顔をして挑発した。


「そんな事は聞いておらんわ!」司令官が机を叩きつけ恫喝。

 藤沢さんがローザさんに話が違うじゃないですか、とでもいう表情を向ける。挑発ではなく素で答えていたらしい。

 

「奴の持つ魔法、魔力量、スキル、経歴、そういったものだ!」


「聞いてどうするんですか……」

 まるで交戦するかのような口ぶりに不安にかられる。

「お前達が関与することではない」司令官が拒絶を示すように手を振った。


「そんな……国際問題になりますよ。早百合さんはこちらの世界のVIPですよ。渡界手段を持った相手同士、戦争にでもするつもりですか!」


「子供が下手なハッタリなどやめておけ。その女がそんな権限が無いことも、単身で動いてることも掴んでいる。余計な抵抗はやめて素直に話せ。そうすればお前たちはそちらの世界に帰してやる」

「……早百合さんは帰さない……って意味ですか」

「お前達が知ることではない」

 司令官は再び手を振り払う仕草。


「あら、私達の世界の座標、知ってるんですか?」

「知らんが座標など関係あるまい。お前達が使う転移ポイントは既に押さえてあるからな。二等区の倉庫だな。既に周囲の土地家屋を買い取った」

 何を言ってる? ひょっとして僕らがそこからしか転移できないと思っているのか?

 いや、ローザさん達のトランスゲートってのがそういう制約があるってことか。じゃあそう思わせとけばいい。

 実際には早百合さんの持つあの鍵はドア状のものであれば何でもゲートに出来る。そう説明されている。


「どの道お前達に選択肢など無い。こちらが力づくでいく前に白状した方がいいぞ」

「うっ……」


 睨めつけるような目で僕の表情の変化を見る司令官。その反応が満足いくものだったのか、口角を上げると壁際の男達に声を掛ける。

「おい」

 男達の内、小銃を構えていた一人が半歩前に出る。


「ちょっと! 僕らは保護すべき未成年じゃなかったんですか!」

「お前達は我が国の戸籍があるのか?」

 口元を歪ませながら、司令官は先程の自分の言葉を平然と反故にする。


「ローザさん!」

 せめて幾らかマトモな応対を期待してそう呼びかけるが、肩をすくめられて終わる。


「僕らに何かあって帰りが遅れればすぐに救助隊が来ますよ」

「何ヶ月も後にな。時間差があるのは知っている。それもせいぜいが状況調査に来る程度だろうが。辺境伯領の駐在員、そいつに事故があったと証言させるまでよ」


 駐在員……石川さん。

「石川さん達に手を出したんですか!」

 思わず声を荒げる。石川さんの家庭は守らなきゃいけない。そう思って皆で動いてきたのにそれをこの人がぶち壊したのか 。その声にローザさんが反応した。


「んっ? そっちの方がネックだったんね。まあ心配せんでええよ。あの男には関わらん方が賢いで。先に離反工作しよ思て接触するつもりやったけど怖くて出来へんかったよ。遠目で見ても判ったで。ありゃあ怒らせたら手に負えんタイプや。どの道、転生した時点でこの世界の住人やからな。手は出せんよ」


 この世界の住人には手は出せない。僕らを拉致した割に、意外と真っ当なセリフが口にされた。

「ふん、忌々しいことだ……」

 司令官がローザさんの言葉を憎々しげな表情で受けた。


「まあいい。お前は転生者共の元締めの身を心配するか? だったらそれも条件に入れてやる。たかが一商店の番頭など、我々が本気を出せば合法的に追い込む方法はいくらでもあるからな」

 その無神経な物言いがひどくイラついた。


 早百合さんと敵対する意思を隠しもしない。

 平和に暮らしてる民間人を平気で脅しのタネに使おうという。

 僕らを返すかどうかも怪しいものだ。


 キッと眼の前の相手を見据える――――理性は刺激するなと警告するが、もうどうとでもなれ――――感情が抑えられずに視線に侮蔑の色をのせる。


 椅子にふんぞり返った小太りの中年男は心底不快だという表情になり、口を開く。

「川口、そのガキを少し痛めつけろ」

 僕の背後に立つ彼が息を飲むのが分かった。


「…………自分達の上官は副司令になります。上官の命令がなくては動けません」

「ローザ!」


「お断りですわ。ウチ、自分のキャリアの方が大事ですもん。早百合はん相手するんは了承しましたけど、その後のやり取り考えたら無体はせん方がいいでっしゃろ」

「その後……とはのう」ファムが小声で呟く。


「チッ」と舌打ちした司令官は「報告書も残さぬ特例事項で何を恐れる。半端が一番いかんのだ」と呟き、下卑た視線を藤沢さんに向ける。


「女なら痛い目に合わんとでも思っているか?」


「あんた!」

「おい! やめろって」

 思わず詰め寄ろうとした所で、無理矢理に肩を引かれる。それでも昂ぶりが収まらず、身を捩り両肩の拘束から逃れようとした所で動きを止める。


 …………藤沢さんが僕の握り締めた拳にそっと手を添えていた。

「あっ……」

 慌てて自分がすべきことを思い返す。


 こんな、相手に合わせて感情的になっている場合じゃあない。

 そうだ。きっと最初からそれが狙いだったのだろう。僕らを怒らせて隙を作らせようという。


 …………だから、だから今このタイミングなのだ。


「ファム!」

「やっぱりこれかや」

 そう嘆きながらこちらに飛びついてきたファムを抱えて床に伏せる。


 僕に添えられた藤沢さんの手――――これまで握っていた拳を開いていた。

 伸ばした指は――――鑑定を受けているという合図――――これから暴れるという宣言。


 藤沢さんが両手を広げる。

「――――ファイヤ!」

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