第39話 通信魔法
「早百合の召換魔法―――指定領域のシステム切り換えは実際には再現っちゅう形でな。アヤツが過去に転移、転生してきて魂に刻まれとる世界の情報を元に極小規模に展開しとるんじゃ。まあ分かりやすく言えば早百合の能力はこのGG4に通じるっちゅうことじゃよ」
ファムがゲーム機を取り出しながらまたややこしいことを口走りそうな気配。と思いきやしょぼんとうなだれてしまう。
「すまぬ、圭一。ここでGG4の売りの一つであるエミュレータ機能を紹介しよう思うたんじゃが…………ついに電池が切れてしもうた……」
エミュか。最近の携帯ゲーム機は標準装備みたいな感じだが、最新ゲーム機の高い計算能力でもって旧世代の機種を擬似的に再現して動作するようにしたもの。
早百合さんの召換魔法も異世界そのものを持ってこれるわけじゃなくて、早百合さんの能力で再現しているというのか。むしろそちらの方が納得がいく。
「別にいいさ、一言エミュレータみたいなもんだって言ってくれれば理解できたから」
「じゃが……」
「いや、こいつもよく頑張ったと思うよ。この数日間ファムに付き合ってくれてたんだろ。今は休ませてやれよ。ローザさんの基地に着いたら真っ先に充電させてもらうように頼むからさ」
こくっとファムが頷き、そっとゲーム機を折りたたむとローブの中にしまい込む。
「真上さんって弟か妹さんいるんですか?」
突然藤沢さんが謎の質問。
「うん? 僕は一人っ子だよ。親戚には小さい子ばかりが揃ってたけどね」
「でしょうねえ」
何を納得したのか藤沢さんが手を頬にあて、そんなことを呟いた。
「まあそれはともかく、早百合さんに来てもらえば解決するってのは一安心だね。一方的に魔法かけ放題なんて…………いや、待って。ローザさんって魔法スキルを商売にしてるって言ってたんだ。わざわざ収集してるってことは、これ実はあの人達も使える可能性があるんじゃないか」
「研究段階なら使えんでも集めはするじゃろ。あるいは魔法スキルはダメ元で自分達に注入しとるかもしれぬぞ。通常分枝世界の人間は魔法を使える身体ではないがの、マナの溢れる地に身を置いてその使い方を学べば稀に魔力を扱える肉体に変異することがある」
「おおっ」それは僕としても期待が持てる話。
「ヤツラが知ってるかどうかは判らぬが、それは当人の魂が過去に魔法のある世界で過ごした経験があればの話じゃがの。魂はDNAなんぞより遥かに情報量詰め込めるからの。前世の獲得形質丸ごと記録されとるんじゃ。相応の環境で刺激されれば過去の形質が表現されて今世の肉体に作用することがあるんじゃよ。
魂は死後にある場所に集まって、また元の世界へ輪廻していくっちゅうのは説明したじゃろ。じゃが、その過程でどうしても一定確率で行き違えが発生するのじゃ。そうして魔法のある異世界から分枝世界に魂が移る確率は数千人に一人いう所じゃろうかな。その千分の一が運良く実験の初期に当たったのかもしれんの。
まあそんなんが数人いたとして、例え高レベルの魔法スキルを注入したとしても、弓槻や早百合に勝てるほどではなかろうがな」
ファムが藤沢さんに目線を送る。そういえばこの娘は異世界人の妹と共に過ごす事で身体が魔法が使えるように順応したそうだけど、元々そういう前世を持ってたのかもな。
「じゃあ僕もかつて大賢者だった前世があったり………………しないね」
生暖かい目に挟まれて僕は自分の言葉を取り下げる。
「お主にそんな前世が無いことだけは妾が保証してやるんじゃよ」
ファムがにやにや顔。
「すると後はどうやって早百合さんに連絡付けるかだよな…………僕らの状況はどこまで伝わってるのかな」
「連絡したのは馬車の中で真上さんが認定試験を突破したのを伝えた時なんです。その時は早百合さんも向こうの駐在員と無事に会えて、書類が用意でき次第すぐ戻るってことでしたから今頃は空の上ぐらいかと。
戻っても、あまり事情を知らない現地の人であるヴィーさんと御者の方からの報告だけでは、
真上さんが暴行されてると思って、言伝も残さず慌てて出てきてしまったんですよね」
「圭一が余計なこと言ってアヤツらを怒らせなければのう」
「余計な?」
「半分くらいファムの責任だぞ。…………うーん、すると帝国の商人に連れ去られて街の西門から出ていったことしか分からないのか。そっちの方向を空からしらみつぶしに探してくれるしかないのかな」
「早百合って、そういう単純作業が心底嫌いじゃからのう。ブチ切れて妾達
んなばかな、と反論しようと思ったが案外藤沢さんが真顔で受けとめていた。
「ですね。さっさとこちらから通信魔法を繋げないと」
「でもあの通信魔法に使うハンドベル取られてるけど?」
「無くても使えますよ」と藤沢さんがあっさりと。
「この世界の魔法体系にも反してませんから、魔法陣展開して……って処理が面倒ですけど五分あれば連絡できます。あのベルはその術式が織り込まれててその時間が省略できるってだけです」
身体チェックの時にはさんざんごねてミスリードしときました、と誇らしげな顔。
「あっ、そうだ。そもそもその通信魔法って基底世界に連絡つけられないの?」
「無理ですよ。国跨ぐ距離を繋げられたのだって私のガンバリによるものですよ」
「じゃあファムは?」
「そういうサービスは用意しとらんのじゃ。管理者間ならまだルートはあるがのう」
そういってファムはローブの裾からスマホをチラ見せしてきた。折角バレてないんだから隠しとけって。
「結局この世界でどうにかしないといけないのか」
「じゃがどの道、これをどうにかせんと」
ファムが指を立ててくるくると周囲を示す。
「それも対策済みです。といっても相手任せなんですけど」
藤沢さんが「私まだ鑑定を受けてないんですけどファムちゃんもですよね」と言うと ファムが頷く。
「あちらが魔法スキルに興味あるなら
たしかにこんなふてぶてしい幼女はいない。普通の子供をこんな所に仕事で連れてくるとは思わないだろう。まあゲーム機を振り回していた事で大分ただの子供と判断されてるかもしれないけど。
「ところが鑑定も魔法の一種ですからこのだめマナのせいで私達のスキルを覗くことは出来ない訳ですよ。そしたらどっかでちょっとの間、発生装置を停止しますよね。このだめマナが薄くなって、鑑定を受けた瞬間に周囲に最大出力の電撃を放ちます。そのまま暴れまわってその隙に逃げ出すって計画です」
そう言って右手を開いて見せてくる。
「実はさっきからずっと最大出力で待機状態にしてるんですよ。いつ装置のエネルギーが切れるかもしれませんし、だめマナ発生機はもう一台の車の方でしょうけど、タイヤがパンクしたりしてスピード落ちれば有効距離から逃れられるかもですよ」
「ああ……それで……」とファムが頭を抑えた。「ほいほい。出たんじゃよゆづの短絡思考。エリーがおらんとすぐこれじゃよ」
「なっ! 我ながら名案じゃないですか!?」
「それ近くにいる妾達も諸共くらうんじゃけど?」
「発射の瞬間に伏せてれば直撃しませんよ。合図を決めときましょう」
結局他に方法が見当たらず、その路線で対策を打っておく事になった。
この後、改めて交渉なり尋問なりがあるだろう。まずはローザさん達の狙いがどこにあるのか、そこを掴む。
僕らを拉致してる以上
ベストはアンチマジック粒子発生機を壊して逃亡する事だけど、最低ラインは早百合さんへ連絡を付ける事。少なくとも五分、藤沢さんが通話魔法を展開するまで。その時間を確保するのが僕の役目だ
問題は鑑定が行われるとして、それがいつになるかだ。安全をとるならこちらが就寝中に行ってくるだろう。その場合は夜間だから排除すべき人数は少ないと期待できる。でもそれまで魔法の発動を待機状態にしておく藤沢さんの疲労がネックだ。
向こうがさっさと調査を進めたいと考えたら――――最悪は完全に拘束されるか人質を取られた状態で鑑定を受けるパターンだ。
「人質のう……これ絶対に選ばれるのは妾じゃろ。そんでゆづは躊躇なく妾諸共…………もうこれ絶対フラグじゃよ……」
なぜか頭を抱えて震えているファムは置いといて、僕は藤沢さんに質問をする。
「それと藤沢さんに聞きたいことがあるんだ」
できれば否定して欲しいことが…………
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