第38話 無属性魔法

 僕らが押し込まれた軍用トラックの荷台。人員輸送用なのか壁際に二列の長い椅子が据えられている。出入口側には小銃を持った見張りが陣取る。僕らは彼らから最大限距離をとって、一番奥に座る。

 見張りは僕らに目を向けているが、拘束しようとかいう気配はない。


 藤沢さんが右手を見つめる。「どう?」と小声で聞くと首を振った。

 やはりこの車内でも魔法は使えないようだ。

「このアンチマジックフィールドってどういう仕組なん……」

 そう言いかけて、見張りに聞かれるとマズイなと思い口を濁す。


 ファムがごそごそと携帯ゲーム機を取り出した。

「内緒話するならチャット機能があるんじゃけど使う?」

「手間ですよ」

 藤沢さんがそう言って僕ににじり寄り顔を近づけてくる。小さく結ばれた淡い桃色の唇が僕の口元へ。

「え、あ……あっ」


「その仕組なんですけどね――――」

 途中で耳元にそれた口で囁かれる。荒れ地を進むトラックは大きく荷台を揺らし、すぐ側の藤沢さんの顔が僕に触れそうで触れなくて、その度に吐息が僕のうなじに当たる。それが妙にこそばゆくって、息を呑む。

「真上さん?」


 言葉を返せないでいるとファムが呆れたように息を吐き、「ういっしょ」と僕と藤沢さんの間に頭を差し込ませてくる。

「何か分かったんか、ゆづ?」


「ええ。この人達、魔法を使うことは出来ないって言ってましたけど、多分魔法を失敗することは出来るんですよ」

「……どういうこと?」


 キラッと眼鏡のレンズが輝き、藤沢さんが息せき切って喋りだす。

「今回私は魔法の発動に失敗したわけですが、体内でマナに属性付与する所までは問題なかったんです。

 よくよく思い返してみると今回発動に失敗したのって、昔魔法に慣れていない頃にあったのと同じだなって。この世界の魔法ってマナに最初に属性付与する工程が必要でして、魔法の発動条件には一定量のマナにその処理をしなきゃいけないんです。その量が不足して不発になった時の状況に似ているなって」


「そうするとアンチマジックフィールドじゃなくて、魔力吸収的な能力者がいるってことなのかな」

「能力者?」

「ゆづ、ここは生暖かい目をしつつスルーしとくんじゃ」

「はい、じゃあこんな感じで」と眼鏡をくいっと。

「………………」


「魔力を奪われてるわけじゃないんです。薄められているって感じですね。そう考えてみるとさっきから周囲のマナがどうも濃度が濃いんです。それでいて肌触りが微妙に違う感じで。例えるなら煙に覆われてる様な感じです。不純物が混ざった酸素で、それで呼吸しようとすると支障がありますよね。この濃いマナが何か悪さしてるんじゃないかって」


「ええと、電属性? を付与してる周りに火属性のマナが充満してて混ざっちゃうみたいなこと?」


「いえ、特定の属性では無いんです。むしろ属性がはっきり付与されてれば混ざることはないんですよ。

 うーん、感覚的なものなんで説明が難しいんですが、属性を付与する最中のマナ……が一番しっくり来ますね。どの属性でもない未完成のマナが周囲に散布されていて、私が魔法を使おうと属性付与済みのマナを外部に放出した時点でそれと結びついちゃって、結果的に属性付与済みのマナが薄くなっちゃって……失敗ってわけです。

 未加工のマナならいくら周りに充満してても問題ないんですが、中途半端に属性付与が進んだマナだと反応しちゃうんですね」


「言うならば無属性ってわけか……」

 敵対した相手ながら何か主人公オーラある。


「そうだ、言うならば玄米ですよ。稲を精製した白米でオニギリにしよう、チャーハンにしようって料理してるのに、籾殻もみがらだけとってぬかが残ってる玄米を無理やり混ぜられた状態です。玄米って最低限の精製だけされた状態じゃないですか。食べれはするけど、その量が多いとせっかくの料理がボソボソとした食感になって台無しですからね。ではこれからこのマナを玄米マナ――ゲンマナと呼びましょう」


「いや、それはどうかな。あの人達も魔法使えないなりに頑張って対抗策を身につけたと思うんだ」

 もう少し聞こえの良い名前を付けてあげて欲しい。


「だめですか……たしかに玄米はダイエットに良いから例えには不適切でしたね。ではそのままだめマナで」

「マナに付けるんでしたらフェイクとかカウンターとかアンチとかそんな感じはどうでしょう……」


「それで、そのだめマナですけど、恐らくは人間は絡んでませんよ。普通はマナを取り込む時点でその人が得意とする属性が付いてしまいますから、かなり意識的にやらないと何の属性も無い状態なんて作れません。

 それが出来る人は普通に魔法使いとして高レベルです。


 さらにそれだけ精神力消耗して用意しても、だめマナはそんなに保たないんですよ。結局だめマナ自体が魔法の失敗状態ですから放出してしばらくすると消えます。

 今みたいに十数メートル範囲に常時散布し続けるなんて、そんなの私への対抗策として使うには効率悪すぎです。

 多分魔石から濃縮したマナを取り出して放出する魔道具みたいなのを作っているんじゃないかと」


 十数メートルがアンチマジックフィールドの効果範囲というのは、藤沢さんとファムが割り出した。監獄を出たところで二人の間の通話魔法が突然途切れていたそうで、その箇所と馬車との距離、藤沢さんのいた馬車との位置関係から計算された。


「魔道具が作れるの? そういえば、たしかにこないだ解体所にオーク肉買いに行った時、帝国が魔石を買い占めてるって聞いたんだ。タイミング的にローザさん達が買い漁ってるのかも。

 あれ、でもそれなら日本語スキルがこの世界に発生したように、魔道具作成スキルも発生してるのでは?」


「あやつのいう研究班とやらが作成したとして、それが本国にあるからではないかの」

 

「多分、そうかもです。魔石から濃縮されたマナを取り出すこと自体は触媒を用意すれば簡単に出来るはずですが、それを均等に空間に散布する方が難しいかと。エアコン的な機械なんじゃないかと思います。何より属性付与だって私やこの世界の人が使う分には何となくメカニズムも浮かびますけど、あの人達みたいにまったく素養のない人が扱える道具にするにはかなり難度が上がるはずです。現代日本の産物でしょうね」


「なんだか本来は魔法を機械的に再現しようとした失敗作の産物、みたいな匂いがするのう」

「そっか。じゃあアンチマジック粒子が止まることは期待できないのか」

「だめマナですよ」とさり気なく提案した名称は即座に否定される。

「諦めい。こやつは早百合に教わった魔法も勝手に自分にしか分からん名称に変えてるでな」


「さて、ここで朗報ですが、早百合さんにはこのだめマナは通じません。これで妨害できる魔法はあくまでこの世界で発動できる魔法のみです。あの人はどこの世界にいようと、好き勝手に自分のことわりを押し付けてく人ですからね。違う世界の魔法の行使は得意中の得意です」


「えっ、でも魔法ってその世界固有のシステムに則ってるから、他の世界では発動しないんだよね? ぎりぎり似通ったシステムなら別の世界の魔法でも発動できるってこと? こないだ行った精霊にお願いしないと魔法が使えない異世界で藤沢さんが自力で雷を発生させたみたいな」


「そういう無理やりなやり方は私の方ですよ。この世界なら私が一番得意な電撃ピカニャンも八割型の威力で発動できますけどね。でもあまり意味はないです。

 他にも手持ちの二百種の魔法の中で、別システムですがこの世界でも発動できる魔法はいくつかあります…………けど威力が高いものほど、ここのとシステムが似通ってるってことですからだめマナで潰されます。

 早百合さんの場合はそういうレベルの話ではなくて、召換魔法が使えるんですよ」


「おお、召喚! 精霊とか従魔を呼ぶやつだよね!」


「そっちはわめいて呼ぶって意味の召喚ですね。もちろん早百合さんはそっちも使えますけど、ここで意味があるのは『招き寄せる、交換する』って書いての召換魔法です。指定領域を別の世界のシステムに切り換える魔法なんですよ」


「切り換え?」


「ほら、こないだの異世界。早百合さんが詠唱して防御魔法を使ってましたよね。あの世界の魔法体系は契約型。精霊にマナを差し出せば望むだけ魔法が引き出せます。詠唱なんて必要ない……というより詠唱術式なんて機能しません。


 なのにそれで魔法が発動できたのは、あの場を早百合さんが別の異世界のシステムに切り換えていたんですよ。


 そしてあの召換魔法は正確に言えば早百合さんだけが使える固有能力スキルです。どこの世界のどんなシステム環境下でも自分のことわりを貫くための能力です。このだめマナの中でも確実に領域展開できます」


 そこで藤沢さんがぐっと拳を握りしめる。

「そしたら後は私と早百合さんがこことは違う系統の魔法でもって、誰であろうと制圧してみせます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る