第37話 フルダイブ型VR

 僕らが降ろされた場所は荒れ地が広がっている。所々に低木や僅かな草が生えているだけで、生き物の気配もない。

 さほど街からは離れてはいないはずだが、岩山が周りを囲み視界をさえぎっていてその方角の検討もつかない。


 馬車の側には軍用の小型トラックが二台。周囲には景色に溶け込む灰色の軍服姿の男達。馬車の後部は荷台として使われていたようで、彼らが馬車とトラックを行き来して何かの荷物を積み替えている。


 馬車の客席ドアが開き、ローザさんと不機嫌そうな藤沢さんが顔を出す。


 先に一度は全員が降ろされたのだが、ローザさんが「この魔女っ娘ちゃん、無線機みたいな魔法が使える可能性があるやろ」と言い出し、再び馬車内でボディチェックされることとなったのだ。

 どうも山崎さんが監獄前で魔力反応らしきものを感知していたらしい。そりゃあアンチマジックフィールドが展開できるなら、それくらいは掴めるのだろう。


「アタリやで。やっぱり無線機魔法らしいんが使えるみたいや」

 そう言って黄色のハンドベルを僕を囲む男達に見せてきた。


「そっちのちんまいお嬢ちゃんが何もない所で耳傾ける仕草しとったんは気づいとったけど、耳ん中に受信機仕込んでる様子も無いし……となるとこっちの魔女っ娘ちゃんが同じもん持っとるのが怪しいやろ」


 そしてあっさりとファムが耳につけた分も取り上げられてしまう。

「研究班が喜ぶやろ。まあ使い方を教えてくれるんが一番なんやけど?」

 ローザさんが目線を送るが藤沢さんがぷいと横を向いて拒否。

「つれんねえ。まあええわ」


「ローザさん達も魔法使えるんですか?」

「いやあ、さっぱりやわ。スキルは入れてみるんやけど、生まれが違うとダメなんやね」

 そう言って藤沢さんの方を見ながら「コツがあったら教えてえな」と絡んでまたぷいと拒否反応。


「いけずやね。まあウチらは代わりに手品はだいぶ上達したんやけどな」

 合わせた両の拳の間からカチッっと音がして、数センチの炎が立ち上がる。あからさまなライターによる着火。

「火魔法レベル1や」そんな自分の冗談にくっくっと笑う。

 

「それは?」

 僕を監視するイケメンの方―――川口さんというらしい―――が山崎さんが抱える箱を指す。中にはスマホやハンカチやリップクリームや装身具ネックレス。藤沢さんの私物。

「ああ、スマフォン以外は返したりぃ」

 

「でも魔石もありますよ」

 川口さんがネックレスを取り出す。よく見ればチェーンでくくられていたのは宝石ではなく魔石。それも見覚えがあるような……


「返して下さい」藤沢さんが手を伸ばしそう毅然きぜんと要求。

「ああいや、ちょうど使えるかなって」川口さんがバツの悪そうな顔をする。


「ただの魔石でしょ、返してやりなさい。子供の物奪う程不足してるの」

 ネコ耳さんがそう嗜めると「ただの?」と藤沢さんが反応する。

「それはただの魔石なんかじゃありません! 真上さんが私のためにゴブリンの体内から取ってきてくれた物です!」


「おお!?」

 藤沢さん……。やっぱりこれは僕が贈った魔石だったんだ。

 そう、僕がスタンピードに巻き込まれた異世界。あそこを立ち去る際に僕が倒したゴブリン―――止めをさしたのは土龍だったけど―――その死体に魔石が埋まっていることに気づいて拾い上げていたのだ。


 土龍の巨大な魔石を抱えていたから、比べ物にならない小さな魔石なんておまけ程度にしか見られないだろう。そう思ってちょっとお菓子をおすそ分けしたくらいの気軽さでプレゼントした魔石。


 よかった……そんな大事に思ってくれていたなんて…………。

 

 消耗品だと聞いていたけど、こんな装飾品として大事に扱ってくれていたのだ。


 ああ、いつかこんな安物なんかじゃなくて本当に宝石もかくやという輝きを放つ、なんかユニーク個体倒すと入手出来るやつ、そいつをプレゼントしよう。

 僕がそうして感激と決意に身を震わせていると、山崎さんが顔を歪ませてこちらを見ていた。


「川口、それすぐ使いきってこい」

「ちょっと、僕の贈った魔石ー!」

「ああん? 使い終わったら返してやるわよ」

「…………山崎主任、もうやめて下さい」

 イケメンがそっと藤沢さんに魔石を返す。


「仕事場でイチャついてる方が悪いのよ」

「ほら、主任も取引先から色々贈られてるじゃないですか」

「あー!? そりゃ行き遅れの女は猫と生きろって意味か!」


 漂う気まずい雰囲気。それを壊すようにファムが能天気に宣言「では次は妾の番じゃな」


「えっ、チェックされたいん? まあお嬢ちゃんもたしかに謎もんやね。ちんまいのに何ぞ場馴れした風で。若返りの秘薬とか使うとるんなら、ぜひ分けて欲しいわ」

「なに妾は見た目通りの童女よ。ただ名乗るのならば一介のセカの伝道師と言った所じゃよ」


 セカの伝道師。そう名乗ったファムがお馴染みの携帯ゲーム機を取り出した。

 知ってる流れ来た。


「ゲーム機?」

「その通りじゃよ。だが、これはただのゲーム機ではないんじゃあ」ファムの目が光り―――――――


     ◇◇◇◇◇

     ◇◇◇◇◇


「――――――――――――――――というのがセカの栄光の歴史じゃよ。まあそんな略歴などよいからまずは妾特選の旧世代機のタイトル十選を直にチェックしてみるのじゃ。さすればお主らはたちまちセカの虜じゃよ」


「あっ……ああ、ガセ社か。子供の頃ウチも遊んでたわ」

 ファムが「おっ」と顔を輝かせる。

「ほうほう、お主の世界にもやはりセカ社はあるんじゃな?」


「セカ? ああほんまや、綴りが違ごうとったわ。……せやで、ガセ社。何やおもろいゲームぎょうさん出しとったの」


「ふむふむ。となると妾達はいくらか行き違いがあったようじゃが、セカという同じ価値観を共有しあえるのならば、決して分かりあえぬことはなかろう。

 どうかの、まずは友好を深める儀として互いの世界のセカの一押しタイトルを贈り合うというのは。

 先にアクション、RPG等の十のジャンルを決めておいてじゃ、それぞれにこれぞという一本を提示し、互いに感嘆しあう。

 吟味に吟味を重ねた珠玉の一本は相手への敬意の表明であり友好のメッセージである。己が文化の成熟度を誇る威信も込められよう。

 これぞ高等文明を持つ世界同士の外交プロトコルの基本じゃよ」


 ファムがコレクション充実のため、あからさまな騙りを始めた。


「いや、ウチあんま詳しゅうないし。いうてもたしかガセ社ってもう潰れとるねん」

「はあああああー!!!!」


 ローザさん達の世界でセカが倒れてしまったと知ったファムが暴れだす。

「もう敵じゃよこやつら。セカを失うなど、文化程度もたかが知れるんじゃ! ちょいと科学が発達しとるようじゃが、どうせ極点値がSランクにも満たぬ世界なんじゃあ!」


「お前セカを基準に判断しすぎだよ」

「ガセ社なあ……何で潰れたんやっけ。川口知っとる?」


「ええ、今や主流の同期型ゲームの開発に資金を取られたのが原因ですよ」

 思ったよりまっとうな理由であったな。


「こう、サイバースペースに五感を同期ジャックインする技術を開発するって言って当時の全資産を投入して……一応基礎技術を完成させたんですけど、インフラ整備やらで力尽きて、最初のオンラインRPGを発売してすぐの倒産でしたね。まあそこで開発された技術からインフラまで他所の企業が引き取って、業界の標準になってますから、割りをくった感じですね」


 つまりはフルダイブ型VR技術の礎を築いて、自分はその恩恵に預かれなかったってことか?


「ふむ。技術的に難度の高いハード造りに挑戦し、結果的にソフト開発に苦戦しライバル企業の猛攻に一度は追い詰められる。じゃが終盤にその秘めた力を使いこなせるようになり、名作を連発する事でシェアを取り返す。

 まっこと、主人公オーラに溢れたそのスタイルこそがセカの真骨頂。たしかにそのガセ社とはセカの係累に相違ないの。此度は折悪しく倒れたままと相成ったようじゃが、さほどに奮戦を果たしたいうのならお主らの世界もそこまで捨てたもんではないかもしれんのう」


 何がどう琴線に触れたのかファムが機嫌を直す。

「はは、おおきに」

「とまれ、それではやはり妾達は同じ価値観を共有しているとみて良いのかの」

「せやな。愛、平和、自然、ゲーム。どれも人類共通の理念やで」

「ほんにそれな」


「ほな、基地に急ごうか。興味あるんなら、その手のゲーム機やったら誰かしら私物で持ち込んでるやろ」

「おおそうじゃな。ほんとは妾のセンサーがビンビンに反応しとったんじゃよ。ほれ圭一、早うせい」

 ファムがトラックに向かうローザさんの後をのこのこと追いだした。


「お前、あっさり騙されるなよ。子供をゲームで釣って車で連れす出すなんて典型的な悪い大人だぞ」

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