第34話 商家の女主人

「シャバの空気だ」

 ローザさんに連れられ監獄の正門を抜けた僕はそう呟いた。

 来た時は不安で周囲を観察する余裕もなかったが、周囲は荒れ地で遠くに見える建造物もみすぼらしい物ばかりでいかにもな街外れの地。


「まさか僕の人生でこんなセリフを吐くことになるとは」

 危うく前科者になるところだったよ。

「人生何事も経験やね」何がツボに入ったのか、ローザさんがお腹を抑えくっくっと笑う。

 それから壁沿いに少し歩いた先には数台の馬車が停まる。


 その中の一台に乗り込むと指し示される。

 車体は他のと比べてずっと大きく、ワゴン車くらいのスケールの箱型。外装に装飾まで施されている。一等地を歩いていても見ることのなかった豪華仕様。

 繋がれた二頭の馬も毛色なんかは周りの馬と同じだが、サイズが一回り大きい。頭が僕の背丈よりも高くにあり、他の馬を圧倒するよう。


 そしてそんな馬の毛並みを整えている、こちらも堂々たる体躯の大男。三十代くらいと思われる角刈りの角ばった顔は首周りの太さが同じ。体格だけならマックス団長と同等。しかし無表情ながらに柔らかに馬を撫でる姿からは威圧感は受けない。


 馬車の入り口には二十代くらいの細身高身長のイケメンが立つ。

 近づく僕らに気づくと爽やかな笑顔を見せてくるが、こちらも半袖の上着から日に焼けた逞しい二の腕が覗く。直立する姿勢も足を肩幅に、両手を後ろに回した形が板について、軍人や警察官を連想させる。


 二人の男性共に頭髪は茶色。顔は見るからに日本人顔。

「部下ですか? あちらも皆日本人なんですね」


「せやで。顔の造りは違うても髪さえ染めとけば結構溶け込めるもんや。特に帝国の支配階級の獣人はウチら耳足らずの顔の区別がつかんからね」

 ローザさんはそう言うと部下達に「ただいま。無事終了や」と声を掛ける。

 

 その声を聞きつけたのか馬車の中から女性が出てくる。二十台後半から三十台くらいの、顔つきからするとやはり日本人。赤毛をツインの三つ編みにして、頬にはそばかす、まん丸フレームのメガネをかけている。


 僕の視線は自然と女性の頭へ。そこにはネコ耳がぴょこんと立つ。猫型獣人の姿。

 帝国は獣人が支配階級と言っていたから、そちらで活動するなら猫型獣人に変装するのも自然な事なんだろう。

 それは納得できる。できるんだが…………。

 ………………うーん、そばかす赤毛三つ編み丸メガネにネコ耳かあ…………。


 何だろう、コスプレ感が半端無い。それぞれは魅力的な特徴のハズなのに、全盛りする事でそれぞれが不協和音を発して違和感へと至っているというか。


 小さな目に太眉、低めの鼻という典型的な日本人顔にカラーリングしたかのような(実際そうなんだろうが)鮮やかな赤毛。それでいて猫耳部分が微妙にその毛色と髪の色とが違っていてパーツ感が出てしまっている。


 服装が固めの大河ドラマとかで見る尋常小学校教師とか経理みたいな事務員を連想させる格好なだけに。


 まあ女性のコーディネートに関して、僕が偉そうに言えることではないけれど。本人が選んでるんならそれでいいのだ。

 そんな事を考えていると、横のファムが一言。


「うわ、 きっつ」

 ファムが正直な思いを口にしてしまう。「アラサーのネコ耳コスプレはちょっとなあ」

「あん!?」女性の頰が引きつった。


「おいファム失礼だろ。コスプレはな、自分が成りたい、この格好が好きだっていうその気持ちが一番大事なんだよ。近年はコスプレイヤーの撮影が目的の人が増えて写真集やDVDといった市場が形成された事で、見栄え重視の格好がコスプレの第一義みたいに捉える人がいるけれど、それは演じる本人が決める事で外野がとやかく言う事じゃないんだぞ」


 叔父さんが通販で買ったレイヤーDVDを手にそう熱弁してたよ。僕がそうファムを嗜めていると―――


「お前も失礼なんじゃあああ!」

 ネコ耳女性にいきなり襟首を締め上げられる。


「何がコスプレだー! そうだよコスプレだよ! 私だってこんな格好したか無いんだよ! なのに帝国の上流階級の振る舞い身につけたのが私だけだからって、おまけにここのドレスコードで三つ編みにされるしメガネもこんな丸型しかないし! お国のためにこの道選んで尽くしてきたけどなあ、その仕打ちがこれかあ!」


 く、苦しい。

「ちょっ、落ち着いて下さい」

「山崎、落ち着きいや」

「お前に三十間近になってこんなネコ耳装備させられる辛さが判るかあ!」

「うわあ、そのネコ耳ぴょこぴょこ可愛らしく揺れてる。どうなってるんだろうなあ」


 山崎と呼ばれた女性の興奮を収めようと、特徴的なネコ耳を褒めてみる。今はネコ耳が横に寝た状態だ。

「おおよ!  獣人社会のボディランゲージに対応するためエモーショナルセンサー内蔵だよ! ちなみに今のサインは……怒りじゃあああ!」

「ギ、ギブ……」火に油を注いだだけだった。


「主任――抑えて下さーい!」

 ローザさんや部下の男たちが間に入ってようやく開放される。


「ううっ……、私こんなとこまで来て何やってんの…………。こうしてる間も本国勤務の同期は次々と寿退社するとか浮かれてんのに…………ああ、何か腹たってきた。あいつ、山崎はネコ耳似合うから結婚式の二次会で盛り上げてくれとか言いいやがって…………好きでやってんじゃないっうの。くっそ、あの野郎……二次会で私らの赤裸々な青春を告白してやっからな! イモヅル式に私のイロイロがバレても構わねえ!」


 エモーショナルセンサーなるものがこちらにも搭載されているのか、ロングスカートの折込みから伸びている尻尾がぺたんとヘタれている。

「もう分かったと思うけど、山崎のネコ耳には今後触れんように頼むで」


「はい……。やっぱり帝国だと獣人の格好する必要があるんですね」

「せやで。ウチらの商会の女主人を務めてるわ。あそこじゃ名義だけでも獣人をトップに置いとかんと話にならんからね」

「これ帝国ではみんな獣人のコスプレしてるんですか?」


「それがなあ、言語やマナーはスキルで買えるんやけど、ウチらはネコ耳も尻尾もないやろ。それが絡んだマナーやボディランゲージに対応できへんのよ。そもそもニャンコさん達は人の耳とネコ耳の動きの組み合わせで細かいニュアンス伝えとるからな。自分の耳動かせて、機械のネコ耳と尻尾も対応させて、なんて器用なんができるんが山崎しかおらんくてな」

「なるほど」


 監獄に居た獣人三人組。特技の耳動かすってのは獣人の必須技能だったんだな。なぜか尻尾は動かせないみたかったけど。

 そんな事を思っていると、ふっと気づいた事が。そう言えば山崎さんって大阪弁じゃないな。


 ローザさんが女商人として大阪弁に変換されてるのに、商家の女主人な山崎さんはただの標準語だ。ひょっとして名義貸しだから本当の商人じゃないと扱われていたのだろうか。

 ファムにこっそり確認してみた。


「いや、今は皆日本語で会話しとるが、あのローザいうんは普通に大阪弁じゃぞ」

「なんだ、たまたま最初から大阪弁だったのか。じゃあ追加コンテンツは効いてないの?」

「ちゃんと適用されとるはずじゃが?」

「ああ、そういやさっき監獄の中でローザさんがフェザフィール王国語で話してた時から大阪弁になってたな。ならちゃんと効いてるのか」


「じゃろ。機能的には正式版と言って過言ではないからの。まだ変換精度がネイディブからすると違和感あるんでお試し版扱いにしとるがの。今後徐々に精度は上がっていくはずなんで長い目で見てやって欲しいんじゃ」

 ファムが切実な顔で懇願してくる。

 僕は「気にするなよ。そんな事で文句付けやしないさ」そう言って安心させてやる。


「ところでこれ、山崎さんも日本語だから標準語になってるだけで、フェザフィール語や帝国語を使うと大阪弁に聞こえるって事か。ややこしいね」

「いや、あのネコ耳には適用されんじゃろ」


 ファムが山崎さんに目を向ける。だいぶ落ち着いたのか、ロングスカートをはたき、乱れた服装を直している。上流階級の女性らしく宝石が付いたネックレスが胸の真ん中に収まる。


「そういやあそうだったな」

「なんやの一人で納得して」

「そうだった。翻訳スキルで大阪弁に翻訳される条件って、正確には『貧乳の女商人が大阪弁になる』だったからな。なら適用されるのはローザさんだけだよな」

 ローザさんてあまり凝視出来ないけどBカップくらいとかじゃないかな。


「何や…………そちらさんの翻訳スキル言うんはそないおもろい機能があるんかい」

「えっ」

 怒気を孕んだ声に振り向くとローザさんが頬を引きつらせた笑顔。あれ、今ファムと話していたはずでは……そう思って見回すといつの間にか距離をとったファムがお手上げのポーズをしていた。


「あれ? もしかして……聞こえちゃいました?」

「しっかりと聞こえとったで」

 と、握った拳をプルプルと震わせながら。


「ち、違うんです。その、決しておとしめたわけじゃなくて…………そう、Bってのは冒険者クラスでいうと実質最高ランクみたいなもんなんですよ! それ以上のクラスだと生まれつき神の加護を持ってるとか、竜人の血を引いてるとかの補正ありきのクラスで…………だから一般人からすればBクラスはたゆまぬ努力で到達できる最高値っていいたいんですよ! 僕は!」


「うちはCや!」

 言葉と共に繰り出される膝蹴りが僕の腹にめり込んだ。

「うげぇ」

 強烈なダメージに腹を抑えうずくまる。


「いやあ男ってほんと馬鹿じゃよね」

 ファムがさも自分は無関係だとばかりのアピール。

「おまっ……」

 僕がダメージから立ち上がれずに呻いていると、離れた所でガタンと大きな音。


 顔を向けると、端に置かれた小型の馬車の扉が大きく開かれていた。中から飛び出してきた白い影が僕の名を呼ぶ。「真上さん!」


 魔女帽子を深く被せ込みながら、杖を手にこちらに走り込んでくるのは藤沢さんであった。僕が女性達からいわれなき暴行を受けてると思って助けに来てくれたのか!


「そのまま伏せて下さい!」

 大きく開き前方に突き出された右手――――直感的に電撃が来ると理解。

 上半身を伸ばしてファムを引きずり倒し、「むぎゃ」と悲鳴を上げるのを無視してその上に覆いかぶさる。


 顔だけ上げると藤沢さんが既に数メートルの位置にまで近づいていた。

 部下三人がローザさんを庇う位置に瞬時に移動。両の拳を胸の位置に構え応戦体勢。

用意セット良しゴー」――――「発射ファイヤ!」

 その手から青白い光が放たれ……ない。


 一瞬火花が散るように手のひらに微かな煌めきはあったが、線香花火のように瞬きで終わる。

 藤沢さんが足を止める。信じられないという顔で自分の手を凝視する。

 男達が構えを緩やかに解き、ゆっくりと歩き出す。


「藤沢さん!」思わずその名を叫ぶ。

 自分の名を耳にした彼女がハッとこちらを向くと再び魔法の構築を行う。

電撃ショックガン用意セット良しゴー―――発射ファイヤ!」

 手のひらからは先と同じ煌めき―――不発。


 藤沢さんはすぐさま指を銃型に組み替える。狙うは自身まで数歩の位置に近づいた男達の足元。

氷結フロート用意セット

 ――――何も起こらない。男二人は警戒する素振りもなく歩み続ける。


「セット……セット……」


 ついには男達がその身を捕えんと手を伸ばした

 藤沢さんは杖を右手に持ち替え、牽制するように突き出す―――その動きを利用するように巨漢の腕が杖を引っ張り、引き寄せられた藤沢さんが倒れ込む。


 待ち構えていたネコ耳女性がその腕を背に取り、身を固めた。

「確保完了」

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