第33話 オークション終結
「なぜ貴様がここにいる!」
警吏隊の隊長が僕を睨みつけ叫ぶ。
「看守長! こいつは、特に挿し木屋と面会させるなと言っただろう!」
「マックス団長直々の推薦だぞ」
隊長は部屋の奥の団長に気づくとチッと舌打ちし、片目を隠す。
「まあいいさ。却って動かぬ証拠を握ったかもしれん」
ああ……やられた……最悪な状況で目撃されてしまった。暗然とした不安で胸が重くなる。
やがて隊長は顔を覆っていた右手を離す。獲物を追い詰めたと言わんばかりの笑みが顔一杯に広がる。
「はっ、ははは……、帝国語のレベル6だと。わずか二日でか。これは元はよほど高度な訓練を受けていたのだろうな…………」
「おい、どういう事だ。今こいつのスキルが高値で売れようとしてるんだぞ」と看守長が隊長に詰め寄る。
「こいつは帝国の間諜だと言っただろう。なるほど、高位スキルを売り払って証拠隠滅しようとしたか」
「おい、こいつのスキルを売れば百万マトルだぞ!」
「そんなもの捨てておけ。報奨金と、加えて『地の豊穣』の関与も確定したからな。そっちから引っ張ればいい」
隊長がヴィーさんとファムに目を向けて、ふんっと鼻を鳴らす。
「どこぞの落胤か知らぬが、お前達が急に見すぼらしい格好でお忍びで監獄に向かったというのだ、何かあると駆けつけてみればこの有様だ」
ファムが「あっちゃあ~」と首を振り、上着の裾をつまむと口をへこませる。
「やっぱ妾にこんなショボイ格好させる所に無理があったんじゃよ」
ファムが自白したも同然の態度を見せるがごまかそうという気にもなれない。
ただならぬ雰囲気に商人達が戸惑いの声を上げる。
そこへ開かれていたドアから見覚えのある警吏が三人顔を出した。
「遅いぞお前ら。今からこいつを連行する」
状況が読み込めていない部下達にそう命じる。
看守長に牢を開けるようにと要求する隊長の声が、どこか遠くの事の様に聞こえる。
「くっくっくっ」
室内に突然響く笑い声。いったい誰がと思うと、その声の主は帝国から来たという女商人。皆の視線がローザさんに集まる。
「いやあすいませんなあ。そこの子が必死なのが面白くって」
「あんた……帝国の人か? 無関係な人間は黙っていてもらおう」
するとローザさんは意外な事を口にする。
「それが関係あるんよ。だってウチ、その子を引き取りに来たんやから」
「な、何を言っている!?」 隊長が慌てる。僕も「えっ!」と口を開ける。何故初対面の人間が僕を?
「どういうことだ? いや、こいつの主人だと言うのか!」
ちゃうよと手を振って、ローザさんは抱えていた巾着袋から一通の書状を取り出す。それを受け取った隊長が乱暴に中身を開き唖然とした表情を見せる。
「―――様から!」
挙げられたのはローザさんの後ろ盾という、推薦人の名前。
「せや。この辺境伯領の重鎮の裏付けや。文句はないでっしゃろ。看守長も御覧ください。この子の無実とウチに引き渡すよう書いてありますんで」
看守長が書状を覗き込む。「たしかに……」
「だがあの方は!…………側室が帝国から来ていたはずだ」
「だから王国を裏切って帝国と通じてると? 帝国人のウチが言うのもなんやけど、それ以上は不敬やよ」
いったい何が起きている? この人は何を言っている?
「心配せんでも結構でっせ。この子は
隊長が釈然としない表情。
「まあ隊長さんが勘違いするのも無理もない話やし、職務に励んどる証や。追って―――様からもお褒めの言葉を頂けるんちゃうかな」
隊長はその言葉にしばし僕とローザさんをにらみつけると、舌打ちを残し乱暴に部屋を出ていった。部下が慌ててその後を追う。
ローザさんはそれを見送ると、看守長に僕の釈放を要求。渋々にも同意されると僕へと振り向く。
「よう頑張ったなあお兄ちゃん。もう大丈夫やで」
そう言って僕をねぎらう言葉。笑顔と共に覗かせた八重歯―――さっきは愛らしささえ覚えたそれが、なぜか言葉とは裏腹に今は牙のように感じられ、背中がざわつく。
「どうすんだ圭一」
背後からマックス団長に声をかけられる。どう……する……?
この人が窮地を救ってくれた形……なのか? だけど……なぜ……?
恐らくは僕の異世界言語翻訳スキルについても承知している。
この世界でそのスキルの存在を知るとすれば基底世界からの駐在員のみ――――帝国から来た商人――――帝国の駐在員から聞いたのか? どういう繋がり? そもそもそれで知れるのは早百合さんの存在くらいだろう。イレギュラーで訪れた僕の事をどこで掴んだ ?
分からない…………だがこのタイミングだ、皆が追っている謎の日本人集団と関わりがあると見るべき。
まだ笑顔を崩さないローザさんと視線を合わせる。軽くウェーブのかかった栗毛とお揃いの茶色がかった瞳。目元や鼻筋の彫りの深さは周囲の人達と同じ。だが頬や顎のラインは皆よりも細くすらっとしている。
どこかで見たような顔―――人気のハーフタレントを思い出す。一度そう思うと日本人と西洋人のハーフ、それが一番スッキリする。
その思いを口にしてみた。
「ローザさんはハーフなんですか? アメリカ、ヨーロッパ?」
ローザさんは何も答えない事で同意を示す。
そしてこれ見よがしに手にした書状を振った。
そうだ。この人の正体が何であれ、今この場を逃れるには流れに身を任せるしかない。
「行きます」振り返り団長に伝える。
「多分それが僕の役目です」顔を戻し、ローザさんに告げる。
この人が敵か味方かは分からない。でも向こうから接触してきたんだ。少しでも情報を得よう。
そばで珍しく真面目な顔をしているファムに声をかける。
「ファムは皆に伝えといてくれ」
「そっちのお嬢ちゃんも一緒にどうや」ローザさんがかぶせるように言う。
ファムはしばし考えこんで―――恐らくはイヤリング越しに指示を受けて―――同意した。
「そうじゃな。妾も付き合おうぞ」
「ほな決まりやな」ローザさんは嬉しそうに手をパンと叩く。
結局僕のスキル販売はなし崩しに中止となり、通常の剣技スキルの競りが再開された。その間に団長としばし話し込んでいる内に僕の釈放手続きは終わっていた。
元々私物も何も無い。服も既に売却処分されてしまっている。保証金の残りはそっくり団長に預けた。今後の入監者で保証金すら用意出来ない人に使ってもらう予定だ。
「じゃあ僕はこれで……」
「おうよ。細かい事は分からねえがこっからが正念場ってこったろ。気張ってけや」
そう言って団長は僕の背中を大きく叩く。押される形で部屋を半分に分かつ鉄格子の隅にあるドアをくぐり抜けファム達の元へ。
牢を挟んでいつもの木剣を肩に担いだポーズをとる団長に改めて告げる。
「行ってきます。団長も皆もお世話になりました」
「おお! サティ様は俺に任せときな」
団長が腕を曲げ拳を掲げる。
「お前の剣魂一擲、見事だったぜ」
「シャバの女 、もう離すんじゃねえぞ」
「新しいすべらない話仕入れてまた戻ってきてくれよな」
皆からも思い思いの言葉で送り出される。
僕は軽く一礼して既に外側のドアで待機しているローザさん達とファムに合流する。
「「オオーラ!!!」」
皆の激励の声を背に通路へと歩みだす。付き添いの看守がドアを閉めると暗い石壁の通路に僕らの足音だけが響く。
これで……解放されたんだな。皆と離れファムと再会したことでまずは目的を達成したと実感が湧いてきた。少しだけ気分がうわずく。
この為に二日間頑張ってきたんだ。――――だけど、まだ終わりじゃない、これからだ。
ちらと横を歩くローザさんを見る。真っ直ぐ前を見据えて堂々とした足ぶり。見方によっては不敵ともとれそうな微笑を絶やさずに。この人が何者か、何を目的として動いてるかを掴むんだ。
そう気持ちを引き締めているとファムから軽い調子で問いかけられる。
「今囚人が言っとったサティ様って何じゃよ?」
あー、あれなあ。何と説明したものか……。
「色々あったんだよ」
「ええー、絶対しょうもない話なのに、何か
「いや、ほんとキツかったんだって。やっぱチート無しって無理ゲーだよ」
正直歩いてるだけでも昨日からの傷やら疲労やらで体の節々が悲鳴をあげている。
「一日二日程度で何を修行づらしとんじゃ。そういや剣魂一擲って何? 必殺技っぽい名前じゃの? 妾達がおらんと思って思春期の溢れるパトスを解放しとった感じかの?」
「いや、それはその……」
勢いで言っちゃったっていうか……煙に巻くのが目的だったのに、あの人達は何で数回聞いただけでバッチリ覚えてるんだよ。
「それとシャバの女って誰じゃよ」
「いや、ほんと勘弁して下さい」
「まあこの世界の監獄で無事に生き抜いたんや。充分立派なことやで」
ローザさんが割って入り、大げさに両手を開いて褒めてくる。
「そ、そうですよね。えっと、この世界って……ローザさんはやっぱり地球から来てるんですよね」
「知り合ったばかりで女性に根堀り問いただすんはダメやで。まずは僕の事から聞かせて欲しいなあ」と八重歯を覗かせる笑みと共に。
「帝国から来たなら、僕らの事はそちらで聞いたんじゃないですか」
「さあてなあ」
あからさまなとぼけ顔。やはり帝国の駐在員から聞いていたのか。
ファムに顔を近づけ「どうだ」と聞いてみる。
「どうにも……。一瞥じゃあ現代地球人としか読めぬの。消去法で他所の分枝世界の人間だったゆうことじゃろうな」
小声でそうやり取りしていると、ローザさんが僕の肩を抱き寄せてくる。
「なんやの内緒話して。お姉さんも仲間に入れてえな」
そう言って頬をくっつけて来る「えっ、ちょっと!」
この人、距離感、早百合さんと同系統だぞ。
慌てふためいているとファムが「はあ」とため息をつき、やれやれと手を広げた。
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