第32話 オークション開始
スキルの買い取りが行われるのは監獄内の一室。普段は面会所として使われているのであろう、窓が無く鉄格子が部屋を半分に分けている部屋。
僕と他の売却希望者が通ってきたのとは別のドアが鉄格子の向こう側にもある。
程なくしてそのドアが開き、まず入ってきた看守が扉を抑えて後続の入室を促す。先頭は『地の繁栄』にいた若い店員、ヴィーさん。
店での様子だと石川さんの信奉者といった感じだったから、信用は出来るだろう。一度こちらをちらりと見た後はこわばった顔で、僕を視界に入れないように壁の方をまっすぐ見ながら部屋の奥へと進む。
続いて入ってきたのはファム。ローブの上に安っぽい上着を羽織った格好。僕が服装に注目しているのに気づいてファムが上着をつまみ上げて不満げに顔を歪ませる。
その後には仕立ての良い服装とみすぼらしい格好の二人がセットで三組。恐らくは 売買用のスキルを持った商人と買い取ったスキルを保管するために雇われた預かり人だろう。
全員が部屋に並んだ所で看守が「じゃあいつものように始めちゃいやしょう」と言って羊皮紙の束を掲げる。
そこへ再びドアが開かれた。
「看守長、どうしやした?」
顔を出したのは看守長。何事かと思ったら、「新規の商人が参加される事になった」そう告げると通路に向かって呼びかける。「ささ、どうぞ」
入ってきたのは二人の男女。堂々とした態度で部屋に進んだのは赤を基調とした派手目な商人服に身を包んだ妙齢の女性。栗色の髪をロングのポニーテールにしたモデルみたいな美人。その後ろには初老の猫型獣人の男性。ドアを閉めて女性の後を追う姿は従者っぽい印象を受ける。
「何で帝国人が?」
「こんな別嬪さん初めてやあ!」
「姐さん俺のスキル抜き取ってくだせえ!」
野次を飛ばし始めた囚人を看守長が一括する。
「黙れ、この馬鹿者共が!」
看守長が頭を下げると女性が「気にせんといて下さい」と手を上げて応じる。そのまま他の商人達へと声をかける。
「どうも、ローザと言いますわ。よろしゅうに」
「帝国の方ですか」
「ええ、あちらから買い付けに寄らせて頂きまして。主に魔法スキルを商っとります。今日は別件でご挨拶に寄らせて頂いたんやけど、なんや興味深い取引行われるいうんで見学させて頂こう思いまして」
「興味深い? ああそう言えば帝国では奴隷にやらせるんでしたね」
ローザさんという女性が大阪弁で会話。これは翻訳スキルの機能だ。ファムがお試しで入れてくれたという諸々の追加コンテンツ、その一つに女商人の言葉が大阪弁になるというものがあった。
小説なら自然でも欧米人顔が口にすると不自然じゃないかな、なんて思っていたけどこの人は溌剌とした声や外見からも威勢の良さが伺えて、大阪弁がよく似合っている。
そんな風に評していると、その美人が切れ長の目を僕に向けてにやっと笑う。その唇の隙間から覗いた八重歯がミスマッチに可愛らしい。照れて顔をそらすと小さく手を振って追撃される。
「オホン」と看守長が咳払いすると、その女性と猫型獣人に向けて話しかける。
「ではローザさん。お二人に一応流れを説明致しますと、本日ここの囚人共が私の方で剣技スキルがレベルに達したと見込んだ奴らです。それぞれレベル1が七人、2と3が一人ずつとなります。右の者から一番から九番で呼称しますので、確認して頂いた後にお渡しする用紙にそれぞれの番号に値を記入していただきまして、各人ごとに最も高値を付けて頂いた店に買い取って頂くという形になっております」
ある種オークションみたいな形なのか。監獄側は鑑定スキルが無いために実際に誰がどのレベルになってるかは確信が持てず、スキル屋に実際のレベルより低く買い叩かれないないように、競合店で抑制しあう事を期待してこういう形を取っているのだろう。
それと同じレベルでも実際の技術には開きがあるそうだ。総合的に見てレベル2の剣技でも人によって切り込みが得意だったり、脚さばきが巧みとか防御が苦手とかブレは当然ある。
だからレベル1相当の六人もそれぞれ違う値が付けられるし、その適正価格を見極めるのがスキル屋の腕の見せ所となる。それが判ってる囚人達も背筋を伸ばし胸を張ったりマッスルポーズで筋肉を強調したりと、何とか自分を大きく見せようと頑張っている。
マックス団長が控えているのもそのためだ。高レベルの団長ならば、商人のリクエストに応じて剣技スキルのデモを行って囚人の実際の腕の良し悪しを引き出すことが出来る。
その辺りは野菜や 魚といった生鮮食料品の目利きをするようなものだろう。リンゴが競り市に並ぶ時、サイズや品種によって等級分けされていても、仲卸業者はどの農家が生産したものかとか実際の色艶など細かく見て値段を決めている。
この世界にそのスキルが誰からの物という証明書や誰を経由してレベルが上げられたかの履歴証書が必要とされるのは、決して箔づけのためだけではない。レベルだけでは読み取れない優劣を保証するためでもある。
石川さんがスキル屋として評価が高いのも、前世の現代知識からその辺りの技術体系の理論を持っていたり、偏見や迷信に囚われずに甲乙正しく見抜いているからだ。
看守長から説明を聞かされたローザさんは「おおきに」と礼をする。
「うちら新参者やさかい。今日は勉強のつもりで見させて頂きますんで」
「新参者などと、―――様からの推薦状をお持ちではないですか」
看守長の言葉に、周りの商人達が「―――様の!」とざわめきだす。
新参者? さらに有力者の後ろ盾があるだって? 同業者に挨拶をしていた辺りでもしやと思っていたが、これはマズイかも知れないな…………。
ヴィーさんにこっそり顔を向けるとやはり彼も焦った顔をしているが、看守長に「では存分にご確認下さい」と促されて慌てて僕に目を向け、例の演出を始める。
しばらくして手の動きが途中で止まり、表情を失ったその顔を見て悟る。
――――これは一番最悪なパターンだ。
理想は僕に何かしらの剣技のスキルが実際に発生していて、帝国語スキルは無し。これなら高値を付けて僕から剣技スキルを刈り取り、と同時にファムが異世界言語翻訳スキルに修正パッチを当てる。
二番目は剣技と帝国語スキルの両方が発生していた場合。これは帝国語スキルを優先して刈り取り、看守の目をごまかせそうなら剣技スキルも刈り取る。もしも剣技スキルが刈り取れなければ釈放の際に隊長に怪しまれる。
その時は僕が剣技スキルを数日で再取得したと言い張るしかない。
そして現実には三番目。剣技スキルが無く、帝国語スキルだけが発生している。
もちろんこれが一番可能性としては高かったから、ヴィーさんがそれとなく同業者に話を通してくれているはずだ。
あえて石川さんの関係者であると伝えておく事で、僕が多くのスキルを抱えていること、剣技スキルをあるかのように取り引きすること、事情があるのだろうと黙認してくれると期待できる。後は石川さんが彼らと交渉して口止めを行う。
だがここでコネも買収も通じるか定かでない新規の商人の参入だ。
新規組は鑑定を行っているのは猫型獣人の方だった。よりによって9番の僕の方から先に鑑定のポーズを向ける。主従はやはり女性の方が上なのか、僕を指さしながら獣人が
頼む、過剰反応しないでくれ……。そんな願いも虚しくローザさんが大きな声を上げる。
「九番のお兄さん、なんとも豪華なスキルを持ってるんやねえ」
「つっ……」
「
順番通りに鑑定をしていた他の商人も、その発言を聞いて僕にその目を向ける。やがて驚きの声を隠さずに騒ぎ出した。
「おい、この9番、なんと多彩なスキルか」
「おお、その通りですな。写本のレベル6などとても囚人が所有しておけるスキルではないぞ」
「錬金術か! レベル1とは言えここで出回っているとは……」
「だが剣技スキルが見当たらんな」
「剣の低レベルなどと、そんな安物はどうでもよかろう……なんと、地図作成があるではないか!」
剣技スキルが無いことはハッキリ口にされてしまった。ふと、団長の反応が気になって壁際を振り返る。
団長は木剣の先を床に付け、両手で柄頭を支えて直立の姿勢。僕の方をじっと見つめていた。その表情が物語る――――剣のスキルが無いことなどお見通し、さあそれよりこれからどうすんだ――――ニヤリと不敵な笑みが送られる。
顔を正面に戻す。部屋中の視線が集まっている。大きく深呼吸し腹に力を入れる。
新規業者の事は後で考えよう。今は出来ること……帝国語の抜き取りを優先する。
「たしかに僕は公国の、―――子爵様から多くのスキルを預かってまいりました」
「なるほど貴族付きの預り人であったか」
商人たちが納得した表情。同時に浮かぶ困惑と落胆の色。なぜ監獄にという疑問と貴族所有のスキルを軽々に取引できるはずがないという諦め。だから僕は彼らに声をかける。
「その内、地図作成の二つと風景模写のスキルを本日皆様にお売り致しましょう」
商人達が目を大きく見開く。彼らが応答するより前に看守長が叫んだ。
「何を言っている。囚人が自由に売り買いなどと!」
「問題になるのは脱獄や反乱に使えるスキルの購入では? 売る分には問題ないでしょう。それに僕は誤解から警吏に捕らわれましたが囚人ではないはずです」
「たしかに踊り食いは根付いていないな」と商人達が証言する。
「ならばこれは無実が証明されるまでの間の保証金に代えさせて頂きます。子爵様からはいざという時に売却の許可は頂いておりますから」
看守長はそれでも「囚人の分際で何を勝手に」と憤慨する。
そうじゃないでしょう看守長、ちゃんとそちらにもメリットはあるはず。
ファムがヴィーさんに呼びかける。
「ヴィー様、この者が釈放されてから購入した方が安く上がるのではないのですか?」
それを聞いて看守長の目の色が変わる。ようやく気づいてくれたようだ。
皆の話じゃあ剣術スキルは買い取り金額の七割が徴収されるという。罪状や被害者の有無で変わるが、そこから決められた額が弁償金にまわり、残りが監獄側に手数料として入るという。
ならまだ罪状が確定していない僕なら、徴収された7割全てが監獄側の収入となるはず。
看守長が慌てて周囲へアピールを始める。
「いやいや、此奴には貴族の従者として相応の待遇を与えてますからな。食事も大盛りに牢も独房に毛布付きを用意しました。たしかにその分を補填してもらう必要がありますなあ」
白々しい。どっちも僕が他の皆からもらった物だけどね。
流れが変わったとみた商人が商談モードへ移行する。
「子爵家と言ったが証明書はあるのか」
「手違いにて持たずに来ています。ですが後追いの形でこちらに届けられる手筈となっておりますので、遠からず。但し今ならは証明書無しの価格で結構です」
「そうですね、今売って頂けるのならうちは地図作成に百万マトル出しましょう」
ヴィーさんがアシスト。
途端に他の商人が「うちは百五だ」「いやさらに五万追加するぞ」
なし崩しにオークションが始まる。目の前で値が釣り上がっていくのに興奮を隠せない看守長が即席のオークショニアに就任。
「百十万出ました! 百十五! 百二十! さあ他にありませんか!」
「百五十万用意します」
ヴィーさんが大手の強みで一気に他を引き離した。ライバル達が肩を落とし脱落。
「百万マトルが俺の物に……」
予期せぬ臨時収入に喜色満面の看守長。
「決まりですね。ではうちはこれだけあれば充分ですので」
そう言ってヴィーさんが僕に近寄る。
看守長が一瞬制止しようかと手を上げかけるが、他の商人達に残りのスキルを請われて嬉々として競りを開始する。
ヴィーさんが余計な前振り無しに鉄格子越しに僕に手を伸ばす。その手が僕の額に触れるかどうかのその時、バタンと商人側のドアが勢いよく開かれた。
息せき切って入ってきたのは警吏隊の隊長であった。
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