第35話 闘技王


「藤沢さん!」

「おっと」

 捕らえられた彼女に近付こうとするも男二人に阻まれる。


「なんだ!?」

「どうした!?」

 周囲の御者達が騒ぎ出す。

 一瞬助けを求めようと思ったが、ローザさんに先制される。


「あー、ちょい移送中の囚人とその恋人が暴れましてな。もう大丈夫やさかい。えろうお騒がせしました」

 囚人……僕が着るぼろぼろになった服。対するは上流階級の女性達と屈強な護衛。絵面の説得力に御者達が疑念を抱きながらも一定の納得に至ったのが分かる。


「じゃあ中で落ち着いて話そうか」ローザさんが馬車に手を向ける。

「別にとって食うわけやないんや、安心しい」


 そうして押し込められた馬車の車両。中は意外と狭く、ドアを開けると電車のボックスシートと同じ構造の椅子が二列あるだけ。御者を務めるらしい獣人の男性を除き計七名が入ると一杯になる。スペースが無いというか、僕に反抗させないためであろう。ファムが僕の膝上に座らされた。


 藤沢さんが膝に置いた両手を開き、閉じてを繰り返す。

 何やら魔法を発動しようとしていたらしいが、僅かに手のひらに茶色い水滴が生まれただけで、それすらすぐに消え去る――――深々とため息。


「妙な真似はせんといてね」

 ローザさんの言葉に応じるように藤沢さんの隣のネコ耳女性が、小型の鍵付きの本を取り出す。

「暗器って奴だから」そう言って本の上部、束ねられたページが重なる部分を藤沢さんに向ける。ごわごわと不揃いで分厚い紙のため所々に隙間が有り、それと知ってみると穴状の隙間が有るのも分かる。


 まさか銃なのか?

「ちょっと、そんなの向けないで下さいよ!」

 ローザさんが「心配せんでもただのスタンガン……電気ショック与える非殺傷武器や」そう言ってニンマリと口角を上げる。


「ふふん、興味深々な目やね。男の子はこういうの好きやろ」

「いや、決してそんな事は……」

 正直すごく興味ある。ロマンあるよねこういうの。


「と、とにかく! そちらは僕らに話があるんですよね? だったら脅すような真似はやめて下さい!」

「まあ堪忍なあ。ウチらこういう道具作る技術力にはちょい自信あるんやけど、魔法の方がさっぱりでなあ。さっきのお嬢ちゃんみたいにポンポン魔法放たれたら怖いやん」


「対策はしてあるんでしょう。アンチマジックフィールドとか」

 あるいは幻想殺しとか破幻の瞳とか。くそっ、カッコいいぞ。僕もどうせ魔法使えないなら、逆にそういう方向性で輝いていきたい。


「何やのそれ、そちらさんにはそないなもんがあるんかいな」

 ローザさんがそううそぶく。


「あ~、ほら、この子そういう年頃じゃから。中学の頃は単純に自分が最強っちゅう異能力を夢想しとったんじゃけどな。多少は現実を受け入れた高校生になると普段は周囲からショボいと思われてるけど、強大な敵が現れた時に唯一それへのカウンター能力を持ってる事が判明しちゃう俺カッケーみたいな、そっち路線に行っちゃうんじゃよね」


「いやいやいや、僕の話なんてしてないだろ! さっき現に藤沢さんの魔法が使えなかっただろ!」

「まあそこは企業秘密って事でな」


 その時、がたっと車体が揺れて馬車がゆっくりと動き出した。

「ちょっ! どこへ連れてこうってんですか! 話聞くだけなんですよね」と抗議すると「ウチらの居留地に招待するで」と返ってくる。

 謎の日本人集団。意外や馬車で行けるような近距離に居住しているらしい。


「どこにあるんですか、そこ」

「帝国領やね。これから近くの西門を出て、荒野をずっと先に進んだ岩山に囲まれた窪地にテント村作っとるんや。殺風景やけどここにはないコーヒーやお茶請けのおもてなしくらいはできるで。そこでゆっくりティータイムといこうか」

「妾はそれよりゲーム機の充電がしたいんじゃが」

「私はできれば紅茶の方がいいですね」

 

 ファムと藤沢さんのすかさずのリクエストに、ローザさんはお安い御用やでと受ける。

「余裕だな、君たち。っていうか、紅茶に充電ってローザさん達はこの世界に現代文明持ち込んでるんですか。じゃあどうやって転移してきてるんです?」

 事故による転移の線は消えた。では転移魔法が使えるのか?


「トランスゲートを開いてや。平行宇宙に転移するテクノロジーやね。こういうのはそちらさんの方が詳しいやろ」

 平行宇宙―――分枝世界。だがここはファム達開巻者の築いた仮想次元なのでは……と思うが、ここは当然だみたいな顔をしてすませる。


「うちは魔術的な転移がメインですんで」

 振り返ったファムが「えっらそうに」と呟くのはスルー。

 

「つまりはローザさん達は僕らとは別の世界から来てるってことは間違いないんですよね。だからって、いきなり拉致するなんて乱暴じゃないですか」


「そこは誤解やで。うちらは調査に訪れた異世界で、窮地きゅうちに陥っとった未成年の邦人を発見したから保護しただけやで」

 振り返ってみるとローザさんがいなければ、警吏隊長の件はすんなりと対処できていたようにも思うが、一応助けに入ったのは間違はない。


「うちらは半年前にこの異世界の帝国領内にやってきたんやけどな。別宇宙にゲート通す技術ができて、いざ転移してみたら魔法や獣人やモンスターなんていうおとぎ話の世界が広がってたんやから、ほんまびっくりやったで。

 当初は別宇宙にあるのはウチらと類似の地球やと想定してたからな。それでも調査兼ねて小さいながらも商売始めて顔売っとったら、そちらの駐在員さんが接触してきてな。またもやびっくりやで。やっぱり類似した地球はあって、そこから転生してきてるなんてな」 


 漂流者の保護は駐在員の仕事だ。

 基底世界の人間は異世界に漂着したら、救助を求めて特定のサインを掲げるように周知されているそうだけど、それが示されていなくても明らかな日本人顔を目撃すれば接触はするだろう。


 半年前に来たなら駐在員からの報告書にローザさん達の事が記されてなくてもおかしくはない。日本語スキルが発生する条件としても、人数が多ければ半年内にも発生するだろう。


「そんでこの時期に職員が訪問するいうからこの辺境伯領に来てみたら、街中でお兄ちゃんが連行されとるやろ。黒髪の子が日本語で喚いてたから、すぐピンとキタで。慌てて乏しい縁を手繰たぐって釈放手続きに走ったいうわけなんよ。感謝してくれてもええやろ」


「まあ、そこは……ありがとうございました。でもそれなら何で石川さんに声かけなかったんです? 駐在員から聞いてるんでしょう?」


「それなんやけどなあ……正式にそちらさんとコンタクトとるんは色々政治的にマズイんよ」

とローザさんは苦虫を噛み潰したような顔。


「ここはウチらにとっては初の並行宇宙の調査任務や。着いた先がファンタジックな世界やったのはいい。むしろ大歓迎や。やけど、異世界には管理者言う神様みたいな存在がおって、先にこの世界にツバつけとるライバルがおるなんて話はキャパを越えとるで。そんなん聞いてそう軽々しく動けんよ。こんなんそのまま報告したらウチの首が飛ぶで」


 僕の膝上のファムが、腕を組みながら「たしかに神がおるともなれば、本来はそれくらいに慎重にあたるのが道理であろうな」と深々頷く。


「いったいその世界を構築する管理者なんて相手とどうやってコンタクトして異世界渡っとるんや。どこで会えるん? 一体何を対価に口説いたん?」


「神へ奉納する供物と言えばどこでも同じじゃろう。土地の産物でこしらえた料理に歌に踊り。具体的に言えば、今なら…………そうじゃね、和菓子に洋風のエッセンスを加えた系のコンビニスイーツと、セカの誇る乙女ゲーム『コロッサス・プリンセス』のボーカルアルバムvol.3<特装版>と、同タイトルの実写ミュージカルのプレミアムチケット辺りが欲しいものリスト筆頭じゃよ」


「結構、俗な存在なんやな。まあその辺はトップシークレットなんやろうけどね。さすがにそう簡単に知れるとは思わんよ」

 ファムの要望がまさか正解だとは思わず冗談と捉えたローザさんが流した。

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