第28話 翻訳スキルの欠陥と引き起こされる悲劇

 帝国から来た猫型獣人三人組。彼らと下手に会話をすると僕に帝国語スキルが発生してしまうと判明。それが帝国のスパイである証拠にされてしまう。それこそが警吏隊隊長の狙いであると。


「真上さんの日本語スキルはレベル4です。フェザフィール王国語はレベル6ですね」

「何でレベルが違ってるんですか? 僕からすれば日本語話してるだけなんですが」

「言語スキルはその場の状況において適切な語彙ごい語法が選択できるか、それと単純に理解している語彙の量で決まると言われています。真上さんが発した日本語は自動的に相当する王国語に置き換えられるとすると、レベルの差はそのまま日本の方が流通する語彙量が豊富ということでしょう」


 仮に僕が三万の単語を知っているとしたら――――小学校の時に使ってた辞書の収録数がたしかそのくらいだった――――王国で普段使われる単語が五万しかなくて、日本では九万あったりすればたしかに差が出てくるのだろう。共通テストの偏差値と同じだ。数百年分相当の歴史の積み重ねがあるんだからそんなものなのだろうな。


 ……ところでこれ、ポケモンの全キャラ覚えてることで嵩上かさあげできるのかな。


 そんな益体もないことを考えていると、石川さんにどうしましたと問いかけられる。

「ああいえ、逆にいうと、ここでいう日本語スキルってあくまでこの世界に居るであろう日本人集団を基準にしてるんですよね? そうするとその人達は僕よりも大人と見ていいんですよね?」


「おそらく。基底世界の高等教育を受けた成人相当かと。ちなみに王国語のレベル6は中級役人、体制側に相当するレベルです。この国と帝国に文明度に差はありませんから帝国語スキルが発生していればそのままレベル6とされていたはずです。末期まつごの形見分けでもなければこのレベルの母語を刈り取ったままという事はありませんから、これはまったく弁解のしようがない事態でしたよ」


 たしかにレベル1なら語学の才能があったと言い張れたかもしれないけれど。

「危なかったあ…………。いや、石川さんとコンタクト取りたくて、明日の剣技のスキル買い取りに紛れ込もうとして団長に剣を教わってたんですよ。そのお返しに夕食の時にトークショーを開いて、それが好評で個室が用意されたんですけど、ほんとその流れって偶然でしたからね」


「何やっとんじゃお主は」

「何はともあれ、圭一さんはそのまま帝国人とは会話をしない様にお願いします」


「はい。顔合わせの時も直接話したわけじゃないですし、そもそもあの時は向こうもフェザフィール王国語を口にしてたはずですし。かなりたどたどしい感じでしたけど」

「ん? ちょいと待てい。トークショーとな?」


「うん。軽い小話で笑わせて、泣かせる昔話で締めて。お客の喜怒哀楽を存分に引き出せたと自負してるよ」

「何に励んどんじゃ。まあよい、それよりそのトーク、帝国人も聞いとったんか?」

「囚人どころか看守も全員揃って、二日ともアンコールの嵐だったね」


「あっちゃあ~」

「えっ、何かマズかった?」

「うーむ。可能性の話じゃがな。その帝国人、この国の言葉がたどたどしい言うたな」

「うん」

「すると其奴はお主の言葉を帝国語として受け取っとるかもしれんぞ」


「えっ! じゃあ何、翻訳スキルってこっちは王国語で喋ってるつもりでも、聞いてる人が王国語がうまく理解できないと自動的にその人が知ってる言語に切り替わるって事!? それって色んな国の人が並んでると全員に違う言葉で伝わるの!?」


「あーまー、やー、あの、イエス、でな。それが現地人にバレると、良く受け止められれば神の使いとされて、悪けりゃ物の怪の扱いじゃわい」


「それ結構根本的な構造的欠陥じゃない!?」

「うむ、じゃから翻訳スキルはいくつか前のバージョンから、使用言語の切り替えを聴取者ひとまとめで行うように改良されておる」

「僕の翻訳スキルって古いのだったの!?」

 これ神様に余り物スキルをもらった系のヤツだったの?


「そこは早百合のせいじゃよ」

「いや、それはファムの責任でしょ。私そんなの知らなかったし。あんたバージョン上がる度にドラゴンの言語に対応したとか言って、実際にはドラゴンに乗るゲームの架空言語に対応したとかしょうもない機能しか報告してこなかったじゃない」


「ムウ? 責任? 後で出した報告書にはちゃんと書いていたぞい。それに妾は開発メンバーじゃから最新版も手元にあったからそれ入れるつもりじゃったけど、早百合が古めの奴にしろ言うたんじゃ」


「そんな!? 早百合さん何でですか?」

「えっ、いや、……その、あれよ、業務に使うのは安定性が一番だからよ。いくら最新機能があるからってバグが取りきれてないベータ版に不用意に手を出すのは社会人としてどうかと思うわ」


「じゃあ一つ前のにすれば良かったんじゃ。本当のところは早百合が使ってる翻訳スキルが古いバージョンじゃったんで、それに合わさせたんじゃよ」


「だって、最近の奴と私の翻訳スキルってバージョン違いすぎて互換性無いからグループ共有機能が使えないんだもの。蓄積された貴重なデータが共有できないなんて勿体無いじゃない?」


「んな、古臭いデータなんぞ使うかや。とはいえ、まあ圭一も弓槻もそこは許してやるんじゃよ。早百合って若者にハブられるとガチで凹むからの。圭一もスマホを手に入れたらちゃんとメッセージアプリには早百合もフレンド登 録してやるんじゃぞ。妙にはしゃいだ若者言葉を送ってきてウザかろうと、そこ合わせてやれば年寄りはテンション上がってお主らの面倒を見てくれるようになるからの。これも社会人の務めじゃよ」


「余計なアドバイスしてんじゃないわよ!」

 ファムが締められてるらしく「ぐぎゅう」という悲鳴が聞こえる。


「そういやああんた、その欠陥が問題になったとき私の翻訳スキルには修正バッチ当てて対応したわよね。なんで圭一君のには入れとかないのよ」

「あれはほぼお主専用の修正パッチじゃからな! お主の翻訳スキルはやたらとカスタマイズ強要するせいでもはやユニークスキル化しとるんじゃ、圭一達に入れた一般流通版にはそのままは使えんのじゃ!」


「とにかく! 理由はどうあれ、僕はもう帝国語スキルが発生してる可能性があるんですね。じゃあもしそれを警吏隊長に見られたら…………」

 石川さんが慰める様に言う。


「母語の再取得が早いとはいえ、帝国人に始終囲まれているわけではありませんから、普通は一日二日では復活はしません。隊長も一週間は見ているかと。ただ釈放となれば必ず確認するはずです。ファム様によれば、スキル奪取で表面上の帝国語スキルを抜くことは可能だそうですから、最悪はそれまでにスキルの抜き取りを行いましょう」


「石川さんは面会出来ますか?」

「さすがに私が動くのはマズイでしょう。ですがうちの若いのが明日剣技スキルの買い取りに監獄へ行きます。何とかその場まで出て頂ければ……」


 結局僕は剣のスキルを手に入れなければいけないというのか。

 何というか……振り出しに戻ってしまった形だ。


「ただのう、本当は妾が授けた翻訳スキルの機能停止や制限くらいは遠隔操作で出来るんじゃよ。調子こいた輩に加護を停止するっちゅうのは神の醍醐味じゃろ? それで今朝方お主がムショ入りしたのが判明してすぐに新規言語の翻訳を停止しようとしたんじゃが、うまくいかんかったんじゃよね」


「電波が繋がらない的な問題?」

「いや、おそらくなんかの拍子で妾からの遠隔操作を受け付けん設定になってしまっとるんじゃろな。既に発生していた場合は仕方ないが、明日以降に発生するのは防げるからの、今から設定変更を行うぞい」

 ファムはそう宣言すると僕にシステム画面を呼び出すように言う。


「どうすりゃいいの?」

「うむ、本来はこれはユーザーに直接弄くられんように隠してある機能じゃからな。およそ人生においてありえぬポーズを取る事で起動できる様に細工してあるんじゃ」

 システム画面というとゲームで言うオプションとかセッティングモードとかの事だろう。そういやあ異世界物だとステータスオープンが有名だけど、元ネタのゲームだとオプションの一項目にステータス画面があるって感じだよな。


「そこに座るとこはあるかの?」

「今ベッドに座ってるよ」

「ふむ。じゃあそこで両膝抱えて」

「何でそんなこと?」

「いいから」

 言う通りに膝を折り曲げる。


「次に両膝を左右に開いて 。カエルの解剖する時の足の開き方じゃよ」

「ちょっとキツイな」

「日頃から少しは身体メンテしとくんじゃよ。じゃあ次は両腕を肘を曲げる形でバンザイして……警察にホールドアップされた感じでの」

「ほい」

「両手ともVサイン」

「Vサイン」

「舌出して」

「舌…………おいファム! これ快楽堕ちWピースのポーズじゃないか!」

 これ叔父さんの部屋に隠してあったエロ漫画で見た奴だ! 


「はあ? 何を変な名前付けとるんじゃ? 百篇転生繰り返してもこんな珍奇な体勢になるシチュエーションなどありえぬわ。それよりシステム画面は出てきたかの」

「出るわけ無いだろ! あっ……出た」


 僕の目の前に突然ウィンドウが表れた。A3サイズの薄っすら緑色の半透明のボード状。見慣れぬ文字がリスト状に並ぶが焦点を合わせると設定やシステムやセキュリティといった言葉に置き換わっていく。SAOやSF映画みたいで自分の姿を考えなければすごくカッコいい。


「じゃあそこで右下の方に歯車みたいなマークがあるじゃろ。それがスキル設定いう項目なんで、そこ選択するんじゃ」

「あれ消えた」

 ファムが言う位置にその歯車マークが見つかったが、手を伸ばそうとするとウィンドウがすっと消える。

「ちゃんと姿勢を維持するんじゃよ」


「嘘だろ」たしかに左手をピースの形に戻すとウィンドウが再び浮かび上がる「っていうかこの馬鹿みたいな格好から動けないんじゃどうやって操作するんだよ」

「視線と脳波でカーソル動かせるぞい」

「そんなすごい機能あるのに何で呼び出し方がこんなアナログというかバカっぽいの」


 そこからファムの指示で選択を繰り返し、やがて異世界言語翻訳スキルの詳細という項目が開かれる。

「んじゃ、そこのリモートコントロールを有効にするの項目をオンにするんじゃ」

「もうなってるぞ」

「へ?」

 画面には「トラブルの際に外部のサポートが受けられます。またスキルのアップデートが可能となります」と添えられている。


「あれえ? おかしいのう? ここが原因じゃと思ったのに」

 ファムがぶつくさと原因を検討し、やがておぞましいことを口にする。

「ちと弓槻のと比較してみるかの。おーい、ゆづ。システム画面呼び出して欲しいんじゃー」

「えっ、おい、ファム! お前藤沢さんに何させる気だ!」

 まさか彼女にこんな辱めを与える気か!


「ゆづ、ちょいここに座るんじゃ」

「これでいいですか」

「うむ、では体を楽にして……」


 声が遠くなったが藤沢さんにこんな屈辱的なポーズを強いようとするファムと、何の疑いもなくその指示に応じる藤沢さんのやり取りが聞こえる。


「おい、ファム、やめろ! 藤沢さんも逃げるんだ!」

 声のあらん限りに叫ぶ。脳裏に浮かぶのは叔父さんの本棚で見た悲劇。

 愛する妻を、子供の頃からの想いが実り結ばれた恋人を、親代わりに自分を育ててくれた姉を、甲子園を共に夢見て応援してくれてきたマネージャーを。信じて送り出した彼女達の末路、モニタ越しにその姿を見てしまった男達の苦しみと慟哭を僕は知っている。


「おい、ファム! やめろ! ほんとにやめろって! おい、振りじゃないからな! っていうか僕嫌いなんだよこのポーズ!」

 NTR物マジ判らん! 叔父さんの漫画セレクトには全幅の信頼を置いているけど、あのNTR物の充実ぶりだけはホント理解できないんだ! 何で? 何で叔父さん恋人作るよりも先に、恋人奪われる方を望むようになっちゃたの!?


「頼む、ファム! 僕はもう助からなくてもいい! だから藤沢さんを解放してくれ!」


 虫の声ひとつしない狭い牢内に僕の叫びだけが響く。黒猫の首の鈴を睨みつけるが、もはや微かにも動かない。

「お願いだよ……ファム……もうやめてくれ……うっ……うう」

 いつしか僕の叫びも力ない呻き声に変わり、眼の前の金色の丸い瞳がただ僕を哀れんでいるように輝いていた。

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