第27話 鑑定システムのある世界 活用例その2


 僕が監獄に入れられたのはスパイである証拠を固めるためだと?

「どういう事ですか?」と聞くと質問で返される。

「そちらで帝国の人間が三人勾留されていたはずですが、彼らと接触はしましたか?」


「最初に顔合わせしたくらいで特に個人的にどうこうはなかったですけど?」

「よかった。独房と聞いて安心しましたが、最初は彼らと同じ牢に入れられてるかと心配していました」


 あっ、と思いつく。「もしかしてあの三人が本物の帝国のスパイだったんですか? それで僕が彼らとコンタクトとったら仲間の証拠だ、みたいな」僕は泳がされてたんじゃないか。


 耳を動かすだけが特技の三人組。とうてい間諜などという高度な芸当が出来そうには見えなかったけど、本物のプロならそれくらいの偽装はやってのけるだろう。そんな風に思ったが―――


「いえ、彼らはただの軽犯罪者です。器物破損罪で捕まったそうです。帝国から荷運びの仕事でやって来て、酒場でマタタビ酒で酔って暴れて弁償金が払えずに……です。大した額ではないはずですが過去にも前科があった様で、雇用主が弁償金の支払いを拒んだために収監されました。そこは疑いようがありません」


 普通にだめだめだったよあの人達。

 ではその彼らと接触すると何が問題なのだろう?


「彼らの逮捕は最近の話ですし、弁償金が払えないという事は入監の際の保証金も用意出来ていないと思われます。外国人でもありますし、監獄内では最低条件での生活になっていたでしょう」

 団長が内部をまとめているからだろうが、監獄内はそこまで最悪の状況ではないのだが今は否定せずに聞き続ける。


「当然彼らの入る牢屋は一番条件の悪い雑居房でしょう。そして真上さんも本来は彼らと同じ牢内に入るよう手配されていれられたはずです」


「ええ、幸い保証金は都合つきましたし、中では牢名主みたいなマックス団長って人に気に入られて快適な独房生活送れてますけど、それがなければ新入りとして大部屋行きになってました」

「ああ、あの方ですか。それは本当に幸いでした」

「いったいあの人達と接触すると何が問題なんですか?」


「言語です」

「言語? そういえばあの人達の言葉はたどたどしかったですけど……そっか、慣れないフェザフィール王国語で喋ってたからか。まあ会話に支障はないレベルでしたし、いざとなればあちらが帝国語で話せば僕の方で翻訳スキルがありますから……」

 そこまで言って気づいた。


「あ……そうか、彼らが帝国語を話して僕がそれに反応すると自動で帝国語になっちゃうから、そこを監視されてたら…………」やっぱり帝国の人間だったって事になるな。

「そうです。実際には監視はしてないでしょうが」


 あれ、いや、おかしいぞ? 地球ではともかく、この世界では理屈に合わない。

「待って下さい。よく考えたら僕は既に鑑定はかけられてますよね。そこで帝国語スキルが無いのは確認されてるんだから、帝国の人に会わせても喋りだすわけないじゃないですか」


「無いのを確認したからこそです」

 石川さんが不思議な事を言い出す。僕の困惑が伝わったのか、早百合さんから説明が入る。


「そういえば圭一君にはここのスキルのシステムの実情を説明してなかったわね。スキルを刈り取るってどういう事か正確に想像つくかしら?」

「改めて言われてみると、よく分かんないですね」


「例を上げると…………そうね、そこでは両手剣スキルを育ててるのよね」

「はい。僕もこの二日間剣を振るはめになりましたよ」


「じゃあ圭一君が無事に両手剣スキルのレベル1に至ったとして、そのスキルを売ったらどうなると思う?」

「えっと、レベル1って言ったら実践形式で剣が正しいフォームで振れればいいって感じらしいですけど…………その身につけた正しいフォームが失われるってことですよね……?」

「そうね」


「うーん、でも改めて考えると変な感じですね。抜かれる直前までは実際に剣が振るえてたんですから。…………といいますか、剣の正しいフォームって頭の中では分かってるわけですから、抜かれてもあまり問題ないような…………いや、これが『昔剣道やってたけどブランクがあって剣の振り方忘れちゃったよ』ってなら分かるんですよ。フォームも忘れてるだろうし、筋肉だって落ちてるでしょうから」


 僅かな高校生活で。一度だけあった体育の授業で、受験を経て自分の体力がいかに劣化していたか、思い知らされたものだ。

「でもこの場合は正しいフォームの記憶は新鮮なまま残ってるわけですし、筋肉だって剣を振るうのに最適化された状態ですよね」


「実際にはそう上手くいかないわよ。最大の理由は脳内に構築された身体をどう動かすかの神経パターン、これが使えなくなるから。身体技能ってどうしても頭で理解してるだけじゃあスキルとは言えないものでしょ」

「そう……ですね」


「さらに言えば、その頭の中の知識、それも使えなくなるわ。引き出そうとするともやがかかったみたいになるのよ。強制的にうろ覚え状態にされる感じね」

「えっ!」早百合さんから衝撃の一言。


「いや、でも一夜漬けで覚えた英単語を忘れるとかならいいですけど、剣のフォームって二日間皆にみっちり教わりながら身につけたんですよ!?」


「あら、しごかれてるのかと思ったら、案外充実してたみたいね。そこは安心して、皆と一緒に汗を流した思い出が消えるわけじゃないの。いつでも振り返る事はできるわ。ただそれを技能としては使えないってこと」


 いや、そんな部活動みたいな青春めいた雰囲気じゃあなかったけど…………それでも団長に褒められたとか、残しておきたい記憶が無いわけじゃあなかったから、そこは少しほっとする。


「すると……それって知識が頭から失われるというより、知識の使用権が無くなるって感じでしょうか」


 スマホを両親にねだった時の事を思い出す。各社のパンフレットを全て揃えて検討した時に家電メーカーの出していたスマホに気になる機能があった。そのメーカーのハードディスクレコーダーとスマホを繋げると、録画した番組がスマホにコピー出来て外出先でも視聴出来るようになる機能。


 但しスマホに写した番組はデータとしてレコーダーに残っているけど、著作権保護の絡みで視聴権がスマホに移ってしまい、レコーダーで再生する事は出来なくなってしまうのだ。再度スマホを繋げてコピーしたデータを消去するとレコーダーの方で視聴出来るようになる仕組み。


 それを早百合さんに尋ねてみると、

「そう?……よ」と肯定はされたけどちと伝わってるか怪しげな反応が。

「ああ、それで正解じゃよ正解」と、代わりにファムから保証される。

「機械は叩けば動くと思ってるロートルにはもう少しアナログな説明してやらんと通じんぞい」

 そんなアドバイスをしてきたファムが「うっさいわ! ゆづちゃん、こいつちょっと抑えといて」と追いやられてから話が再開する。


「ややこしくなるからその抜いたスキルがどうパッケージされて相手に移植されるか、ってのは省くわよ。ここで重要なのはスキルを自力で取得出来た人は、抜き取った後の再取得が簡単ってことなの」


 身体技能系のスキルであれば、身体がそれ用に鍛えられているから。さらに言えば脳内の神経パターン。これも一度構築していれば再構築が早いのだという。

「一つのスポーツを極めた人って、大抵他のスポーツでもそれなりにこなすでしょ。神経パターンって似たタイプには結構流用が効くし、身体と同じで繰り返せば構築慣れするしね。


 それに自分が一度スキルを習得した実績があるって、心理的にもかなり大きいわよ。つまんない初期の反復練習も意味があるって知っていれば耐えられると思わない? そんな感じで結果的にはスキルの再取得は、最初に習得するのに費やした労力の五~八割で回復できると言われてるわね」


「なるほど」

「そこで帝国語の話に繋がるんだけど……」

 話が見えなくて首をかしげると、黒猫が釣られる様に無表情のまま首を曲げた。


「圭一君が帝国語を扱うスキルが無いのは見れば分かる。でもそれは帝国とは関係無い人間だから持っていないのかもしれない。スパイだからそれを事前に刈り取って入国して来たのかもしれない」


「そんな、じゃあ悪魔の証明みたいなものじゃないですか」

 帝国語スキルが『現在無い』ならすぐに証明できても、『最初から無い』事をどう証明するのか。


「ところがそれが証明できちゃうの。実はね、言語のスキルって再取得が最も容易なスキルなのよ。正確には母語であれば……だけど」

「母語ってたしか幼児期に身につけた言語の事ですよね。周りで皆が使ってる言語だと覚え易いって事ですか?」


「それもあるけど、単純にはあらゆるスキルの中で母語のスキルだけは完全に抜き取る――――使えなくする事が出来ないから。圭一君から日本語スキルを抜くことは出来るけど、日本語で思考する事を止める事は無理なのよ」

「日本語で考える……」

 言われてみると当たり前の事だけど、いまいち実感が沸かない。


「そっ、普段は特に意識してないでしょうけどね。本来のスキルのシステムからすると剣のフォームが取り出せなくなったように脳内の日本語辞書にアクセス出来なくなるはずなの。でもそれだと『のどが渇いてきたから水が飲みたい』そんな簡単な思考すら制限されちゃうわ。


 人間ってね、自分が不快に感じているのが『のど』と呼ばれる部位であって、差し出された容器が『コップ』という物で、中の透明な液体が『水』でそれをのどに流し込むのが『飲む』という行為だと、一つ一つの動作や物の名前を知って、自分が求めているのはどういう状態なのか―――を思考する事ができるの。

 言葉を組み合わせる事で高度な自我が持てるとも言えるわ。


 言語ってのは本来は生存の為の基本スキル―――寝て起きて食べて息をして物を考える。そんな生きていく上での基本はスキル化なんてしないし、奪うことも出来ないの。ただ言語って他の種類が後付で取得できるから、例外的に表にスキル化して出てきちゃってて、表面上抜き取ることが出来るのよ」

 

「へえ、それじゃあ言語スキルって抜き放題ってことでしょうかね?」

 それはそれで便利かもしれない。旅行に行って、観光ガイドを買う手軽さで現地の言語が喋れるようになったりするのかな。


「そこはデメリットはあるわよ。日本語で思考する事は出来ても、スキル無しでは会話はできないから」

「えっ? 水が飲みたい、って頭で考えてるのにそれを口に出来ないんですか?」


「ややこしいけど、感覚的には海外旅行に言ったような感じよ。日本語で水が飲みたいって考えても、現地のレストランでウェイターにそれを伝えるには『私』『水』『欲しい』それぞれの現地語を知らないと伝えられないでしょ」


 別の説明で言うと、母語のスキルが抜かれているというのは、意味は分かってるけど読めない漢字のみで文章を組み立てている状態らしい。

 『私水飲望』みたいな。一目で意味は取れるけど、読み方が分からないと口に出せないという。


「ハッキリ言ってすごく気持ち悪いわよ。一度試しに体験した事あるけど、自分が発言しようとする全てが『あの、これを、何、その』ってなもやもやと、もどかしい感じになるんだもの。思考はできるっていったけど、実際にはそのもやもやに引っ張られて会話しようとすると複雑な事なんて考えてられなかったわ。まあ他の言語スキルがあれば思考ベースをそっちに切り替えられるけど」


「ところで、スキルを抜いてると日本語を話すのが難しいのは分かりましたけど、聞く方は問題ないんですか?」


「それよ。母語のスキルの再取得が早い理由は。

 さっきの例で言えば、レストランで隣の客席に置かれたコップを指さして、そこでウェイターから『みず』という言葉を教わるとするじゃない――――いわば水という言葉の使用権を手に入れたってわけね。

 で、ウェイターが『おひやです』と冷えた水を持ってくる。


 これが未知の言語であれば『あれ、さっきはみずって言ってたのにな?』って疑問になるんだけど、実際には『日本語には水の温度の低い状態を指す言葉がある』って知識はそのままなわけだから、『ああ、おひやというのが低音の水を指す言葉なんだ』とこの言葉の使用権があっという間に手に入るの。


 ここで筋の良い人間であれば、同時に物の温度が低い状態を指す『冷える』という言葉の使用権を入手できるの。

 さらには『冷水』や『冷や水』という言葉も。


 言語ってのは有機的なものだから。合成後や派生語だとか、一つの単語に無数の言葉が絡んでくるものでしょ。逆に言うと一つを覚えるだけで無数の言葉にリーチがかかった状態なわけ。


 って事で、母語のスキルに関してはただ人の話を聞いているだけでレベルがどんどん上がってくのよ。このスキルだけは再取得っていうよりも回復って感じね。

 圭一君も未知の言語である英単語暗記するのに、何度も書き取りなんかの反復練習して記憶を定着させたでしょ。でも母語だけは早ければ一度聞いただけで『思い出す』事で使えるようになるんだから。


 まあ日本語だと音読み訓読みが絡んでくるから、そこまで単純じゃあないけど。その辺は帰ったら異世界言語学とか専門にやってる人に聞いて頂戴」

「はあ……なるほど」


 ようやくの理解に息をついた所でファムが突然割り込んできた。

「そういや言語と言えばのう。三十年くらい前ってセカは海外ではライバルメーカーとシェアが五分五分だったんじゃけど、日本ではその会社に水を開けられとったんじゃよ。それでサードパーティーで海外の人気作を日本で販売するメーカーがあったんじゃが、そこがよりによってライバルメーカーのハードには日本語版を出しとったのに、同時発売のセカ社ハード用には英語版のままで出してきおっての。百歩譲ってスポーツゲームは我慢しとったけど、映画原作のアクションゲームとかだとイベントシーンで何言ってるか判らんのじゃよ。酷くね?」


「いいよそんな話は。どうせ普段からアクセレーターかまして秋葉原で嬉々として海外の輸入タイトル買ってたんだろ。正規で出してくださっただけで感謝しろよ」

「ゆづちゃん」

「ちょっ、離せっちゅうんじゃ! これから往年のセカを支えたサードパーティー、アゲハマ社の名物、海外移植タイトルの迷翻訳マニュアルネタを…………」



「…………それで、言語スキルだけは再取得が早いってのは分かりましたけど、それと僕が帝国語スキルを持ってないのとどう繋がるんですか?」

「じゃああなたが本当に帝国のスパイだとしたらと仮定してみて。その状態で帝国の人間と同じ牢屋でしばらく過ごしたとしたら」


「僕が帝国のスパイ……帝国の人間だとしたら…………あっ、ひょっとして帝国語のスキルが生まれる、というか短時間で再取得できてしまうってことですか!?」

「正解よ」

 早百合さんが出来の悪い生徒がようやく試験に合格したのを大げさに褒め称える口ぶり。軽く手を合わせる音が鈴から伝わってきた。

 ようやく…………全てが繋がった。


「僕が本当に公国の人間であれば、帝国語スキルはそう簡単には生まれない。逆にすぐに生まれた場合は帝国の人間であるし、その母語をわざわざ刈り取る人間はスパイでしかありえない…………」

 もちろん僕は帝国の人間ではないが、異世界言語翻訳スキルがある。


 異世界言語翻訳スキル――――この世界の誰も持っていないスキル。当然スキルリストに表示されたりはしない。だが、僕はこのスキルでもってこの世界の言葉を話している。つまり……


「そうか。僕の異世界言語翻訳スキルは石川さん達からはフェザフィール王国語と表示されて見えてるんですね。そして帝国の人と会話をするとさらに帝国語スキルと表示されてしまう。結果的にスパイと同じなんだ…………」

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