第24話 剣術修行

「もう……勘弁してください」

 僕は絶え間なく繰り返される責苦に恥も外聞もなく許しを懇願していた。

 だがそれは聞き入られない。

「次は右腕だ」地面に横たわる僕の腕を、節ばった手がガシッと掴む。

「う……うゎあ……」

「ほれ」


 ゴリッと右の腕が音を立てた。

「ぎゃあああ!」

「ちょっと我慢しろって、次は左腕な」

「ぐゎあああ!」


 そばにマックス団長が立って呆れ果てた声。

「圭一よ、俺も訓練じゃあ皆が泣くまでシゴクが、按摩で泣く奴はそういないぞ」

「……これ……按摩じゃなくて整体の方ですよ……ううっ」


 今僕はアヒムさんの按摩という名の整体矯正を受けていた。

 団長に剣のトレーニングを了承されると、その場で早速トレーニングに参加してひたすら素振りを数時間。さらには最後に数合わせで打ち込み稽古に組み込まれた。


 ただ剣を構えるだけでいいと言われたが、相手は団長と違って低レベル。剣をゆっくりと動かして剣筋を確認するための稽古だが、皆普通に手元が狂ってぶつけてくるのだ。

 ほぼサンドバックと化し、ようやく終了の声が上がる頃には僕は息も絶え絶えに。


 そこへアヒムさんが来て初心者の初日は肉離れの心配があると按摩を施してくれた。だがその内に背骨が曲がってる、右肩がアンバランスとか言い出して全身矯正コースへ。

 さらなる追加ダメージ。


「ほれ、新入り。これ打ち身に効くぞ」

「ううっ、ありがとうございます」

 解放された後にエゴールさんの薬を塗り、僕は夕食が用意されているという食堂へとふらつきながら移動する。


     ◇◇◇◇◇


「――――ってことでよ、その娘は親の借金の方に女をいたぶって死なせちまう残虐野郎への嫁入りが決まっちまってよ」

「それを救ったのが団長よ。カワイコちゃんに目がねえんだって言って、その娘に手を出しちまったのよ。相手のボンボンの変態野郎は処女じゃなきゃ興味は無いって、娘の方は無事に破談になって修道院に入れたんだけどよ」

「おお」


「当然ながら団長の方はそいつらの恨みを買っちまってな。まあ似たような事はしょっちゅうやらかしてたんだけどな。元々平民出身の騎士団長なんてお貴族様達からすりゃあ疎ましかったわけよ。戦争が終わっちまって団長が居なくても攻められる心配が無くなった途端に、そういう貴族連中に訴えられてお縄にって有様よ」


「それはヒドイですね」

「だけど戦争ん時の功績がとにかくデカかったからよう。それに俺たち平民は皆団長を応援してたからよ。辺境伯様もそこは無視できなくて、結果がここよ――――」

 

 食堂にて、食事の配給の列に並びながら僕は先輩囚人達に囲まれていた。外国から来たから隊長の事を何も知らないと言ったら、皆がこぞって団長の経歴を勢い込んで語ってきたのだ。

 よほど自慢出来るのが嬉しいのだろう。争うようにして団長の豪気なエピソードが披露された。


 それによればこの監獄は元々は騎士団の為の修練場であったそうだ。戦後の構造改革とやらでもっと立地の良い所に小規模な施設で移転する事になり、古い方は団長の粛清共々監獄に転用されたのだと。

 その辺りは騎士団長を努めていた団長への嫌がらせめいた意味もあるらしい。


 しかし団長の功績に報いる意味としては、団長は囚人ながら非公式に剣の講師という立場を得た。以来、低レベルの剣術スキルをひたすらに育て、安く市場に広めて多くの領民が入手している。


 そこは奴隷に低レベルの剣術スキルを量産させて、パン屋の職人すら剣を振れる国民皆兵を実現した帝国にならうことにしたのだという。

 

 普通は囚人が発生させたスキルなど一般市民には嫌がられそうだが、そこは平民に人望のある団長が育てたスキルなら、と案外嫌悪感も抑えられているという。

 貴族層の溜飲も下げて、団長の待遇も最低限守り、軍事力も向上させてと「さすが辺境伯様って所だよ」な落とし所。


 さらには囚人の方にもメリットがあるそうだ。

「昔は捕まっちまったら、あるだけのスキルを抜き取られて弁償金にされてよ。それでも一マトルでも足りなきゃ手足を切り落とされて終わりだったんだけどな。今は団長が剣を教えてくれるってんで、不足分は後払いって形を取れるようになったのさ。俺のような根っからの泥棒にはいい時代になったもんさ」

「ははっ……」


 どうもそれらの流れで、今まで悪即斬が基本だった犯罪者の扱いに、懲役刑という概念が生まれているみたいだ。

 過渡期というのか、ケース・バイ・ケースで決まるみたいだけど、被害者が弁償金よりも加害者を相応の期間を閉鎖環境に閉じ込める方を希望すればそれが叶ったりするだと。


 最初に見た写本やってた人達。あれは期間が指定されてるパターンで、その中で比較的裕福な層が肉体労働はしたくないと言って、写本スキルを買い戻して作業しているそうだ。


 今では金に困った人間が自分から飛び込んでくることもあるという。一種のタコ部屋として機能しているみたい。

 僕もどうやらその口として放り込まれたらしいのだが、その割には別に剣のスキルを強制されてピンハネされるわけでもないし、一体何が目的なのか。


 ひょっとしてあの隊長は石川さんから身代金的なものを引き出そうとしているのだろうか。


「――――ってわけで団長は今でも俺たち平民のヒーローなわけよ」

「ほんとに団長って人気者なんですねえ」

「おっと、そんなこと団長にストレートに言うんじゃねえぞ」

「また照れて暴れだすからよ」

「そうよお前が言ってたツンデレって奴よ」

「おっ、何だそれ。神父様がおっしゃるお言葉みてえな有り難さを感じるぜ」

「おう、新入りに教わったんだ。こいつ貴族に使えてたって程だからな、学があるぜ」

「ああいや、それ誤用というか使いどころを間違えてたんであんまり広めないで…………まあいいか」


 話も一段落した所で配給の番が来た。看守に渡されたのは色味の悪いパンとなんかの繊維的な物が浮いてるスープ。

 空いてる席につき、周りを見習ってパンをスープにつけてふやかして口に放り込む。

 

「……………………」


 まずい。固い。量少ない。三拍子揃った劣悪さ。なんだこれ。

 こっちはあと二日でスキルを身に着けなきゃいけないんだ。こんな貧相な食事じゃあ体も回復しないぞ。


 離れた列を見ると具の入ったスープや串焼き肉が置かれたテーブルがある。あれが有料の食事か。幸い準備金はあるが、どうせなら団長との約束を果たそう。

 僕は無理やりに残った固パンを流し込むと、串焼き肉をまとめて口にほうばっている団長の前に立つ。

「ほうした、けーいち」


「ええ、剣を教えてくれたお礼をしようと――――」

 パンと手を叩く。騒がしい室内だが、タイミングよく会話の空隙に響いた音に皆の注目が集まる。

「すべらない話を皆に提供しようと思いまして」


     ◇◇◇◇◇


「警吏隊の隊長がある時ギャンブルで大損して大金が必要となり、泣く泣く挿し木屋に行った。

『おい、俺のスキルを買い取ってくれ。百万マトル必要なんだ』

『かしこまりました。百万と言わず二百万でも払いましょう』

『ああ、鑑定スキルが無くてはこれから街の平和はどうやって守るんだ』

『いえ、鑑定スキルはいりませんし、むしろ街は平和になりますよ』

『何だって、じゃあ何で二百万なんて?』

『あなたは虚言スキルをお持ちではないですか。それもレベル10なんて私も初めて見ましたよ。これは挿し木屋としてコレクションしておかないと』」

「HAHAHAHAHAHA」「そいつぁ違えねえや!」



「――――そうして煙突から入ってきた魔狼は煮えたぎる大鍋に自ら飛び込んだのです。賢い末の子供オークはすぐさま鍋に蓋をすると、薪を追加し、魔狼をぐつぐつ、ぐつぐつと煮込んだのです。やがて鍋からはおいしそうないい匂いが漂ってきました。なんと魔狼はスープになってしまったのです。オークの三兄弟は手を叩き合い、大きく笑い声を上げるや、鍋をテーブルに運びました。お気に入りのお匙とお皿を用意して――――半刻もすると大きなお鍋はすっかりカラになってしまいましたとさ」

「オークー! よく頑張ったあー!」「俺もうオークを狩ったりしないよ……」

「俺は……俺は騎士団団長じゃあ無かった……俺は……本当は薄汚ねえ魔狼だったんだ……」



「ある夜に商家に泥棒が入った。翌朝被害に気づいた店の主人に、日頃餌を与えていた野良猫が話しかけてきた。

『旦那様、犯人はきっと私が見つけてきますから警吏を呼ぶのはお待ち下さい』

『いったいどうしてだ?』

『旦那様、犯人は昨夜高い塀を乗り越えてきたのですよね』

『うむ、そのようだな』

『昨夜は新月の上に雲が出ていて明かりは何もありませんでした』

『その通りだ』

『すると警吏隊の隊長は軽業スキルと夜目のスキルを持つ者を探すでしょう』

『それは大変だ。すると隊長はお前を逮捕してしまうに違いない。よし警吏を呼ぶのは待つとしよう』」

「HAHAHAHAHAHA」「そいつぁ違えねえや!」



「――――『ぼくがそばに居たら人間たちはきみのことも悪いオーガだと誤解するかも知れない。だからぼくは旅に出るよ。きみはいつまでも人間たちと仲良く暮らし給え。きみの良き友より』レッドオーガは置き手紙を読み終えると、心優しい友のことを思い、大きな涙を流し、いつまでもいつまでも泣き続けたのです」

「オーガーー!」「うわぁああああ!」

「俺は……俺は……そんな気高き思いを抱いたオーガがいたなんて気づかずに根絶やしに……」


 とまあざっとこんな調子。


 異世界物で何度か地球の物語を語ると現地人に大受けする描写を見ていたので勝算はあったが、まさかここまでとは。

 最初は小話を少々披露したらたちまちアンコールに次ぐアンコールの嵐。とはいえ喉も乾いてきたので一度ちゃんとした食事をさせてくれと言ったら、差し入れが山の様に集まった。ただウズウズと続きを待ち望む聴衆に囲まれてたので慌ててかき込む。


 そこから第二部のスタートだ。その頃には噂を聞きつけ、看守も全員集まっていた。見張りとかいいのだろうか、と思ったが囚人も全員釘付けになってるから問題ないとの事だった。

 

 ちょっとした小話で笑いを取り、昔話でハラハラドキドキの興奮や、為になる教訓を差し込んだり、最後は泣ける話で締めて。喜怒哀楽、皆の感情を大きく揺さぶることが出来た。


「圭一! すべらない話ってのは最高だな!」

 団長が僕の腕を取って天井に掲げる。

「皆、喝采だ!」

「「オオーラ!!!」」

 見慣れぬ文化だが皆が称賛と感激を示してくれているのが伝わってくる。


「お前のすべらない話、たしかに受け取ったぜ。これ程の貢献をされたんじゃあ剣のスキルを授けるだけじゃあ申し訳ないな。よし、圭一。お前の今夜の寝床は一等上等な牢を用意するぜ!」

 そう言って看守達の方を向く。


「かまわねえだろ、こいつに俺の隣の独房を与えてやってくれ」

「ああ、もちろんいいぞ。前の奴が縛り首になって空いたばかりだからな」

「えっ、ちょっ、そんな所に一人は怖いんですけど……」


 その後も騒ぎを聞きつけた看守長がやってきて解散を命じられるまで、僕は囚人の皆や看守に囲まれていた。

「新入り、俺、あの三兄弟のオークの話が最高だったぜ!」

「圭一、ここを出たら俺とユニット組んで旅芸人界でビックになろうぜ!」

「なあなあ、もちろん明日もすべらない話、やってくれるんだろ」


「はい、ありがとうございます。ありがとうございます。皆さんからの励ましのお便りや応援が僕のモチベーションです! 次回も大体このくらいの時間に始まると思いますのでまた聞きに来て下さい!」

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