第23話 固有スキル

「そういえばそのスキルって『地の繁栄』で買い取ってもらえますか?」

「ああ、ちょうど明後日買い取りに来るな。よその店も参加するがそこが一番大手じゃああるな」


 地の繁栄――石川さんの店。僕が監獄にぶち込まれた事は気づいてくれているだろうか。少なくともスキル買い取りの場に行けばコンタクトがとれるだろう。本人が来なくても最悪でも言伝は出来るだろう。


「じゃあ僕もそこでスキルを売りますよ。絵画とか結構値がつきそうなのがいくつかあるんです」

「何いってんだスキル屋挿し木屋は剣技だ針仕事だ、決まったスキルの買い取りしかしないぞ」

「えっ、何でですか!?」


「何でって、囚人に自由に売り買いさせたら鍵開けのスキルだとか入手しかねんだろうが。普通はここに入れられる前にめぼしいスキルは没収されるんだがな。お前さんも刑が確定したらそこで強制買い取りになるからそれまで待つんだな」

「待つって……」

 そんな訳にはいかない。まさか一周間のリミットが来て置いてかれる、ってことはないとは思うけど……。


「まっ、お前さん見た所針仕事の方が向いてそうだが、裁縫スキルは女共が嫌がって大した値が付かねえからな。この際いい機会だから剣技くらい身につけとけよ。一度体が出来ちまえばスキルの再取得も早いぜ」


 いや、目的は石川さんとコンタクト取ることだから針仕事の方が…………そう思ったが、よく聞くと二日後のスキル買い取りは剣技のみ。月ごとに決まったスキルが扱われるのだという。しかも監獄内には鑑定スキルを持った者がいないから、団長のお眼鏡にかなった者だけがスキル屋に会えるのだそうだ。


 ではスキル屋に会うには剣のスキルを発生させなければならないって事なのか?


 先程の団長達の試合を思い出す。団長は別格にしても挑戦者だって決して弱いとは思えなかった。

 あのレベルに達しないとスキル屋に会うことすら出来ないというのか。

 中学で体育の授業で剣道を経験した程度の僕が、あそこまで辿り着くにはどれほどの鍛錬を兼ねなければならないのか。それでもこの団長に教わるのが一番の近道ではあるのだろう…………。


「分かりました。お願いします、僕に剣を教えて下さい」

「当然だな。ただしお前さんは囚人じゃあないってんなら、タダで剣を教えるわけにはいかねえぞ。代わりにお前は俺や皆に何をしてくれる?」

「何って……」


「たしかに俺は剣を教えるのが仕事だがな。世の中ってのはギブアンドテイクだ。こいこにいる奴らはそれぞれのオンリーワンのスキルで俺や他の皆に貢献してくれている。例えばだな……」

 団長は近くの男を指差す。


「アヒムは按摩が得意だ。ハードな訓練をこなした後はこいつの出番さ」

 禿頭の男が両手を開いて揉み上げる仕草。


「イヴァーノは看守の一人が幼馴染でな。煙草の横流しが出来る」

 そう呼ばれたのは先程団長を囃し立てていた男。近くを見回っていた看守に手を振り、相手も手を上げて返す。スキル……でいいのか?


「ウルバノは元は旅芸人だ。酒が手に入った日にこいつの踊りがあれば最高だ」

 細身の男がひょいと片膝を上げながら小さくジャンプ。その膝の下で両手をパンと打つ。着地するなり再度ジャンプし反対の膝で同じく手を打つ。


「エゴールは腹下しや打ち身に効く薬を煎じる知恵がある」

 囚人の一人が誇らしげに広場の片隅を指し示す。そこには数種類の草や小さな白い花。野草に見えるがハーブとかその手の薬草を育てているのだろう。


「オーレリアンはアレがデカイ」

「はい?」何か変なの出た。

 周囲の視線を集めたのは初老の小柄な男性。照れて白髪混じりの頭をかいている。

「スキル?」

「おうよ。俺も夜の騎士団長なんて煽てられてた頃があったが、世の中にゃ上には上がいるって思い知らされたぜ」


「えっ、この人が? 僕より体が小さいですよ」

「そうやって油断させといて絶望に叩き落とすのがオーレリアンの手さ。ここに入った際の身体検査で看守全員勢揃いしたのは今でも語り草よ。それ以来奴らもオーレリアンには自然と肉入りスープを差し出してくるのさ」

 それで食ってけるんだ……。


 そこからは何というかびっくり人間路線になってきた。

「全身の関節がなる」「中指がすごく反らせる」「ハラ太鼓がいい音」等々。

 しかも全部ショボい。クラスに一人はいるレベルの特技である。もうスキル関係ないや。

 その割には皆が自信満々な態度ではあるのだが。


「んで、次はっと……」

 残ったのは隅で固まっていた三人組。内の一人が前に出て仁王立ち。そこから何をするかと思ったら…………

 ひょこひょこっと耳が動いた。

「そう、こいつは何と手を使わずに耳を動かせるのさ」


 またショボいのが来たな。うん、これもクラスに数人いたぞ。だがこの人が違うのは耳が四つ動いているとこ。

 そう、この三人は猫型獣人なのだ。ズボンからも長い尻尾がはみ出ているのが見える。 

 

「見ての通り帝国の人間ならではのスキルだな。さてお次は……」

 続けて一歩前に出た獣人が困った顔をしている。


「あの、団長、俺も耳動く……です。にゃ」

「えっ、お前達って被ってたっけ……どうしよう」

 団長と獣人達が小声で囁くのが聞こえる。


「ねえ、何か他にないの? 尻尾動かせないの?」

「俺たち無理……です。にゃ」

「じゃああれだ、ネズミ捕まえたりとかは?」

「団長、ネズミ、病気原因。危ない。にゃ」


「ええ、これもダメか。じゃあこれどうすりゃいいんだよ……」

 状況を察した周囲の囚人たち含めて気まずい雰囲気が漂う。


 だめだ、もう見てられない…………。

「うわあ、ヒト耳が動いたぞお。これでネコ耳まで動いたらすごいなあ」

 視線を合わせず遠くを見つめながら僕はそう口にした。もう一人目のネコ耳が動いていたのは無かったことにするしかない。

 獣人男性の顔がぱっと輝き、団長と顔を合わせる。


「おうよ! そんな期待に応えるのが帝国人よ。伊達に覇権主義じゃねえって所を見せてやりな」

 ある意味器用なのか、二人目はネコ耳だけを動かしてみせる。


 女性のネコ耳じゃないのが残念だが、耳だけ見てればこれはこれで愛嬌がある。皆がほっとしたムードになった時、残った一人が泣きそうな顔をして手を上げた。

「団長……俺、耳動く……ひとつだけ……。にゃ」

「………………」

 再び広場を気まずさが覆う。


 看守を幼馴染に持つ囚人が団長に近寄る。

「ちょっと、団長がオンリーワンとか言うからですよ」

「だってしょうがねえだろ、俺あいつら見分けついてないんだよ」

「どうすんですか団長。あいつらほんとに残されたスキルそれしかないっすよ」

 三人がそっくり同じ泣きべそ顔を晒す。

 団長が救いを求めるような視線を送ってきた。


「ええっと……、うわあ、三人なのにお耳が十二こもあるなあ。僕初めて見たぞお。これが一斉に動いたらさぞかし壮観だろうなあ」


 僕の言葉に獣人達が大きな笑顔。互いに顔を見合わせると三人一列に並んで手を結び合う。

 右からヒト耳が動く。続いて真ん中のネコ耳がぴょこぴょこと。左もヒト耳。しばらくして左がネコ耳に切り替わり、その入れ替わりが右へと移っていく。


 時には一斉にヒト耳が、ネコ耳が揺れ動く。リズム良くひょこひょこと、ぴょこぴょこと。周囲の囚人たちもそのリズムに合わせて手拍子を始める。関節音とハラ太鼓が合いの手に鳴らされる。六つの耳がウェーブする背後を旅芸人が得意の踊りで盛り上げる。


 三人がひとしきり耳を動かし、手をつないだまま一礼した頃には皆何かを成し遂げた様な気持ちに包まれ、拍手さえ湧き上がった。


「そうだな…………。例え個々の技能で劣っていても、連携する事で強大なワイバーンだって撃退する事も出来る。へっ、俺としたことが騎士団から離れたことですっかり大事な事を忘れちまってたようだぜ」


 団長はそう呟くと片手を上げて場を纏め上げ、僕の方を見て言う。

「どうよ新入り。これで分かっただろう。皆それぞれの特技で集団に貢献してんのさ」


「よく分かりましたよ……。団長が"いい人"だってのが」

 だってそうだろう。最初の数人はともかく、後のメンバーはおよそ直接の利益を皆にもたらすようなタイプじゃあない。精々休憩中の賑やかしだ。

 犯罪を犯し監獄に放り込まれるような人達だ。まともな教育も受けられけず、手に職が無い者だって珍しくないだろう。


 団長は結局そういう人間を束ねて、無理やりにでも彼らのちょっとした特技を褒め称えて、その報酬という名目で、生きてくために必要な資金を獲得できるように指導しているってことなんだろう。会って間もないが囚人達がこの人を慕っている――看守ですら――理由がよく分かった。


「ふざけた事を抜かすんじゃねえ!」

 いきなり怒鳴りだす団長。

「俺は戦場じゃあ敵どころか味方からも悪鬼のマックスと恐れられた男よ。いい人なわけねえだろうが!」


「え~。もう中年男性のツンデレとか誰も喜ばないですよ」

 思わずそうこぼすと、それを聞き取った近くの囚人が「はっ?」と呆けた顔を見せる。

「何だよ新入り、その『普段は当たりがキツイのに二人っきりだとしまり無くだらしない状態』ってのは」

「いや、待て。俺なんか今とても大事なことを教わってる様な気がするぞ」

 あー。翻訳スキルがそんな伝え方してんのか。どうも古い定義みたいだが揉めそうなんで「まあまあ」とスルーしておく。


「とにかくだ! 剣を教わりたかったら、俺たちにそれ相応の見返りを提供しなきゃならねえんだ。今見たように生半可なスキルじゃあ認めねえからな!」

 さあお前は何が出来る、と問われて僕は答える。


「では僕はすべらない話を提供しましょう」

「すべらない話―――? なんだそりゃあ」

「ふふっ、とてもいいものですよ」

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