第22話 鑑定システムのある世界 活用例その1
看守が団長に近づき何事かを耳打ちする。
「…………ほう、相変わらずまどろっこしい手がお得意で。俺はいつもどおり好きにやらせてもらうぜ」
「お伝えはしましたんで。では後はよろしくお願いします」
看守が一礼して僕を残して広場を後にする。
「よし、そのまま休止だ」こちらに注目している囚人達に向けて団長が声を張る。
「さてと、お前さん名前は」
「真……圭一、圭一って言います」
フルネームで答えそうになって慌てて下の名前だけを伝える。
姓があるからお貴族様と思われる展開が異世界物のテンプレだけど、平民で占められてるだろう監獄でそれやったら陰湿なイジメに会いそうだ。
「圭一ね、珍しい名前だな。どこの出だ」
「公国です……あの、僕無実の罪でここに連れてこられたんです」
「そうらしいな」
「へ……?」出身を問い詰められたくなくて無理やりに話題を変えたのだが、思いがけず肯定の応答が返ってきた。
「俺もだよ」団長は手で顔を覆いながら空を仰いだ。
「俺はただ御婦人方と愛を語り合ってただけなのになぜかこんな所にぶち込まれるはめになっちまった」
周囲の囚人の一人が調子良さげな声を上げる。
「マックス団長、その相手が貴族の奥様や姫様じゃあ重犯罪ですぜ」
「俺はただ旦那が妾に入れ込んでたせいで熟れた身体を持て余した奥方をお慰めし、いけ好かねえボンボンに嫁ぐ御令嬢に一夜の思い出を捧げただけよ。心痛める女性に我が身をもって尽くすのは騎士の使命だろうよ」
そう
「貴族の旦那はそうは思わなかったみたいですよ」
「つーか、団長って結局そのボンボン殴りつけてたじゃないですか」
騎士!? 団長という呼称はてっきり山賊団の親分という意味だと思ってたけど、真逆の騎士……騎士団の長ということなのか? どうみても荒くれ者の頭がぴったりな風貌のこの人が?
呆気に取られる僕に団長が顔を向ける。
「お前さん顔つきや手を見りゃあいいトコの出ってのは判るわな。食い詰めてってパターンじゃあねえだろう。商家の次男坊って所か?」
「貴族の従者です」
「はん、何か主人に粗相しでかして詰め腹切らされたって口か?」
「街中で突然警吏に帝国のスパイだって捕まったんですよ。公国からお使いで来てるので何が何だかさっぱりなんです。さっきの看守から何か聞いていませんか?」
「俺が言われてるのは刑が確定するまで、しばらくお前さんをここに置いとけってことだけよ」
「しばらく……ですか?」
ひょっとしてこの国だと容疑者の入る拘置所と罪人の入る刑務所が監獄で一緒くたにされてるのだろうか。昨日の警吏の詰め所、留置所みたいな所でよかっただろうに。
「ああ、お前さんエビも食ってないんだろ?」
と妙な事を聞かれる。そういえばさっきも看守がエビはいらないとかそんな事を言っていたな。
「エビって何ですか?」
「あん? 公国だと違うのか? 川エビを生で飲み込むと踊り食いのスキルが発生するだろうが」
踊り食い? たしかに慣れないとあんな物を生で飲み込むのはキツイかもしれないけど、スキルって程の物でもなかろうに。というより何でそんなスキルを発生させるんだろう。
「ありゃあひどかったぜ。あんな恐ろしい物、しかも生で食わされるなんて。思い返すだけで吐き気がするぜ」
「憲兵の拷問にも耐えた俺だが、踊り食いのスキルが発生した時はあまりに惨めで泣いちまったよ」
囚人たちが揃って踊り食いのおぞましさを口にする。
ひょっとして……
「ここって罪を犯すと踊り食いのスキルを強制されるんですか?」
そう聞くと皆が当然だろうと返す。そっか…………
昔、爺ちゃんといっしょに見ていた時代劇。その中で止むに止まれぬ事情で罪を犯した真面目な青年が牢で入れ墨を彫られ、釈放後にそれを隠して真っ当に生きていたがかつての同房の囚人が皆にバラすぞと脅迫してきて――――なんてドラマがあった。脱獄の防止と前科者の烙印として出所後も懲罰として機能させるやつだ。鑑定のある世界、同じ機能があるのだろう。
でも爺ちゃんは踊り食い大好きだったんだよな。海沿いに旅行行くと嬉々としてシロウオやイカを飲み込んでいた。僕も「爺ちゃんのお腹でお魚が泳いでるんだぞ」と言われて喜んでいたものだ。後に映画「エイリアン」を見るまではだけど。
あれ爺ちゃんも前科者扱いされるんだろうかな。
とはいえ、僕がエビを飲まされなかったって事は一応は僕は容疑者として扱われるらしい。少しほっとする。
「よかった。じゃあ僕その内出られるんですね」
「いやあどうだかな。それにお前はそんな先のことより今の生活を心配しなきゃならねえぜ。ここで生きてくからにはここのルールってのがある。お前さんにはそれに従ってもらうぜ」
監獄内の"ルール"。映画とかでお馴染み、無実の主人公が理不尽に晒される強者から搾取されるばかりのルール。具体例をあれこれ思い出して不安になる。
団長は身構えた僕を見て口角を上げる。
「とはいえ別にシャバと変わらねえよ。働かざる者食うべからずってやつだ。お前さんは保証金は払えたらしいが、それで保証されるのはシーツ一枚に一日二回の飯。それも固っいパンと薄いスープだけだ。到底まともに生きていけるもんじゃねえ。だがそれ以上を望むんなら看守や手配師やってる囚人に金を払う必要がある」
保証金というのは入監の際に要求された。監獄内の生活に必要な雑費や食費を先払いで納める仕組みだそうだ。
当然払えるはずはなかったが、囚人服に無理やり着替えさせられた時に看守が僕のトランクスに「何と鮮やかな染色だろうか」「何で引っぱっても元に戻るんだ」と食いついてきたのでそれを売って支払っておいた。安物の紺色と白のストライプ柄。子爵様から賜ったものだとさんざもったいつけたが規則だ何だと大した金額は受け取れなかったが。
涙ぐみながら「これで息子に嫁を迎えてやれる」と転売する気満々の看守が、お礼にと自分のパンツを差し出してきて、今はそれを穿いている次第。ブリーフって中世時代から存在してたんだなって勉強になった。
どうも団長の話では、この監獄内ではそういった諸々で看守に金を搾り取られるし、そうでなくても最低限の生活をしていくには権力や外部と繋がりのある囚人の助けが必要らしい。
「そうよ、金さえあれば肉が食えるし毛布も手に入る。煙草や時には酒だってありつける。シャバの家族に送金だってできらあ」
「そういえばあそこの建物の中で裁縫とかやってる人達がいましたね。ああやって稼げばいいんですね」
「あれは正確には裁縫スキルを育ててんだよ。ここで金を稼ごうとしたらそれしか手はねえ。だが、何より金になるのは――――」
そう言って肩に担いだ木剣を両手で握り直すと、振りかぶった姿勢から袈裟斬りに一閃。
「――――剣のスキルだ」
「すごっ……」
風切り音を立てて剣が空間を割った。
先程の対戦では巨体に見合わぬ華麗さが目立ったが、今回のはイメージ通りの暴力的なまでの剣圧。
直接剣筋が向けられたわけではないのに、その鋭さに裂かれる我が身を幻視し、風圧すら感じられそうな力強さに思わず半歩後退し息を飲んだ。
そんな僕の反応に団長よりも周りの囚人が得意気な表情。
「新入りよ、団長の両手剣のレベルいくつだと思う。なんとレベル6だぜ」
「それだってここに入る時に元のスキルを辺境伯様に献上したからよ。元々は……なんとレベル7だったのよ」
「レベル7ってそうそう出回らないレベルですよね」
そうよそうよと満足気に皆が頷く。
「しかもよ、団長の元の両手剣スキルは、
「つまり俺たちはコンテイン様と同じ土で育てられてるってわけよ」
固有名詞がよく分からないが、皆の誇らしげな顔に合わせて頷いておく。
団長が手を上げて沸き立つ皆を抑える。
「ここ十年程は戦争は起こってないからな。スキルを上げるには地味な素振りを繰り返さなきゃならねえ。そこで帝国なら奴隷にやらせる所だが、ここじゃあ俺たちの仕事だ」
そういうことか。いくら本物の剣は持たせてないとはいえ、監獄内で武芸を磨くなんておかしいと思った。レベル2で売るって言ってたから初心者を抜けるくらいのレベルで抜き取ってるんだな。
スポーツでも稽古事でも初期の基礎訓練ってキツくて退屈だものな。そういう仕事は奴隷や犯罪者にっていうのは納得行く理屈であった。
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