第21話 投獄

 僕が小学生の時だ。まだその頃は学生だった叔父さんが実家で同居していたのだが、僕は家にいる間はその叔父さんの部屋に入り浸っていた。何せそこはテレビとゲームと漫画が部屋一杯に溢れていたのだ。およそ小学生にとって夢の空間である。


 両親もゲームはやりすぎるなよくらいは言うが、共働きであったため叔父さんが面倒を見てくれるのは歓迎していた。


 叔父さんも何やら僕に漫画の英才教育を施す使命感を抱いていたらしく、自分が現在愛読している漫画は押入れに仕舞い込んで、本棚の方には選りすぐられた新旧の少年漫画を並べてくれていた。その中の一つに「デビルマン」があった。


 叔父さんは「次代に残すべく名作を厳選したんだ」と言っていたからまあそれが棚に収められていたのは当然だが、小学生が読んだらどうなるかというと、人間界に悪魔が紛れ込んでいることが判明して疑心暗鬼に陥った人々悪魔特捜隊による無実の人々を悪魔だと糾弾する魔女狩りのシーンで精神ショックを受けたわけである。


 魔女狩りという言葉は僕が何を読んでいるかに気づいた叔父さんが、百科事典を持ってきて説明してくれた。本人は教育効果を狙ったらしいけど、こちらは世の中は勧善懲悪で動いていると信じていた子供である。


 女性の一人暮らしだとか猫を飼っているだとかのこじつけに等しい証拠で人を魔女だと糾弾し、拷問を加えて自白を強要する そんな歴史の暗黒面を知ってどうなるかというと、これまた当然さらなる追加ダメージを負ったわけである。


 その後、夕飯が食べられない程に憔悴していた僕に気づいた母さんがその理由を知って、

「過激な青年漫画は隠しとけっつったろうが!」

「違うよ姉さん! あれちゃんと少年漫画なんだよ!」

 と実の弟である叔父さんをボコったがまあそれはよくある事だった。


 つまり何かというと、中世の司法ってヤバイよねって話だ。

 無実の容疑で捕らえられた僕はなぜか、監獄で二日間を過ごすはめになっていた。


 六畳半程の牢内。三方を囲む石壁の各所には血糊がべっとりと付き、正面の鉄格子は頑強で揺すってもびくともしない。

 小さな格子窓から月光が差し込み、牢内を横切るネズミの姿を照らす。ネズミはチュウと小さく鳴くと隅に置かれた排泄用の壺の陰に消えていく。


 僕は壁際に固定されたベッド……というよりただのベンチ……に座り込み頭を抱えていた。身体のあちこちに出来た傷が僅かな動きでも疼き悲鳴を上げる。


「どうすりゃいいんだ…………なんでこうなった…………」


 ため息をついてここに来るまでを思い出す――――


     ◇◇◇◇◇


 石川家から警吏の詰め所―――駐屯所に連行された僕は中の小部屋の一つで軟禁された。ただそれまでの扱いと違い、意外や縄はほどかれ、結構豪華な夕食さえ提供された。


 オーク肉の炒めものを持ってきた警吏に軽口で感謝されたところから、どうもその料理は石川さんの手配であったらしい。さらには警吏達が酒盛りする声が漏れ聞こえてきた。多分容疑者の身の安全を保証して欲しいという、賄賂的な差し入れだったんじゃないかと思う。


 逆にそれが無ければどんな扱いだったのかと怖くなるが、少なくとも頼れる保護者バックがいる分には僕の身は最低限保障されているのだろう。そう思ってオーク肉が豚肉と変わらぬ美味しさであると炒めものを堪能し、持ち込まれた毛布に包まれて床についた。


 ところが翌日に一転。朝早くに叩き起こされた僕は再び捕縛され荷馬車に転がされた。御者と見張りを務める警吏に「どこへ行くってんですか」と尋ねると、あり得ない回答が。


「監獄だ」

「監獄って! ちょっと待ってくださいよ、僕は百歩譲って容疑者ですよね。なんでそんな罪人決定みたいな扱いに!?」

「知らねえよ。隊長も今回はガチでリキ入れてっからな。どうせ有罪になるんだからちょっと早いくらい構わねえだろ」

 そんな理由にもならない理由。それからは何を聞いても二人は二日酔いの頭を抑えるばかりで「知らねえよ」「うるせえな」しか答えない。


 やがて連れてこられたのは街の外れ。

 そこは小学校くらいの敷地で周囲は石壁にぐるりと覆われ、大きな平屋の建物、その屋根が幾つか見える。中央には三階建ての塔。ここが監獄だと言うのなら見張り塔というやつだろう。

 

 厚い鉄扉の正門、そこを境に僕の身柄は警吏から扉を開けて出てきた職員に移される。

 帽子は無いが警吏と似た系統の服装の職員。看守ということか。こちらも何を尋ねても「さあ、聞いてねえな」くらいしか答えてくれない。


 ただこの人も僕がどういう扱いなのか、ほんとに知らないらしい。門を抜けて最初の建物で入監の手続きだけが無理やりに進められていくが、そこでの他の看守との会話――――


「エビは用意しねえのか?」

「いや、いらないらしいぞ。よく分かんねえけど」

「ふうん、看守長がまた小遣い稼ぎになんかやってんだな」

「でもその割にスキルの買い上げも無いんだとさ。そっちの方がてっとり早いだろうにな」

 そのやり取りを聞き、いろいろ質問したかったが急かされて……というより衣服を無理やり剥ぎ取られ、囚人服だというみすぼらしい茶色がかった上下の服に着替えさせられる。


「冒険者から奴隷落ちルートかよ」

 自身のみすぼらしい装いを目にしてそんな独り言。

 これテンプレ的には何か同じ境遇の奴隷少女の秘められた潜在能力に僕が気づいて、共に脱出するとかいう展開待ってるよね……大丈夫だよね。


「何言ってんだ? 王国は奴隷禁止だぞ」

「あっ、ここそうなんですね」

 結構人権感覚高かった。もうちょっと頑張って有罪確定までは無罪として扱うって人権意識を持って欲しい。


「んじゃ、囚人のリーダーの所に連れてくわ」

 そう言った看守に連れられて手続きをした部屋に連結する形の平屋を進む。次の建物の内部は通路に沿った形で大部屋が並ぶ。こちらも小学校と同じ造りだ。通路と部屋を区切るのが窓ではなくて鉄格子な所が違うけれど。


 部屋の内部では僕と同じ格好の囚人十数人が様々な作業中。布にちくちくと針を入れているのは刺繍か。隣の部屋は木片で細工物を生産。次の部屋はほんの数人が羊皮紙の束にペンを走らせている。

 裁縫や木工作業に写本……かな。刑務作業ってやつなんだろう。手に職を付けさせて僅かでも賃金を持たせることで出所後の社会復帰を促す為の。


 中世の監獄と聞いて劣悪な環境、拷問付きなんて想像して怯えていたけれど、こうして現代の刑務所に通じる仕組みが見つかり、ちょっとホッとする。


 そのまま作業棟を出るとそこにはグランドが広がっていた。今出てきた作業棟と同じ造りの平屋に囲まれた、中庭というにはスペースのある広場。剥き出しの土に所々で草が生えているが石などは見当たらず均されているのが伺える。

 明るい日差しに照らされ、爽やかな風も流れてここもまた小学校の運動場を連想させる。


 いや、兵士の鍛錬場か。そう訂正させたのは広場の中ほどに集まる五十人程の男達。彼ら全員が手に木剣――幅の狭いロングソード――を持っていた。

 まさか本物の兵士ではないだろうけど、彼らは大きく輪を描くように並び、その中心には二人の男が相対していた。


 一人は中肉中背の男。腰を落とし木剣を両手でしかと握りしめ強張った表情。

 周囲の男達が彼に向けて囃し立てる。


「おう、気張っていけや。俺はお前が三分こらえる方に賭けてんだからよ」

「先制で決めちまえ!」

「いいか、決して動きを止めんなよ!」

 だがそんな周囲の声は耳には入っていないのか、男は真っ直ぐ前に視線を集中させ小さく素早い呼吸を繰り返す。


 一目で分かる。彼が眼の前の相手に勝負を挑む挑戦者である事が。

 相対するもう一人の男――――ここにいる誰よりも立派な体躯。見上げんばかりの背丈、広い肩幅に全身に纏う筋肉。短髪の無精髭に頬には十字傷。捲りあげ晒された太い両腕にも無数の刀傷。

 ここは監獄、多分元は山賊の親分とかその手の人間に違いない。


「団長、やっちまって下さい!」

 歓声めいた掛け声がかかる。団長という呼ばれ……なるほど、名のある山賊団のトップだったということか。

 その団長は木剣を肩に担ぎどこか悠然とした態度。側に剣先を向けている相手がいるのに笑みさえ浮かべ、重心はやや後ろへ。完全に待ちの体勢。


 やがて手招きする仕草と共に声を掛ける――――どこか相手を応援するように。

「来な」

 挑戦者が応じる。「オスッ!」


 一歩間合いを詰めながら掲げた剣を振り下ろす。剣先は団長の胸元に吸い込まれ――――ない。団長の持つ剣がその軌跡を途中で止めていた。鍔迫り合いの形。団長がひょいと剣を払うと挑戦者が体勢を崩し、慌てて後退。

 わあっという周囲の歓声。


 僕も自分が息を飲んでいたことに気づく。

 今、団長はどうやって相手の剣を止めた? まったくその動きが見えなかった。いや、肩の木剣を降ろしながら迫る剣の軌道に重ねたしかないが、あまりに自然な動きに認識ができなかった。


 団長がわざわざ剣を肩に戻す――――手招き。

「はっ!」と挑戦者が再度斬り込む――――またも鍔迫り合いへ。いや、剣が重なった次の瞬間には団長の剣が相手の右腕にそっと添えられていた。


 挑戦者は目だけを右に動かし、信じられない物を見たとでもいう表情。それはそばで見ている僕らも同じ。ドラマーがドラムをスティックで打つような、最初から決まった箇所に剣をトン、トンと置いてきた、ただそう言わんばかりの団長の軽い動き。


 団長がゆっくりと剣を相手の右腕から離すと、狙っていたのかその体勢のまま挑戦者が団長の顔面に剣を叩き込――――もうとして自身の喉元に突きつけられた剣に気づき動きを止める。

 挑戦者の動きを読んでその動作の初手を抑える。明らかな熟練者の動き。

 

 そこからは繰り返し。挑戦者が果敢に斬り込むが、団長が軽く受け止め、いなし、躱してまた距離をとって。

 その必死の形相を見れば本気で挑んでいるのは分かるが、受ける側の涼しげな表情は一切変わらず。結果としてあたかも団長が舞っているかのよう。 

 僕もいつしか団長の華麗な剣さばきに「おおっ」「ああっ」と皆と同じく感嘆の声を上げていた。


 やがて決着の時が。

 団長が迫る剣筋を受け流し、滑った剣身を文字通り鍔で受け止める。ここから払いのける動作に繋がる――――誰もがそう思った時、挑戦者が攻勢を強めた。


 鍔を起点に自身の剣の柄を外側へ伸ばす。剣先は逆に団長の身体にえぐりこむように向かって胴体に触れるかどうか、そこまで迫って――――団長の丸太のように太い足が挑戦者を蹴り飛ばした。


「くそぉ」遠くまで蹴飛ばされ、剣を取り落とし悔しがる挑戦者に団長が近づく。拾いあげた剣を手渡しながら声をかける。

「見事だ! これなら間違いなくレベル2まで届いてるぜ」

「ホントですか! やったぜ、これでおっ母に金を送ってやれる」

 一転破顔した笑顔を見せた挑戦者がガッツポーズ。


「やるじゃねえか」

「団長にあと一歩で触れるとこだったぜ」

「そう焦んなくてもよかったのによ。今頃お前のカカアは若い男の剣を鞘に収めるのに忙しいだろうからよ」

「うるせえ!」

 皆が挑戦者の元に集まり、バシバシと身体を叩きながら称賛やら、からかいやら存分に浴びせる。


 木剣を肩に担ぐ決めポーズでそれを見ていた団長が僕らに気づく。

「ん、何だお前は?」

「マックス団長、新入りです」

 看守が話しかけた。ごく自然に丁寧語で。この人が囚人のリーダーなのだろう。

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