第20話 もしも現代日本人が鑑定でスキルを丸裸にされたら

「ではこのガキは公国は子爵家からの使いだと言うのだな」


 公衆の面前で僕の関係者であると示してしまった事で、藤沢さんとファムが階下へ呼び出されることになった。石川さんが落ち着いて事情をお話したい申し出て、隊長の方も二人のドタバタに何となく気勢を削がれたようで、それを受け入れる。


 ミシェルさんはお婆さんの家に本人と共に退避。居間には隊員含めて関係者全員が詰め、それなりの広さだった室内がいきなり手狭に。


 部下が乱暴に家具をどかして作ったスペースに隊長が横柄に立つ。

 転がされた椅子、落ちた鉢植えの花を見るも表情一つ変えず、石川さんが機先を制するように僕のバックボーンをすらすらと説明する。


 どうやらこの王国から少し離れた所にある公国、その有力家臣の一つと石川さんとの間に往来があり、今回スキルの購入のためにそこから王国までスキルをその身に預かった僕が使わされたのだという。


 上げられた家臣の名は先程早百合さんが確認していた報告書、その封筒に名前が確認できた駐在員の一人だ。それが現地の人から見て一番無理のない設定であろうから、僕はそのとおりでございますと、萎縮して満足な応答も出来ない風を装おいながらただ頭を下げて肯定する。


「公国だとな。たしかに公国であればあそこは我が国と縁戚関係にあるからな。間諜も度を越えなければ見逃しもされよう。だがなぜわざわざ遠方からスキルを取り寄せる?」

「こちらのお嬢様が珍しい魔法スキルを収集されておりまして、公国にある子爵家でその希少なスキルが所有されているという事で 私が仲介の労をとっておりました」


 お嬢様――――藤沢さんとファムは訳あって名を伏せるが、さる名家の係累であると紹介されていた。

「ほう、確認してもよろしいですかな」

「許します」


 藤沢さんの方もお嬢様らしい気品ある上から目線で応じる。さっきの自爆のポンコツぶりはどこへやら、ただ立っているだけに優雅さが漂う。偽装魔法もどう作用しているのか、隊長の物言いが藤沢さんとファムに対しては丁寧になっていた事から想像はつく。 


 ファムなど最初から尊大な口調を崩さなかっただけに、まさかそこらの幼女が体制側の人間に不躾な口をきくはずもなく、隊長の方もこれは余程大物のお忍びではないかと警戒した模様。


「神秘術に古代白色魔法。見慣れぬ魔法スキルが満載ですな。確かに収集家というのは納得できますが、やはり身分を明かせぬというのは解せませぬな」

「我が後見人が戻れば検討もしましょう。それまで待たれよ」


「おまけに販売証書も履歴も無いとくる」

 これは僕と石川さんの方に隠しもせぬ猜疑の視線と共に投げかけられた。


「何分、子爵家とは不相応にも個人的な縁を賜っております故。以前お世継ぎ御誕生の際の祝儀の品に過分な称賛を頂きまして。その返礼に稀なスキルが見つかったからといずれご下賜くださることになっておりました。金銭の伴わぬ取引ですし、珍しくはあっても実用性は無いスキルですので保証の類は必要ないと判断されたのでしょう」


「実用性が無い? いえ、これは応用次第で四大魔法以上の攻撃力を発揮――うぐっ」

 何やら口走ろうとした藤沢さんにファムが貫手ぬきてを食らわせた。そんな動きが隊長の目を引いてしまい、ファムがおほんと咳払いをして誤魔化す。


「その男は妾達にとってはただ側でうろついていた故、便利使いしておっただけぞ。そやつが間諜であろうと盗賊であろうと妾達には一切関係の無い事よ。そも、その男は何故間諜などと目されておるのじゃ?」


 ファムがさりげなく僕を切り離しにかかっているのが悲しいが、一番気になる所に話を持ってくる。

「地図作成、風景模写、市場調査、水泳スキルを複数……ですな」

 隊長が根拠となるスキルを列挙する。


 地図作成……って何だ? 碓かに戦争なら敵国の地形調査をするのはスパイの役目だろう。でも僕はそんな測量技術なんて持ち合わせていない。三角測量とか言うんだったか。それなら幾何学持ってる藤沢さんの方じゃないのか?

 …………いや、ここは中世相当の文明なんだ。そんな高度な地図が作られる事はないだろう。


 頭に浮かぶのはRPGの説明書に付いてる序盤の地図。最初の街と山や河や平原といった大雑把な地形がイラストになったもの。端の方に幻想的な生き物が添えられるような雰囲気重視のやつだ。

 そのくらいのふわっとした距離感の地図なら描けるだろうし、この世界の地図がその出来なら僕の能力でスキル扱いされるのは理解できなくもない。


 そこへファムがボソッと呟く。

「そういやこやつ、まだRPGで自動マッピングの無い世代じゃったな」

 あっ、そんなレベルの話なんだ。たしかに子供の頃はゲームしてて自作の攻略ノートに地図作ったりしてた。3Dダンジョン物遊んでる時に、叔父さんがマス目ノート買ってくれたのが嬉しくて全階層のマッピングした事だってある。あれはトラップ情報まで書き込んだ売れるレベルの物だったと自負している。あれがスキル扱いされてたの?


 風景模写は……学校の授業でやったくらい。

 これも地図と同じか。この世界の絵画の技法がそこまで発展してなければ僕のレベルでも通用するのか。歴史の教科書に乗っていたルネッサンス以前の絵画を思い出す。人と建物の縮尺がめちゃくちゃで遠近法も無く、人物も横顔と正面顔しかないようなやつだ。


 市場調査は……分からない。スパイの技能とされるのは分かる。異世界転生物で周辺国の小麦価格を調べて、小麦が値上げ=軍が備蓄=侵略戦争の意図あり、と看過するシーンがあったしな。

 でも僕はスキル化する程の調査力なんてあるだろうか? まさか中古ゲームの最安値を求めてゲームショップのハシゴをした事? でもそんなレベルでスキル化するならこの世界の人間なら皆持っているだろう。


 水泳は……これも学校でやったくらい。僕の中学は結構熱心で水泳の授業はわざわざ海まで行く事があった程。タイムを気にしなければクロール、平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎと一通りはできる。でもこの街には河があるよな。泳げる人間なんてごろごろいるだろう。


 どれも、多少は珍しいにしてもスパイなどと糾弾される程のスキルには思えない。


「それらは子爵様の方で抱えていたスキルでしょう。他にも計数、写本、九柱戯ボーリング、チェス、どれも貴族にとっては必携のスキルです」

 慌ててそうでございますと頷く。


「はっ、公国な……。あそこからここまでいくつの領地と関所があると思ってる。作図ギルドの証書を持たぬお前が、百歩譲って預り人の契約書も無いお前がどうやって辿り着いたんだ?」

「それは私の知り合いの交易商人が――――」

「ガキに聞いてるんだ」

 石川さんの言葉を遮り、隊長が僕に詰め寄る。


「それは……」

 どうやら地図作成スキルに関しては厳重に管理されているスキルらしい。地図情報を国外に持ち出させないためか、スパイされるのを防ぐためなのか、あるいは両方なのか。隊長の口ぶりからすると関所には鑑定によるチェックがあって、スパイに通じるスキルを持つものは正当な理由が無ければ通過できないということか。


 どう取り繕うか……言いよどんだ僕に、隊長がさあどうしたと笑みを浮かべる。

「答えは簡単だ。お前が公国でなく帝国から来たからだ。領地を接するこの辺境伯領内であれば帝国人もいくらでも潜り込めるからな」

 そう言うや隊長が僕の髪の毛を掴み上げる。「この黒髪。帝国じゃあ下等人種の証だろ」


 石川さんが隊長の腕を抑える。

「この国にも公国にも黒髪はいくらでもおりましょう」

 石川さんの刺すような視線を受け止め、隊長が忌々しげに僕の頭髪から手を離す。


「ふん、髪色だけで言ってるわけではないわ。こいつはなぜママラハ泳法だとか水泳スキルをいくつも持っている? 特に海用の泳法スキルが解せぬわ。我が国も公国も細い河しかないぞ。だが帝国なら大海も湖もある。遠泳など発生するのも需要があるのも近隣では帝国くらいよ。石川さんよ……そのようなスキル、まさか客の注文があったなどと言わんよな」

 石川さんが苦い顔で押し黙る。


「まあその辺りはお嬢様もお持ちのようですがね。今はこのガキから絞り上げるとしましょう」

 隊長は玄関口に固まっていた部下を呼びつける。

「よし、もういいぞ。こいつを詰め所へ連れていけ」

 

「真上さん……」

 藤沢さんの不安そうな顔を後に、僕は再び連行されていった。

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