第17話 マルチキャリア
想定外に明らかになった、駐在員以外にこの世界に居るという日本人集団。
「別の会社から送られてきた可能性は無いんですか?」
そもそもライバル企業はあるのだろうかは知らないが。
「無いの」ファムが否定する。
「ここの管理者が認めるはずがないわ」
「そういや、その管理者と連絡は取れないの?」
「そもそも今はこの世界におらぬはずじゃ」
ファムがローブの裾からスマホを取り出す。
「一応問い合わせはしといてやるがな」
どういうインフラが確立されているやら。ファムがスマホを操作しメールらしき文面をしたため始め、そのタッチ操作を石川さんが不思議そうに見つめている。
「この世界の誰か、駐在員のいない国の人が召喚魔法を開発したのでは?」と藤沢さん。
早百合さんがふうんと思案する。
「駐在員は魔法の発達した国を選んで配置されてるけど、到底全世界をカバーできるものじゃないからその懸念はあるわ。でも、そうね。今回に関してはあなた達を連れてきたんだから、もっと確実に判定できる方法があったわね」
そして石川さんの方を向く。
「石川さん、前にマルチキャリアの子の話をしたわよね。それがこの子。今は魔法以外に呪術も使えるわ。もう一度それ含めて精査してみて頂戴」
石川さんが頷き、背を伸ばし胸をはった藤沢さんに再び鑑定をかける。
どういう事なのか疑問を抱いていると、早百合さんが椅子に深々座り直し足を組む。そばの羽ペンを取り上げ女教師モードへ。
「この世界ではスキルを移せば原理的には誰でも使える事もあって、魔法が科学の対象じゃなくてあくまで身体技能の一種として扱われてるの。だから魔法は行為者の視認範囲でのみ発動する形で発達してるわ。
この世界の魔法体系ではここから召喚魔法に到達するにはいくつかブレイクスルーが必要で、石川さん達にはそれらスキルや技術の発生を監視してもらってるってわけ。
具体的に言えば、まずは最低限時間的空間的に隔たった場所へ魔力を影響させること、それと魔力を性質変化させて電波や光のような形で利用できる技術。この世界では詠唱術式は機能しないから実質魔法陣か魔道具なりの発展が必要。
後は大穴で呪術の発展ね。呪術は効果も由来も特定の文化圏に依存しちゃうけど、呪いの藁人形みたいに遠隔地に効果させるのが基本の発想でしょ。そっからアプローチして召喚術に辿り着くって線もあるからね」
やがて石川さんが告げる。
「早百合様、やはり魔法陣構築、魔道具作成、呪術。どれも見当たりません」
「ではこの線は無いとみていいわね。この子が持ってるそれらの技術がスキルとして表示されない以上、この世界ではそれに辿り着いている人間はいないって事」
「じゃあ穴ですか。大規模な穴が開いてどっかの学校でクラス丸ごと転移してきたとか」
「前例がないわけじゃないけど、この規模で失踪者がいればうちに連絡が来るはず」
何で学校に限定するんですか、と首をかしげていた藤沢さんが補足する。
「私が昨日警察からの送付資料を確認していますが、先週の時点で日本人の五名以上の行方不明は報告されていません」
「でしょうね。まあ他の分枝世界から飛んできてる可能性はあるけどね。ただファムが言ったように現地住人が日本語を覚えてるってのが気になるのよ。いくら集団と言っても何の後ろ盾の無い日本人がこの世界に来てそうそう地盤が固められるかしら。現地住人がわざわざ日本人集団の言語を覚えようとする程に魅力的な」
異世界小説を愛読する身としてはそれくらいやるんじゃないかと言いたいのですが。
分枝世界か……ふと疑問点が浮かぶ。
「あの、他の分枝世界でもファム達と契約して転生の斡旋してる世界は無いんですか」
「管理者を使役しようなんぞ乱暴な世界がそうそうあっては困るわ。少なくともこのパングル世界との近距離には無いの」
「石川さん、最後に自分の所有スキルを確認したのはいつ?」
「申し訳ありません、取引相手の確認は始終しておりますが案外自分自身のチェックは行っておりませんでして…………。商談相手から鑑定を受けたことは僅かにありますが、商売柄脈絡なく無数にスキルを抱えておりますので見慣れぬスキルに気づかずともおかしくはありません。確実に言えるのは二ヶ月前の棚卸しの時点にまで空いてしまいます」
早百合さんは机に置かれた報告書を手に取る。
「一番最新の報告で近場の公国から二ヶ月前か…………召喚魔法の線は無いとはいえ、こうなってくると未達の首長国の分を確認しないわけにはいかないわね」
よし、と早百合さんは立ち上がる。
「ちょっと首長国の駐在員の所まで行ってくるわ。石川さん、北の山にいるワイバーン、まだ倒されていないわよね」
石川さんは大きく目を開き首を振る。
「あれに襲撃されるのは天災と同じです。倒すという発想がまずありません。何をするおつもりですか」
「ちょっとタクシー代わりにね」と悪戯っぽく微笑み、藤沢さんの方を見て肩をすくめる。「時間無いからしょうがないじゃない」
呆気にとられながらも石川さんも立ち上がる。
「では私はギルド長の所へ行ってまいります。他に日本語スキルなり地球産と思われるスキルが確認されていないか。後は情報屋と、他には海外貿易を扱っている知り合いの商会にも当たってみます。帝国以外なら黒髪黒目の集団がいれば目立ちますから、何かしら情報が入っているかもしれません」
「お願いするわ」
「僕たちは何をしますか」
「ひとまずは待機していて。私達が滞在できるのは一週間だけ。この後どう展開するか分からないからどうとでも動けるようにしていてちょうだい」
早百合さんが視線を送ると石川さんが頷き口を開く。
「皆さんは私の家でお過ごし下さい。何も無い所ですが、余計な詮索をされる事はありませんので。後ほど妻を呼んで案内させます」
「ありがとうございます。私は新しい魔法スキルの練習さえできれば」
藤沢さんがさり気なく魔法スキル購入の件の履行を裏打ちした。
「石川さん、後はお願いするわね。一日で行ける距離だけど、向こうで相手とすれ違うかもしれないのがネックね。携帯に慣れちゃうとこういう時が辛いわ」
「ふん、年寄り程昔の不便に耐えられぬものじゃのう……ぐぅ」
ファムを小突きながら小百合さんが手を振る。
「じゃあ行ってくるわ。順調にいけば明日の夜には戻れると思う。何かあればゆづちゃんなら私に連絡できるから」
そう言って早百合さんは店を出ていく。
「いってらっしゃい。気をつけて下さい」
さて……簡単な仕事か。いきなり雲息怪しくなってきたぞ。
◇◇◇◇◇
椅子に座り黙祷の形をとる藤沢さんに、スキル屋の店員が軽く頭に手を添える。背景が洋風なだけにまるで洗礼でも施されているかのよう。店員はここを訪れた最初に声をかけてきたアクの強そうな男性。今は本当に神父の如くに厳かな態度で振る舞っている。
藤沢さんが希望する魔法スキルの内、店舗に在庫がある―――出勤している店員が抱えていたスキルを譲渡してもらっている所だ。残りは預り人と呼ばれる外の人間が抱えているということで、そちらはまた明日以降に処置してもらうことになっている。
「これで終了しました」
スキル譲渡の完了が告げられ、藤沢さんが頭を潰されたらどうしようと心配していた僕はほっと胸をなでおろす。というよりファムのスキル注入も本来はオデコをぺちっとだったし、拷問でも加えていたかのような石川さんが例外だったんじゃないか。
「確認をしても宜しいですか」
「いえ、結構です」
鑑定を拒否。これは石川さんに言われていたことだ。藤沢さんはレベルはさほどでもないが多彩なスキルを持ち合わせていて、宮廷魔道士クラスに相当するため隠しておいた方がいいのだと。
こっそり鑑定を使われる可能性はあるが、鑑定は特殊な魔法スキルであって、魔力操作が出来るこの世界の人ならば自分が鑑定されていると察知する事ができるそうだ。今の藤沢さんは貴族の子女でもおかしくない外見に見えているそうで、そのような相手に無礼を働くことはないだろうという。
それでも少しむっとした感のある店員に気づいた藤沢さんが言う。
「このような名店ならば間違いはないでしょうから」
慌て付け足したおべんちゃらだが、店員は相好を崩す。
「そうでしょうとも、我が店はこの街一番の歴史ある老舗でございますから。そして不肖、私は店内で最も魔法スキルの手配に長けていると自負しております」
他の魔法はいかがかと売り込みに走るが、それを他所に藤沢さんは直ぐ様購入したばかりの魔法を試し打ちする。
「
開いた手の平、そのくぼみに液体が発生。みる間にその水が茶色に濁ったかと思うと水気を含んだ土の塊に変わる
今回購入したという魔法スキルの一つ、土魔法の土創生のレベル1なのだろう。
「おおっ」と僕と店員が共に声を上げる。魔法自体が驚きの僕と違い店員はその練度に反応していた。
「やっぱり魔法ってすごいな。僕も使えればなあ」
「スキル譲渡後すぐに使いこなすとは、お客様は才がございますな」
藤沢さんはすっかり自分の魔法に夢中。「ファイヤ、ファイヤ、ファイヤ」買ったばかりの魔法を連発していく。
手の上の土塊が硬化し、その形のまま石へと変わる。次にその石が崩れ落ちるようにパラパラと砂に変化。こぼれそうになった砂の山をもう片方の手でカバーすると、山の上の方からつむじ風に巻き上げられて天井近くまで砂の柱が出来上がる。
「おお、おお! これは素晴らしい! 如何ですかお客様。どうか私を専属に据えてみては。お客様ならばすぐにレベルが上がることでしょう。下取りに出せば今回の代金を取り返すも自在ですぞ」
「いえ、間に合っておりますので」
調子よく魔法の試し打ちをしていたのを邪魔された藤沢さんが素っ気なく断る。
だが店員はめげずに絡んでいく。眉をひそめられているのに気づかず、自分がいかに多くの魔法スキル調達の当てがあるか、売買のマネジメントもできようと主張する。
「すみません、僕ら追加の依頼があったら石川さんにお願いしますから」
助け舟を出さんと手っ取り早く店の幹部の名前を上げる。
石川さんの名前を出すと店員は憎々しげに顔を歪める。だがそれも一瞬。作り笑顔に戻ると藤沢さんに向かって「では何かご用命がありましたらいつでもこの私をお呼び下さいませ」そう言って一礼して店の奥へ移動していった。
その途中、僕の横をすれ違いざまに一言小さく吐き捨てていく。
「従者風情が出しゃばりおって」
聞こえたぞ…………。
ファムの耳にも届いたのだろう、後ろからくつくつと忍び笑いが聞こえてきた。
「従者とな……まあ妾達の美貌と隠せぬ高貴なオーラ、対してお主のショボい外見ではそう判断しても仕方なかろう」
ファムが椅子にふんぞり返った姿勢で顎で店の入り口を示す。
「ほれ、従僕。迎えが来たようじゃぞ。すぐに準備をいたせ」
静かにドアを開けて妙齢の女性が入ってきた。
その人はタイミングよく藤沢さんが回転数を上げた砂のつむじ風を見て「あらまあ」と目を丸くしていた。
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