第16話 ユニークスキル――発見された地球固有のスキル

「ご自愛ください」

 老人はその言葉に震えるように手を上げて答えると、力ない足取りで店を出ていった。それを見送ると僕とファムは再び商談部屋へと戻る。


 中では変わらず藤沢さんが目録を前に真剣な表情。早百合さんがそばに椅子を寄せ、足を組みながら補足説明をしている模様。


「あら石川さんは? ゆづちゃんに鑑定かけてもらいたいんだけど」

 石川さんは鍛冶師ギルドへの連絡事項があるからと、その件を部下に指示出しをしている。そのため僕だけ先に戻ってきたが、石川さんもじきに来るだろうと伝える。


「そういえば鑑定って早百合さんやファムは使えないんですか?」

 勇者とか神様の標準スキルみたいな感じがあるけど。


「いくつか持ってるけど鑑定なんてあれこそ、その世界固有のスキルだからね。作動原理は同じことが多いけど、他の世界ではほぼ使えないのよ」

「そんなものなんですか」

「妾はもうちょい詳しく読み取れるが、いうても管理者用のメタ情報だったりじゃからな。今ゆづが望んでるのは自分が持っとる魔法がこの世界の魔法体系とどう合致しとるかじゃろう」


 藤沢さんが「です」と頷く。

「このリストだと名前とレベルしか載ってないので、私の手持ちの魔法と被ってるかどうかイマイチ判断が付かなかったんです。土魔法辺りはほとんど持ってないのが確実なんで、まとめ買いしちゃうつもりですけど」


 そう言って藤沢さんが目録を開いてみせてくる。

 翻訳スキルを駆使すると浮かび上がってくる魔法の数々。


「火魔法、水、風、土。やっぱり四大元素タイプなんですね…………あっ、回復魔法や解毒魔法とかもある。レベル1かあ、これくらいなら持ってても邪魔にならないんじゃないかなあ」

「なんですかその棒読みは」

「まだ諦めとらんかったんか。渡界コストは置いといてもスキル購入した所で、お主は身体がマナを扱えんのじゃからただ寝かすことになるだけじゃぞ」


「いや、でも買うだけ買っときましょうよ。特に回復魔法や解毒魔法辺り」

 なんで? と疑問顔の面々に将来の為ですよと伝える。


「いつか魔王軍との決戦を前にした僕が逃げ出して、でも敵の先遣隊の放つ毒牙から身を挺して守ってくれた少女の献身に自分の弱さを認める勇気を持てた時、師匠に売買契約させられていた魔法が使えるようになって華麗な逆転劇。そういう覚醒シーンの伏線を今から仕込んどこうと思うんですよ」


「私が師匠ってわけね」案外満更でもなさそうに早百合さんが言う。

「覚醒? 伏線? ですか……」

「弓槻よ、ボンクラ男子高校生の発言で分からん事があったら、大抵生暖かい目をしとくんが正しいリアクションじゃよ。とはいえ、実のところ妾ってこの手のフィクションと現実を混同している輩を異世界に送り込む、ワナビービジネスを営んでるんで完全に否定しきれんのが辛いのう」


 ファムが腕を組んで首を振る。

「そもそも圭一って早百合達を異世界に送迎するのがメインの業務になるんじゃろう。なら、そう魔法に拘らんでもよいじゃろ……つーか、ぶっちゃけ異世界で活躍しよう張り切られても付き合わされる妾がキツイんで、そういう主役ポジは勇者早百合や魔法使い弓槻にまかせとくんじゃ」


 ふっ、とファムのそしりを鼻で笑い飛ばす。

「僕だって自分が主役とは思ってないよ。脇役だってのは弁えてるさ……でも、むしろ主役を支える脇ポジションをこそ積極的に目指していきたい。乏しい才能、何の輝かしい出自も持たない一般人代表が懸命に頑張る姿こそ皆の共感を呼ぶんだよ」


「そうそう弓槻、そういう目で正解じゃよ」

 ファムが藤沢さんの方に指でOKマークを送ると、こちらを振り向く。


「フィクション例にするなら、お主のポジションは勇者一行の次の舞台への道が障害で閉ざされとって、それを乗り越えるためだけに参入するサブメンバーじゃぞ。

 渦潮の時期を迎えた港で唯一走破できる快速船の船長とか、迷いの森の案内人たる猟師とか。んで一回乗り越えちゃえばあとはそのルート通ってても、もう表に出てこない言う感じの」


「せめて大陸越えるための飛空艇のパイロットくらいにしてよね」

 あれならまだレギュラーメンバーで活躍する目があるぞ。


 必死のプレゼンは改めて皆にあっさり否定され、僕は夢の魔法スキルを目の前にしながら涙をのんで諦めることとなった。


「お待たせいたしました」

 そこへ戻ってきた石川さん。鑑定を依頼され、早速藤沢さんへと向き合う。今度は軽く右目の瞼を塞ぐ仕草だけで鑑定を開始。しばらくそのポーズを保ち、やがて告げる。


「四大魔法ですが、たしかに土以外はお持ちのようですね。火が性質変化でレベル4、実因化で3、水が共に2、風も同じです。それと……何とエルク教神秘術とは」

「エルク教?」

「ずっと西方の国々に広まる一神教の名前です。エルク教司教の祭儀スキルは昔扱ったことはあるのですが」

 知りませんよ……と藤沢さんがキョトンとした顔。


「神秘術ねえ……多分二次方程式や幾何学の事じゃない」と早百合さん。

「なぜ数学が?」

「宗教組織が科学の最先端を研究するなんて別に珍しい事じゃないわよ」

「私は所有しておりませんが、恥ずかしながら私は学校の方はサボってばかりで、方程式はあらかた忘れておりまして。真上さんが所有していればその辺りでしょうか」


 …………いやあ、持ってるかな。中学で二次方程式の初歩をやったけど、正直早くもうろ覚えな状態でスキル認定されるのかな…………よし、ダメだったら僕の世界ではカリキュラムに無かったことにしよう。 


「それと古代白色魔法が……」

「それは多分……」

 そうして一つずつ魔法スキルのすり合わせを行っていると「早百合様」と突然石川さんが焦った声を上げる。


「藤沢さんが日本語のスキルを所有しています!」


 はて? 何かおかしいんだろうか。僕ら今日本語で話してるのだから当然なのでは?

 石川さんが現地住人の居ないこの部屋で何語を話しているかは分からないけど。


 だが早百合さんも大きく目を開いて反応する。

「私は? いえダメ。偽装が入ってたわ。圭一君とあなた自身は?」

「はっ、はい」

 石川さんが僕に目をやり、続いて自身の手の平を見つめる。

「真上さんも…………私自身も所有しております!」

 皆の顔つきが真剣な物に変わる。ファムですら。


 僕と「あれ、私の魔法は?」とポカンとした顔の藤沢さんだけが取り残されている。

 そっと手を上げて発言する。


「日本語スキルがあるってそんなに驚くことなんですか? 今まで無かったみたいですけど、この世界に東の国日本が無いなら当然に思えますけど。石川さんが持ってなかったのも転生してから使う機会無いから、日本語スキルが錆びついちゃって消えていたとかじゃないんですか。

 よく外国暮らし長い人が日本語忘れちゃったとかいいますもの。実際二次方程式勉強してても忘れちゃったらエルク教神秘術のスキルは持ってないことになってるんですよね それで僕らと話す内にまた日本語を思い出したのでは」


「いえ、たしかに私は他の転生者とも直接の面識はありませんし、私の認識では早百合様とも皆様ともフェザフィール王国語で会話をしています。ですがそもそも私は転生した時点で日本語スキルはありませんでした」

「転生者と転移者だと条件違うんでしょうかね」

 ファムに顔を向けると「そういう話しではないんじゃよ」と返ってくる。


「真上さんと藤沢さんは自転車に乗れますか?」

 唐突な質問。僕と藤沢さんは顔を見合わせて「ええ」と答える。


「私もです。ですが今皆さんも私も自転車スキルは所有していない事になっています。実際には運転できても、今この世界に自転車が存在していない以上所有スキルとして表に出ることはないのですよ。

 逆に言えばこの世界のどこか、例え別の大陸、何万キロ離れた地であろうと、今自転車が発明されれば私の所有スキルに自転車運転が表示されます。転生してこのかた、馬にも乗ったことの無いこの私がです。私を鑑定した人間は『自転車とは何か』と聞くでしょうが『知らない』と答えざるをえません」


 あっ、……そうか。

 朝の叔父さんとの会話を思い出す。自動車運転のスキルを持っていても車の無い異世界ではどういう扱いになるんだ? という叔父さんの疑問。


 答えは――――自動車の無い世界ではスキルとして表示されない。


 そういうことか。ならば日本語が使えてもこの世界の中で日本語の使用実績がないからスキル表示されないっていうのか…………


 あれ、まてよ、じゃあこれって簡単な話じゃないか?

「早百合さんって今までこの世界に一人で来てたんですか?」

「そうよ?」


「なら今回初めて日本語スキルが生まれたって事じゃないですか。今までは石川さん達転生者も日本語を思い浮かべる事はあっても普段は使わないし、早百合さんも翻訳スキルを通して王国語を話してる事になってて誰も日本語を使う機会が無かった。それが今回僕ら四人でこの世界に来て、道中ずっと日本語で話してましたよね。それでこの世界に日本語スキルが生まれて表示されたんじゃないですか」


「その程度で言語スキルは発生せぬわい」

 ファムが首を振る。

「自転車スキルならば―――まあ実際にはそれが周囲に広まって便利なものじゃと、自分も乗り方をマスターしたいと望む他者が現れてようやくスキルに昇華するのが実情じゃろうが、たしかに一人いれば発生させる事も出来よう。が、言語スキルは特にある程度の人数、使用期間がないとスキル化はせんのが普通じゃよ。幼児が突然喋りだすボクの考えたオリジナル言語が一々スキルに表示されては大変じゃろう」

 どちらかというと大きなSFファンがやりだしそうだな……と思う。


「それに言語に関しては大雑把な括りにぼやんとボカシとかんと酷い目に会うでな」

「誰に怯えてんの?」

「いや誰というかな…………。この世界では楽器や武器とかのスキルはかなり細かい分類になっとるじゃろ。両手剣(何々流派)みたいに」

 突然ファムから目線を振られた石川さんが「えっ、ええ」と頷く。


「昔それと同じノリで方言レベルでも別言語スキル扱いした世界で、もうエライ事になったと伝わっておる。少数部族のアイデンティティが絡んだり支配者層が言語狩り始めたり、それぞれの内部でもお前の言語は別スキル扱いになったからと敵対したりとな。民族問題にリンクしやすいんじゃ。それもあってスキルいうかステータス表示制の世界じゃあ、新しい言語の発生条件は割に厳し目にしとけいうんが聖女神学園の教えじゃ」

「ほお」


「それにこの世界の管理者は自力で中世相当Mクラス文明に至った自負があるからの、他の世界からの干渉を嫌っておる。学園で付き合いのあった妾が土産持参に説き伏せて、ようやく一世代につき五人の転生者の受け入れに同意しおった。さらには基底世界の人間の干渉を最小限にするため、お主のようなこの世界にとっての異分子がシステムへ浸透せぬよう細工もしてあるのよ。弓槻にしても魔法使ったゆうてもまだこの世界への紐付けは弛かろう。二人がここで日本語を多少使こうたところでスキルシステムに影響はせぬわい」


 ふうん、と藤沢さんが首をかしげる。

「するとどういう事なんですか?」


「この世界で日本語スキルが発生する条件を想定するにじゃ、恐らくは話者にして最低数十人が、それも何割かは現地住人が学んで使っているはずじゃ」

 早百合さんが結論する。


「つまり、この世界に私達以外の日本人が多数、長期活動しているって事」

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