第15話 老人が引退する日――スキル売買システムのある世界の一幕

 今回の任務達成が告げられるや、藤沢さんが手を上げる。

「では早百合さん、次の任務に移りましょう」

 次の任務? 何かあったっけ。早百合さんも石川さんも怪訝な顔を見せる。

「魔法スキルを買わなければいけません。石川さん、五百万マトル分ご用意をお願いします」

 ああ……それか。


「レベルは自分で上げますので、とにかく種類は数多くお願いします」


 石川さんが藤沢さんの勢いに押されて慌てて部下を呼び、魔法スキルの在庫目録を持ってくるように命じる。

 すぐに用意された冊子状の目録を藤沢さんが食い入るようにチェック。


 目録を持ってきたヴィーさんは立ち去らずにおずおずと石川さんに予約の客が来ていると伝える。

「もうお越しになったか」石川さんは少し困った顔をすると「しばしお待ち頂くように伝えてくれ」と部下に言付ける。


 それを聞いた早百合さんが、ちらと藤沢さんの方に目を向ける。

「電撃系はやっぱり無いんですね…………思ったより細分化してますねえ…………土魔法は性質変化と実因化は外せないし…………うーん、でもこれは自力で覚えた方が早そうな…………うーん」


 脇目も振らず一心に目録を読み込んでいる。

「ああなったら当分没頭しちゃうから、そちらの取引を先にすませて頂戴」

「申し訳ありません。では一旦失礼します」


 スキルの買い取り―――異世界小説では触れるだけで一瞬でスキルの出し入れを行ってしまう描写が多いけれど、現実にはどんな風に処理してるんだろう―――そんな興味が顔に出ていたのだろう、ドアに手をかけた石川さんに「ご覧になりますか」と誘われる。


「いいんですか」

「隠したい方は最初からこの個室を希望されますから問題ないでしょう」

「是非に!」喜んで見学をお願いする。


 最初のカウンター部屋に戻ると、壁際のテーブル席に座っていたのは白髪の老人。小柄だが背筋はしっかりと伸び、膝に置かれた手はごつごつと節くれている。


「これはジョルジュ様、お待たせいたしました」

「こちとら引退する爺だよ。時間は気にしないでくだせえ」

 石川さんと交わす挨拶も多少しわがれ声だが滑舌が良く、威勢の良さが伺える。


 僕は若手の部下ヴィーさんの隣で見習いですみたいな顔をして並んで立つ。

「引退ですか……」

「へえ、これになっちまいやして―――」

 老人が上着を捲し上げると、いびつに膨れた腹部が晒された。

 それを見た石川さん達周囲のはっとした固い表情からすると悪性の病気の印なのだろう。老人は皆の反応をかかっと文字通り笑い飛ばした。


「まあこれで娘も今更酒を控えろってぇ煩い事は言わなくなると思えば有り難えってもんでさ。好きに酒飲んで剣打って五十年生きてきたんだ、いつおっ死んでも悔いはねえ。ただ俺の鍛冶スキルはまかりなりにも先代から受け継いだモンだ。明日にもポックリいきかねねえ老いぼれが抱えとく訳にはいきますまい。今日はこいつを納めて頂きてえんだ」


「そうですか、辺境領一の鍛冶スキル、預からせて頂きます。長のお勤めお疲れ様でした」

「よしてくれやい、俺は親方から折角のレベル6を預かったってのに二十年かけて1しか引き上げられなかった器でよ」

「ご謙遜を。私もこの街ではそれなりに知られたスキル屋挿し木屋だと自負しておりますがレベル7のスキルを扱うことなどめったにありませんよ」

 老人はそっと頭を下げる。


「7ともなればその辺りの寡婦やもめに預けるわけにはいきませんな。正式な預かり人を立てねば」

 石川さんは僕の隣のヴィーさんに目をやり、「ゲオルク様をお呼びしなさい」と命じる。


「石川さん、引退ともなりゃあ色々入り用だ。ついでに他に売れるもんは無えですかい」

 老人の言葉に石川さんは「では鑑定させて頂きます」と言うや、緩やかに右手を上げる。手の平を裏表に返しながら右目を隠し、次に左手の中指と人差し指だけを伸ばして、それを左目の前で横に引いたり円を描いたり。

 まるで印でも結んでいるような動き。異世界物の定番である鑑定能力、実物はこんな前振りが必要なんだな。


 そんな事を思っていると、「演出じゃろ、あれは」といつの間にかそばに来ていたファムにそうささやかれる。

「あっ、そうなんだ」

 早百合さんやファムと同じかどうか分からないが、二人共特に儀式めいた動き無しにさくっと読み取っていたっぽいものな。


 やがて顔の前で両手を開き、拍手するかの様に閉じる―――寸前で交差させて拳を握り締めた所で鑑定は終了の模様。両腕を静かに降ろした石川さんがその結果を告げる。

「十万マトル以上の値を付けられるスキルは目利き(刀剣)がレベル5、商談に職人差配がレベル2、と言った所です」


「そいつも引き取ってくだせえ。レベルはわからねえがその辺は跡継ぎも持ってるはずですんで残すようなこともない」

「宜しいのですか。剣を打たずともジョルジュ様の目利きともなれば、それだけを依頼に来る方もおりますでしょうに」


「未練でしょうや。手は動かさねえのに目と口だけは達者だなんて。娘も婿も目の上のたんこぶがようやく居なくなるってんで内心浮かれてるのがバレバレでさあ。なのに目利きが残ってりゃあ、やれ今日のは出来だ不出来だ言い出して煩がられのが目に見えてやす。そんな無様晒さねえ様、鍛冶に関しちゃあすっぱり空にしてくだせえ」

 老人が膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめそう告げた。


「……かしこまりました」

「ああそうだ忘れてた。代わりに子守のスキルを売って欲しいんでさ。直に娘に二人目が産まれるんですが、しばらく上の孫を俺が見ないとならねえ。それもあって引退って事で」


 そこへ他から声が掛けられる。

「子守スキルならば私が持っているぞ」

 そう言いながら店の入り口から顔を出したのは強面顔な男性。杖をつき、右足を引きずりながらこちらへと近寄ってくる。よく見ると右足の先が義足になっている。日に焼けた肌には無数の細かな傷。傷痍軍人とかだろうか。


「ゲオルク様、ご足労頂きありがとうございます」

 石川さんが立ち上がり空いていた椅子を引き着座を促す。

 男性は「うむ」と鷹揚に頷き、どさりと椅子に腰を落とした。石川さんの部下の一人が恭しく杖を預かる。


「子守スキルであろう。そういえば抱えておったわ、妻が亡くなった時のをな。後添えに渡せと言いのこしておったが、このような無骨者にそうそう嫁の来手などあるまいに。私に遺すならば社交術の方であったのにな…………ちょうど良い機会だ。些か権太者いたずらっ子に育つであろうが、払いはいらぬ。使ってくれ」

「第三騎士隊の次期隊長をお育てになったスキルが預かれるなら有り難えことです」

 息子が軍の重鎮。老人の言葉に男性が軍人という予感が当たったらしい事が分かる。


「して、使いの者からはジョルジュ翁の鍛冶を預かるようにという事であったが」

「ジョルジュ様が引退なさるそうでして」

 老人が合わせて頭を下げる。

「そうか私が隊長職を辞した時に辺境伯様から賜った剣が翁の物であったよ。あれは良い。我が家の家宝よ。出来れば息子が隊を預かる際に同じ物を仕立ててもらいたかったのだがな…………」


 元隊長の言葉に老人が再び頭を下げる。

「勿体無いお言葉ですが、身体の方が追いつかなくなってしまいまして……」

「それは辛かろうな……」

 元隊長は忌まわしげに自身の右足に視線を落とす。足さえ動けば現役で通じそうな鍛えられた肉体からすると戦傷で名誉の負傷で泣く泣くの引退というパターンなのだろう。


 それからはスキルの売買契約の詳細が詰められる。レベル7という高レベルともなれば売って買って終わりという訳にはいかないらしい。売るにも買うにもギルド長の承認が必要であるとか、国外の人間に売れないとか、売りに出す時にもその相手に鍛冶ギルド内の一定階級以上のメンバーの承認が必要だとか。

 その辺りは老人が承知していて、事前に用意されていた書類が石川さんに手渡され、商談が進んでいく。


 やがて契約書がまとめ上げられ、石川さん、老人、元隊長の三者がサインして売買契約が締結された。


「では、まず子守スキルと鍛冶スキルの交換から執り行います」

 石川さんは椅子を並べて座った元隊長と老人に一礼。ゆっくりと二人の背後に回るとおごそかに両手を上げて――――二人の頭蓋をがしっと掴み上げ叫んだ!


「スキル! チェーーーーンジィイィ!!!!」


「うごぁあああー!」「おがぁあああー!」

 職業人としてそれぞれに鍛えられた身体の二人が悲鳴とも雄叫びとも取れる声を上げた。

「えっ、ちょ、大丈夫なんですか、これ!?」

 三人共すごい表情ですけど――?


 周りを見回すと店員達は当然といった風。ファムも興味なさげな顔。一番若いヴィーさんだけが「すごい! スキルの奪取切り取り譲渡挿し込みを同時にこなすなんてさすが石川さんだ!」と熱い目を向けていた。


 その調子で十数秒。石川さんが両手を離すと二人は釣られていた紐が切れた様にぐたっと身を崩した。ハァハァと小刻みに息を繰り返す。

 一人石川さんは今しがたのシャウトなど無かったようなすまし顔で再び鑑定の仕草。

「ふむ、無事スキルの交換、終了です」


 元隊長は「うむ、では私はこれにて」と言ってそそくさと店を出ていった。

 石川さんは残された老人の背後に立つ。

「では続けて目利き、商談、職人差配の三点は私の方でお預かり致します」

 びくっと肩をすくませた老人の頭を両手でそっと包み込むと――――


「スキル 奪取 ゲッターーーー! ワァアアアアアンンンン!!!!」

「スキル  奪取 ゲッターーーー! ツゥウウウウウ!!!!」

「スキル  奪取 ゲッターーーー! スリィイイイイ!!!!」

「うごぁあああー!」

「すごい、さすが石川さんだ! スキル奪取の間髪入れずに三連打!」


 連続のシャウトに老人の悲鳴と店員の歓声が重なる。…………それ一つずつじゃいけないんですかね?

 いや、きっと断続的にやるよりも一気にまとめちゃう方が体の負担が少ないとかそういう理由があるに違いない。僕は息絶え絶えになっている老人を見ながらそう考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る