第14話 挿し木屋

 藤沢さんの言う魔法スキルの購入――――つまりはこのパングル世界では金を出すだけで魔法が使えるようになるというのだ。

 異世界小説読んでると持って生まれた才能や独自の鍛錬方法で身につける描写が多いからすっかりその気になってたけど、そうだよ、RPGじゃあ魔法ってお金で買えたんだよ。 


「早百合さん、僕も、僕も給料の前借りをお願いします!」

「圭一君もスキル買いたいの? 駄目よ無駄遣いは」

「いや、そりゃ僕は魔法覚えちゃダメってのは聞いてますけど、こんな簡単に魔法が覚えられるチャンスがあるんなら飛びつきたいじゃないですか。ほんと、安物でいいですから」

 早百合さんにしがみつくように必死のおねだりをかける。


「言ったでしょ。圭一君はちょっとだけだからってその手の特殊スキルを入れると一気に転移コストが跳ね上がっちゃうって」

 だがあえなく一蹴。


「ううっ……」

 肩を落としうなだれていると、「はむはむ」と両手に持った串焼き肉を頬張るファムが近づいてくる。


「残念じゃったのう……まあお主の特性は言ってみればスマホゲーに通じるんじゃ。スマホゲーは無料で遊べるのが売りであるがの。じゃがそこで一回くらいならと課金して十連コスモを引くじゃろ。すると思いがけずSRキャラが一発で出てきて、これ波が来てるんじゃね? とつい調子に乗ってコスモを回しまくってたらいつの間にかコンシューマーゲームが何本も買える金額が…………無料じゃ……無料じゃ思っとったのに…………あそこで一回課金したばかりに沼にハマって……ああああっ―――!」


 途中から膝をつき、両手で地面を掻きむしりだしたファムの慟哭。口ぶりからすると十連コスモとやらは僕の世界の十連ガチャのことであろうか。いまいち例えが通じていない早百合さんと藤沢さんが呆気に取られているので「もう戻れない奴なんで放っといていいですよ」と伝える。


 さらには藤沢さんまでダメ出しのように続ける。

「それに真上さん。この世界の魔法ってたしかに他の異世界でも使いやすい形式ですけど、それでも体内にマナを取り込んで、属性を付与させた上で放出する工程がありますから、まず肉体がマナを扱えない真上さんでは使えませんよ」


 そんな……ここは魔法使い系の職業でないと魔法が買えないタイプの世界だったのか。無駄使いってのはそういう意味か……。


 だが、そこで気づく。

「あれ、僕の身体がマナが使えないってのは仕方ないけど、それなら藤沢さんは何で使えるの? 生まれつきの才能?」

「私が使えるのは妹の影響ですね」

「妹さんいたんだ」

「いたんですよ」

 藤沢さんがなぜかふふっと笑う。


「妹はエリーって言うんですけど、異世界出身なんですよ」

 異世界!?


「私達は義理の姉妹なんです。私が三歳の頃に出会って、色々あって私の妹として一緒に暮らす事になって。エリーは生まれつき魔力が高かったので先祖の冥福を祈る巫女を務めていて、その祈祷の舞がちょうど魔力の錬成に繋がってたんですよ。私も毎日朝晩とそれに付き合っている内に身体が対応するようになってという訳です。エリーも意識してた訳じゃないんですけどね」


 そう言って上半身だけ踊るような仕草。

 真面目な顔で体育の創作ダンスみたいな動きをするのが可愛らしい。姉妹二人での舞。さぞかし神聖にして絵になる光景だろうな。


「ところでそのエリーさんって、魔法が使えるってことはやっぱりSPECで働いてるの?」

「ですよ」

「今日は会社に来てなかったんだ」

「いましたけどね。でも……ふふっ、その内に会えると思いますよ。楽しみにしていてください」

 そう言ってニマニマと口の端を曲げる少女を見て、僕はきっと妹も美人に違いないと心に決めた。


     ◇◇◇◇◇


 街を中心方向に進み、やがて早百合さんが立ち止まったのは三階建ての建物の前。

 入り口の庇から吊るされた銅色の金属看板。それを見つめると浮かんでくる「挿し木屋:地の繁栄」という文字。

 ここが藤沢さんのお目当ての魔法スキルを購入できるスキル販売店であり、今回の渡界の目的である駐在員の職場である。


「この世界だと挿し木がスキルの販売所って意味なんですね」

 植物から茎を切り取り、別の苗床に植えて再び同じ植物として成長させる技法。人の技能を移すという意味で、そう例えられているのは納得できる。ただ挿し木が一種のクローンであるのに対して、スキルに関しては抜き取るのみでコピーという形はできないそうだけど。


「そうよ。レアなスキルである『スキル奪取』と『スキル譲渡』、それと相手の所有スキルを覗ける『鑑定スキル』。この三つを所有してスキルの買い取り、販売や仲介をやってる所ね。通常のスキルは教育や努力で手に入るけど、この三つだけは神から授からなきゃいけないから、どこの土地でも社会的地位の高い職ね」


 この世界では生まれながらに神からの加護という形でスキルを持って生まれてくる子がいる。ファム曰く「この世界で循環しとる魂が前世で所有しとったスキルを一部残しているだけ」だそうだ。それに紛れる形で管理者がスキル取扱用のレアスキルを配布しているのだと。


 パングル世界に居る僅か数人の転生者は、結局基底世界との関わりに備えた予備的な体制作り、つまりは異世界からの強制拉致につながる召喚魔法が実現するかの監視業務がメインだという。

 それには魔法スキルの流通をチェックできるこの職業に就くのが一番確実という事で、例外的に転生者にそれらスキルが付与されたそうな。


「実際にはこの世界の魔法体系からすると、他の世界への干渉は不可能ではないけれど後百年間順調に発展して基礎研究に到れるか、ってレベルだけどね。だからここに来るのは現地時間で四年に一回ってとこ。毎回異常なしの報告受けに来るだけの定期巡回業務よ。今回も同じでしょ」

 そう言いながら扉を開けた早百合さんに続いて僕らは店内へと入る。


「いらっしゃいませ」


 室内にはカウンターが設置されており、その内と外とに数名の店員らしき男性達。端にいたアクの強そうな顔の男性が笑みを浮かべながら僕らに近づいてこようとするが、カウンターの前側に立っていた細身の男性がそれを手で制する。

「早百合様……ですね。そろそろお越しになるかと思ってましたよ」


 三十代くらいだろうか、黒い服に身を包み落ち着いた低い声と短く整えられた口髭がレトロな喫茶店のマスターを連想させる。他に年配の店員もいるが、一等上等な服を着て皆の伺うような視線を集めたこの人がこの場の責任者だと知れる。


 先に動き出していた店員が不服そうに口を出す。

「番頭、こちらの方は?」

「私の客だ。奥の商談部屋を使うから空けておいてくれ」

「お久しぶりね石川さん。番頭? 出世されたのね。お髭もお似合いよ」

「貫禄負けを少しは補えるかと思いまして。早百合様もそのお姿は……お会いするたびお美しくなられますな」


 石川さんと呼ばれた男性は金属製のトレイを抱えていた。その中にはテニスボールサイズの光球が鈍い乳白色の光を放っている。ずっと小さく光量も少なくトレイに転がった形で浮かび上がってはいないが、さっき藤沢さんが暴発させたばかりの同じ魔法だと分かる。


 この店には窓ガラスが設置されているが、小さく不透明な代物。外からの採光能力はたかが知れたもの。それでも室内が明るい理由がこの光球だ。男性の手元以外にも店内の反対の壁側に設置された台上に、同じ光球が置かれて室内灯の役割を果たしている。


「失礼、月長珠ライトニングの補充を済ませますので。どうにも私の火魔法のレベルではすぐに効果が切れてしまいまして」

 レベル……とな。そうかこの世界ではスキルはレベル制を取ってるのか。低レベルなら僕が買っても大丈夫だったりしないかな。


「あら、前に結構なレベルになってなかったかしら」

「とうに売っておりますよ。日々の生活で使う分には最低のレベルで事足りますから。実は来年にこの店を預かることが決まりまして。何かと入り用なのです」

「あら、その歳で? さすがは石川さんね」

「おかげさまです」

 石川さんが柔和な笑みで謙遜する。ごく自然な商人の嗜みといった風。


 それから軽く一礼して近くの若い店員を呼びつける。ヴィーと呼ばれたその店員は石川さんにお茶を用意するように言いつけられ、慌てて奥の部屋へと向かった。


 改めて光球に向かう石川さんに、藤沢さんが両手をワキワキさせながら近づく。「お手伝いしましょう」

「待ちなさい」

 ガシッと早百合さんが両腕を藤沢さんの脇から差し込んで引き止める。ファムも前方に回りこんで押さえ込む。

「な、なぜ?」


 困惑する藤沢さんをよそに、問答無用だとばかりに早百合さんが指を鳴らす。

「はい終了!」光球が一回り大きく膨れ上がり蛍光灯くらいの輝きを発する。

「むう……」

「結構なお点前で……」

 石川さんはこちらのやりとりに困惑しながら光球を棚に設置する。


 それから僕らは店の奥の商談用の小部屋に案内された。程なく入ってきた若い店員、ヴィーさんがハーブティーを置き退出するのを待って僕らは自己紹介を交わした。

 ファムの事もあっさり異世界の管理者であると正体を明かされ、石川さんが実在していたのですねと目を丸くする。


「さて、改めて紹介するわね。こちらは石川さん。この世界で駐在員をやってくれているわ」

「懐かしい名です」

「懐かしいってやっぱりそれ前世の名前ですよね。さっきからそちらで呼んでますけど大丈夫なんですか?」

 そっと背後のドアを振り返る。石川さんが大事な客だから呼ぶまで立ち入るなと人払いはしていたが。


「翻訳スキルの機能で前世名で呼んでも現地住人には今世名に変換して聞こえるんじゃよ」

 ファムが自慢げに胸をそらす。

「すごいと言えばすごいわな」

「圭一も前世名や真名を決めておったら教えい。変換できるように登録しといてやるでな」

「そうやって僕を痛い子扱いしようとするなよ」

 それ絶対真名を連呼してからかおうとしてるだろ。


 視線を戻すと、石川さんはどこか遠くを見るような目をしていた。

「数年に一度、その名を聞くと何やら不思議な気持ちが致します。今やこの世界の人生の方が長くなってしまいました。結婚し子供も出来て…………今では地球での日々は夢だったように思えますよ…………。おっと失礼しました。決して地球から託された任務を忘れたわけでは御座いませんよ」


 石川さんの弁明を早百合さんが微笑で受ける。

「お子さんが出来たのね」

「ええ、まだ生まれるのは六ヶ月も先ですが。それまでには店の方も落ち着かせたい所です」


 石川さんは抱えていた木箱を開けると四通の羊皮紙を取り出した。巻物状に紐で閉じられていたり、折り畳まれた上から繋ぎ目が蝋で封をされたりと、サイズも紙質もバラバラ。

「距離が近い分、半年前に帝国から届いて順次。ですが首長国からの分がまだ届いておりません。先頃周辺国と揉めて海上が荒れていると聞きますので、それかと。来月までに届かなければこちらから連絡を致します」


 パングル世界の管理者との取り決めで、基底世界から転移できるポイントが一箇所に限定されているそうだ。そのポイントに早百合さんのような転移能力者には分かる、目印であり道標を埋め込んだのがアンカーと呼ばれていて、それがこの世界では僕らが転移してきた倉庫である。


 しかし転生者はこの世界にバラけて送り込まれている為、かといって交通インフラが整わない世界で早百合さんが一々各国を訪問していられないと、代表して石川さんの元に世界中から手紙の形で報告が集められているという。


 但し交易ルートに便乗する形であるため、今回のように貿易船の状況次第で未達になったり、どこを迂回したのか報告書の順番が前後して届いたりは珍しくないそうである。

「まっ、一国くらい次回送りでいいでしょ」


 早百合さんが手紙を受け取り開封する。四通全てにざっと目を通すのを僕と石川さんが固唾をのんで見守る。その間に藤沢さんが側に置かれていた光球に手を伸ばし、それをファムがぺしっとはたき落としていた。


「んっ、全て問題なし」

 早百合さんがそう口にすると僕と石川さんは伸ばした背を緩めて息を吐く。

 手紙を元の封筒に戻し再び布に包んだ所で早百合さんが宣言する。

「という事で今回の任務は無事終了」

 僕の方に向けて小首をかしげて言う。「ねっ、簡単でしょ」

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