第13話 光魔法

 それから、僕は書類を記入して正式にSPECの一員に迎えられ、異世界言語翻訳スキルをもらったり追加コンテンツを購入したり。

 その末に次なる異世界へ進むべく光のゲートへと歩き出し――――


―――― 光……から抜けたその先は暗闇だった。


 急な明暗の変化に目をしばたたかせていると、背後でドアが閉まるような音。

 少し暑苦しく、ホコリっぽい空気。踏みしめる床の感触と古びた木造建築の匂いがすることからここが室内であろうことは分かる。


「早百合さん、ここどこですか?」

「この世界で拠点にしている倉庫よ。ちょっと待ってね、今明るくするから」

「早百合さん、私やります!」

 藤沢さんがハリキリ声で宣言。


「ふふふっ、いきますよお」

 暗闇の中、ちちっと小さな光が発生した。藤沢さんが近づけた両手の間で青白い火花が散っている。周囲を照らす程ではないが、その光が目を輝かせ口元を緩ませる彼女の顔を映し出す。


「ああ……凄い、凄いです! 濃厚なマナが私の全身を巡って……纏わりつくように……あはあ……こんな濃いの……ねっとりと……こんなの初めて……私の指先に、ちょっと触れただけでこんなに敏感に反応して…………ああ……ぞくぞくします……あっ……もう、私……我慢できません」


 両手の間の火花は散っては消えるを繰り返す。その間隔は次第に短く、数を増やしていく。やがてテニスボール大の球体を形作っていった。

「はっ……ああ、すごい……どんどん大きく立派に……まだいけそう……」

 何というか……藤沢さんが……こう、あれです。


「ゆづちゃん、ちょっと抑えないと暴発するわよ」

「これ、弓槻! 少し抑えんか、それ以上は圭一が暴発してしまうぞい!」

 二人が警告する中、藤沢さんは聞こえていないのか「いきます、もう止まれません」と繰り返し火花がスパークする球体はさらに拡大していく。 


光球ピコン用意セット――良しゴー、……いえ、もっと大胆に! もっと激しく!」


「あーこりゃ駄目だわ」


 早百合さんの言葉を警報に咄嗟に目を瞑る。直後に広がる爆発的な光の嵐。まぶた越しにも赤い光と熱が伝わってくる事でその光量の強さが分かる。

 数秒待っておそるおそる目を開ける。そこにはサッカーボールサイズの光球が胸の高さに浮いていた。夜間工事用の照明を思わせる程に強烈な光を今も周囲に煌々と放っている。どういう原理かハロゲンヒーターくらいの熱が僕の顔に伝わってくる。


 光球に照らし出されたのは十畳程の広さの倉庫。背後の壁には僕らが出てきた扉。反対側の面にはかんぬきの掛かった二枚扉があり、残りの壁は積まれた木箱や麻袋で占められていた。


「ぎゃあああぁぁ!!」


 直撃を食らったらしいファムが目を抑えながら床をゴロゴロと転げている。部屋は長らく放置されていたらしく、溜まっていた埃が辺りに撒き散らされる。

 早百合さんは、と見ると遮光グラスなのか眼鏡のレンズが黒色に変わっていて平然とした顔。見ているとレンズを指でピンと弾く、するとシャッと切り替わるようにレンズから黒色が抜けて今まで通りの女教師風眼鏡スタイルへ。どういう構造!?


 光球を生み出した藤沢さんも自爆したのか、しゃがみこんで目を押さえてぷるぷる震えている。

「大丈夫?」声を掛けると興奮した声が返ってきた。


「全然OKです! いけますよコレ! ここのマナってすっごく素直な万能元素型で、あっこれ私が便宜上名付けたんですけど! 私自身のマナは触媒に使っただけで皆素直に従ってくれて…………消費した分以上に供給が続くんでちょっとバランス取りに失敗しましたけど、おかげで当社比三倍の威力です! しかも使っても周りのマナは全然無くなってませんよね! マナは無尽蔵のエネルギー! 省エネ何それ!? 今度はさらに倍で行きますよ!」

 どうやら震えてたのは興奮していたせいらしい。


「ゆづー! お主何しとんじゃー! こういうんは最初に『光あれ』言うんがマナーじゃろうがあ!」

 ようやく復活したファムが猛抗議し、藤沢さんにポカポカと幼女パンチを食らわせていた。

「はあ」と早百合さんがため息一つ。


     ◇◇◇◇◇


 僕らが今いる倉庫はパングルという世界の中のフェザフィールなる王国、その辺境地の街中にあるという。

 今回の早百合さんの任務はここにいる現地駐在員転生者に会いに行き、報告書を受け取るとだけというシンプルなもの。

 だがまずは最低限、この土地で浮かない格好に着替えなければならなかった。積まれた木箱の中から非常用にと用意されていた服を渡される。


 一方で女性陣は早百合さんが魔術的な偽装を施すからとお洒落な現代ファッションのまま。僕にはかけてくれないのは「持続時間がそんなにないからね。二人は自分で魔力補充して延長できるんだけど」とのこと。


「あっ、こらゆづちゃん! 偽装魔法を解析しようとするんじゃないの!」

「やっ、ちょっと、さわりだけです。方向性だけでも」

「絶対基底世界地球で使うでしょあなた! 私まで捕まるのよ!」


 何やら二人が騒いでるのをよそに、僕は服を現地の物に交換する。


「圭一君、なかなか似合ってるじゃない」

「そう言われても嬉しくないですよ……」

 着込んだのは麻で作られた長袖シャツに同素材の上着。サイズが微妙に合っていない太めの長ズボンは膝下を縄でくくる。足には紐で止めた革靴。


 着心地は一言で言ってゴワゴワして痛い。下着だけは現代日本のものだからまだしも、それで保護されていない腕や足は、動くたびにチクチクと刺激されて辛い。それに何より圧倒的なモブ感。これ歴史の授業で見た中世~近世の農民の格好だよ。


「さあさあ、行きましょう!」

 待ちきれないという風の藤沢さん。早百合さんが苦笑しながら出口の閂を外す。

 そのまま重い両開きのドアが力いっぱい外向きへ押し開かれ、ぶわっと外気が部屋の中に流れ込んできた。


 淀んだ空気が外からのさらっと乾いた涼しい空気に吹き飛ばされる。

 早百合さんがくるっと半回転。僕らに両手を広げて告げる。

「さあようこそ。異世界パングルへ!」


 風でなびく早百合さんの金髪。太陽光が背中から差し込む。背後に見えるのは赤レンガと白塗りの石壁で構成された建築物。明らかに日本ではない風景に胸が高鳴る。早百合さんのどうよと言わんばかりの得意げな笑顔につられて僕も笑い声をこぼす。


 藤沢さんと顔を見合わせ、互いに頷く。

 そして僕らは今度こそ未知の世界、異世界へと踏み出すべく歩き出した。


 倉庫から出て視界が一気に広がる。雲一つない快晴の空。太陽は既に高く登っている。 

 僕らの周りはヨーロッパ風としか言えない家々。遠くに見える三角錐の屋根は「お城? 教会?」。目の前をパカッパカッと闊歩かっぽするのは「おお、馬車だ!」

 見るものにいちいち反応してしまう僕を早百合さん達が苦笑しているのに気づいて、頬をかく。


 そんな僕の脇を人が行き交う。日に焼けた太い腕で木箱を担いだガタイのいい男性、籠を背負った行商の老婆、器用に樽を転がし歩く町娘。

 格好としては案外僕と大差なかったが、さすがに街の住人という事で、男女共に髪飾りや耳飾りなど装飾品で着飾っていた。

 彼らが隣人や商売相手と交わす会話にこっそり耳をすませる。


「ごきげんよう。気持ちいい朝ですね」

「獲物が近づいてきた」

「友よ迅速な狩りを」

「そいつは無理な話だ」


 おお、日本語だ。完全に置き換わって聞こえる。細かくみると口の動きとセリフが合ってないんだろうけど、ぱっと見ている限りではそんなに違和感は無い。


 それじゃあ文字の翻訳はどうなってるのか。開発者のファムに方法を尋ねると、焦点を合わせるだけという答え。早速道の両脇に並ぶ店の看板に集中。


 アルファベットに似ているがそれとは違う文字の並び。見つめると単語や屋号―――日本語に置き換わっていく。


「武器屋:命知らず共御用達」「番犬付きの上等旅籠はたご屋」「騎士の豆シチュー亭」etc……


 ちょっと視線がゆらぐとまた元の英字もどきに戻るけど、慣れてくるとすぐに置き換え直しが出来るようになった。

「すごいや、ファム。本当に異世界の神様だったんだな」

「ふふん。あったりまえじゃわい」ファムが胸をはる。


 小説では描写されてもテンプレだなと流していたけど、いざ自分の目で変化する文字を見ると一際の感激。魔法みたいな派手さは無いけれど、自分で発動できるスキルというのがとにかく嬉しい。無闇に店の間で視線を動かして翻訳機能の効果を何度も確かめる。


「そこの兄ちゃん、一つどうだい」

 そうして道の間をふらついていると、突然掛けられた声と共に目の前に赤い果実が差し出される。

「リンゴだ。うわあ、本物のリンゴだよ」

 道の端に設置された屋台。甘い匂いを漂わせて山と積まれているのは、木札を翻訳するまでも無く分るお馴染みの果物。


「そりゃそうさ。なんだい兄ちゃん、他所から来たのかい」

 店主が僕の頭髪に目をやる。

「うちのリンゴは街一番だよ。それにこいつは肌をキレイに保ってくれるって評判なんだ。化粧術だって挿し木屋が金を払うくらいさね。さあさ、そんな美人三人侍らせてるんだ、買ってかないと男がすたるってもんだよ」

 化粧と挿し木? 何の関係があるのか不明だけど、店主はそう言って背後の女性陣にもリンゴを差し出す。


 店主のおべんちゃらに乗せられたのでもないだろうけど、早百合さんが「そうね、四つ頂くわ」そう言って右手を握りしめ、またすぐに開く。すると手のひらには鈍く光った銀色のコインが現れる。


「へい、まいどあり。四つで五百マトルになりますんで、えーとおつりはっ……と」

 店主が十円玉のような銅色のサイズがバラバラなコインを数枚早百合さんに返してよこす。店主に促されて台車上のリンゴの山から僕らは一つずつ果実を取る。


「お上品な食べ方するようなするもんでもないし。そのままかじりつきましょ」

 言うなり早百合さんが口を大きく開き、白い歯でリンゴを齧り取る。唇の端に付いた果汁がどこか艶めかしい。


 僕も昼食を抜いたお腹が刺激され、かぶりつく。口中に広がる酸味が混じった甘さ。歯ごたえはシャリシャリとしたタイプで食べやすい。大きめのを選んだけど、たちまち食べつくす。


「果実で口を潤したら次はガッツリ肉系でいきたいのう」

 ファムがねだるように指差すのは近くの串焼き肉の屋台。早百合さんがほれ、とコインをいくつか放って渡す。いそいそと屋台へ駆け出す幼女。

 それを見送り藤沢さんが言う。


「そういえば早百合さん、私もせっかくこの世界に来たんだから色々買い物したいです。お給料の両替をお願いします」

「かまわないわよ、業務の一環として払うから。五百万マトルくらいなら自由になさい」

「ありがとうございます」


 藤沢さんが高額な買い物の相談。見た所中世ヨーロッパ相当の世界にある商品で、現代日本人が見て価値あるものと言ったら何だろう。

「美術品でも買うの? 素朴アートとか」


「素朴アート? よく分からないけど絶対いらない感がありますね、それ。私はスキルを買う予定なんです。この世界、個人個人が持つ技能をスキルとして抜き取って他の人に移すことが出来るんですよ。剣術とか料理とか職人仕事とか…………私が狙っているのは魔法スキルですね。この世界のシステムって結構普遍性あって、ここの魔法は他の世界でも稼働する可能性が高いんですよ」


 何だって!!

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